08 -不気味な影-
08 -不気味な影-
ホテルを出て幹線道路を北に進むこと10分弱
葉瑠とリヴィオはレストラン街を訪れていた。
レストラン街と言ってもそこまで大層な場所ではない。
大きなデパートビルを中心にして、周辺にファストフード店やカフェ店、それにダイニングキッチンなどが集まっているだけだ。
店舗数は10店舗ほど、その中央には大きな駐車場があった。どうやら全店舗が共有しているようで、車から降りる客はそれぞれの目当てのレストランに向かって歩いていた。
これだけ店舗があるとあまり混まないだろうし、食べ歩きしても楽しそうだ。
ただ、代替戦争という大イベント前日の夕刻ということもあってか、店内から道に至るまで人で溢れかえっていた。
2人はレストラン街の入り口で立ち止まり、人の多さに狼狽えていた。
「わ、人がいっぱい……」
「やっぱ考える事はみんな一緒か。少し高くてもホテルのレストランで食うべきだったな……」
見る限り全ての店舗は人で埋まっていて、大半の店に長蛇の列ができていた。
特にファストフード店は大わらわのようで、明るい色の制服を着たスタッフが慌ただしく働いている様子がここからでも確認できた。
落ち着いて食事をすることは不可能だし、そもそも食事にありつけるかも怪しい。
葉瑠は一瞬で答えを出した。
「ホテルに戻ろう?」
少なくともホテル内のレストランなら確実に夕食をとれる。
とことん安全策に拘る葉瑠だったが、負けず嫌いのリヴィオは正反対の意見を示した。
「いいや、せっかく来たんだしぐるっと回ろうぜ。どっか空いてるだろ」
リヴィオは再び歩き始める。
「……うん」
リヴィオの提案を断れるわけもなく、葉瑠もリヴィオの後を追う。
まず見えてきたのはハンバーガーショップだった。
世界展開している有名店とあって店内は客で埋め尽くされ、自動ドアも開きっぱなしになっていた。
2人は何を言うでもなくハンバーガーショップをスルーし、先へ進む。
次に見えてきたのはステーキハウスだった。
近づくにつれて肉の焼けるいい香りが漂ってきたが、店内は先程と同じくいっぱいいっぱいだった。
「予想以上に混んでるな」
「凄いけど、あれだけのお客さんをさばける店側も凄いよね……」
その後寿司店、中華料理店をスルーし、ようやく空いている店を見つけた。
レンガ調の壁面を見上げつつ、リヴィオは店名を呟く。
「センチュリーオーブンピザ……何か格式高そうだな」
「でも、シックでかわいいお店だね」
「かわいいか?」
「さっきまでは赤とか緑とか黄色とか、どれもドきつい色だったけれど、このお店は自然的というか、温かい感じじゃない?」
「そうか……?」
葉瑠の意見に納得出来ないのか、リヴィオは顎に手を当てじっと店を眺めていた。
この時間も惜しい。
「いいから入ろ」
葉瑠はリヴィオを置いて先に店の中に入っていく。
店内に足を踏み入れると、濃厚なチーズの香りと、トマトソースの香りが襲ってきた。
空腹だったことも相まって、自然と唾液が出てきた。
「……2名ですか?」
女性のウェイトレスに問われ、葉瑠は頷く。
「はい、2人です」
答えながら葉瑠は店内を見渡す。
店内も壁面と同様、レンガ造りになっていた。本物のレンガではなく単なる装飾品なのだろうが、雰囲気は本物に劣っていなかった。
そして悲しいかな、空いている席はなさそうだった。
待つくらいなら他のお店も見てみようか……と、考えていると、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「テラス席なら空いていますけれど、よろしいですか?」
「あ、はい。むしろテラス席のほうがいいです」
「では、奥へどうぞ」
どうやらこのレストランにはテラス席もあるらしい。
葉瑠は道路に面したテラス席でおしゃれにランチしている女性の姿を思い浮かべつつ、店の奥へ進んでいく。
「……なあ葉瑠、ピザ以外のメニューもあるよな?」
「パスタとかイタリアンなら大抵あるんじゃないかな」
後ろにいるリヴィオに応えつつ、葉瑠は他の客が食べている料理に目を向ける。
大抵が3人から5人の団体客で、ほとんどがピザを囲んでワイワイ騒いでいた。
たっぷりとチーズが載っているピザを見て、葉瑠は思わずつばを飲み込む。
その唾が呼び水となり、女子として恥ずかしい音を出してしまった。
(……あ)
あろうことか、腹の虫が鳴いてしまったのだ。
その音は周囲の喧騒に掻き消されたが、背後にいたリヴィオには届いたかもしれない。
葉瑠は音を誤魔化すべく、間を置かずリヴィオに話しかける。
「あー、やっぱりVFファンが多いみたいだね」
「そうだな」
「こう人が多いと困っちゃうよね」
「さっきの音、腹の音で間違いないよな……?」
「はあ……やっぱり聞こえてたんだ……」
葉瑠は自然と赤面し、メガネのフレームごと顔を覆い隠した。
リヴィオはそこまで気にしていないようで、淀みなく歩き続ける。
「生理現象だし仕方ないだろ。また鳴かねーうちにさっさと食べようぜ」
「うん」
2人はようやく外に通じる扉に到達し、外へ出た。
テラス席は広い道路に面していて、パラソル付きのテーブルが5つほど一列に並んでいた。
夜なのでパラソルは閉じられている。その代わり、小さなランタンがパラソルの頂点からぶら下がっていた。
葉瑠とリヴィオは唯一空いていた手前の席に座り、テーブル上に置かれていたペーパータイプのテーブルオーダー端末に目を通す。
しかし、眺めていたのは数秒だけで、すぐにリヴィオが注文画面に移行させた。
「取り敢えず“おすすめピザ”でいいな。飲み物はどうする?」
もう少し考えたかったが、また腹の虫が鳴くのは避けたい。
葉瑠は端末画面に触れ、メロンソーダを選択した。
リヴィオはメロンソーダのオーダーを2つに増やし、そのまま画面端の注文ボタンをタッチした。
端末画面にはオーダー完了の文字が表示され、続いて配膳時間の目安が秒単位で表示された。
葉瑠は何気なくその数字を指でなぞる。
「便利だよね、これ」
「客にとっても、店側にとっても、な」
スラセラートの食堂とは大違いだ。まあ、あっちは直接カウンターに食事を取りに行くわけだし、こういうシステムを導入するメリットはないのだろう。
どんどん減っていくデジタル数字を見ていると、隣から大きな話し声が聞こえてきた。
「今回勝つのは亜細亜の壁だ。間違いない」
「いいやどう考えたってNATOだろう。VF関連産業に掛けてる予算の額が違う」
「これだからニワカは……金かけりゃいいってもんじゃないんだよ。資金力で差が出にくいようにセブンからAGFが貸与されるんだからな」
お互い譲らず論激を交わしていたのは2人の若い男性だった。
テーブル上には食べかけのピザがあったが、既にチーズは乾燥しかけており、長い間言い合いをしていることが窺い知れた。
周囲から視線を向けられていることにも気づかず、2人は話し続ける。
「別に俺は亜細亜の壁を応援してるわけじゃない。このままだとNATO側が負けるって言ってるだけだ」
「だから、その理由を聞いてるんだよ!!」
リヴィオはこの話に興味が出たようで、動きを止めて聞き耳を立てていた。
葉瑠もリヴィオと無理に会話しようとせず、男性の話に集中する。
「……お前、今回の対戦が3対3から5対5に変更されたのは知ってるか?」
「いや……知らないけど、どうしてだ?」
「俺も理由までは分からない。だが、急な変更だったらしい。NATOは数合わせで訓練生を試合に出すって噂だ」
「酷い話だなそりゃ……」
(そこまで言わなくても……)
戦力的には頼りないのは事実だが、酷いと言われるほど弱くはないと思う。
気分を悪くしていないだろうかと思い、葉瑠はリヴィオの顔色を窺う。
意外にもリヴィオは顔色一つ変えておらず、ただひたすら男たちの話に集中している様子だった。
「……でも、米国のツートップが参加してるんだぜ? 2人足手まといの訓練生が増えた程度で負けるとは思えないぞ」
(米国の……ツートップ?)
一体誰だろうか。有名なのだろうか。
葉瑠はリヴィオに質問しようとしたが、先に男がツートップについて話し始めた。
「二人ともVFのテクニックに加えて戦闘機の操舵技術もピカ一だからな。空でこの2人に勝てるランナーはいないよな」
「そうそう」
「だが、チーム戦では数がモノを言う。……実質3対5じゃあ勝つのは難しい、というわけだ。わかったか?」
片方の男はしぶしぶ頷く。そして話題は訓練生へと移行していく。
「つまり、勝敗はその訓練生のレベルにかかってるってことか」
「そういうことになるな。……となると、出身校が気になる」
男は姿勢を崩し、足を組む。
「ランナー育成校は米国内で3校、NATO加盟国内だと10校。ピンからキリまで揃ってるからなあ……うーん」
語尾を伸ばしたまま、男は考えこみ始めた。
……因みに、スラセラート学園はランナー育成校の中ではかなり上位に位置する学園だ。
設立時期が早かったことも要因の一つだが、一番の大きな要因はルーメを始めとする卓越した操作技術をもつランナーの存在だ。
「あ、そういや空港でスラセラートの連中見た奴がいるってよ」
スラセラートの名前が出るやいなや男は顰め面を浮かべる。
「部外者にやらせるのかよ。あんな奴ら使うくらいならケンブリッジ養成校のランナーを使えよな」
どの組織にも属さないPMC紛いの学園は世間から見ると評判はよろしくないらしい。
「取り敢えずお前の言い分には納得したから、いい加減ピザ食おうぜ」
「おっと、そうだな」
男二人は話を切り上げ、冷めたピザを食べ始めた。
ほぼ同じタイミングでオーダー端末画面のカウントダウンもゼロとなり、店員さんがピザとメロンソーダを運んできた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
美味しそうなマルゲリータだ。
葉瑠はメロンソーダのストローを咥えつつ再度リヴィオを見る。
リヴィオはじっと固まったままで、ピザに全く反応していなかった。
隣の席の会話の内容について、思うところがあったのだろうか。
「リヴィオくん、料理がきたよ」
「ん、もう運ばれてきたのか。早いな……」
美味そうなピザが来たというのに、リヴィオのテンションは上がる気配がなかった。
明日の試合を前にして色々と悩みが絶えないのだろう。
不安そうなリヴィオを見て、葉瑠は自然とある言葉を口にしていた。
「――私が協力してあげる」
「ん? 何だって?」
突然の申し出にリヴィオは怪訝そうにこちらを見る。
一旦出した言葉を引っ込めるわけにもいかず、葉瑠は続ける。
「だから、リヴィオくんが格闘技を教えてくれる代わりに、私がリヴィオくんを手伝ってあげるってこと」
「何を手伝うんだよ……」
「それは……」
何をどうやって協力するのか、具体的なことは全く考えていなかった。
冷静に突っ込まれた葉瑠だったが、何とか言葉を捻り出す。
「えーと……データ解析とか、兵装のメンテナンスとか……」
「どっちもエンジニア連中の仕事だろ」
「たしかにそうだけど……とにかく私はリヴィオくんを手伝いたいの!!」
リヴィオくんには色々と恩義がある。
そうでなくとも、リヴィオくんは同級生だ。同じ訓練生同士、助けあうのは当たり前のことだ。
「葉瑠、静かにしろよ」
「ごめん……」
葉瑠は乗り出しかけていた身を引き、メロンソーダのストローで口を塞ぐ。
だが、大声を出したのがいけなかったようだ。
先ほど言い合っていた男二人の視線がこちらに向けられた。
「……おい、あれってスラセラートの学生服じゃないか?」
恐れていた事態が発生してしまった。
スラセラートを目の敵にしている彼らが私達を発見したらどうなるのか、火を見るより明らかだった。
「あんなガキがVF動かしてんのかよ」
「あれが代替戦争出てるかと思うと、笑えるよな」
男二人は嘲り笑うように葉瑠とリヴィオを見ていた。
葉瑠は余計なトラブルを招かぬよう、身を縮こませる。
リヴィオは相手が誰であれ売られた喧嘩は買う主義のようで、早々に席を立つ。
これからどうなるのか、考えるだけで頭が痛くなってくる。
しかし、ある人物の乱入によって、葉瑠が考えているような事態は未然に防がれた。
「……ガキがVFを動かして悪いことでもあるのですか?」
どこからともなくテラス席に現れたのはアビゲイルだった。
アビゲイルは堂々たる歩みで男二人の席に近寄っていく。
「何だ? 馬鹿にされて怒ったか?」
「馬鹿にしたという自覚はあるのですね。心置きなく仕返しできます」
「仕返しだあ? やれるもんならやってみろよ」
男二人は完全にアビゲイルを舐めきっていた。
いくらVFの操縦が上手くても、15そこらの女子が大人の男二人組に適うわけがない。
葉瑠もそう思っており、アビゲイルの怪我を防ぐため止めに入ろうとした。
だが、葉瑠の思いも虚しく、アビゲイルは男二人組に接触した。
「では、失礼して……」
殴りかかるかと思いきや、アビゲイルは真横から男に抱き付き、体を密着させた。
「……!!」
唐突なスキンシップに男は驚いたようで、座ったままフリーズしていた。
「……!?」
アビゲイルの突拍子もない行動に、葉瑠とリヴィオも驚いていた。
アビゲイル自身は全く動揺している気配はなく、そのまま男の膝の上にちょこんと座る。
「ちょっ……お前……」
何もできない男を無視し、アビゲイルはテーブルの上に置いてあった携帯端末を奪い取る。そして、瞬時にカメラを起動し男とツーショットを撮った。
撮り終えるとアビゲイルは「よし」と呟き男の膝から降り、そのまま携帯端末をいじり続ける。
「えーと、“ハワイでVFファンのJKのナンパに成功、ピザ屋で一緒にディナー中でーす”と……」
「は!? お前……!!」
アビゲイルのわざとらしいセリフに反応し、男はすぐさま携帯端末を取り返す。
珍しくアビゲイルは微笑していた。
「今の言葉通りのメッセージをアドレス帳に登録されていた交際相手と職場、両親に送信しました。フフ……」
「何やってんだテメエ!!」
男は怒りに任せてアビゲイルに襲いかかる。
アビゲイルはひらりと回避し乱れた黒髪を手櫛で整える。
「早く弁解のメールを送ったほうがいいと思いますよ」
「……」
男は思い切りアビゲイルを睨むと、慌てた様子でテラス席から店内へ移動していった。
連れの男も追うようにして席を後にした。
アビゲイルは男たちが逃げる様子を無表情で見送り、葉瑠とリヴィオの席に近寄る。
「ひでーな。あそこまでやらなくていいだろうに」
リヴィオはそう言うものの、実に爽快な表情を浮かべていた。アビゲイルのスマートな撃退っぷりを賞賛しているように思えた。
「冗談です。まあ、写真をとったのは事実ですけれど。……相席、いいですか?」
葉瑠が許可する前にアビゲイルは席に座り、オーダー端末を操作し始める。
ここでようやく葉瑠は我に返り、アビゲイルに礼を言う。
「取り敢えずありがとう、アビゲイルさん……」
「私としても、リヴィオが彼らに殴りかかる前に場を収められて満足です」
「俺もそこまで馬鹿じゃねーよ」
否定しているが、アビゲイルが来なければまた暴力沙汰になっていただろうと葉瑠は思っていた。
「アビゲイル、お前どこ行ってたんだ?」
「秘密です」
当然の疑問をさらりとかわし、アビゲイルは葉瑠とリヴィオを交互に見る。
「それより、貴方たちが2人で食事をするなんて珍しいですね。カップルにしか見えませんよ」
「誂わないでよ。リヴィオくんも困ってるでしょ」
葉瑠は強めの口調でアビゲイルの言葉を否定する。
何故かリヴィオは少し残念そうだった。
「……明日の試合、兵装はどうするつもりだ? やっぱ防御重視で行くのか?」
「いいえ、私自身のスペックを最大限に引き出せる兵装を装備するつもりです。つい先程エンジニアコースの方々に空輸を頼みました。明日の朝には届くでしょう」
「空輸って……どれだけ金かけてるんだよ。素直にNATOチームが持ってきてる兵装使えよ」
「スペアの兵装を借りる貴方の方がおかしいと思うのですが」
「俺は拳さえありゃ戦える。特別な兵装は必要ねーよ」
「その考えは甘いですね」
アビゲイルは体を椅子ごとリヴィオに寄せる。
「素手での格闘戦には欠点が幾つか存在します。まず相手に接近するのが困難です。戦闘の流れの中で接近することはありますが、張り付くとなるとかなりの技量を要します。そして威力の低下も問題ですね」
「威力?」
「はい。空中では踏ん張れる地面がありません。結果、攻撃方法は絞られ、敵に動きを読まれやすくなります。素手に拘るのは馬鹿としか言いようがありません」
一息で喋り終え、アビゲイルはリヴィオから離れる。
正論を言われてぐうの音も出ないのか、リヴィオは反論できずにいた。
葉瑠はリヴィオの代わりに何か言い返そうとしたが、先にアビゲイルが言葉を再開した。
「……ですが、馬鹿は嫌いではありません」
「どういう意味?」
「拳による直接攻撃でしかできないこともあるということです」
素手による近接格闘にどんなメリットがあるのだろうか。
「その辺りのことは葉瑠が詳しいと思います。彼女にアドバイスを貰うといいでしょう」
アビゲイルは話は終わりと言わんばかりにオーダー端末画面に目を落とす。
アビゲイルさんはああ言っていたが、私にはメリットが全く思い浮かばない。
何とか話を引き出すべく、葉瑠は会話をつなぐ。
「アビゲイルさんも何か食べる? マルゲリータでよければ一緒に食べようよ」
「是非とも頂きたいところですが……場所を変えましょう。先ほどの男性、そろそろ私の嘘に気づく頃でしょうから」
そう言ってアビゲイルは席を立つ。
この動きに反応し、リヴィオも立ち上がる。
「確かに、絡まれると厄介そうだし、店出るか」
リヴィオは懐から携帯端末を取り出し、オーダー端末に押し当てる。すると精算画面に移行し、自動的に支払いが行われた。
葉瑠はピザに視線を向けたまま文句を言う。
「えー、でもまだ一口も食べてない……」
「そんな暇はありません。早く出ますよ葉瑠」
「うう……」
私としても男の人に因縁をつけられるのは避けたい。
葉瑠はしぶしぶ了承し、リヴィオ、アビゲイルと共にピザ店を後にした。
葉瑠たちが店を出てから5分後。
アビゲイルによって追い出された男二人組は『センチュリーオーブンピザ』の玄関に立っていた。
「……テラスにも店内にもいない。逃げたみたいだな」
「くっそーあの女ビビらせやがって……全部デタラメじゃねーか」
男の脳内は社会的に殺されずに済んだ安堵感と、アビゲイルに対する怒りでごちゃごちゃになっていた。
そんな男を、もう片方の男はなだめていた。
「でも、結構可愛かったと思わないか? そりゃあ確かにムカつくけどさ、スラセラートの訓練生とのツーショット写真が手に入ったと思えばラッキーだろう」
「……それとこれとは別の話だ」
一応事実として認めているようで、男は携帯端末に映るツーショット写真を眺めていた。
もう片方の男はその画面を覗き込み、さらに続けて言う。
「……と言うか、抱きつかれたりひざ上に乗られたり……羨ましいぞ」
男は携帯端末を強引に懐に仕舞いこみ、強がる。
「冗談はよせよ。同じスラセラートでも、どうせ写真を取るなら『救世主』の方が良かったぜ」
「救世主……シンギのことか。ハワイにいるって噂、本当なのか……?」
二人はアビゲイルのことを忘れ、またしてもVF談義を始める。
しかし、今回はすぐに邪魔が入った。
「――今、シンギと言ったか?」
唐突に彼らに話し掛けたのは、革製のロングコートを身に纏った、不気味なほど背の高い大男だった。
大男は体が大きいというよりは縦に長く、四肢にいたるまで細長かった。骨と皮しか無いのではないかと思わずにはいられないほどの病的な細さだ。
そんな細い体に加え、面長の顔も不気味さを更に際立たせていた。
男二人組は若干ビビりながらも大男に言い返す。
「いきなり何だよ、おっさん」
「シンギがこの島にいるのか?」
コートの大男は顔をぐいっと近づける。
目はカッと開かれ、充血していた。
「う……」
流石に危険を感じたのか、男は知っている情報を話し始める。
「空港で見たってやつが結構いるらしい。俺も又聞きだから詳しくは知らないけれど……あと、ビーチで寝てたっていう情報もネットに書かれてたな」
男の話で確信を得たのか、コートの大男は男二人組から離れる。
そして、独り言をつぶやき始めた。
「そうか、シンギが……なるほど、代替戦争はフェイクか……主に知らせるべきか知らせぬべきか、いや、彼を引っ張り出せたということは目的は達せたということか……」
「おい、やばそうだし行こうぜ」
「おう……」
コートの大男がぶつぶつと呟いている間、男二人組はその場から逃げ出した。
「シンギ・テイルマイト……遅かれ早かれいつかは超えねばならぬ壁。明日は運命の日になるだろう。私にとっても、彼にとっても、そして世界にとっても……」
コートの大男は意味深な言葉を呟きつつ、夜の闇へ消えていった。
センチュリーオーブンピザを出てから1時間と30分後。
結局、葉瑠達はホテル内の割高の中華料理を食べ、今は上階の宿泊フロアに向けてエレベーター乗っていた。
エレベーターはまず4階で止まり、葉瑠とアビゲイルは箱から降りて通路の絨毯を踏む。
5階のリヴィオとはここでお別れである。
「それじゃ明日、頑張ってね」
葉瑠が声をかけると、リヴィオは軽く手を上げて応じた。
そのまま扉は締まり、エレベーターは上階に上って行った。
葉瑠も自室に戻るべく通路を歩き始める。
……と、アビゲイルさんに呼び止められた。
「私には応援はないのですか、葉瑠」
葉瑠は振り返る。
アビゲイルはエレベーターに背を向けて立っており、視線は正面の壁に向けられたままだった。
「あ、ごめん。アビゲイルさんも頑張って」
「……」
アビゲイルは特に応えることなく頷き、葉瑠とは逆方向に向かって歩き始めた。
フロア自体は同じだが、部屋はエレベーターを挟んで反対側のようだ。
葉瑠も踵を返し、改めて自室へ向けて通路を進み始める。
――結賀が待っているであろう、ツインルームに
「……あ!!」
ここでようやく葉瑠は思い出す。結賀の制服をコインランドリーで洗濯しっぱなしだったことを……
(しまった、まずいまずい……)
本来なら中華料理を食べる前、ホテルに戻ってきた時点で気付くべきだった。
あの結賀が2時間以上も風呂に入っているわけがないし、バスローブでも着て部屋で待っているに違いない。
葉瑠は一秒でも早く部屋に戻るべく走り始める。
その足音を聞きつけたのか、前方の部屋のドアが開き、中から結賀が出てきた。
「葉瑠、どこ行ってたんだ……?」
声は低く、静かに震えていた。
怒っている。
間違いなく怒っている。
「結賀……」
葉瑠は本能的に危険を察知し、足を止める。
結賀は静かに歩み寄ってくる。
「……シャワー浴び終えたらいつの間にか葉瑠と服が消えてて……色々と大変だったんだからな」
「色々?」
改めてよく見ると、結賀は制服を着ていた。
コインランドリーまで自分で取りに行ったのだろうか。
いや、それはありえない。
制服を洗濯したことはリヴィオくん以外は知らないし、流石の結賀もバスローブ姿でホテル内をうろつくなんて事はできないはずだ。
そもそも、鍵は私が持っている。一歩でも外に出たらオートロックが掛かって閉めだされてしまうはずだ。
そんな疑問に答えるように、結賀に遅れて室内からアルフレッド教官が出てきた。
「そう、色々と大変だったのだよ葉瑠君」
いきなり現れたかと思うと、アルフレッド教官は事情を語り始める。
「彼女は全裸で通路に飛び出した挙句、オートロックで部屋に戻れなくなっていてね。そこの防火扉に陰に隠れている所を私が保護したのだよ」
「クソ教官!! 誰にも言わないって約束したじゃねーか!!」
結賀は咄嗟に反転し、アルフレッドに詰め寄る。
顔は真っ赤で、既に涙目だった。
「偶然私が通りかかったから良かったものの、一つ間違えれば悲惨なことになっていただろう」
「うー……」
悔しさと恥ずかしさが混ざり、結賀はその場で崩れ落ちる。
「もう嫁に行けねえ……」
一体どれほどの恥辱を受けたのか、葉瑠には全く想像できなかった。
葉瑠は結賀に駆け寄り、隣にしゃがみ込む。
「ごめんね結賀、ジャケット少し汚れてたから洗濯したほうがいいかなって思って」
「余計なことするなよぉ……うー……」
恥ずかしさを紛らわすためか、結賀は絨毯を何度も叩いていた。
「どうどうどう……」
葉瑠は結賀を何とか落ち着かせるべく、恐る恐る背中を撫でる。
こんな結賀を見るのは初めてだ。
もしかして、アルフレッド教官に何かされたのだろうか。
葉瑠は疑問をそのままアルフレッドにぶつける。
「教官、私達の部屋で何してたんですか」
「秘密だ」
話す気はないようだ。
ならば結賀に訊くだけである。
「ねえ結賀……」
アルフレッドは金属のマスクをクイッと上げ、結賀に釘を刺す。
「部屋でのことは一切他言無用だ。わかっているな結賀君」
「自分は約束破っといて、よくそんなこと言えるな……」
泣きながら文句を言う結賀に対し、アルフレッドは脅すように告げる。
「結賀君、これから私は守衛室に行って通路の監視カメラ映像の一部を削除してもらうよう頼みに行くつもりなのだが……必要なかったかな?」
アルフレッドの話が本当ならば、結賀の姿は監視カメラにばっちり撮られていたことになる。
結賀に反論の余地はなかった。
「……はい、他言無用です」
「よろしい」
アルフレッドは満足げに頷き、非常階段の方へ去っていった。
姿が見えなくなった所で、葉瑠は結賀に耳打ちする。
「……結賀、本当は何されたの?」
「されたというか、したというか……とにかく秘密だ」
秘密と言われると余計知りたくなる。
が、元々の原因を作ってしまったこともあり、葉瑠はそれ以上問い質すことができなかった。
結賀は目元を拭うとゆっくりと立ち上がり、フラフラと室内へ戻っていく。
「……もう寝る」
「あ、待って結賀」
葉瑠も後を追い、部屋に戻ることにした。




