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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
24/133

 01 -色褪せない想い-

 2 玉鋼の拳


 01 -色褪せない想い-


 ――俺は、更木葉瑠を知っている。


 常に不安げな表情を浮かべている眼鏡姿の彼女のことを、俺はよく知っている。


 ……彼女と最初に出会ったのは10年以上前の事。

 当時の事はあまり記憶にないが、彼女との出会いと、その時に交わした会話はよく覚えている。

 出会った場所は日本の高級ホテル。最上階に位置するパーティー会場だった。

 会場はとてつもなく広く、壁一面がガラス張りで、高層ビルが立ち並ぶ夜景はとても綺麗だったと記憶している。

 夜空には星、地上には街の灯。まるで星の海に浮いているような感覚だった。

 会場にいる人も国際色豊かで、全員が綺羅びやかな衣装を身に纏っていた。

 俺の母もめったに着ないようなドレスを着ていたし、まだ小さかった俺も無理やりスーツを着せられた。

 パーティーが始まると、母は俺を連れていろんな人に挨拶をして回った。

 新しい人と挨拶する度に俺はお辞儀を強要され、その度に「可愛い息子さんですね」や「もうこんなに大きくなったんですか」など言われ、他にも瞳の色や髪の色を褒められたり、スーツが可愛いと頭を撫でられたり……かなり面倒だった。

 そこからの記憶は曖昧だが……とにかく、俺は母とはぐれてしまい、会場の隅でじっと立っていた。

 不思議と寂しくはなかった。

 ガラス張りの窓越しに、ずーっと夜景を眺めていた。

 あの夜景は今でも鮮明に思い出せる。

 ……異国の地の夜景。

 ドイツの工業地帯からあまり遠出をしたことがなかった自分には、まるでコミックやアニメに登場する近未来の都市のように感じられた。

 ぼんやり景色を眺めていると、彼女に話し掛けられた。

「何を見てるの?」

 それが第一声だった。

 俺は「外を見てる」と、一言だけで返事した。……いや、「外」と単語だけで返したかもしれない。どちらにしても、無愛想だったのは間違いない。

「外、見てて楽しい?」

 彼女は馴れ馴れしく告げ、許可もなく隣に立った。

 いきなり外人の女の子に肩を寄せられ、当時の俺は驚き、そして不快感を覚えた。

 母とはぐれた不安もあってか、俺は思わず彼女を押し飛ばしてしまった。

 今にして思えば酷い対応だったと思う。しかし、当時の俺はまだ就学前の児童だったのだから仕方がない。

「いきなり何よ、もう……」

 押し飛ばされた彼女は2,3歩ほどよろめき、文句を言ってきた。が、それ以上何も言わずにこちらをじっと見ていた。

 この時、俺は外に向けていた目を彼女に向けた。

 思い切り睨みつけ、「ジロジロ見るな」「どっかいけ」などと言うつもりだった。

 しかし、彼女の姿を見た時、俺は言葉を失った。

 初めて見る異国の少女。黒い髪は綺麗な光沢を放っており、上品に結い上げられていた。

 結い上げられた部分にはかんざしが刺さっていて、その深紅の簪は漆のような黒髪にマッチしていた。

 彼女の着ているドレスも印象的だった。

 外観デザインだけを見るとワンピースドレスだったが、ドレスの至る所に花がら模様がプリントされ、裾部分は大きく開かれ、胴部分には金刺繍の帯が巻かれていた。

 彼女の姿を見た時、俺は人生で初めて可愛いという感情を抱いた。

 その後、10秒以上は彼女のことを見つめていたように思う。

 そのまま言葉を失っていると、彼女がつぶやいた。

「綺麗……」

 何故そんなことを言ったのか、一瞬理解できなかったが、彼女の視線を見て理解できた。

 無垢な瞳はまっすぐこちらの頭部を捉えていた。

 俺は幼い頃か自分の銀の髪が珍しいと自覚していたし、綺麗だとか格好良いなどと大人から褒められることも多かった。

 しかし、同じ年代の女の子に、しかも外人の可愛い女の子に言われたのは初めてだった。

「触っていい?」

 彼女は押し飛ばされたにも関わらず、再度近寄ってきた。

 そして、返事を待たずして銀の髪を……前髪からこめかみ辺りにかけて指を差し込んできた。

 小さな指先が柔らかい髪をかき分けて頭皮を這う。

 ……俺は動けなかった。

 唐突の接触に驚いたこともあるが、彼女から目を逸らすことができなかった。

 多分、あの時既に俺は彼女に惚れていたのだと思う。

 彼女は単純に俺の髪が珍しかったようで、興味深そうに撫で回していた。

 初めて感じる不思議な感覚に戸惑いつつ、俺はその指を受け入れじっとしていた。

 そんな時間を終わらせたのは、低い男性の声だった。

「おやおや、新しいお友達ですか?」

 彼女はこちらから手を離し、くるりと振り返る。

「いいえお父様。ちょっとお話してただけです」

 彼女の背後には恰幅のいいおじさんが立っていた。

「どうも今晩は。楽しんでいただけていますか?」

 この時、大人に丁寧に話し掛けられ、戸惑った記憶がある。

 こちらが無言で頷くと、彼は自己紹介してくれた。

「私は七宮重工の社長秘書、更木正志と申します。娘がご迷惑をお掛けしました」

 とても物腰柔らかそうな太ったおじさんだった。彼が世界を混乱に陥れた大罪人その人なのだが、未だに信じられない。

 それくらい人畜無害なオーラを纏っていた。

 彼に続いて黒髪の彼女もお辞儀をした。

「私は更木葉瑠です。どうぞよろしくお願いします」

 葉瑠の名前を知ったのはこの時だった。

 俺は葉瑠という名前を、そして彼女の顔を頭に焼き付けるのに必死でろくに返答できなかった。

 沈黙を不思議に思ったようで、更木正志は近づいてきた。

「君は……もしかして迷子ですか?」

 葉瑠を見るのに夢中で、俺は無意識のうちに頷いていた。

「それはいけませんね。お名前を教えてもらえませんか」

 ……そこで俺は名前を告げ、更木正志に案内され、母と再会できた。

 それからはもう覚えていない。

 ただ、帰りの車中も葉瑠のことを考えていたことだけは覚えている。

 また会えるだろうか。次はきちんとお喋りできるだろうか。……そんなことを考えていたように思う。

 しかし、その時は訪れなかった。

 あの後すぐに例の事件が発生し、更木正志は大罪人となったからだ。

 七宮重工主催の懇親会やパーティーなどは全て中止され、彼女と会う機会は永遠に失われた。

 それでも、俺は彼女の事を忘れられなかった。

 朝、洗面台で髪に触れるたび、あの時の彼女の細い指先の感触を思い出し、テレビや雑誌などで日本関連のニュースを聞く度に彼女の着物姿が頭に思い浮かんだ。

 しかし、単に思い出すだけで、会いに行こうという発想は起こらなかった。

 あれからずっとVF操作の訓練で忙しかったし、大罪人の娘に会いに行くのを親が許してくれるとも思えなかった。

 だから、スラセラート学園に向かう連絡船で彼女と再開した時、俺は神の存在を確信した。

 そして、一目見て彼女だとわかった自分の想いの強さに感動を覚えた。

 彼女は10年前と背格好は全く違うし、表情も沈んでいたし、眼鏡を掛けていた。

 これだけ変わっていても彼女だと判断できたのだ。彼女も俺のことを覚えているのではないか……と淡い希望を抱いていたが、彼女の反応を見てその可能性を否定した。

 少しぶつかっただけなのに、彼女は俺を見て怯えながら謝罪してきたのだ。

 この反応を見て、俺は彼女とは初対面として接することを決めた。

 あの時の可憐な少女はもう存在しない。今ここにいるのは更木の名を捨てた川上葉瑠という素人ランナーだ。

 勝つためには手段を選ばない、ランナーの風上にも置けない訓練生だ。

「……リヴィオ、起きろー」

(……んん)

 声に反応し、リヴィオは目を開ける。

 いつの間にか思い出に浸っていたらしい。気付くと目の前に同級生の姿があった。

「お、起きた起きた」

「寮の談話室のソファーで二度寝って……座った状態でよく眠れるよな」

「午前の授業開始まで10分しかないよ。みんな急ごう?」

 時刻は朝の7時20分、場所は男子寮の談話室。

 ソファーやテーブルが置かれている談話室にはリヴィオを含め4名の訓練生がいた。

 全員1年生で、アルフレッド教官が担当教官だ。

 リヴィオはソファーから立ち、伸びをする。

「わりーな。まだ昨日の試合の疲れが残ってるみたいだ」

 十分に体を伸ばすと、リヴィオはソファー脇に置いていた鞄を手に持ち、談話室の外へ向かう。

 リヴィオにいち早く追いついたのはアハトだった。

 背が低めのアハトは、歩きながらリヴィオを横から覗きこむ。

「凄いよねリヴィオくん。あっという間に2年生倒して学内ランク73位。一ヶ月で30位も順位上げたわけだし、このぶんだと2年生を待たずしてトップになれるんじゃない?」

「そんなに簡単にいかねーよ。つーか、お前も何だかんだで77位じゃねーか。そっちの方が驚きだ」

「運が良かっただけだよ」

 褒められて嬉しかったようで、アハトは頬を押さえてニンマリしていた。

 こいつは背が低いというより幼いと表現した方がいいかもしれない。好奇心旺盛で甘え上手。どうみても小学生児童にしか見えない。

 少し長めのショートヘアは歩く度にふわふわと揺れ、くりくりとした灰色の瞳も彼の幼さに拍車を掛けているように思える。

 見るからにひ弱そうなアハトだが……実はこいつは見た目に反して強い。

 俺と同じく素手での格闘を得意としているが、そのスタイルはかなり異なっている。

 アハトは様々な武術を臨機応変に使い分けており、基本的にサブミッション系の技が多い。

 ロボットに関節技と聞くと滑稽に思えるが、事実アハトは格上に連勝しているのだから笑えない。

 装甲を無視してフレームに直接ダメージを与えられるみたいだし、訓練での勝率も7割程度だ。あまり戦いたくない相手ではある。

「お前ら、頑張りすぎだろ。もっと気楽にできないのか?」

 気怠そうに背後から話しかけてきたのはクローデルだった。

 こいつは基本遊び人気質で、真面目に訓練を受けている様子が見受けられない。食事もあまり取っていないらしく、細身というよりやつれている。

 白に染めた長い髪はポニーテールに束ねられ、獣を連想させるアンバーの瞳は何だか不気味だ。

 ここ一ヶ月訓練で何度か手合わせしているが、適当にやっているせいで実力を測りきれていない。ランキング戦にも一度も出ていないし、よく分からない奴だ。

「お前は気楽に構えすぎだ。……体を鍛えればやる気も出てくるぞ。明日から一緒に筋トレするか?」

 事あるごとに筋トレしているのはドナイトだ。同い年とは思えないほどの大男で、筋肉の塊だ。

 ドナイトはナイフを使った高機動戦が得意らしい。筋トレするのもGの変化に耐えられる体を作るためだと聞いている。

 既に十分過ぎるほどの肉体を持っていると思うのだが、どうもトレーニングの止め時がわからないみたいだ。筋肉は付けていて損はないとは思うが、筋トレするくらいなら操作訓練に時間を割いたほうがいいと思うのは俺だけだろうか。

(ま、単純な性格って点では全員同じだな……)

 自分もその中に含まれることを自覚しつつ、リヴィオはため息を付いた。

 男子寮を出てしばらく歩くと、連絡通路の分岐点が見えてきた。

 分岐点はYの字になっていて、学園校舎側から見て左側が女子寮、右側が男子寮になっている。

 帰る時は分岐点だが、登校する時は合流点だ。

 合流点には当然ながら登校中の女子学生が歩いていた。殆どが作業着姿なのであまり華やかではない。

 しかし、国際色豊かな女子達がお喋りしながら登校する様子は見ていて飽きない。

 ぼんやりと女子学生を眺めているとクローデルが前に出てきた。

「ここ最近元気ないぞ。何かあったか?」

 クローデルに心配され、リヴィオは言い返す。

「何もねーよ」

「何もないのに元気が無いって……病気か?」

「疲れてるだけだ……つーか、病気なのはお前のほうだろ。痩せすぎだぞ」

 リヴィオはクローデルの腹に軽く拳をあてがう。

 意外にもその先には固い腹筋があった。見た目によらず結構いい体をしているようだ。

 クローデルはこちらの拳を気にすることなく前方を指さす。

「痩せ過ぎっていうのは、ああいうヤツのことを言うんだ」

 クローデルが指差した先には眼鏡の女子学生の姿があった。

 その女子学生は、先程まで談話室で考えていた人物……葉瑠だった。

(確かに痩せてるな……)

 元々華奢な彼女だったが、この1ヶ月でかなりやつれたみたいだ。

 頬は痩せこけ、背筋も曲がり、ふらふらしている。

 ランナーコースの学生に支給されている制服を着ているだけでも目立つというのに、あんな様子だと注目されても仕方がない。

 隣には結賀の姿もあった。

 ブラウンのショートヘアに凛々しい顔つき、耳元の赤のピアスはこの位置からでもはっきり見える。

 彼女はスタイルが良く、葉瑠とは違う意味で目立っていた。

 葉瑠を見てドナイトが呟く。

「そう言えば彼女、あれ以来ランキング戦に出ていないな」

 同意するようにアハトは頷く。

「あんな事があった後だし出にくいのかもね。訓練は真面目にやってるみたいだけど……葉瑠ちゃん、明らかに素人だよね」

 クローデルは携帯端末に目を落としながら話す。

「あの“常識はずれの自爆押し出し”からもう一月経つのか。あの試合はマジで衝撃的だったよな」

「……だな」

 3人の話を受け、リヴィオは一月前のことを思い出す。

 リヴィオは葉瑠とアビゲイルの試合の顛末を見て、女子寮に出向いて葉瑠に会い……そこで色々とやらかしてしまった。

(馬鹿だったよな、俺……)

 葉瑠が更木の娘だと知っていたことがバレてしまい、強烈な不信感を与えてしまった。

 ……あれから葉瑠とは一度も話をしていない。

 避けられているというか、嫌われているというか……とにかく接点がなかなか無い。

「でもさ、卑怯だったとはいえあのアビゲイルに勝てたのは凄いよね」

「何だよアハト、アイツの肩持つのか? もしかしてお前……」

「ち、違うよ」

 クローデルに茶化され、アハトは頬をふくらませて顔を赤くする。

 本当に可愛い反応だ。たまに頭を撫でたい衝動に駆られるので困る。

「しかし、アビゲイルは本当に凄いな。昨日のランキング戦でも勝利して学園ランク42位……素晴らしい有言実行っぷりだ」

 ドナイトは太ましい腕を組み、感心した様子で頷いていた。

 俺もアビゲイルの強さに関しては驚きを隠せない。

 入学式典後の自己紹介での宣言……“学園を支配する”という言葉通り、アビゲイルはどんどん上級生を打ち負かし、異例のスピードで順位を上げている。

 昨日の試合は俺も見たが……圧倒的の一言に尽きる。

 未来予知をしているのではないかと錯覚するほどの完璧過ぎる回避。

 相手の考えを完璧に読み取っているのではないかと疑ってしまうほどの正確無比な剣さばき。

 映像を早送りしているのではないかと思うくらい速い戦闘スピード。

 相手が気の毒に思えるほど、彼女は強い。一体どんなトレーニングを積めばあれだけ強くなれるのだろうか……。

 “シンギを倒す”と息巻いていたにも関わらず未だに73位の自分が情けない。

 クローデルは特に危機感を感じていないようで、のんきにに感想を述べる。

「アビゲイルか……あれは凄いよな。まじでヤバイわあれ。化物レベルだろ」

 クローデルの適当過ぎる感想を聞き、アハトは力なく笑う。

「だよね。反則技使っても勝てる気がしないよね」

 ため息をつくアハトを見つつ、ドナイトは悩ましげに唸る。

「そう考えるとアルフレッド教官も恐ろしいな。訓練とはいえあのアビゲイルに余裕勝ちしたのだからな……」

 シンギさんを倒すとなると、当然アルフレッド教官以上の実力が必要になる。

 一体どのくらいの鍛錬が必要になるのだろうか……気が滅入る一方だ。

 ため息混じりに歩いていると、不意に背後から声を掛けられた。

「……私がどうかしましたか」

 抑揚のない女性の声……この声は聞き覚えがある。

 ……噂をすればなんとやらである。

 振り返ると背後にアビゲイルが立っていた。

「……」

 アビゲイルに声を掛けられ、男4人は固まってしまう。

 そんな中、真っ先にアビゲイルに応じたのはリヴィオだった。

「別に、何でもねーよ」

 悪口を言っていたわけでもないし、変に気負う必要はないのだ。

 リヴィオは胸を張り、続けて言う。

「お前、順調にランク上げてるみたいだけど、すぐに追いついてやるからな」

 堂々と立ちはだかったリヴィオだったが、アビゲイルは視線を先に向けたまま横を抜けていく。

「そうですか。では、私は葉瑠に用事がありますので失礼します」

 アビゲイルは無表情のまま早口で告げ、4人を追い越して先に行ってしまった。

 ……完全に相手にされていない。

 一瞬追いかけようかと思ったリヴィオだったが、前方に見える葉瑠の後ろ姿を見てすぐに気持ちを抑える。

(葉瑠に用事って……何だ?)

 葉瑠とアビゲイルは現在どういう関係にあるのか、結構気になる。

 最近、葉瑠と結賀とアビゲイルは3人でいることが多く、傍から見る限りは仲良しに見える。

 休憩中も静かにお喋りしているし、食堂でも同じテーブルに座って食事している。

 登校中の現在も3人で横に並んで連絡通路を歩いている。

 女子寮の中のことは全く分からないが、多分仲良くしてるのだろう。

(ちょっと、結賀に探りいれてみるか……)

 葉瑠の現状を詳しく知るには結賀に聞くのが一番手っ取り早い。

 と言うか、まともに話せる女子は彼女しかいない。

 葉瑠本人は完全に俺を避けているし、アビゲイルは常に無表情でおっかない上、ランナーとしても超強いので近寄りがたい。

 結賀は不良特有のオーラを漂わせているが、二人に比べると取っ付き易い。

 今日の昼辺りに話しかけよう。

 そんな事を考えていると学園校舎のゲートが見えてきた。

 ゲートの手前にはちょっとした広場があり、広場からは3方向に向かって連絡通路が伸びている。

 俺たちが今歩いている道……学生寮に続いているのが西連絡通路だ。この西連絡通路の先には学生寮のほかに職員寮もある。

 ゲートから東に伸びているのが東連絡通路。この先には演習場がある。

 演習場には学園内部から直接アクセスできるので、この道はあまり使わない。と言うか一度も通ったことはない。通るのは機材運搬用のトラックくらいだろう。

 そして、ゲート正面に伸びているのが南連絡通路だ。

 まっすぐ進めばドックがあり、その他にも生活雑貨店やレストラン等、小規模な商店が軒を連ねている。

 こちらもあまり足を伸ばしたことはない。機会があれば行ってみたいものだ。

 ふと前を見ると、葉瑠たち女子3名はゲートを抜けて校舎内へ足を踏み入れていた。

 登校時間とあってか、西連絡通路からどんどん人が押し寄せては校舎内へ消えていく。

 しかし、混雑している気配はない。……ゲートと言っても、単なる門というだけでID認証がいるわけでもなければ、検査があるわけでもないからだ。

 検査のたぐいはドックで済ませているので、わざわざ何度も精密スキャンする必要はないと判断しているのだろう。

 簡易スキャンくらいはしても良さそうだが……まあ、何にしろ俺が考えることではない。

 学生の波に乗り、リヴィオたちも門をくぐる。

 校舎内に入るとすぐに吹き抜けのエントランスになっている。

 校舎自体が横長い構造をしているのでそこまで高くはないが、実物大の……と言うか実物のVFが飾られているのでかなり壮観だ。

 始めはこのエントランスに来るたび驚いたものだが、1ヶ月も経つと慣れるものだ。

 このVFの名称は嶺染(りょうぜん)というらしい。

 全体的に装甲がゴツく、紫色のボディーカラーと頭部にある長い角が特徴のVFだ。

 話によると、シンギさんはこのVFで史上初の代替戦争を行い、強敵相手に勝利したらしい。シンギさんが代替戦争を行ったのはその一回だけ。機体自体もその一戦だけしか使用されていない。

 つまり、かなりレアリティの高いVFということだ。

 もし売れば、冗談抜きで人生3回くらいは遊んで暮らせる金額が手に入ることだろう。

 一度は俺も乗ってみたいものだ。

 数秒ほど嶺染を眺めた後、リヴィオはエントランスの先にある階段へ向かう。

 午前中は2階の講義室で座学だ。

「はあ……」

 座学は面倒臭い。勉学自体は嫌いではないが、簡単過ぎる講義は退屈で退屈で仕方がない。

 階段手前まで来ると他の3人も溜息を漏らした。

「これから4時間座学かあ……今日は何の本読もうかな」

「ゲームも飽きてきたし、面倒くせーなあ……」

「今日は空気椅子で脚周りを鍛えるか……いや、握力トレーニングも捨てがたい……」

 3人が3人共時間潰しの方法を考えているようだった。

 何だかんだ言ってVFランナーコースの連中は成績優秀な奴が多い。教科担当の教官にとってはこの上なく楽な仕事だろう。

 リヴィオ達は各々のペースで階段を上がり、講義室にはいる。

 ドアを開けた瞬間、中から訓練生達の騒ぎ声が聞こえてきた。

(……?)

 朝から騒ぐなんて珍しい。

 リヴィオは原因を探るべく室内を見渡す。

 訓練生達はそのほとんどが講義室前方に集まり、講義室前面に映しだされた映像を見ていた。

「お、朝っぱらから試合やってるじゃん」

 講義室に入るやいなや、クローデルはスクリーン映像に釘付けになる。

 リヴィオは荷物を講義室後方の机に置き、前方へ歩いて行く。

「つーか四六時中ランキング戦やってるよな」

「ああ、これが見られるだけでも学園に入ったかいがあるってもんだ」

 いつもと違い、クローデルの声は弾んでいた。

「そんなに面白いか?」

「もちろん自分で動かすのが一番だけれど、こうやって試合を見るのもいいもんだ」

「そうそう、上手い人の見てるだけでも結構勉強になるし」

 アハトに続き、ドナイトも頷く。

「それに、対戦相手のデータがいくらでも手に入る。見て損はないと思うぞ」

 二人の言うことも最もだ。上位ランナーとは否が応でも戦うことになるわけだし、今のうちに情報収集しておいたほうがいいに決まっている。

 さて、今対戦しているのは誰だろうか……

 リヴィオは対戦者の情報を得るべく中継映像に注目する。

 画面の脇には対戦者のランクと名前が表示されていた。

 その情報を読もうと目を凝らすと、同時に付近から聞き覚えのあるテノールボイスが聞こえてきた。

「ルーメめ、また彼女の挑戦をうけているのだな……」

 唐突に現れたのはマスク姿の変態……アルフレッド教官代理だった。

 みんな当たり前のように変態と認識しているが、着用している教官服には皺一つなく、汚れも全く見当たらない。髪型もオールバックで清潔感があるし、マスク以外は至極まともな格好をしている。

 もうちょっとまともな性格なら格好良いマスクのランナーと呼ばれていたかもしれないのに、勿体無い人だ。

 アルフレッド教官はどこからともなく現れたかと思うと、すぐに近くの席に腰掛ける。

 リヴィオは足を止め、先ほどの言葉の意味について尋ねることにした。

「アルフレッド教官、挑戦っていうのは……?」

 アルフレッド教官は顔を前方に向けたまま答える。

「……今現在対戦しているのはランキング1位の『ルーメ・アルトリウス』と8位の『スーニャ・エルクェスト』だ。事あるごとにスーニャ君はルーメに対戦を申し込んでいて、今回でちょうど10回目になるのだよ」

 話を聞いていたのか、アハトは「へー」と驚いて見せ、スクリーンを凝視する。

「10回も……すごいですね」

 アハトに続き、ドナイトも率直な感想を述べる。

「確かに凄いが……これまでに9回負けてるってことになるよな……」

 負けた方にペナルティが無いとはいえ、10回も挑戦するとなると根気がいるに違いない。

 一体スーニャとはどんなランナーなのだろうか。

 名前の感じからすると女子学生っぽいのだが……

(あ、そうだ)

 クローデルは普段から四六時中携帯端末を使って中継映像を見ている。

 もしかするとスーニャのことを知っているかもしれない。 

「なあクローデル、お前はどう思う……って、いねー……」

 クローデルは一人で先に行っており、講義室前方の集団と一緒に観戦していた。

 基本面倒くさがりのあいつが積極的に試合を見るなんて、何だか珍しい。

「一桁同士のランキング戦。……今後のためにもよく目に焼き付けておくことだ」

 アルフレッド教官はそう告げると席を立ち、講義室後方の出入口へ行ってしまった。

 リヴィオ達はアルフレッドの指示に従い、再度中継映像に注意を向ける。

 映像内、バトルフロートユニット屋上のバトルエリアには2機のVFがショートレンジで激しく戦闘していた。

 一方は槍を装備していて、長いリーチを活かした刺突攻撃を行っていた。

 もう一方は何も装備していなかった……が、脚部に長いブレードが装着されていてた。

 ブレードの両サイドはローラー付きのパーツによってカウリングされ、脚部の前面、ひざ上から足先にかけて脚に沿うように伸びていた。

 どうやら可動式のようで、長く大きなブレードは脚を振る度に足先に向かってスライドし、攻撃リーチを大幅に伸ばしていた。

 どちらとも攻撃範囲は同程度。

 槍のVFは絶え間なく刺突攻撃を繰り返し、脚にブレードを装着しているVFはその槍を器用に回避しながら、足払いしたり回し蹴りをしたりと派手に立ち回っていた。

 試合開始から結構時間が経っているようで、蹴り技主体のVFは装甲がズタズタになっていた。どうやら槍のVFの方がかなり優勢みたいだ。

「すごい戦闘速度だな。参考にしたくてもできそうにないな……」

 ドナイトは無念そうに呟く。

 ドナイトの言う通り、2機のスピードは常識を超えていた。人間同士の格闘でもここまで高速で動ける奴はいないだろう。と言うか、この速度は高性能なアクチュエーターをその身に内包しているVFでしか成し得ない速度だ。

 格闘戦に慣れている俺ですら目で追うのがやっとだ。何も知らない素人には何が起こっているのかも理解できないだろう。

 こうやって観戦している間にも槍の穂先は確実に相手の装甲を捉えており、決着の瞬間は着実に近づいているようだった。

 中継映像を見つつ、アハトは何気なく呟く。

「相手が槍だと“やり”にくいだろうなあ」

「……」

 リヴィオは一旦画面から目を離し、アハトを見る。

 アハトはこちらの視線を受けて自分の失態に気付いたようだ。

 ハッとした表情で口元を押さえ、すぐに恥ずかしげに俯く。

「違う、今のは偶然だから!!」

「はいはい」

 頬を膨らませるアハトを目の端に捉えつつ、リヴィオは武器について考える。

 これまでは2つの拳で何とかなったが、相手によっては戦闘スタイルを変える必要があるかもしれない。

 ……今からでも練習しておいたほうがいいのだろうか

 そんなことを考えていると、急に前方から「おおっ!!」と歓声が沸き起こった。

 リヴィオは声に反応し、顔をあげる。

 前方スクリーンには頭部を槍に貫かれたVFがアップで映し出されていた。

「試合終了か……」

 勝利したのは槍使いのVFランナー……ルーメ・アルトリウスだった。

 ルーメは槍から手を離し、カメラ目線で手を振っていた。

 逆にスーニャのVFは支えを失い、槍に頭を貫かれた状態で仰向けに倒れた。

 2機の破損状態は天と地ほどの差があり、ルーメのVFは傷ひとつ付いていなかった。

(トップになるにはあれを倒さなくちゃいけないんだよな……)

 リヴィオは重いプレッシャーを感じていた。だが同時に、体の内から闘志が湧いてくる感覚を得ていた。

 やはり俺は根っからのVFランナーのようだ。

 試合が終わると中継映像も終了し、スクリーンにスラセラート学園のロゴマークが表示される。

 同時に、講義室に備え付けられたスピーカーから女性教員の声が聞こえてきた。

「あの、試合も終わりましたし、そろそろ授業をはじめたいんですけれど……」

 気弱で申し訳なさそうな声……。

 数学担当の彼女はこの学園のOGで、ここ留まるためにわざわざ教員免許を取得したと聞いている。

 普通、なよなよした女性教員なんて学生たちの格好の餌食になりそうなものだが、彼女は全く誂われたりしていない。それどころか一目置かれている。

 彼女もまたランキング上位のランナーだからだろう。

 学生たちは彼女の指示に素直に従い、各々の席へ帰っていく。

(一時間目は……数学か……)

 また退屈な時間が始まる。

 どう時間を潰すか考えつつ、リヴィオは急いで自分の席へ戻ることにした。

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