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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 1 大罪人の娘
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 20 -予期せぬ叱責-

 20 -予期せぬ叱責-


 アビゲイルとの対戦後、葉瑠はバトルエリアから昇降リフトを使い、タワー中腹にあるハンガーまで降りてきていた。

 葉瑠の乗るVFは試合前とは全く違う、変わり果てた姿をしていた。

 分厚い装甲は全て爆散し、今はフレーム素体だけだ。

 かなり心もとないが、そんなことは些細な問題だ。

 ……私は試合に勝ったのだ。

 勝利を手に入れる為なら全てのことは許される。どんなにダメージを受けても勝ちさえすればそれでいいのだ。

(これで私が101位ですか……)

 実力に見合わない順位だということは重々承知だが、それでも学年でトップというのは結構うれしいものだ。

 葉瑠はコックピットから降り、凝った体をほぐすべく伸びをする。

「んー……」

 タワー内のハンガーはスラセラートの地下ハンガーとは違って少し狭い。

 設備も充実しているとは言い難い。最低限の物しか用意されていないようだ。

 周囲を眺めつつ体を伸ばしていると、待機していたであろうエンジニアコースの学生達が集まってきた。

 その学生の中、葉瑠はピンクの髪が目立つモモエを見つけた。

「あ、試合勝ちましたよモモエさん。見てくれました?」

「はい、おめでとう……ございます」

「これもモモエさんが協力してくれたおかげで……ん?」

 元気よく話し出した葉瑠だったが、その勢いは途中で失速してしまう。

 何だか様子がおかしい。

 せっかく試合に勝ったというのにみんなテンションが低過ぎる。

 正面にいるモモエさんは気まずそうな表情を浮かべていて、周囲のみんなもよそよそしい視線をこちらに向けていた。

 ――この視線には覚えがある。

 恐れと軽蔑の念が混じった視線……日本で嫌というほど感じた視線だ。

 この現象に戸惑っていると、心強い声が耳に届いた。

「……葉瑠ちゃん」

 私の名を呼んだのは宏人さんだった。

 宏人さんはハンガーの入り口のドアに手をかけた状態でこちらを見ていた。

 急いで駆けつけてくれたのだろうか、宏人さんは息が上がっていて、額や首元に汗を掻いていた。

「宏人さん!!」

 葉瑠は宏人に駆け寄り、試合結果の報告をする。

「宏人さん、試合見てくれましたか? 私アビゲイルさんに勝っ……」

 嬉々として報告する葉瑠だったが、その報告は途中で遮られてしまった。

 葉瑠の言葉を遮ったのは破裂音、そして唐突に訪れた衝撃だった。

(え……?)

 視界がブレたかと思うと、すぐに頬に鋭い痛みがやってきた。

 鋭い痛みは次第にヒリヒリとした熱い痛みに変化し、頬を焼き始める。

 痛みを抑えるべく葉瑠は右頬に手を当てる。

 この時なってようやく葉瑠は、宏人にビンタされたのだと気づいた。

 この事実にいたった時、葉瑠は自然と疑問の言葉を漏らしていた。

「なんで……」

 言葉と同時に葉瑠は宏人の顔を見る。

 そこには優しい二枚目の顔は存在していなかった。

 冷め切った視線に歪んた唇……

 明らかに私に対し怒りに近い感情が向けられている。

 葉瑠は一瞬で恐怖心を植え付けられ、咄嗟に目を逸らしてしまった。

 ……今のこの状況が信じられない。

 これは夢に違いない。白昼夢だ。

 きっと目を覚ませば現実の宏人さんが私を満面の笑みで祝福してくれるに違いない。

 “葉瑠ちゃんが試合に勝って僕も嬉しい”、“格上の相手に怖じけることなくよく頑張ったね”と、頭を撫でながら褒めてくれるに決まっている。

 だが、そんな願望を打ち砕くように、宏人の沈んだ声が響く。

「僕は今、すごく怒っているんだ。葉瑠ちゃん」

 優しさの欠片もない、刺々しい言葉。

 その言葉は葉瑠の心に深く突き刺さり、自然と涙を生じさせる。

「どうして……私、試合に勝って……怒られるようなことは何も……」

 涙のせいで視界がぼやけてきた。

 頬もヒリヒリと痛む。

 どうして怒られるのか、全く意味がわからない。理不尽だ。

「みんなの顔を見てもまだ分からないかい」

「……」

 葉瑠は少し顔を上げ、周囲を見る。

 エンジニアコースの学生は沈んだ表情でこちらを、そしてフレーム素体を眺めていた。

 試合に勝ったのに、何であんな顔をしているのか全く理解できない。

「……わかりません……」

「分かっていないのは葉瑠ちゃんだけだよ」

「だったら……教えて下さいよ」

 怒られるのは構わないが、きちんとした理由が知りたい。

 葉瑠は再度宏人を見、半ば叫ぶように答えを要求する。

「早く教えて下さいよ!!」

 葉瑠の叫びの後、宏人はまたしても平手打ちをした。

 乾いた破裂音がハンガー内に響き渡る。

 ……辛い。

 今まで同級生や親戚のおじさんから幾度と無く暴力を受けてきたが、泣いたことは一度もなかった。

 何故なら、彼らが暴力を振るう理由を知っていたからだ。

 彼らにとって私の父は憎しみの対象であり、生活を滅茶苦茶にされた恨みや鬱憤を娘である私にぶつけていたのだ。

 しかし今回は違う。

 理由が全くわからない、理不尽な暴力。おまけにその暴力が憧れの宏人さんによって行われているのだから、涙を我慢できるわけがない。

 唯一の心の支えを失った。

 絶望に打ちひしがれ、葉瑠はとうとうその場に崩れ落ちてしまった。

「うう……」

 もう、どうすればいいかわからない。

 葉瑠が崩れても尚、宏人は辛辣なセリフを続ける。

「……葉瑠ちゃん、自分が何をしたのかよく考えて欲しい。気づかないようなら……君はランナー失格だ」

 宏人は言い捨て、踵を返す。

 葉瑠は去っていく宏人に手を伸ばすも、試合の疲労と平手打ちのショックのせいで追いかけることはできなかった。それどころか立ち上がることもできない。

 葉瑠は尻餅をついた状態で床に突っ伏し、嗚咽を漏らす。

「うう……何で……宏人さん……」

 先ほどアビゲイルさんが警告していたのはこの事だったようだ。

 そのことに気付いた時には既に宏人さんの姿は見えなくなっていた。




「――ヒロト、何を考えているんだ君は」

 バトルフロートユニット、海抜数メートルの場所に位置する船着場にて。

 宏人はアルフレッドからしつこく説教を受けていた。

「妹とは言え女の子に手を挙げるなんてありえないだろう」

 どうやらアルフレッドにあのシーンを見られていたようで、船着場に着いてから10分以上も文句を言われている。

 自分でも行き過ぎたことをしたと自覚している。葉瑠ちゃんには可哀想なことをした。

 しかし、あの平手打ちは必要だった。

「葉瑠君、号泣していたぞ。今はモモエ君やカヤ君が慰めている。早く戻って謝った方がいい」

 この10分、宏人は無言を貫いていたが、とうとう言い返してしまう。

「いいや。葉瑠ちゃんのためにもさっきの罰は必要だったんだ。ここで謝ったら僕自身の行動を否定することになる」

 アルフレッドに背を向けたまま宏人は告げた。

 頑なな宏人の態度に我慢ならなかったのか、アルフレッドは肩を掴んで強引に振り向かせる。

「反省の必要があったのは確かだ。……が、さっきのはあまりにも……」

「黙ってくれないか」

 宏人は言葉の途中でアルフレッドの手を振り払う。

 それでもアルフレッドはしつこく宏人を振り向かせようとする。

「いいや、言わせてもらう。君は……」

「黙ってくれ!!」

 宏人はアルフレッドを追い払うべく予備動作なしで裏拳を打ち込む。

 このくらいの攻撃ならアルフレッドは簡単に避けられる。

 これで少しの間だけでも僕と距離をとってくれるはずだ。

 そう思っていると、唐突に手の甲に激痛が走った。

(……!!)

 ……適当に拳を振ったのがいけなかったらしい。

 裏拳は金属製のマスクの額部分に見事に命中していた。

 宏人は即座に手を引き、拳を抱え込む。

 ヒリヒリとした痛みが手の甲にじんわりと広がっていく……。

 宏人とは打って変わり、アルフレッドは余裕の笑みを浮かべていた。

「不運な男だな君は。……少し頭を冷やしたらどうだ」

 アルフレッドは満足気にマスクを叩き、宏人の肩をポンポンと叩く。

「……」

 痛みのお陰で頭に上っていた血が下がってきた。

 ……まだまだ僕も未熟者だ。

 暴力を使わなくても葉瑠ちゃんを叱ることはできたはずだ。

 そんなやるせなさと自分に対する怒りが混ざり合い、宏人は自然と頭を垂れてしまった。

 少し間を置き、アルフレッドは同情するように語り始める。

「彼女のとった外道過ぎる戦法にショックをうけているのは分かる。実際、私も彼女の愛らしい顔からは想像もできないエグい自爆攻撃に驚きを隠せない」

「……」

 全くもって彼の言うとおりだ。

 アウターフレームまるごと爆発させて敵を場外に吹き飛ばすなんて、常人には到底思いつかない発想だ。

 流石はあの更木正志の実の娘だ。

 操縦技術はともかくとして、勝つためには自爆すら簡単にやってのけるその精神力には怖気すら感じさせられる。

 彼女はきっと強くなる。

 だからこそ、父と同じような破滅の道を歩ませぬよう、しっかりと見守ってやらねばならない。

 宏人が思いにふけっている間もアルフレッドの話は続く。

「彼女はモラルに欠ける戦法を取った。きちんと注意してやる必要がある。……だが彼女は賢い。口で言えば十分わかるだろう」

「そうだったかもしれないね。でも、あの戦法は本当に危なかった。モラル云々の前に、下手をしたら大怪我をしていたかもしれない。……二度と同じことをさせないためにも、やり過ぎるくらいで丁度よかったんだ」

「……ヒロト、君は彼女のことを本当に大事に思っているのだな」

 アルフレッドは一歩下がり、唐突に頭を下げた。

「平手打ちについてはともかく、君の思いは本物だということは認めよう。……それにしても、君をここまで本気にさせるのだから、彼女も幸せものだな」

(僕の思い……か)

 葉瑠ちゃんには特別な思い入れがある。

 だが、強すぎる思いは時として人の判断を誤らせてしまう。

 そういう点では、僕が葉瑠ちゃんの教官にならなくて正解だったかもしれない。

 逆に、アルフレッドのような理路整然とした教官ならば、葉瑠ちゃんを正しく導ける気がする。

「……やっぱり、シンギさんの采配は間違ってなかったみたいだ。君になら安心して葉瑠ちゃん任せられるよ」

「安心したまえ。自分の実力をシンギ教官に認めてもらうためにも、全力で彼女を一流のランナーに指導するつもりだ」

「心強いよ」

 比喩でもお世辞でもなく、本当に心強い。

 彼は紛うことなき変態で、超がつくほど癖の強い人間だ。が、学園内で唯一信頼できるライバルでもある。

 いつかランナーとしてだけではなく、人としても彼より優れた人間に成長したいものだ。

「……で、葉瑠君には謝らないのか?」

「まだ言ってるのかい……」

 まあ、彼の言うとおりすぐに謝るのが最善の方法なのだろう。

 しかし、宏人には自分なりの考えがあった。

「これを機に少し距離を取ろうと思う。彼女ももう一端のランナーだ。世話を焼きすぎるのは彼女のためにならないと思わないかい?」

「……兄である君がそういうのなら、私が反対する理由はないな。……そういうことなら、私から彼女にそれとなく伝えておこう」

「助かるよ」

「気にするな。訓練生の心のケアも担当教官の仕事のうちだ。しかし、カウンセリングをするならリリメリア嬢に相談したほうがいいかもしれないな……」

 リリメリアの名前が出た途端、アルフレッドはいやらしい笑みを浮かべていた。

 アルフレッドが何を考えているのか、想像するのは容易かった。

(懲りないなあ……)

 彼がリリメリアさんのことが好きなのはバレバレ……と言うか、学園の中では殆ど周知の事実になりつつある。

 せめて告白するときくらいマスクを取ればいいのに、そんなに顔に自信が無いのだろうか。

 自分だって他人に知られたくない秘密は結構あるし、あまり詮索するのは止めておこう。

「……それでは、私は一度中に戻る。気をつけて帰りたまえよ」

 アルフレッドは一方的に告げ、悠然とした歩きでエレベーターホールに消えていった。

(やっぱり、謝ったほうがよかったかなあ……)

 叱られた葉瑠ちゃんが辛いのは当たり前だが、叱った僕も結構心が痛む。

 謝れば心が楽になるのだろうが、アルフレッドにああ言った手前、今更謝れそうにない。

「はあ……」

 その後、船が来るまでの20分間。宏人は夕暮れに染まる海を見ながら黄昏れていた。

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