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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
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 03 -リトル・ジーニアス-


 03 -リトル・ジーニアス-


 ――スラセラート学園では教官一人につき一部屋、教官室が用意されている。

 教官室は半プライベート空間であり、教官はそこで事務作業を行ったり、小休止したり、研究を行っていたりする。

 教官室が集まっているエリアは基本的に訓練生の立ち入りは制限されていて、普通の学生には無縁の空間だ。

 そんな教官室の一室にて、一人の女性が室内奥の戸棚の中を漁っていた。

 戸棚に顔を突っ込んだ状態で、女性は独り言をつぶやく。

「――おかしいなあ、確かここにアルフレッドのお土産が……あ、あったあった」

 女性は探しものを見つけたようで、ゆっくりと戸棚から離れる。

 中から現れたのは小麦色の肌にブロンズの髪が映える女性、ルーメ・アルトリウスだった。

 手には円筒形の瓶が握られており、婉曲した表面にはナッツの絵が描かれたシールが貼られていた。

 ルーメは戸棚から離れ、その瓶を見つめる。

 彼女の緑の瞳は瓶の中身に釘付けになっていた。

「これこれ、このチョコナッツ絶品なのよねー」

 ルーメは甘美なため息を付き、瓶に頬ずりする。

 その場でくるりと回転すると、ルーメはスキップを踏みながら戸棚から離れ、教官室中央に鎮座しているソファーへ向かう。

 ルーメはそのままソファーの背もたれ部分を軽く飛び越え、座面におしりから着地し、瓶を開封した。

「勝利のご褒美ってことで許してね、シンギ教官」

 ルーメは部屋の主に断りを入れると、チョコナッツを摘み、口の中に放り込んだ。

 ナッツの香ばしさとチョコの控えめな甘さが絶妙にマッチしてとても美味しい。

 あまりの美味しさに堪らずルーメは「んー」と声を漏らし、脚をばたつかせる。

 誰にも文句を言われることなく世界の銘菓を好きなだけ食べられるなんて幸せだ。

(シンギ教官、このままずっと帰ってこなければいいのになー……)

 ……シンギ教官がいなくなってから一月が経とうとしていた。

 あれから連絡はないし、どこにいるのか分からない。

 一応何度かセルカ理事長に訊いてみたが、彼女も何も知らないようで困り顔を浮かべるだけだった。

 万が一にもあの最強のランナーが負けることは無いと思うけれど、相手が相手なのであまり楽観できない。

 ルーメは2つ目のチョコナッツを齧りつつ呟く。

アンクリアレッド……ファスナ・フォースを8機撃墜って、私の倍くらい強いんじゃないかしら……」

 シンギ教官はセブンに依頼され、代替戦争の妨害行為を行っているURという謎のランナーを追っている。

 私も気になってURのことは調べたけれど、正直あんまりよくわからない。

 わかっているのはURがその名前の由来通り赤いVFに乗っているということくらいだ。

 私も結構な頻度で代替戦争に参加しているし、いつか遭遇するかもしれない。

 その時は是非とも戦ってみたいものだ。

「んー、おいし」

 明らかに私達のようなまともなランナーにとっては敵だが、今はシンギ教官をこの部屋から追い出してくれたURに感謝しておこう。

 ひたすらチョコナッツを貪っていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。

 足音はどんどん大きくなり、やがてドアの前で止まった。……かと思うと、勢い良くドアが開いた。

「おいルーメ!! ボクを舐めてるのか!?」

 甲高い怒声と共に室内に上がり込んできたのは午前中にランキング戦で対戦したスーニャだった。

 彼女は鼻息荒くどかどかと歩み寄ってきて、目の前で仁王立ちする。

 ルーメは視線を上げ、彼女を観察する。

 彼女とは10回以上対戦していて、交流もそれなりにある。が、いつ見てもこの愛らしい外見には慣れない。

(生意気だけど、それがまた可愛いのよねえ……)

 仁王立ちされてもこんなに小さいと全く威圧感がない。

 確か歳は12歳で、出身はアラビア半島のカタールだと聞かされた記憶がある。

 幼いながらも顔立ちは整っていて、エキゾチックなつり目は大人顔負けの魅力を放っていた。いつもムッとしているのが残念だが、多分こんな表情をしているのは私に対してだけだろう。

 そんな顔を際立たせているのが長いカーキ色の髪だ。

 髪は前髪とサイド部分はショートカットに整えられているのだが、後ろ髪だけが長く、三つ編みにされて腰のあたりまで……いや、膝裏まで伸びていた。

 三つ編みの毛先は彼女の動きに合わせて揺れていて、膝の裏で自由に踊っていた。

 服装はトップスはスラセラートの制服を着ていたが、ボトムスはスカートではなくショートパンツを履いていた。

 そのショートパンツからは細くてすべすべの脚が伸びている。……触ったことはないのですべすべかどうかは分かり得ないのだが、見る限りは張りのある靭やかな脚だ。

 こんなに華奢な脚なのにVFでは学園屈指の蹴り技を繰り出すのだから面白い。

 タイツや靴下は履いておらず、靴はスエードのヒールブーツを履いていた。

 ルーメはスーニャをじっくり観察した後、ようやく言葉を返す。

「いらっしゃい。何か用?」

「いらっしゃいって……ここはお前の部屋じゃないだろ」

「なによー、別にいいじゃない」

 ルーメはチョコナッツを手のひらの上に乗せ、手首のスナップだけで上に飛ばす。

 チョコナッツは尖った放射線を描き、ルーメの口の中に消えていった。

 舐められていると感じたのか、スーニャはヒールで地団駄を踏み、ルーメを指さす。

「さっきの試合、本気じゃなかっただろ。……真面目に戦えよな!!」

「そんなことないわ。本気本気、超本気だったよ」

「嘘つけ!!」

 もちろん嘘である。

 本気を出すどころか、目をつぶっていてもスーニャには勝てる。

 本気をだすとすれば、それはアルフレッドか宏人かシンギ教官と戦う時だけだ。それ以外はまともに戦う気すら起きない。

「……ふん、そうやって舐めてればいいさ。1位だからって調子に乗ってると、いつか痛い目見るんだからな」

「……」

 文句を言われ続けるのも癪だし、少し言い返そう。

「調子に乗ってるのはどっちかしら」

「……ボクが調子に乗ってるって?」

 例のごとく、スーニャはムッとした表情を浮かべる。

 ルーメは長い三つ編みの毛先を眺めつつ、ダメ出しを続ける。

「そうよ。1位の私に挑戦し続けてるのが何よりの証拠よ。……カヤちゃんに負けて焦ってるのはわかるけどさあ、いきなり1位を狙うこともないでしょ」

「う……」

 痛いところを突かれたようで、スーニャはたじろぐ。

 実はスーニャとカヤは幼馴染らしく、小さい頃から互いに切磋琢磨し合ってきたらしい。

 二人共1年で10位以内にまで上ってきた優秀なランナーで、腕もほぼ互角だ。しかし、ここ最近実力差が出始め、スーニャは焦っているというわけだ。

「素直に6位のカヤちゃんに挑戦すればいいのに……もしかして負けるのが怖いの?」

「怖くなんかないよ!!」

 スーニャはまたしても大声を上げる。

 これだけ騒いでいると他の部屋にいる教官に気づかれてしまいそうだ。無断でシンギ教官の部屋に侵入して勝手にお菓子を食べていることがバレるとまずい。

 ルーメは少し腰を浮かし、目前にいるスーニャの腕をつかむ。そして、強引にソファーに座らせた。

「にゃ!?」

 唐突に体を引っ張られ、スーニャは小さく悲鳴を上げた。

 悲鳴を気にすることなく隣に座らせると、ルーメは続いてチョコナッツの瓶の口をスーニャに向ける。

「食べる?」

「……」

 スーニャは目を丸くしてこちらを見ていた。

 が、気を取り直したようでチョコナッツの瓶を軽く弾いた。

「ボクは……!!」

 何か言い出す前にルーメはスーニャの口を手のひらで覆う。

「静かにしてね」

「むーんー!!」

 スーニャはこちらの腕を退けるべく、体重をかけて両手で引っ張ったり、手の甲をつねったりしていた。

「お願いよ。代わりにカヤちゃんの攻略法教えてあげるから……」

「……!!」

 スーニャの動きがピタリと止まる。

 大人しくなったしもう大丈夫だろう。

 ルーメはスーニャから手を離し、つねられた手の甲を擦る。

 ふとスーニャを見ると、先程までとは打って変わってキラキラした目でこちらを見ていた。現金な小娘だ。でもそれが可愛い。

「えーと、カヤちゃんの得意武器は高火力のロングレンジライフルだけど……」

 ルーメは約束を果たすべく話し始める……が、すぐに別の人物によって中断させられてしまった。

「……その攻略法、わたしも教えて欲しーなー」

 幼い声とともに現れたのはカヤその人だった。

 ブロンドショートの髪にはウェーブが掛かっていて、相変わらずネコミミのカチューシャを頭に付けている。

 広いおでこの下にはエメラルドグリーンの瞳があり、どちらも室内灯の明かりを反射して綺麗に輝いていた。

 カヤはいつもの脳天気な笑顔ではなく、ムスッとした怒り顔をこちらに向けていた。

「スーちゃんの声がしたから来てみたけど……こんな場所で作戦会議するなんて卑怯だよー」

 頬を膨らませたまま、カヤは玄関からリビングルームへ歩いてくる。

 しかし、リビングルームに入る頃には既に笑顔になっていた。

 急に表情が戻った事が不可解だったのか、スーニャはつっこみを入れる。

「……急になんだよ、何がおかしいんだよ」

「いやあ、抱っこされてるスーちゃん見るの初めてだなあって思って」

「え……? あ!!」

 スーニャは状況を再確認するやいなやこちらの膝の上で跳び上がり、ソファーから離れる。

 そして、これでもかというほど何度も何度も私を指さし、カヤに訴える。

「違うぞ、これはこいつが無理やり引っ張って……」

「言い訳するなんて、スーちゃんはお子様だなあ」

 カヤは口元に手を当て、にひひと笑っていた。

(かわいいなあ……)

 仕草はもちろん、服装からも可愛さがにじみ出ている。

 カヤはスーニャのショートパンツとは違い、きちんとスカートを着用していた……が、スラセラートのプリーツスカートではなく、フリルの付いたフレアスカートだった。色合いは同じだが、プリーツスカートよりも丈は短い。

 スカートの下には黒のニーソックスを履いていて、絶対領域が形成されていた。

 ……が、フリルが2段式になっているせいで、唯でさえ狭い絶対領域の境界線が曖昧になっていた。

 チラチラと見える腿の肌色を眺めている間、カヤとスーニャの二人は口喧嘩していた。

「……お子様お子様うるさいぞ。大体、そっちのほうがお子様だろ。……いつになったらその変なカチューシャ外すんだ? 校則違反だぞ」

「変じゃないよ、猫耳だよー」

「猫耳なのは分かってるよ!! ……で、いつになったら外すんだ?」

 確かに、あの猫耳は子供っぽいし、校則違反っぽい

「……」

 痛いところを突かれて困ったらしい。カヤは答えを誤魔化すようにニコリと笑う。

 そして何を思ったか、いきなりその場で軽くターンし、両手を顔の横まで持ち上げ、手首を内側に捻ってポーズを取った。

「にゃんにゃん」

 猫のものまねである。

 腰を横に振り、首を傾げ、上目遣いで相手を見るそのポーズは破壊力抜群だった。

 ルーメはすぐに顔を背け、深呼吸する。

 そして、気を取り直して再びカヤを見る。

「にゃん?」

 やっぱり可愛い。

 完全に撃沈したルーメとは対照的に、スーニャは冷ややかな目でカヤを見ていた。

「取ってつけたように言うなよ……ばっかみたい」

 スーニャはカヤのカチューシャに手を伸ばす。

 カヤはスーニャの手をひらりと躱し、カチューシャの猫耳部分を指先でなぞる。

「失礼だなー。このカチューシャを……」

 カヤは言葉を途中で区切り、指先を猫耳から自分の頬へ移動させる。

「……付けたわたしの可愛さがわからないなんて、そっちの方が馬鹿なんじゃない」

「馬鹿じゃないし全然可愛くない。と言うか、道具に頼ってる時点でカヤの負けだな。ボクの方が断然可愛いね」

 スーニャは腰に手を当て、カヤに向かって胸を張る。

 カヤと違ってスーニャはボーイッシュな感じだが、それでも十分愛らしい外見をしている。

 カヤもその事実を認めざるを得なかったようで「ぐ……」と声を漏らして狼狽えていた。

 何とも下らない言い争いだが、本人たちは本気なのだから始末に終えない。

「ど、道具に頼っても別にいいでしょー。そんなこと言ってたら服だって道具だし……」

「アクセサリーと洋服は全然違う。アクセサリーは付けなくても大丈夫だけれど、服は着てないと生活に支障をきたすだろ? そんなこともわからないなんて、やっぱりカヤはお子様だなあ」

「……」

 私にしてみればどちらともお子様なのだが、わざわざ火に油を注ぐような発言をするつもりはなかった。

 こういうのをどんぐりの背比べと言うのだろう。

(……あれ?)

 背比べという単語を思い浮かべたせいで、ルーメは二人の身長に注目する。

 スーニャはヒールブーツを履いているのに二人の身長は殆ど一緒だった。

 ……どうやら、VFの実力だけではなく身長にも差が出始めているようだ。

 カヤに負けたくないがために慣れないヒールブーツを履くなんて……健気な少女である。

 そんなルーメの視線に違和感を覚えたのか、カヤもスーニャの足元に目を向ける。

 カヤは全てを理解したようで、ニヤリと笑った。

「あれー? その上げ底靴、履かないと生活に支障をきたすのかなー?」

「!!」

 スーニャは顔を真赤にしてその場にしゃがみこむ。

 弱点と知るやいなや、カヤはお返しと言わんばかりに捲し立てる。

「さっきからおかしいなって思ってたんだよねー。そんなにわたしに身長抜かれたのが悔しかったんだ?」

「違う、これは……ファッションだから……」

「へー、そうなんだ。ふーん」

 カヤはしゃがみ込んでいるスーニャの頭をぺちぺちと叩いていた。

 形勢逆転である。

 これ以降の挽回は不可能だと考えたのか、スーニャは勢い良く立ち上がり、部屋の外へ体を向けた。

「覚えてろよ!! 次は絶対勝つからな!!」

 私に向けての言葉なのか、カヤに向けた言葉なのか……まあどっちでもいいだろう。

 スーニャはそのまま一直線にドアまで駆け抜け、外へ飛び出していった。結局何のために私のところに来たのか、分からず仕舞いだった。

 カヤは勝ち誇ったように「ふふん」と声を漏らし、こちらの隣に座った。

 ルーメは先ほどの“にゃんにゃん”が忘れられず、カヤをジロジロと見る。

 この揺るがない可愛さには感服させられる。……が、それ以上に彼女のVFランナーとしての能力にルーメは驚かされていた。

(あんな戦い方で6位まで来たのよね……)

 ルーメはこれまで見てきたカヤの試合を思い返す。

 ……ショートレンジの近接戦闘がセオリーだというのに、カヤは一貫してロングレンジライフルによる射撃攻撃しか行っていない。

 広大なフィールドならともかく、あの狭いバトルエリア内で長物を使うのだから正気の沙汰ではない。

 大抵の射撃はAGFの重力盾によって弾かれ、ダメージは通らない。

 彼女のロングレンジライフルも当然ながらその対象に入っているが、彼女の射撃は何故か“当たる”のだ。

 どうしてこんな現象が起きるのか、初めて目の当たりにした時は何か裏技でも使っているのではないかと疑っていたが、すぐにエンジニアコースの教官の解析によって解明された。

 キーワードは正確無比な射撃だった。

 重力盾は強力な斥力によって対象物を外側へ押し出す装置であって、単なる強固なバリアではない。

 大抵の射的物はその斥力によって軌道を逸らされ、目標物に届かない。……が、斥力を超えるエネルギーを持った物体なら容易く重力盾を抜けることができる。

 とは言え、VF程度が装備できる兵装では十分な威力は実現できない。

 ならばどうすればよいか。

 カヤはこの問題を“正確無比な射撃”と“特殊な形状の弾丸”で解決した。

 重力盾に対して鉛直方向に弾丸を放つことによって斥力の影響を最小限に抑え、弾丸も細長い釘状の特注品を用いることで推力の減少を最小限に抑えることに成功したのだ。

 種を明かせば単純なからくりだったが、単純だからこそ高い射撃能力を要求され、故に簡単に真似できるものではなかった。

 それでもルーメはカヤに余裕勝ちしていた。

 重力盾を貫けると言っても、所詮は銃撃なのだ。避ければ問題ないし、避けさえすれば勝機はある。

 ……とは言え、現時点でカヤの射撃を避けられるランナーがこのスラセラートには5人しかいない。

 回避できるという前提条件をクリアできなければ、カヤに勝つことはできないだろう。

(この歳でこのレベル……一体どんな人が彼女を指導したのかしらね……)

 ジロジロ見ていると、カヤは視線に気づいたようで、こちらを見つめ返し首をかしげた。

 この仕草のせいで、ルーメは思わずチョコナッツを差し出してしまう。

 カヤはにんまりと笑みを浮かべると顔を寄せ、手のひらの上に乗ったチョコナッツに直接かぶりついた。

 その際、手のひらに柔らかい唇が触れ、ついでに生暖かい舌の感触を得た。

 接触面積はとても狭かったが、それゆえにかなりくすぐったかった。

 チョコナッツを頬張りつつ、カヤはスーニャについて質問してきた。 

「それで、スーニャはどれくらい強かった?」

「うーん、学園で8番目くらいかしら」

「真面目に答えてよー……」

「ごめんごめん」

 軽い冗談のつもりだったのに結構本気で怒られてしまった。

 年下に叱られるのもいいものだと感じつつ、ルーメは真面目に返す。

「10回戦ったけれど、毎回前回の敗北要因をしっかり克服できてるわね」

 ルーメの前向きなコメントに、カヤの表情が明るくなる。

「じゃあ、このまま戦っていけばいつかは……」

「そうね、あと200か300回くらいやれば、1回くらいは勝てるかもしれないわね」

「あー……そう」

 カヤはムスッと顔を背ける。

 何だかんだ言ってスーニャのことを応援しているみたいだ。友情とは素晴らしいものだ。

 2つ目のチョコナッツをカヤの口に運び、ルーメは質問し返す。

「スーニャの事はともかく、カヤちゃんはどうなのよ。次は誰に挑戦するつもり?」

 カヤは咀嚼しながら「んー」と唸り、飲み込んでから問いに答える。

「一通りやってこてんぱんにやられたし、まだしばらくはいいかな。……それより、下位からの挑戦に対応するのでいっぱいいっぱいだよー……」

 順位が上がると、それだけ挑戦してくる訓練生の数も増える……と思いがちだが、挑戦権を持つのは順位差が10位内の学生なので実際はそんなに忙しくない。

 ただ、カヤに関しては“回避さえできれば勝てる”という攻略法が確立されているため、挑戦者が後を絶たないみたいだ。

 頂点に上り詰めたルーメはもはや挑戦を受け続けるだけの存在だ。

 代替戦争でも負け知らずだし、唯一私を倒せるシンギ教官もいないので退屈で仕方がない。

 カヤは挑戦者について話を続ける。

「この間なんて、10位差のルールを無視して挑戦を申請されちゃってさー、困っちゃうよもう……」

 カヤは口の端についたチョコを指の腹で拭い、その指を舐める。

「へえ、誰なのその子」

 言葉と同時にルーメは3つ目のチョコナッツをカヤに投げ渡す。

 チョコナッツは宙を舞った後、直接カヤの口の中に入っていった。

「アビゲイル……1年生の中で一番強いランナーだよ。確か順位は……42位だったかなー」

「おー、1ヶ月で『50位の壁』を突破するなんて凄いわね」

「50位の壁……?」

 当然知っているかと思っていたのに、カヤは全く知らないみたいだ。エメラルドグリーンの眼はまんまるに開かれ、その視線は左上あたりを彷徨っていた。

 せっかくだし、ルーメは説明することにした。

「いい? 毎年度ランクング上位の訓練生の内、4人か5人くらいは学園に残るのよ。それが毎年積もりに積もって10余年。今では結構な数のランナーが在籍してるってわけ」

「それが50人?」

「そう。もう上はどん詰まり状態……現役世代の中でトップになるのは簡単だけれど、この50位の壁を抜けるのはそんなに簡単じゃないっていうこと。わかった?」

「なるほど……知らなかった……」

 カヤは納得した様子で頷いていた。

 そんなこんなでシンギ教官の部屋でチョコナッツを食べながらまったりしていると、とうとう昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

「ありゃ、もう昼休み終わりなの?」

「わ、もうこんな時間……」

 ルーメとカヤは慌てて立ち上がり、部屋の出口へ向かう。

 歩いている間、カヤはカチューシャを弄ったり髪を手櫛で梳いたり身だしなみをチェックしていたが、ルーメはチョコナッツの瓶をどのポケットに入れるか試行錯誤していた。

 最終的に内ポケットに収めると同時に通路に出た。

 通路には予令を聞いて部屋から出てきた教官たちの姿がちらほらと見られた。

 自分もその教官の1人だと自覚し、ルーメは気合を入れなおす。

「……それじゃあ一年生たちをしごいてきますか」

 勝手にお菓子を食べたことだし、それに見合うくらいの仕事はしてあげよう。

(さて、今日の訓練終わったらどのお菓子を食べようかな……)

 気合を入れてから数秒と経たないうちに、ルーメは早くも教官室の戸棚の中身を思い浮かべていた。


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