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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
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 07 -微妙な距離-


 07 -微妙な距離-


 夕刻

 自由時間を終えた訓練生達は自室に戻っていた。

「疲れた……」

 葉瑠はツインルームに入るやいなやベッドに身を投げ、体を弛緩させる。

 シーツの肌触りは最高だった。いい石鹸の香りもする。

 心も体も癒やされていく感覚に包まれていると、遅れて結賀が部屋に入ってきた。

「全然物足りねーな。こんなことならシンギ教官の誘い断って本島に行きゃあよかった」

 結賀は窓側のベッドに腰掛ける。

「そんなこと言わないほうがいいよ、どこで聞いてるかわからないし」

 ツインルームにはベッドが2つあり、入口側と部屋奥の窓側にそれぞれ配置されている。

 窓からは昼間遊んだビーチが見える。昼間は砂の色や緑の色、それに海と空の青などの色々な色で構成されていた景色も、今はすべてが夕日の赤に染まっていた。

 暫くするとこれらが全て黒に染められるかと思うと、何だか感慨深い。

 窓から差す夕日を受け、結賀もオレンジに輝いていた。

 何だかんだで疲れたのか、結賀は床の一点を見つめてぼんやりしていた。

 こうやって淑やかにしていると結構絵になる。

 しばらく見ていると視線に気づいたのか、結賀は窓側のベッドから離れてこちらに移動してきた。

「葉瑠、泳いでもねーのに何でそんなに疲れてるんだよ」

 結賀は寝ている葉瑠のおでこをぐりぐりと弄る。

 抵抗することなく葉瑠は答える。

「時差ぼけかな……飛行機の移動も結構疲れるよね……」

「だらしねーなあ、シャワー浴びてシャキッとしてこいよ」

 疲れすぎてシャワーを浴びる気力すら残っていない。と言うか、起き上がることもできそうにない。

 葉瑠は結賀にシャワーを譲ることにした。

「海水でベトベトだろうし、先に結賀が使っていいよ。私はちょっと休みたい……」

「そうか? ……じゃあ、遠慮なく先にいただくぞ」

 結賀はおでこから指を離すと、いきなり服を脱ぎ始める。

 女の子同士だし脱ぐこと自体は別に構わない……が、一つだけ問題があった。

「結賀、いつもみたく脱ぎ散らかさないでよ」

「わかってるわかってる」

 問題は、結賀が好き放題に脱ぎ散らかすことだった。

 学園では、結賀は寮に帰ると同時に服を床に脱ぎ捨ててジャージに着替える。そして、登校の時に床にある制服を再度着るというワイルド……ではなく、だらしない生活を送っている。

 何度注意しても治らないし、クローゼットを使う気配もない。

 最近はベッドの上に服を脱いでいるが、寝るときに床に落とすので結局は同じだ。

「それじゃ、風呂入ってくる」

 すべて脱ぎ終えると、結賀はユニットバスの中に入っていった。

 その後、すぐにシャワーの音が聞こえ始めた。

「はあ……」

 結賀の無神経さとだらしなさには霹靂させられるが、それよりも嬉しさが優っていた。

 こんな風に友達とお泊りするなんて、ついこの間までは考えられなかった。

 女子寮も似たようなものだが、こういう特別な場所で宿泊するのはまた違う気がする。

 せっかくだし、普段話せないような事についてお喋りしたい。

 そんなことをぼんやり考えていると眠たくなってきた。

 とりあえずしばらく寝よう。

「……」

 葉瑠は眼鏡を外して枕元に起き、ホテル特有の大きな枕に顔を埋める。

 やっぱり気持ちいい。

 これなら簡単に眠れそうだ。

 しかし、葉瑠にはどうしても気になることがあった。

(結賀の服、片付けないと……)

 やっぱり部屋が散らかっているのは我慢できない。

 葉瑠は枕から頭を上げ、だるさに耐えつつ体を起こすと、ゆっくりした動作でベッドから降りた。

 改めて室内を見渡すと、結賀の制服が足あとのようにユニットバスまで続いていた。

 手前からジャケット、ブラウス、靴、スラックス、靴下、下着……

 脱衣の様子が手に取るように分かる。

 葉瑠は順々に服をかき集めると、結賀のベッドの上に放り投げ、再び自分のベッドに寝転んだ。

 これで心置きなく眠れる。

 しかし、葉瑠にはまだ気になることが残っていた。

(結賀の服、畳まないと……)

 気になり始めるとキリがない。

 葉瑠は再度ベッドから降り、結賀のベッドに上に乗る。

 ベッドの上に座り込むと、葉瑠は結賀のジャケットを掴み、慣れた手つきで畳み始めた。

(結構よごれてますね……)

 ファッションには気を掛けているのに、こういうところに無頓着なのは頂けない。

 今すぐ洗濯したい気分だ。

(あ、確かコインランドリーがあったような……)

 コインランドリーなら1時間と少しあれば洗濯も乾燥もできる。結賀には少し我慢して貰う必要があるが、制服が綺麗になるなら文句ないはずだ。

 そうと決まれば話は早い。

 葉瑠は制服を畳むのを中断すると、適当な手提げ袋に結賀の衣服を詰め込み、部屋を後にした。

 


 葉瑠たちが宿泊しているのは『エートリガー・リゾートホテル』という10階建てのビルと15階建てのビルが合体しているホテルだ。

 15階建ての部分は内陸側に、10階建ての部分はビーチに面していて、オーシャンビューが楽しめる設計になっている。

 外観は飾りっけのないシンプルな造りになっているが、内装は信じられないほど豪華だ。

 室内にはハワイアン調の家具や調度品が置かれ、壁には花の写真やエキゾチックな絵画が飾られている。

 葉瑠が現在歩いている通路も床一面にふかふかの絨毯が敷かれていて、壁には等間隔にアンティークランプと額縁に飾られた絵が交互に並んでいた。

(もっと安ホテルを取るかと思っていたんですけど……これはこれでいいですね……)

 葉瑠は4階の部屋を出た後、エレベーターで移動し5階に来ていた。

 コインランドリーを探すためにとりあえずフロントに行こうとしたのだが、エレベーター内の案内板に5階と10階にあると表記されていたため、案内に従い5階に移動したというわけである。

 5階に来てからコインランドリーコーナーを探し求めて通路を歩いているのだが、それらしき看板は見つからない。

 フロアの端の方にあるのだろうか。

 視線を上の方に向けながら歩いていると、前方の部屋のドアが開いた。

 ドアからは宿泊客らしき人が出てきて、ポケットに手を突っ込むとこちらに向かって歩き始めた。

 葉瑠は視線を合わさぬよう、咄嗟に下を向く。

 ……こういう時、どうするのが正解なのか未だに分からない。

 お互い無視してすれ違うのが普通なのだろう。かと言って、頑なに視線を合さず通りすぎるのは逆に不自然な気がする。

 とりあえず宿泊客同士、会釈くらいしておいたほうがいいかもしれない。

 そう決めた葉瑠は相手を確認するべく少し視線を上げる。

「あ、リヴィオくん……」

 先に声が出てしまった。

 通路の先、ズボンのポケットに手を突っ込んで歩いていたのはリヴィオだった。

 リヴィオは葉瑠の呼びかけに反応し、驚いた様子でその場で足を止める。

「葉瑠……何か用か」

 葉瑠も歩くスピードを落とし、微妙な距離を保ったまま応じる。

「5階にコインランドリーがあるから、洗濯しようかなって……」

 葉瑠は結賀の脱いだ服が詰まっているビニール袋を掲げる。

 リヴィオは袋から視線を逸し、背後を指さした。

「コインランドリーは……向こうだ。あと、服は透明な袋に入れないほうがいいと思うぞ……」

「袋……?」

 葉瑠は改めて袋を見て、何故リヴィオが視線を逸らしたのか理解した。

「……!!」

 外側から中身が丸見えになっていたのだ。

 ジャッケトはもちろんのこと、ブラウスもスラックスも……それに下着も、色や形がはっきりと見えていた。

「違う!! これは私のじゃなくて結賀ので……」

「どっちにしろ隠せよ……」

「そうだね……」

 取り敢えず葉瑠はビニール袋をお腹に抱える。……が、あまり隠せなかった。

「……」

 仕方なく葉瑠はジャケットを脱ぎ、ビニール袋を覆い隠した。

「気をつけろよな、全く……」

 リヴィオはそれ以上話す気は無いようで、再度歩き始める。

 しかし、葉瑠はリヴィオが明らかに自分のことを意識していると感じていた。

 表情も普通だし視線も前を向いているのに、葉瑠は何故かそう確信していた。

 そんな不思議な感覚に陥ったせいか、すれ違いざま、気付くと葉瑠はリヴィオの腕を掴んでいた。

「なっ!?」

「あ……」

 リヴィオは葉瑠の唐突な行動に驚き、葉瑠も自身の行動に驚き、両名ともに壁に背を預けて距離を取った。

 リヴィオの背後にはちょうど絵画が掛かっており、額縁で後頭部を強打した。

 リヴィオは頭をさすりながら文句を言う。

「いきなり触んなよ、ビビっただろ」

「ごめん」

 謝りながらも、葉瑠は“一度腰を据えて話せ”というシンギからのアドバイスを思い出していた。

 せっかく引き止めたのだし、とにかく会話を続けよう。

 葉瑠は壁から離れ、リヴィオに詰め寄る。

「あの、空港ではありがと……」

「……?」

「リヴィオくんが結賀と喧嘩してくれたおかげで、パスポート見られずに済んだ」

「パスポート……あー、名前の件か。そういやそうだな」

「もしかして、気付いてなかった?」

「単にうるさかったから文句言ってやっただけだ」

 そう言いながらもリヴィオくんは視線を左下に向け、ぽりぽりと頬を掻いていた。

 この反応を見て、葉瑠はシンギの読みが当たりだったことを悟った。

 ……リヴィオくんは私の味方だ。

 一気に不安が取り除かれ、葉瑠は久々にリヴィオに笑みを向ける。

「でも、助かったのは本当だし、やっぱりお礼言っとく。それと名前のこと、秘密にしててくれてありがとう」

「おう……」

 葉瑠はこれ以上の詳しい事情を訊くつもりはなかった。

 どうして本名を知っていたのか、その理由を知った所で意味は無いと思ったからだ。

 私も詮索されたくないのだし、ここで相手を詮索するのは筋違いというものだ。

「……それじゃ、な」

 リヴィオは頑なに葉瑠と視線を合さず、その場から離れようとする。

 しかし、葉瑠は言葉を続ける。

「えーと……そう言えば最近全然話してなかったよね。ごめんなさい」

「何で謝ってるんだよ。俺のことはいいからさっさと洗濯行ってこいよ」

 リヴィオは会話を終わらせ、エレベーターに向かって歩き始めた。

 葉瑠はリヴィオの進行方向に立ち塞がり、強引に会話を続ける。

「別に急がないから大丈夫。……そう言えば、作戦会議はどうだったの?」

「対戦相手のデータを見て、攻め方とか戦法とか話し合ってただけだ」

「へー……相手はどんなランナー?」

「それは秘密だ。関係者以外には話すなって釘刺されてるんだ」

 同じ訓練生とはいえ、代替戦争に出る以上は機密保持も当然だ。

 これ以上会議に関する話は無駄だと判断し、葉瑠は早々と切り替えていく。

「ねえリヴィオくん、学園に帰ったらお願いしたいことがあるんだけど……」

「……とりあえず言ってみろよ」

「私に格闘技教えてくれないかな」

「格闘技?」

「うん、VFBで上手く戦うには格闘技習うのが手っ取り早いって結賀が言ってたんだ」

 そう言いながら葉瑠はボクシングの真似事をする。

「間違っちゃいねーが……俺は人に教えるほど上手くねーぞ」

 結賀も同じような事を言っていた気がする……

「そうだ、アハトに話通してやろうか? アイツああ見えて格闘技マニアだから、適任だと思うぞ」

「私は……リヴィオくんの方がいい」

 格闘技を教えてもらうのが一番の目的ではあるが、同時にリヴィオくんと腹を割って話すことも目的に含まれているのだ。

 葉瑠は直接言葉では言わず、眼鏡越しに目で訴える。

「……近いぞ」

「ごめん……」

 どうやら近付き過ぎていたみたいだ。葉瑠は慌てて後退する。

 それでも気持ちは伝わったようで、リヴィオはしぶしぶ了承する。

「……空いた時間に教えるくらいならいいぞ」

「ありがと。そうだ、お礼も兼ねてごはん一緒に食べよう?」

「今からか?」

「うん、今から」

 リヴィオくんとの格闘訓練の約束を取り付け、そのお礼として食事に誘う。……我ながらナイスな作戦だ。

 満更でもないようで、葉瑠の誘いに対しリヴィオは首を縦に振る。

「分かった。……つーか、今丁度飯食いに出掛けるところだったんだ。ロビーで待っててやるからさっさと洗濯済ませろよ」

「あ、そうだった……」

 危うくコインランドリーの事を忘れるところだった。

 洗濯と言っても洗剤と服をドラムの中に突っ込むだけでいいし、すぐに終わるだろう。

 葉瑠は「すぐ終わるから」と告げ、急いでフロアの奥へ向かう。

 数メートルほど走り、ふと振り返る。既にリヴィオはエレベーターに向かって歩き出していた。

 リヴィオの後ろ姿を眺めつつ、葉瑠は冷静になって考える。

(……デートだよね、これ)

 二人きりで食事なんて、デート以外考えられない。

 我ながら大胆になったなあと思いつつ、同時にあまり緊張していない自分に驚く葉瑠だった。

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