04 -入国審査-
04 -入国審査-
……海上都市から飛行機に揺られること6時間弱
葉瑠はハワイのホノルル空港に降り立っていた。
入国審査ゲートの列に並びながら、葉瑠はため息をつく。
「はあ、疲れた……」
超音速旅客機のおかげで早く到着できたが、道中は揺れがすごかった。
しかし、通常の航空機の倍近い速さで到着できるのだからそのくらいのデメリットには目を瞑ろう。
こちらの時刻は昼の2時。時差ボケのせいで何だか体もだるい。
これから合宿が行われると思うと余計疲れを感じずにはいられない。
(あーあ、これが旅行だったらなあ……)
モモエさんからのお誘い……リゾート施設での懇親会は金額の問題のせいで参加を迷ってしまったが、今は倍額を払ってでも迷うことなく懇親会に参加したい気分だ。
葉瑠は何気なく入国審査ゲートを眺める。
ゲートは3箇所あり、それぞれのブースには入国審査官らしき人が座っていた。
……この光景には見覚えがある。
10年以上前、まだ父があの事件を起こす前、私はここに家族旅行で訪れたことがある。
記憶は定かではないが、美術館でマグカップを買ったことだけは覚えている。
多分ビーチで海水浴もしたのだと思うが、その辺りの記憶は全く無い。何だか勿体無い気分だ。
しかし、あの頃は本当に自由だった。
家族旅行に行ったのはハワイだけではない。連休の度にいろいろな場所へ旅行した。
でもそのほとんどが思い出せない。
(あの頃は旅行に行くのが当たり前だったし、忘れてても仕方ないか……)
大抵、貴重な体験は覚えているものだが、当たり前のように行われている習慣などはめったに記憶に残らない。
それなりに過去を懐かしんでいると、不意に隣から声を掛けられた。
「葉瑠、パスポート準備しとけよ」
話しかけてきたのは隣の列に並ぶ結賀だった。
結賀は普段通りスラセラートの学生服に身を包んでいた。
青を基調としたジャケットと白いワイシャツ、濃い青のスラックスはモデル体型の結賀によく似合っていた。
葉瑠は結賀を少し見ただけですぐに視線を逸らす。
「うん……」
遅れて発せられたその返事は歯切れが悪かった。
疲れていることもあるが、それ以上に緊張しているからだった。
(パスポート、見られないようにしないと……)
私は更木という本名を隠すために川上という姓を名乗っている。
しかし、パスポートにはしっかりと本名が書かれているので、少しでも見られたらアウトなのだ。
特に結賀には知られたくない。
いつかは話さなければいけないが、今はその時ではない。
結賀は自分のパスポートを見つめ、唸っていた。
「うーん、やっぱこういう証明書の写真って上手く撮れないよなあ……」
「……そうだね」
「葉瑠のはどんな感じなんだ?」
「普通だよ」
「普通って……ちょっと見せてみ」
結賀はこちらのパスポートに手を伸ばしてきた。
葉瑠は咄嗟にその手を避け、パスポートを抱え込む。
……少し反応が大げさだったかもしれない。
葉瑠は苦し紛れに言い訳をする。
「ごめん、人に見せられないくらいひどい顔で写ってて……」
「へー、どのくらい酷いんだ?」
結賀は再度手を伸ばしてくる。
葉瑠は避けきれず、思わず手の甲で結賀の手を弾いてしまった。
これで火がついたのか、結賀は意地悪っぽい笑みを浮かべ、半ば強引に背中に覆いかぶさってきた。
「わっ!?」
葉瑠は咄嗟に体を丸めたが、その時には既に結賀の腕は内側に入り込んできていた。
「いいから見せろよー、恥ずかしがるなって」
「ダメ、本当にダメだから……」
笑いながら体をまさぐる少年……に見える少女と、体を丸めてひたすら耐えている華奢な少女……。
どこからどうみても痴漢の現場であった。
しかし、誰も助けに入ろうとはしない。それどころか微笑ましく見ている。
どうやら、同じ制服を着ているので学生同士のじゃれあいだと勘違いしているみたいだ。
……いや、じゃれあっているのは事実なのだが、私にとってはただのじゃれあいでは済まされない問題なのだ。
誰か結賀を止めてくれないだろうか……
そんなことを願っていると、すぐに救世主が現れた。
「うっせーぞ女子、ガキじゃないんだから静かにしてろよ」
苛立った声で結賀を諌めたのはリヴィオくんだった。
リヴィオくんは既に制服のジャケットを脱いでいて、襟の部分に指を引っ掛けて肩に背負っていた。
「写真映りがいいの悪いのって……よくそんなくだらねーことで騒げるよな」
リヴィオくんは銀の髪を掻き上げ、至近距離から碧の瞳で結賀を睨みつける。
結賀は「あん?」と不機嫌な声で応じたかと思うとこちらから離れ、リヴィオくんに体の正面を向けた。
「黙れよ。っつーか、勝手に話聞いてんじゃねーよ。きもちわりーんだよてめー」
結賀はノリノリでリヴィオに応じる。
リヴィオは「はァ?」と返し、さらに結賀に切迫していく。
結賀も負けじと体を張り、とうとう二人はおでこ同士をかち合わせた。
……実はこの二人、仲がいいんじゃないだろうか
おでこを擦り合わせながらリヴィオは口喧嘩を続ける。
「あんな大声で話してたら嫌でも耳に入るんだよ。ちっとは周りの迷惑考えたらどうだ、あ?」
「テメーに説教される筋合いはねーんだよ。さっさと列に戻れ」
「ああ、お望み通り戻ってやるよ……っと!!」
リヴィオは体を離したかと思うと、素早く拳を突き出し、結賀の手からパスポートを奪い取った。
……それはまさに一瞬の出来事だった。
瞬速、かつ、精細な拳を目の当たりにし、葉瑠は「おお」と感嘆の声を漏らす。
速くて強烈なパンチを打てる人はいくらでもいるが、スピードを殺すことなく相手の手の内にある物を掠め取るなんて凄すぎる。
結賀は何をされたのか理解できず目をパチクリさせていた……が、パスポートを奪われたことに気付き、慌ててリヴィオに手を伸ばす。
しかし、その時には既にリヴィオは顔写真のページを開いていた。
「うわっ……ひでー顔。よくこれでパスポート発行してもらえたな」
「あっ、勝手に見んじゃねーよ!!」
リヴィオは結賀をひらりとかわし、男子の集団へ戻っていく。
「ほらお前らもこれ見てみろよ、面白いぞ」
「マジでやめろ、ぶん殴るぞ!!」
結賀はリヴィオを追いかけ、向こうの列へと行ってしまった。
パスポートの写真、そんなにひどい顔だったのだろうか……。
結構気になるが、今は難が去ったことを素直に喜んでおこう。
もしあのまま結賀に本名を知られていたら、大変なことになっていた。
その事実を踏まえ、ふと葉瑠は思う。
(リヴィオくん……私を助けてくれたのかな……)
リヴィオくんから声をかけてきたのは珍しかったし、絡んでくるにしてはタイミングが良かった。
私の本名を知っているのに黙ってくれている事も考えると、リヴィオくんは悪いことを企んでいるわけではなさそうだ。
あれ以来リヴィオくんとは一言も言葉を交わしていないし、この機会に詳しく話を聞いたほうがいいかもしれない。
そう心に決め、葉瑠は改めてリヴィオを見る。
リヴィオくんは結賀から逃げ続けていた。私の入国審査が終わるまでああやって騒ぎ続けるつもりらしい。
続いて葉瑠は列の先頭に目を向ける。
私の番まであと5人だ。このペースなら結賀にパスポートを見られることなくゲートを通過できそうだ。
……しかし、安心したのも束の間、新たな不安の種が左隣の列で発生した。
「――お客様、大変申し訳無いのですがそのマスクを取っていただけませんか……」
「断る」
係員とトラブルを起こしていたのはアルフレッド教官だった。
「別に没収するわけではありません。素顔を拝見するだけですので、少しの間外していただくだけるとありがたいのですが……」
「君も話が通じない男だな。このマスクは私の顔の一部であり、この状態こそが素顔なのだよ」
「そんな屁理屈を言われましても……このままだと入国を許可できません」
「君では話にならないな。上司を呼びたまえ」
「……」
アルフレッド教官の無茶な要求に対し、係員さんは困り顔を浮かべていた。
が、通路脇の職員専用扉から出てきた恰幅のいい男性の姿を見て安堵の表情を浮かべる。
「あ、ようやく来てくれたんですか隊長……」
「……いったい何のトラブルだ?」
どうやらアルフレッド教官の望み通り、係員の上司が出てきたみたいだ。
隊長さんはアルフレッド教官を見てすぐに腰の警棒に手を伸ばす。
「何だ、変質者か……?」
「人を見るなり変質者とは失礼にも程があるぞ」
隊長は面倒くさそうに首を左右に振り、係員に指示を出す。
「……とりあえず拘束しろ。別室で話を訊く」
隊長の指示に従い、3名の係員がアルフレッド教官を囲んだ。
反抗するとおもいきや、アルフレッド教官は隊長の提案にあっさり応じる。
「いいだろう。私としてもこれ以上注目を浴びたくはない」
アルフレッド教官は率先して歩き出し、開いたままだった職員専用扉の奥へと姿を消した。
騒ぎが収まると、列が再び動き出す。
アルフレッド教官の一件で結賀の注意は完全に私から逸れており、おかげで特にトラブルなく入国審査を済ますことができた。
ゲートを抜けるとすぐに荷物受け取り場が見えてきた。
特に持ってくる物も無かったので、ここは素通りで問題ない。そもそも手荷物すら持ってない。持っているものといえば携帯端末と眼鏡くらいなものだ。
葉瑠は到着ロビーに向かって歩き続ける。
しかし、不意にスラセラートの制服を着た少女をみつけ、足を止める。
長い黒髪に三白眼、仏頂面で佇んでいたのはアビゲイルさんだった。
アビゲイルさんは荷物受け取り場の隅っこで、自前のスーツケースの上に座っていた。
葉瑠は彼女に歩み寄り、声を掛ける。
「あれ、先に審査終わらせてたんだ……。飛行機から出る時は後ろにいたよね?」
アビゲイルさんは頭を動かすことなく赤い瞳でこちらを見る。
「私は米国籍です。自国民専用のゲートは審査が早いのです」
「へー、アビゲイルさんってアメリカ人だったんだ……」
「驚くようなことではないと思いますが……前に言いませんでしたか?」
「聞いてないよ」
「確かに言いました。単に聞き逃していただけでしょう」
「いや、だから……」
言い返そうとしたが、アビゲイルさんはスーツケースから降り、取っ手を持って歩き出す。
「立ち話もなんですし、ベンチがある到着ロビーに行きましょう」
「うん……」
葉瑠は言葉を飲み込み、アビゲイルの後を付いていく。
……彼女とは最近仲がいい。
出会いは最悪だったが、ランキング戦で戦ってからはそれなりに懇意にしている。
私を認めてくれたのか、それとも単に脅威に成り得ないと判断しされているのか……。
どちらにしても、もう腕を折られたりする心配はなさそうだ。
歩きながらアビゲイルさんは先程の騒ぎについて話し始める。
「アルフレッド教官、予想通りトラブルになりましたね。到着早々先が思いやられます」
「ほんとだよ……」
実はアルフレッド教官は出国時にも問題を起こしている。
手荷物検査の際、金属探知機に捕まってしまったのだ。あれだけ大きな金属製のマスクを付けているのだから、当然の結果である。
そこで外せばいいものを、アルフレッド教官は頑なにそれを拒否したのだ。
結局、“特殊な医療器具”として強引に認めさせたが、出国は大丈夫でも入国はダメだったようだ。
「でも、あそこまでやると余計素顔が気になるよね……」
「誰にでも知られたくない秘密はあるものです。……そういう意味では貴女も危なかったんじゃありませんか?」
「それはそうだけど……」
葉瑠は言い返せなかった。
もしあの時リヴィオくんが割って入ってこなかったら……
もしアルフレッド教官が問題を起こさなければ……
間違いなく私の本名は結賀に知られていただろう。
一言二言交わしていると、すぐにロビーに到着した。
ロビーには数台のベンチが並んでおり、外にはタクシーやらバスの停留所がズラリと並んでいた。
ロビー自体の狭さも相まってか、待合室のような雰囲気を醸し出していた。
簡素な場所だったが、ロビーは大勢の人で賑わっていた。殆どが観光客のようで、傍らに大きな荷物を携えていた。
アビゲイルさんは人の波をかき分けて空いているベンチを確保すると、スーツケースをベンチの脇に置いた。
そこで一息つき、アビゲイルさんは先程の話を続ける。
「更木を名乗りたくなければ素直に母方の姓に切り替えればいいものを、頭がいいのか悪いのか分からない人ですね」
「……」
葉瑠は応じることなくアビゲイルの隣に腰を下ろした。
確かに更木の名は重い足枷だが、同時に私を私たらしめる要素でもある。頭で分かっていても、そう簡単に捨てられるものではない。
葉瑠は話題を変えるべく、周囲の状況を何となく口にする。
「それより、観光客多くない? 何かイベントでもあるのかな」
入国審査の列もすごく長かったし、ロビー内部も人で溢れかえっている。
アビゲイルさんはこちらの質問に答える代わりにある一点を指さす。
「観光客というより観戦客ですね」
「……?」
葉瑠はアビゲイルの指し示す方向、向かいの壁に貼られているポスターを見る。
そこには『代替戦争』の4文字が踊っていた。
「明日はNATO(北大西洋条約機構)とWALLofASIA(亜細亜の壁)の代替戦争がありますから、それが目的なのでしょう」
「へー……え!?」
普通に納得しかけた葉瑠だったが、その規模の大きさに腰を抜かしそうになる。
(国同士じゃなくて組織同士で戦争するなんて……)
前例がないわけではないが、余程のことがない限りこんな大規模な代替戦争は行われない。
……因みに、『NATO』はその名の通り北米とヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟で、VFBにおいて圧倒的な勝率を誇っている。
『亜細亜の壁』は北は中国からインドネシア諸島を経て南はオーストラリアまで、縦長い範囲をカバーする軍事同盟だが、代替戦争への参加率は低い、。どちらかと言うと平和的な集団だ。
ただの親善試合ならまだしも、大きな集団同士で代替戦争を行うのだから、これだけ人が集まっていても不思議ではない。
葉瑠は再度ポスターを見る。
「ポスターには何も書いてないけれど、何のために試合するんだろう……」
「荷物受け取り場で待っている間に色々と調べましたが、どうやら戦争目的は非公開になっているようです。ネットでは様々な憶測が飛び交っていますが……どれも代替戦争を起こす理由としては弱いですね」
「ニュースに詳しいね、アビゲイルさんって」
普通に褒めたつもりだったが、アビゲイルさんは流し目でこちらを見て言う。
「何を寝ぼけたことを言っているのですか。貴女もVFランナーの端くれならこのくらいの事は知っておかないと駄目でしょう。恥ずかしいとは思わないのですか?」
「ごめん……」
最近トレーニングが忙しく、寮に帰ってもすぐにベッドに直行なのであまりニュースを見る機会がなかった。
今後は最低限の情報は仕入れていたほうがいいかもしれない。
二人してベンチで待っていると、少し遅れて結賀たちがやってきた。
「おー、人多いな」
結賀は適当に感想を述べ、ベンチ正面に立つ。
葉瑠はスペースを開けるべく、アビゲイルの方へ体を寄せる。
その際、不意に太腿同士が触れてしまった。
(冷た……)
アビゲイルさんの体温はとても低かった。
「わりーな」
結賀は開いたスペースに腰を下ろす。
女子3人は無事にベンチに座れたが、男子4人はロビーの中央で立ちつくしていた。
どうやら後方が気になるようで、4人共入国審査ゲートを見つめていた。
「アルフレッド教官、大丈夫かなあ……」
「アルフレッド教官がどうかしたのですか?」
アビゲイルの当然の質問に、結賀が答える。
「見てなかったのか? あいつ、係員とモメてどっかに連行されちまったんだ」
結賀からのこの情報だけでアビゲイルさんは納得したらしい。無表情でコクリと頷く。
「なるほど、やはりあのマスクが原因なのでしょうね」
「よくわかったね……」
「あれを不審がらない人間はこの地上に存在しないでしょう」
「あはは……」
……笑っている場合ではない。
アルフレッド教官がこのままロビーに現れなかったら冗談では済まされないのだ。
「宿泊場所も聞いてないし……もしかして教官が来るまでここで待ちぼうけ?」
勝手にホテルに泊まるという選択肢もあるが、この数の観戦客だ。近場のホテルは全室埋まっていると考えていい。
「そういうことになりますね。こんな事もあろうかと寝袋を持ってきていますので心配いりません」
そう言ってアビゲイルさんはスーツケースをぽんぽんと叩く。
「おー、さすがアビゲイル。準備がいいな、恩に着るぜ」
結賀は私の背中に手を回し、2つ隣のアビゲイルさんの肩をばしばし叩いていた。
アビゲイルはその張り手を避けるように体を傾ける。その結果、結賀の腕は葉瑠の後頭部に命中してしまった。
「ううっ」
鈍い衝撃が頭全体を揺らす。
その衝撃のせいで眼鏡が前に吹っ飛んでしまった。
結賀は「すまんすまん」と軽く謝り、犬でも撫でるように私の後頭部を撫でまわす。
その間、アビゲイルさんはベンチから離れて眼鏡を拾い、こちらの正面で中腰になって顔に掛けてくれた。
アビゲイルさんはベンチに座り直し、ようやく結賀に応じる。
「貴女にお礼を言われる筋合いはありません。……寝袋、私一人分しか持ってきていませんので」
「何だよー、ちゃんとしろよなー」
「よくもそんな理不尽な文句を吐けますね……」
「じゃあ、その寝袋の中にオレも入る。二人くらいなんとかなるだろ?」
「却下です」
……結賀もここ最近アビゲイルさんと仲がいい。今も当たり前のように冗談を言い合っている。
彼女は無表情で目つきも悪い冷酷な人だが、根っからの平和主義者だ。
私に攻撃的な態度を取っていたのも、“更木”の名前が原因だったようだ。
父親と同じく何かとんでもないことをしでかすと勘違いされていたのかもしれない。
いい迷惑だが、そのおかげでランキング戦に出ることもできたし、結果的には良かったと思っている。
……思っていた以上にVFを操るのは楽しい。
だからこそ、フィジカルトレーニング漬けの現状には不満がいっぱいだった。
(合宿、どうなるんでしょうか……)
合宿内容もさる事ながら、合宿自体行えるかどうか雲行きが怪しくなってきた。
眼鏡のツルを弄りながらぼんやりしていると、入国審査ゲート方面から大げさな謝罪の言葉が聞こえてきた。
「本当に申し訳ございませんでした!! 貴方様があのアルフレッド・クライレイとは露知らず数々のご無礼を……」
いきなりの大声に、葉瑠たちだけでなくロビーにいた観戦客の視線が入国審査ゲート方向にあるエスカレーターに向けられる。
「気にすることはない。分かってもらえればそれでいい」
全員が注目する中、ロビーに姿を現したのはアルフレッド教官だった。
アルフレッド教官はマスクに手を添えたままロビーを進んでいく。
「ランナーはその性質上顔写真や身体的特徴などの個人情報を公開していないのだから、貴方達が気が付かないのも無理は無い」
「そうだとしても、失礼な態度を取ったことに変わりはありません。……本当に申し訳ありませんでした……」
背後には先ほど見た恰幅のいい警備員の姿があった。他にも空港職員らしき男性が数名付いてきていた。
アルフレッド教官はロビー中央で振り返り、彼らに告げる。
「もう謝罪の念は十分過ぎるほど伝わった。見送りはいいから仕事に戻りたまえ」
「……何偉そうなこと言ってんだアルフレッド、俺が来なけりゃ留置所行きだったぞ」
アルフレッド教官にツッコミを入れたのはエスカレーターを最後に降りた人物だった。
その人物の顔を見て、リヴィオくんは名を叫ぶ。
「シンギさん!?」
ワイルドにカットされたブラウンヘアー、血の色を連想させる紅蓮の瞳。そして、服を着ていても分かるほど鍛え上げられた均整の取れた肉体……
彼こそ『救世主』と名高い世界最強のVFランナー、シンギ・テイルマイトその人だった。
「おい、今シンギって……」
「何だ!? 救世主がいるのか!?」
「見ろよ、エスカレーターのところにいるぞ!!」
シンギ教官の出現により、ロビー内が一気に沸き上がる。
「ここに来てるってことは……まさか代替戦争に復帰するつもりじゃ……?」
「マジか、二度と見られないと思ってたのに……今回の試合、伝説になるぞ」
みんな予想をはるかに上回る反応だった。
ここにいる殆どが代替戦争を観戦しに来たVFBファンなのだから、こうなるのも当然だった。
「やべ……」
大勢から視線を向けられ、シンギ教官はその場で立ち止まる。しかし、間髪入れずに出口目掛けてダッシュし始めた。
「逃げるぞー!!」
「追えー!!」
ファンたちはシンギ教官にわらわらと群がっていく。
シンギ教官は押し寄せてくるファンたちを華麗にかわしつつ、叫ぶ。
「お前のせいだぞアルフレッド、次あったら覚悟しとけよ!!」
「はい、十分過ぎるほど覚悟をしておきます」
アルフレッド教官は深々と頭を下げる。
シンギ教官はげんなりした表情を浮かべ、そのまま出口へ駆け抜けていく。
アルフレッド教官が頭をあげる頃には、シンギ教官はもちろん、ファン達もロビーから姿を消していた。
嵐が過ぎ去ると、アルフレッド教官は訓練生たちに告げる。
「……またせたな諸君。色々と聞きたいことがあるだろうが、まずはホテルへ向かうぞ。つきて来たまえ」
有無を言わさず、アルフレッド教官はロビーから出ていく。
「……」
7名の訓練生は一言も発さず、アルフレッド教官に続いて外へ出た。




