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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
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 06 -傘下の雑談- 


 06 -傘下の雑談- 


 ホテルから少し離れた場所、西側の海を望む海岸沿いに設置されたプライベートビーチにて。

 シンギを含めた6人組は海水浴を楽しんでいた。

(貸し切りにしてしまうなんて……流石はシンギ教官ですね)

 砂浜の両脇には岩場がせり出ており、さらに背の高い植物が生い茂っていた。背後も同じように覆われているため、他人の目を気にすることなく遊べそうだ。

 しかし、葉瑠は海に寄り付かず、砂浜の上で膝を抱えて座っていた。

「はぁ……」

 泳げないわけではないが、積極的に泳ごうとも思わない。

 海からは男子たちの元気な声が聞こえていた。

 男子3名はビーチボールを順番にトスして遊んでいた。ボールは滞り無く3名の間を行きかい、開始してから30分経った今も一度も海に落ちていない。

 ある意味すごいが、わざわざ海でやるようなことではない気がする。

 その点、結賀は存分に海を満喫していた。

 結賀はプライベートビーチに入った瞬間海に向かって駆け出し“ちょっと泳いでくる”とだけ言い残して海の彼方へ消えていってしまった。遠泳である。

 水着も競泳で着用するような黒のハーフトップにハーフスパッツだったし、泳ぐのが好きなのかもしれない。

 私もホテルのレンタルサービスを利用して水着を着用しているが、一人で泳ぐ気にはなれなかった。

 因みに、現在着ているのはセパレートタイプのタンクトップビキニだ。

 ビキニと言ってもトップスは普通のボーダー柄のタンクトップ、ボトムスはスカート・パンツ一体型なので、一見すると普通の服に見える。このまま街を出歩いても恥ずかしくないくらい露出は少ない。

 泳がない上に露出も少ない。

 果たして水着に着替える必要があったのだろうか……

(でも、シンギさんの命令だから仕方ありませんよね……)

 相変わらず海からは楽しげな声が響いている。

 30分も陽に焼かれたせいか、だいぶ暑苦しくなってきた。水着も海水ではなく私の汗でじんわりと濡れてきた。

 体を冷やすためにちょっとだけ水に入ろう。

 そう決めた瞬間、不意に大きな影が葉瑠の周囲に広がった。

「!!」

 葉瑠はいきなりできた黒い空間に驚き、動きを止めてしまう。

 が、それが円状の影……パラソルの影だと悟ると安堵の息をついた。

「こんな場所で座りっぱなしだと熱中症になるぞ」

 注意され、葉瑠は背後を見上げる。

 そこにはサングラスを掛けたシンギ教官の姿があった。

 シンギ教官はパラソルの支柱を握り、固定するべく砂浜に捻り込む。

 パラソルを設置し終えると、シンギ教官は影の中に入ってきた。

 教官は水着を着ておらず、この日差しの中長袖長ズボンという出で立ちだった。

 私よりもシンギ教官の方が先に熱中症になりそうだ。

「ふー……」

 シンギは肩に掛けていたクーラーボックスを葉瑠の左隣にどかっと置き、自身もその場に胡座をかいて座る。

 そして、クーラーボックスの上面にあるスイッチを押した。

「喉乾いたろ。好きなの飲んでいいぞ」

 スイッチを押すとクーラーボックスは自動的に展開し、冷気が白いモヤになってボックスの周囲に流れ出た。

 漏れ出る冷気を左腿に感じつつ、葉瑠はボックスの中を覗き込む。

 中には何だかよく分からないドリンク缶がぎっしりと詰まっていた。

 ジュースなのか、スポーツドリンクなのか、はたまたお酒なのか……パッケージを見ただけでは判断がつかない。

 葉瑠はとりあえずスポーツという単語が書かれている青色の缶を手に取る。

「シンギ教官、これは……」

 葉瑠はジュースかどうか確認するべくシンギに声を掛ける。

 クーラーボックスの向こう側、シンギ教官は海を眺めていた。

 葉瑠は言葉を途切らせ、その横顔を観察する。

 ……この人は私の父を打ち倒し、世界を救った救世主だ。

 しかし、こうやって見る限りは彼が世界最強のランナーには見えない。

 筋骨隆々なわけでもないし、孤高のオーラを放っているわけでもないし、救世主という肩書を笠に着て気取っていることもない。

 ただ確実に言えるのは、彼は浜で日光に晒されている少女に日陰を作り、冷たいものまで飲ませてくれるやさしい人だということだ。

 少し目つきは悪いけれど、それを抜きにすればいい男性だと思う。セルカ理事長が彼を好きになったのも少しだけ理解できる気がする。

(……まあ、宏人さんには遠く及びませんけれどね)

 自分の中の宏人さんへの愛を再確認した後、葉瑠はジュース缶を開栓する。

 開栓の際のパキンという音に反応したのか、シンギ教官はこちらを向いた。

「遠慮せずに飲めよ。こういう類の飲食物はアルフレッドから死ぬほど貰ってるからな」

 アルフレッドの名前が出て、葉瑠は飲みくちから缶を離す。

「まさか、アルフレッド教官が私達に差し入れを……?」

「違う違う。これは……何て言えばいいか……アレだ。俺への貢物みたいなもんだ」

「なるほど……」

 アルフレッド教官は事あるごとにシンギさんのことを絶賛していたし、贈り物をしていても不思議ではない。

「アルフレッドの奴、遠征に行く度に大量の土産を買ってくるもんだから、余って余って仕方ねーんだ」

 シンギ教官はそう言いつつ、クーラーボックスから私と同じ青い缶を取り出し、開栓する。

 そして、飲みくちを咥えると缶を一気に傾けた。

 ゴクゴク飲んでいるし、やっぱりスポーツドリンクで間違いなかったみたいだ。

 葉瑠もシンギに負けじと缶を傾ける。

 冷たく甘い液体が喉を潤し、胃へ流れていく。

 3口飲み込むと葉瑠は一旦缶を口から離し、砂浜の上に置く。

 シンギ教官はこちらがちびちび飲んでいた間に一気に飲み干したようで、缶を片手でくしゃくしゃに握りつぶしていた。

 缶はあっという間にテニスボールサイズまで潰され、さらにゴルフボールサイズまで潰されていく。

 ……凄い握力だ。最強のランナーの片鱗を見た気がする。

 シンギ教官は元々は(カーディナル)エッジ社という民間軍事会社で傭兵ランナーとして活躍していたと聞いている。

 あの缶のように、何百、何千機という敵機を捻り潰していたのだろう。

 そう考えた途端、隣にいるシンギ教官が怖い人のように思えてきた。

 何か冷たいものが背中を駆け抜けていく感触を感じつつ、葉瑠は海を見る。

 海では相変わらず男子3人がビーチバレーに興じていて、沖合では結賀が一心不乱に泳いでいた。

「みんな元気ですね……」

「なーに年寄りみたいなこと言ってんだ」

 シンギ教官はクーラーボックスから二本目を取り出し、片手で開栓する。

「レンタルしてまで水着着てるんだ。ちっとは泳いだらどうだ?」

「私、泳ぐの苦手なんです」

 小学生時代はスクール水着を隠されたり、更衣室から追い出されたりしてプールの授業もまともに受けられなかった。

 中学生に至っては学校に行っていない。

 泳げないわけではないが、せいぜい20mがいいところだろう。

「だったら男子連中と遊んでこいよ」

「別にいいです。私が混じっても迷惑なだけでしょうし……」

 男子3人の中に飛び込んでいけるほどの勇気はない。

 ネガティブな発言を続けていると、シンギ教官から信じられないセリフが発せられた。

「そんなことねーだろ。あいつら、さっきからお前のことチラチラ見てるぞ」

「え……?」

 葉瑠は改めて男子3人組を観察する。

 すると、今まで気付かなかったが、3人は数秒ごとにこちらに視線を向けていた。

 単にシンギさんを見ているのかとも思ったが、私と視線が合いそうになると明後日の方向へ顔をそむけているし、シンギ教官の観察眼に間違いはないみたいだ。

「あいつら、お前と話したいんじゃねーの?」

「どうしてそう思うんですか?」

「見りゃ分かるだろ。同じチーム同士、少しはコミュニケーション取ったほうがいいぞ」

「別にチームってわけじゃ……」

 同じ訓練生というだけで、それ以上でもそれ以下でもない。むしろランキング戦で戦うこともあるだろうし、チームメイトというよりはライバルの方が近い気がする。

 それに、上手く話せる気がしない。

 結賀やアビゲイルさんとは普通に会話できるようになったけれど、男子とは上手く会話できる気がしない。唯一まともに話せたリヴィオくんとはずっと話せていないし、宏人さんとも中々会う機会がない。

「あっち行きにくいなら俺が呼んでやろうか?」

「いえ、いいです……」

 変な気を使わせるのは悪いし、そもそも男子と話したくない。

 葉瑠は話題を変えるべく、空港での件を持ち出す。

「それよりシンギ教官、空港では大変でしたね」

「……」

 空港でファンに追われた事を思い出したのか、シンギ教官は飲みかけの缶を握りつぶす。

「本来なら通用口からこっそり入国するはずが、アイツを助けたせいでロビーを通る羽目になっちまった……クソ」

 シンギ教官は潰れた缶をクーラーボックスに戻し、濡れた手を袖で拭く。

「つーか、アルフレッドの野郎、俺から逃げるためにチーム会議始めやがったな……終わったらただじゃ済まさねーぞ……」

 その言葉には紛うことなき殺意が混じっていた。

 シンギ教官がファンに追われた原因はアルフレッド教官ではなく、リヴィオくんが「シンギさん」と名前を呼んだせいだと思うのだが……リヴィオくんのためにも黙っていよう。

「チーム会議って代替戦争の作戦会議ですよね? シンギ教官なら入っても問題ないんじゃないですか?」

 シンギ教官は首をふる。

「NATO関係者の会議だ。救世主って肩書だけで割って入れるわけねーだろ」

「そうなんですか……」

 最強のランナーとなれば好き放題できるイメージがあるが、シンギ教官はそういう規則はきちんと守るらしい。何だか意外だ。

(リヴィオくん、今も会議してるんですよね……)

 アビゲイルさんの事は知らないが、アルフレッド教官やリヴィオくんは明日のために頑張っているに違いない。

 そう思うと何だか申し訳なくなってきた。

 その気持は言葉となって自然と漏れる。

「……少し、罪悪感を感じますね」

「どうしてだ?」

 葉瑠は飲みかけの缶を砂浜に置き、縁を指でなぞる。

「……リヴィオくんもアビゲイルさんも代替戦争の準備をしているのに、私達だけのんきに遊んでるので」

 何もできることはないのは理解している。でも、罪悪感を感じずにはいられなかった。

「訓練生が気を使うんじゃねーよ」

 暗い表情を浮かべる葉瑠に、シンギはチョップをかます。

「いっ……」

 脳天に衝撃を受け、眼鏡が盛大にずれ落ちた。

 続いて鈍痛が頭をじんわりと支配していく。

 本人は軽くチョップしたつもりだろうが、かなり痛い。

 ズレた眼鏡を掛け直している間、シンギ教官は衝撃の事実を口走った。

「リヴィオにしたってただの頭数合わせだろ。邪魔さえしなけりゃ合格点だ」

「そうなんですか!?」

「本番を経験させてやろうっていうアルフレッドなりの実習授業だろうよ」

「……」

 代替戦争の勝ち負けは国民の生活に直結するくらい重要なことだ。

 実習授業のために貴重な選手枠を埋めていいのだろうか。……いや、駄目に決まっている。

「あの、今からでもプロのランナーを雇ったほうがいいのでは?」

「おいおい、一応お前らもプロランナーだって自覚した方がいいぞ」

「プロランナー……」

 一般的に、卓越した操作技術を有するランナー、もしくはランナー業で生計を立てているランナーをプロランナーと呼ぶ。

 スラセラートに入学できた訓練生は十分にプロランナーを名乗れるだろう。

 だが、どう考えても私はプロランナーではないし、ランナーと名乗れるかどうかすら怪しい。

「はあ……」

 自然とため息が出た。

「おいおい、落ち込んでんじゃねーぞ」

 シンギ教官は今度はチョップではなく、背中をバンと叩いた。

 この人は力加減というものを知らないのだろうか。

「アルフレッドの言う通り訓練してりゃかなりの使い手になる。俺が保証してやるよ」

「訓練……」

 ここ最近まともに訓練させてもらえていない。

 背中の痛みに耐えつつ、葉瑠は相談を持ちかける。

「シンギ教官、聞いてもらえます?」

 葉瑠は体操座りを解き、シンギに体を向け、砂浜の上で正座する。

「相談か? いいぜ何でも言ってみな」

 シンギは缶を脇に置き、胡座をかいた状態で両膝に手を置いた。

 葉瑠は膝の先を見つめたまま静かに話し始める。

「あの、アルフレッド教官の件なんですけれど、実はここ最近ずっとまともな訓練をさせてもらえてないんです」

「へー、具体的には?」

「えーと、最初の2週間は基礎教練プログラムをやってたんですが、クリアした後はずっとフィジカルトレーニングで……もうここ最近ずっと疲れがたまってるんです」

「そりゃあ酷いな……」

 葉瑠は“俺からアルフレッドに注意してやる”や“指導教官を宏人に変更してやる”などのセリフを期待していた。

 しかし、シンギ教官は別の箇所に食いついた。

「……って、たった2週間で基礎教練プログラムをクリアしたのか?」

「はい、そうですけれど……?」

 何故こんな過剰な反応をしているのか理解できず、葉瑠は若干戸惑っていた。

 シンギ教官は興奮気味に話を続ける。

「マジで素質はあるみてーだな。ヒロトは操作技術は遺伝しないって言ってたが……間違いなくお前、更木の娘だわ」

 褒められてるみたいだ。それどころか絶賛されている。

 そこまで褒められるとは思っておらず、葉瑠は軽く焦ってしまう。

「確かに難しいステージもありましたけれど、攻略法を見つけさえすれば誰にだってクリアできると思うんですけれど……」

 それこそプロランナーの素質がある人なら1週間……いや、5日あればクリアできそうだ。

 葉瑠の言葉に対し、シンギ教官は渋い顔で応じる。 

「いいや、その攻略法を見つけるのが難しいんだよ、アレは」

「シンギ教官もやったことがあるんですか?」

 最強のランナーと名高いシンギ教官のことだ。基礎教練プログラムなんて全ステージノーミスであっという間にクリアしたに違いない。

 葉瑠はそう思い込んでいたが、返ってきた答えはかなり予想に反していた。

「おう、かなり前だがやったことあるぞ。……俺はあれクリアするのに3ヶ月掛かっちまったけどな」

「……!!」

 3ヶ月……単純計算で私の6倍時間を掛けていたことになる。

 クリアの早さがランナーの強さの指標になるわけではないが、少なくとも当時のシンギさんより私のほうが操作技術が上だということになる。

 驚きのあまり目を見開いている葉瑠に対し、シンギは優しく語りかける。

「自信もてよ葉瑠。お前はランナーとして最も重要な才能を持ってる」

「才能……?」

「情報分析能力だ。いち早く相手の狙いや操作の癖や弱点を見抜ければ、それだけで優位に立てる。基礎さえやっときゃ十分強いランナーになれる。……フィジカルトレーニングもその一環だろ、多分」

「そうでしょうか……」

 何だか嬉しいような恥ずかしいような……

 シンギ教官に本気で褒められるのは、結構凄いことなんじゃないだろうか。

 自然と頬が緩むのを自覚していると、シンギ教官は別件について話し始めた。

「それよりも、名前の件は大丈夫か?」

「はい、それは全く……」

 咄嗟に問題ないと答えようとした葉瑠だったが、リヴィオの顔が浮かんでしまい尻すぼみになってしまった。

「……何かあったみてーだな」

 シンギ教官の前で隠し事はできない。

 葉瑠は周囲に誰も居ないことを確認すると、早速悩みを打ち明ける。

「苗字の件、実はリヴィオくんに知られてしまいました。……と言うより、最初から知っていたみたいなんです」

「リヴィオなら大丈夫だ」

「え?」

「女を泣かせるような奴じゃねーってことだ。いっぺん腰据えてしっかり話せよ」

 早口で告げると、シンギ教官は海に視線を向け、缶ジュースを口元に運んだ。

 急に会話を終了させられ違和感を覚えた葉瑠だったが、すぐにその理由を理解することになる。

「葉瑠ー、およごーぜー」

 声につられて葉瑠は砂浜に目を向ける。そこには結賀の姿があった。

 どうやら一泳ぎ終えたようで、黒の競泳水着は満遍なく濡れ、ブラウンのショートカットヘアからは水が滴り落ちていた。

 葉瑠はパラソルの影から出て、結賀に近寄る。

「“ちょっと泳ぐ”って言ってから40分は経ったよ。一体どこまで行ってたの?」

「わからねーけど、とりあえず疲れたから戻ってきた」

 結賀は満足気に笑っていた。

 ……適当過ぎる。

「もう、沖に流されたらどうするつもりだったの?」

「オレもそこまで馬鹿じゃねーよ。夏は暇さえありゃ泳いでたんだぜ?」

 結賀は広島出身だ。となると、瀬戸内海を泳いでいたのだろう。

「そういう油断が事故に繋がるの。次からは気をつけないと駄目だよ」

「うるせーなあ。心配性すぎるだろ葉瑠」

 結賀は笑みを浮かべたままこちらの頬をつんつんと突く。

 本気で心配しているのに、こういう適当な反応をされると苛つく。

 何かガツンと注意できる言葉はないか、ムッとしたまま考えていると、いきなり結賀がこちらの頭をがしりと掴んだ。

「え?」

 そして、抵抗する暇もなく強引に180度回転させられた。

「うえっ!?」

 変な声が出てしまった。

 結賀は葉瑠に強引に回れ右をさせると、シンギ教官に自慢気に話しかける。

「どうだシンギ教官、葉瑠かわいいだろ?」

 冗談めかして言うと、結賀は続いて葉瑠の体に手を這わせる。

「ひゃっ!?」

 唐突なボディタッチに葉瑠は思わず悲鳴を上げてしまった。

 そんなことはお構いなしに結賀は葉瑠の水着、ボトムスのスカート部分をひらひらさせる。

「ぐっとくるだろ?」

 世界最強のランナーに向かって何を言っているのだろうか。

 葉瑠は恥じらいながらもシンギの反応を待つ。

 シンギ教官は面倒くさそうな表情を浮かべていた。

「俺はガキには興味ねーんだ」

「……」

 可愛いだの綺麗だの言われても困るが、興味ないと言われるのは結構つらい。

 結賀はシンギ教官の反応が気に食わないようで、ぶーたれていた。

「何だよ、反応薄すぎだろ。自分から海水浴に誘っておいてそれはねーと思うぞ」

 結賀の意見も一理ある。

 遊びに出かけようと私達訓練生に提案したのはシンギ教官本人だ。

 その本人が水着を着ていないのは少し違和感がある。

「感想がほしいなら向こうの男子に聞けばいいだろ」

 シンギ教官は適当に答えると、クーラボックスに手を突っ込み、缶ジュースを放り投げる。

 結賀はそれを片手でキャッチした。

「水分補給だけは忘れんなよ」

 シンギ教官はこれ以上会話する気がないようで、そのまま砂浜に寝転がった。

「……」

 結賀は視線を海に向ける。

 男子3人は咄嗟にこちらから視線を逸らした。

 一連の動きを見て、結賀は呆れた風に息を吐く。

「はあ、全く……」

 結賀は受け取った缶ジュースを開栓し、腰に手を当てて一気に飲み干す。

 飲み終えると結賀は缶を葉瑠に押し付けた。

「……帰るぞ葉瑠」

 葉瑠は空き缶を受け取り、言葉を返す。

「え、だってあの3人に水着の感想を……」

「あんな馬鹿面な野郎どもに感想貰っても意味ねーだろ。ほら、撤収だ撤収」

「うん……」

 流石にこの場に女子一人だけで残る勇気はない。

 葉瑠は結賀の言葉に従い、共に更衣室へ行くことにした。



「――あれ、もしかしてあいつら帰った?」

「帰ったみたいだな」

「疲れたのかな……?」

 プライベートビーチに残った3人は手を止め、陸側にある更衣室に目を向けていた。

 3人共結賀か葉瑠に話しかけるつもりだったが中々タイミングが掴めず、結局先に帰られてしまったわけである。

 ドナイトはクローデルを指さす。

「お前のせいだぞクローデル」

「は?」

「鼻の下を伸ばし過ぎだ。その顔見て逃げ出さない女子はいないぞ」

「そりゃ伸びるだろ。結賀はビビるくらいスタイルいいし、葉瑠も予想に反して出るとこ出てたしな!!」

「開き直るなよ……」

 二人は女子に話し掛けられなかったことを悔やんでいるようだったが、アハトはそんな素振りは見せず、ビーチボールを指先で回していた。

「でも、どっちにしろ難しかったと思うよ。結賀は沖のほうでずっと泳いでたし、葉瑠ちゃんはシンギ教官とずっと話し込んでたし」

 アハトはボールを弾き飛ばし、ドナイトにパスする。

「僕達も戻ろうよ。今日はもう休みたい」

「もう疲れたのかアハト。もっと体を鍛えたほうがいいぞ」

「うん、そうするそうする」

 ドナイトのアドバイスを適当に受け流し、アハトは海から離れていく。

 クローデルとドナイトはアハトを追いかける。

「アハト、お前始終テンション低かったけど、あいつらは好みのタイプじゃないのか?」

「別にそういうわけじゃないよ。ただ、リヴィオくんがいないとどうも盛り上がりに欠けるというか……」

 アハトはため息をつく。

 ドナイトは「なるほど」と呟き、アハトの横に立つ。

「寮ではリヴィオと同室だし、学園でもいつも行動を共にしていたからな。これだけ長い時間離れるのは初めてなんだろう?」

「そりゃあ初めてかもしれないけれど、別に寂しいわけじゃないよ」

 アハトの言葉を聞き、クローデルは深く頷く。

「要するにアハトは近くにいる水着女子よりも同室の男子に興味があるんだな」

「滅多なこと言わないでよ……」

 誤解を招くような言い方に対し、アハトはクローデルを睨み頬を膨らませる。

 全く迫力のない怒り顔を見て吹き出しそうになりながら、クローデルはさらに責め立てる。

「じゃあちょっとは水着女子に食いついたらどうだ。お前、一度見ただけでそれ以降は全くあいつらのこと見てなかったろ」

「それは本当かクローデル」

「ああ、間違いないぞ。……俺たち、とんでもない発見をしてしまったかもしれないな……」

 クローデルは顎に手を添え、アハトをじっと見つめる。

 ドナイトもアハトをまじまじと観察していた。

 二人の視線から逃れるべく、アハトは両手をブンブンと振る。

「そんな目で見るなよ……と言うか僕はそんなんじゃないからな!!」

「へー」

「ほー」

 クローデルとドナイトは完全にアハトを弄る態勢に移行していた。

 このままだとまずいと感じたのか、アハトはとんでもないことを口走る。 

「僕はただ水着に興味がないというか……そもそも、いつも練習で着てるランナースーツと大差ないと思うんだけれど」

 アハトの答えに対し、二人は合点がいったように手のひらを叩く。

「そういうことか。……アハトはランナースーツフェチだったんだな」

「とんだむっつり野郎だな」

「何でだよー……」

 そんな会話をしつつ、男子3人組はそのままビーチを離れていった。

 ビーチに取り残されたシンギはクーラーボックスからアイススティックを取り出す。

 そして、男子たちの会話を思い返し、一人呟く。

「今度、セルカにランナースーツ着せてみるか……」

 シンギはそれから暫くの間、静かになった浜辺で日光浴を楽しんでいた。


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