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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 1 大罪人の娘
21/133

 19 -ダブル・トラップ-

 19 -ダブル・トラップ-


(――結構高いですね……)

 バトルフロートユニットに到着してから20分後。

 葉瑠はタワーの最上面、ヘキサゴンのバトルエリアの上に立っていた。

 ……この20分は忙しかった。

 タワー内部のハンガーで用意していたアウターユニットを擬似AGFに装着させ、起動テストを行い、自らもランナースーツに着替えてコックピットに乗り込み、搬入用リフトを使って急いで上昇し……ようやくこの場所に辿り着いたというわけだ。

 バトルエリア上は殺風景だった。

 遮るものなど何もない。そのせいか、風が吹く度に空気の塊がぶつかってきていた。

 空気の塊はVFに貼り付けられた装甲によって砕かれ、後方へ流れていく。

 生身で出て行ったら簡単に吹き飛ばされてしまっていただろう。が、今の私にはこのVFが……金属で構成された巨大な鎧がある。

 こんな風じゃビクともしない。

 葉瑠はコックピットのシートに座り直し、HMD越しに前を見る。

 幾何学模様が広がるタワーの最上面。そこには黒塗りのVFが待ち構えていた。

 両手には頑丈そうな直剣、更に腰にはもう二刀、剣を引っさげている。

「……待っていましたよ」

 冷徹な声が通信機から聞こえてきた。

 その言葉に合わせ、目の前に佇む黒塗りのVFはこれ見よがしに直剣を構えてみせる。

(アビゲイルさん……)

 声を聞いただけで何だか体が冷めてきた。

 悪寒を振り払うべく、葉瑠はVFを操作し、一歩前に踏み出す。

 その時葉瑠は自分がセッティングしたVFの鈍重さを思い知ることとなった。

(これは……予想以上に重いですね……)

 装甲を欲張りすぎたかもしれない。

 明らかに歩行に問題が生じている。こんな状態では走るのも難しいだろう。

 もしノーマルフレームのVFだったら自壊するレベルの重さだ。レプリカとはいえ、擬似AGFの性能はやはり高いレベルにあることがよく分かる。

「ようやく出揃ったみたいですねー」

 葉瑠の登場後、待っていたと言わんばかりに場内にアナウンスが響き渡った。

 アナウンスにしては可愛らしい声。

 何だか聞き覚えがあるなあと思っていると、声の主は自ら名乗った。

「今回のランキング戦の実況を務めさせていただきます、最年少天才美少女ランナーのカヤ・クレメントでーす。みんなよろしくねー!!」

(カヤ……って、あの歓迎会の時の女の子ですよね……)

 葉瑠はカヤの姿を思い出す。

 広いおでこにウェーブの掛かったブロンドショート、あの時はネコミミのカチューシャを頭に付けていて、とても可愛らしかった。

 同時に彼女が言ったセリフも思い出してしまう。

(あの子が“ランキング戦で決着をつけたら?”なんて言わなければこんなことには……)

 事の発端は彼女のあのセリフだ。普通に喧嘩してればよかったのものを、余計なことをいうから私が窮地に立たされるとこになったのだ。

(……状況を悪化させたのは私なんですけれどね……)

 誰かに責任を押し付けるのはやめよう。今更言っても意味が無いし、それに情けない。

 カヤちゃんの声に続き、男性の声も響く

「解説のアルフレッドだ。学園で中継を見ている諸君になるべく分かりやすく伝えるつもりだ。よろしく頼もう」

(うわ、アルフレッド教官だ……というか、この試合中継されてるんですね……)

 どうしてこのバトルフロートユニット内で実況をする意味があるか不思議に思っていたが、ライブ中継されているのなら納得できる。

 カメラで撮られているかと思うと、何だか余計に緊張してきた。

 しかし、カメラの向こうで結賀やリヴィオくん、それに宏人さんが応援してくれているかと思うと心強い。

 色々と考えている間、カヤちゃんは元気な声をバトルエリア内に響かせていた。

「さあ、早速選手を紹介していきましょー。……まずは学園ランキング101位、アビゲイル・ライト。機体構成は機動力特化の軽量型で、使用武装はノーマルソードが4本。これは中々渋い選択ですねー、学年トップの剣捌きに期待しましょー」

 よくここまでペラペラと喋れるものだ。

「対するは学園ランキング最下位の川上葉瑠。……橘結賀の代理として試合に出てるそうです。機体構成は……これでもかと言うほど装甲を装備してますねー。超重そうです。これじゃまともに動けないでしょー。戦う気があるのか怪しいなあー」

 カヤの実況は途中から単なる感想になっていた。

 まともに戦う気はないのでカヤちゃんの指摘は正しいが、何だか馬鹿にされてるみたいでいい気がしない。

「確かにあの分厚い装甲、自分は操作が上手くないとアピールしているようなものだ。ショートレンジからクロスレンジが戦闘の大半を占めるというのに、自ら鈍重になるのは愚かとしか言い様がない」

 最下位なので文句は言えないが、もうちょっとポジティブなコメントが欲しい。

 こうなったら、作戦を成功させて見返してやろう。

 柄になく意気込んでいると、アビゲイルさんの嘲笑が通信機越しに聞こえてきた。

「まさか、硬い鎧で私の攻撃を凌ぎ、ハンガーノックを誘発させるつもりじゃないでしょうね。もしそんなことを考えているのなら、今すぐ棄権することをおすすめします」

「!!」

 いきなり作戦を暴かれ、葉瑠は動揺する。

 その動揺のせいか、葉瑠は余計なセリフを吐いてしまった。

「……まさか、盗聴してた!?」

「盗聴などせずとも、その構成を見れば貴女がどんなことを考えているのか予想するのは容易いです。……何とも安直な作戦ですね。正直笑いが止まりません」

 なにか言い返そうかと口を開くと、そのタイミングでカウントダウンが始まった。

「さあ、カウントダウン開始です。新入生同士、どんなバトルになるのか楽しみですねー」

「結果は明らかだが……葉瑠君にはこの試合を通して多くのことを学んで欲しいものだな」

「何で私……」

 葉瑠は出かけていた言葉を飲み込み、肩の力を抜く。

 教官に言い返した所で意味は無い。

 作戦がバレたのは手痛いが、落ち着いて当初通り事を進めよう。

 必死に落ち着こうとしているのに、アビゲイルさんは煽り続ける。

「授業や訓練を欠席してまで考え出した作戦にしてはお座なりですね。……第一に、私はエネルギーマネジメントができないほど馬鹿ではありません。第二に、その程度の装甲では15秒と持ちません」

 言葉の途中でカウントダウンが終わり、試合開始を告げるブザー音が周囲に鳴り響く。

「……いかに自分が無駄な事をしたのか、身をもって教えてあげます」

 アビゲイルさんの乗る黒塗りのVFは脚部を曲げて力を溜めたかと思うと、一気にこちらに向かってダッシュしてきた。

 地面を蹴る音が聞こえるほど、その走りは力強かった。

 しかし、シミュレータの動きと比べると少し遅い。擬似AGFなので本物と比べて性能は劣っているみたいだ。

 それでも速いことに変わりはない。

 アビゲイルはあっという間に距離を詰めてきた。

 両手の直剣がゆらりと動き、刃先がこちらに向けられる。

(やっぱり、頭部を狙ってきましたか……)

 アビゲイルさんは冗談抜きで一気に勝負をつけるつもりらしい。

 こうなると、いくら頑丈な装甲を装備していてもどうしようもない。

 葉瑠は防御を諦め、ガードを解いて自然体になる。

「もう諦めたのですか。些か情けないですが、良い判断です」

「……諦めたわけじゃありません」

 防御に専念してハンガーノックを誘う作戦は諦めた。

 しかし、まだ私には“別の作戦”がある。

 葉瑠は新たな作戦を実行するべく、とあるコマンドを入力した。

「……早いですけれど、第2段階に移行します」

 コマンドを入れた瞬間、葉瑠のVFのアウターユニットの背部に亀裂が走り、左右に大きく開いた。

 そして、脱皮する蝶のごとく内部から4つの大きな腕が姿を現した。

 腕の先端には巨大な砲が取り付けられており、それぞれが意思を持っているかのごとく大きくうねる。

「おーっとこれは何だー!? 仕込み武器にしてはかなり大きいぞー」

 カヤの甲高い声に続き、すかさずアルフレッド教官が解説する。

「あの形状は……HAL(ハル)HEL(ヘル)社製の散弾砲だな。装甲が分厚く見えたのはあの散弾砲を組み込んでいたからだろう。どうして隠していたのかはさておき、4つの砲を同時制御できるとなると中々手強いな」

 いきなり出現した兵装に警戒心を強めたのか、アビゲイルは動きを止めて葉瑠を注視する。

「いつの間にそんな兵装を……」

 アビゲイルさんの盗聴を恐れて誰にも言わずにこっそりと仕込んだのが功を奏したようだ。この散弾砲は無数のベアリング弾を一斉に発射できるので命中率が高く、ショートレンジからミドルレンジで威力を発揮する武器である。

 こんな暴力的な銃を4つも武装したのにはきちんとした理由があった。

 アビゲイルさんはいち早くそれに気付いたようだった。

「高火力兵装……私に重力盾を使わせ、強引にハンガーノックさせるつもりですか」

「その通り」

 葉瑠は自分の有利を証明すべく、長々と語る。

「AGFの重力盾は万能の盾だけれど、擬似AGFでの性能は半分程度、しかも能力を再現させるために大量のエネルギーを消耗する。銃器を使って重力盾を使わせてエネルギーを消耗させ、動けなくなった所を狙って頭部を破壊します」

「簡単に言ってくれますね」

 全く動じている様子はない。まだ私のことを舐めているみたいだ。

「……アビゲイルさん、あなたの攻撃パターンと回避パターンを事前に解析して、自動迎撃アルゴリズムをアウターユニットに組み込んでます。今回は避けられませんよ」

 そう言って葉瑠は散弾砲の砲口を全て相手に向ける。

「解析? たった7試合だけで私の動きを解析できるとでも?」

 アビゲイルも直剣を構え直し、刃先を葉瑠に向ける。

 いよいよ攻撃が来る。

 心臓が高鳴るのを感じつつ、葉瑠は告げる。

「確かめてみたらどうです?」

「……そうさせてもらいます」

 言葉が終わった瞬間、アビゲイルの黒塗りのVFが視界から消えた。

「!!」

 葉瑠はアビゲイルの姿を追うべく辺りを見渡す。……が、葉瑠よりも先にアウターユニットの自動迎撃システムが敵を捉えていた。

 こちらの意志とは無関係に、アウターユニットに装備された四門の散弾砲が火を噴く。

 光が見えたと思った瞬間、右前方の地面が大きく抉れた。

 その時になってようやく葉瑠は敵機の姿を確認できた。

(もうこんなところまで……!!)

 黒塗りのVFは姿勢を極限まで低くし、地面を這うようにダッシュしていた。

 ……距離にして約50m

 生身同士ならともかく、VFだと一息で届く距離である。

 これ以上接近されると危険だ。

 そんな思いに呼応するように、4門の散弾砲から立て続けに弾が発射される。

 ……因みに、このショットガンに装填されているショットシェルには一包あたり24個の弾丸が入っている。これを4門で秒間5射できるので、一秒あたり発射される弾丸数は合計で480発となる。

 弾丸の嵐。数の暴力。これを避けるのは困難だ。

 計算が合っていれば、擬似AGFの重力盾なら1.4秒浴びせるだけでオーバーヒートを起こすはずだ。

(命中すれば……ですけれど)

 轟音が連なり、何度も何度もバトルエリア内に響き渡る。

 ショートレンジからの射撃にもかかわらず、アビゲイルの操る黒塗りのVFは無数の弾を完璧に回避していた。

 このまま回避され続けたらいずれ弾切れになってしまう。そうなると一巻の終わりだ。

 黒塗りのVFを追いかけるように散弾砲は忙しなく動き、4門それぞれが独自の予測に従い右に左に照準を合わせる。

 その度に黒塗りのVFは飛んだり跳ねたりしながら散弾を器用に回避していた。

 その動きは実に華麗で、まるでダンスを踊っているようだった。

(かすりもしないなんて……)

 こちらをおちょくっているのか、それとも本気で回避行動しているのか……

 未だに重力盾を発動させていないし、回避を楽しんでいるようにも見える。

 彼女の言った通り、7試合で動きを完璧に予測するのは難しかったみたいだ。

 悔しがっている間も4門の散弾砲は絶え間なく火を噴き、その度に地面に大きな爪痕を残す。

 その数が20を超えると、とうとうアビゲイルは白銀に光る直剣を鞘から抜いた。

「所詮はこの程度でしたか」

 アビゲイルは溜息混じりに告げ、再度接近してくる。

 その間も散弾は発射され続けているのに、彼女は少し屈んだり、少し横にずれたり、少し脚を出すタイミングを遅らせるだけで全ての弾丸を避けていた。

 散弾砲の弾道を見切ってしまったみたいだ。

「……」

 ここまで完璧に回避されると笑うしか無い。

 それでも葉瑠は諦めない。

 命中することを信じ、距離を保ちつつ射撃を続ける。

 ……しかし、葉瑠の願いが成就することはなかった。

 アビゲイルは弾丸の嵐の中、華麗に真上に飛び上がる。

 自動迎撃システムはその動きに反応して空に砲口を向ける。

 だが、葉瑠が見上げた頃には黒塗りのVFの姿は視界から消えていた。

「……無様ですね」

 冷めた声が聞こえた瞬間、葉瑠の隣に黒塗りのVFが音もなく着地した。

 砲口は上に向けられたまま、とてもじゃないが回避できる体勢ではない。しかもこの距離は重力盾の干渉フィールド内だ。相手の攻撃は防げない。

 アビゲイルは直剣を葉瑠の頭部に静かに押し当て、一息で貫くべく力を込める。

 いきなりの接近に固まってしまった葉瑠だったが、アウターユニットに組み込んだ迎撃プログラムはアビゲイルに対しすぐに反応した。

 アウターユニットは自動で右拳を真上に挙げ、直剣を上に弾き上げる。

 この反応は予想外だったのか、今度はアビゲイルが硬直した。

 その隙に葉瑠は散弾砲の照準を黒塗りのVFに合わせ、射撃の態勢に入る。

「ッ!!」

 アビゲイルは回避できないと即座に判断し、上に弾かれた直剣をそのまま葉瑠の右肩部の散弾砲に突っ込んだ。

 散弾砲は綺麗に切断され、内部部品を撒き散らす。ここまで綺麗に破壊されると修復はできないだろう。

 しかし、この犠牲のお陰でさらに大きな隙が生まれた。

 その隙に付け入り、今度は右腰部の散弾砲が至近距離で火を噴く。

 狙いは相手の胸部装甲。1門だけの攻撃なので破壊はできないだろうが、それでもかなりの衝撃を与えられるはずだ。

 葉瑠の狙い通り、無数の散弾は真っ黒な胸部装甲に命中し、金属面を大きく凹ませた。

 そして、盛大に凹んだ胸部装甲は本体から外れて後方に吹き飛んでいった。

(……あれ?)

 葉瑠はこの現象に違和感を覚えた。

 装甲が凹むことはあっても、簡単に外れることはない。

 この現象から導き出される答えは……

(わざとパージした!?)

 どうやら、衝撃が伝わるのを防ぐために命中の直前に胸部装甲を自らパージしたようだ。

 この事実に気づいた時、既に右腰部の散弾砲はバラバラに破壊されていた。

「危なかったです」

 アビゲイルは一言感想を述べ、手の内で直剣をくるりと回す。

 またしてもこちらの頭部を狙っているらしい。

 葉瑠は距離を取るべく体を半回転させ、残された2門の散弾砲で銃弾の雨を相手に浴びせる。

 が、アビゲイルさんにとってこの対応は見え見えだったようだ。またしても真上にジャンプされ、避けられてしまった。

 飛び上がったアビゲイルは空中で直剣を真下に突き出し、葉瑠の左肩部の散弾砲、その機関部を貫く。

 抵抗感すら感じさせず刃は散弾砲を貫き、弾倉部に大きな穴を開けた。

 穴からショットシェルがこぼれ落ちる中、アビゲイルは葉瑠の背後に着地し、続けざまに左腰部の散弾砲を根本から切り落とす。

 切り落とされた散弾砲は短い自由落下の後、地面に激突してバラバラに砕け散った。

 これで葉瑠は完璧に攻撃手段を失ってしまった。

 アビゲイルは直剣を地面に向け、一息つく。

「さあ、これで私の勝利です」

(負ける……!!)

 もうどうしようもない。

 追い詰められた葉瑠は咄嗟にその場から逃げる。

 敵に背を向けて全力疾走……それはただの敵前逃亡だった。

 無論、厚い装甲を装備した葉瑠が身軽なアビゲイルから逃げきれるわけもなく、すぐに回りこまれて退路を断たれてしまった。

「わわっ……」

 中央部に逃げられないと悟ると、葉瑠は真横に進路を変え、フィールドの縁を弧を描くように走りだす。

 右側は断崖絶壁。足を踏み外したら海に向かって真っ逆さまだ。

 アビゲイルは葉瑠を外側へ追い立てる。

「もう戦意喪失したのですか……場外に押し出してあげましょう」

 その言葉通り、アビゲイルは葉瑠の左側後方にピタリと付いた。

 このまま押し出されると場外となり負けが確定してしまう。……そう分かっていても防げるものではない。

 とうとうアビゲイルは葉瑠のVFの肩装甲を掴み、海側へ押した。

「終わりです」

 強い力で押され、葉瑠はバランスを崩す。

 この時葉瑠が発した声は悲鳴でも狼狽の言葉でもなかった。

「――掛かった!!」

 ……私はこの時を待っていた。

 葉瑠は咄嗟に体を捻ってアビゲイルの腕をつかむ。そして、その腕を支えに体勢を立て直し、エリア内部に回り込んだ。

 土俵際での回り込みに成功した葉瑠は、そのままアビゲイルの腰回りに抱きつく。

 これで全ての準備が完了した。

 後は押し出すだけで私の勝ちだ。

「くっ……!!」

 アビゲイルさんもこちらの作戦を理解したようで、咄嗟にその場で踏ん張る。そして、振り解くべく2本の直剣を突き刺してきた。

 だが、この反撃も予想済みだ。

(脱出……っと)

 葉瑠は予め用意していたコマンドをコンソールに入力する。

 瞬間、アウターユニットの固定ボルトが全て解除され、フレーム素体が背中から外に排出された。

 その後、間髪入れずアビゲイルの直剣が葉瑠の脱ぎ捨てたアウターユニットに深く突き刺さる。

 直剣は脳天を完璧に貫いていた。もう少し遅れていたら頭部を破壊されて負けるところだった。

 攻撃を外したアビゲイルだったが、余裕たっぷりに葉瑠に告げる。

「トリッキーな回避方法ですね。ですが、素体でどう戦うつもりですか」

「戦うも何も、もう終わってるよ……」

「……終わっている?」

 アビゲイルの疑問を無視し、葉瑠は再度コマンドをアウターユニットに送信する。

 信号を受信したアウターユニットは、命令通りにアクティブアーマーを同時起動させた。

 アクティブアーマーは指向性の爆発によって敵の物理攻撃を相殺できる能力をもつ。

 体中に設置されたそれが一斉に起動するとどうなるのか……

 結果は明白だった。

 アクティブアーマーが起動した次の瞬間、閃光と轟音がエリア内に発せられ、爆風と爆炎が漆黒のVFを襲う。

「なっ!?」

 自爆という不意打ちに対応できるわけもなく、アビゲイルは呆気無く場外へ吹き飛ばされた。

 ……金属製の巨人が木っ端のごとく宙を舞う。

 支えるものはない。もうエリア内に戻ってくる手段もない。

 アビゲイルもそれが分かってか、無駄に足掻くことなく手足を揃え、落下の体勢に入っていた。

「……なるほど、その為のアクティブアーマーでしたか」

 冷静なセリフが聞こえたかと思うと、漆黒のVFは5秒の自由落下の後、海に着水した。

 水しぶきを上げつつもアビゲイルは喋り続ける。

「……ということは、最初から爆風で外に押し出すことは決まっていたのですね」

 大規模な爆発に加え、海面に叩きつけられたというのに、アビゲイルの声は落ち着いていた。

 葉瑠は大破したアウターユニットを眺めつつ応じる。

「その通り。戦闘データを解析して正攻法で勝てないと分かってました。頭部の破壊なんてできないし、機能停止させられるわけもない。私が勝てる唯一の方法は“場外へ押し出す”だけだったんです」

「見事に成功しましたね」

「殆ど博打でしたけれど……。もちろん、アビゲイルさんも場外押し出しの可能性が高いと予測し、試合中はエリアの端に接近しないように注意してたはず。だから、色々やって注意をそこから逸らす必要があったんです」

「その為の嘘、というわけですか」

「そういうこと。念を入れて2重の嘘を構築したっていうわけ。全てはアウターユニットの自爆という目的を隠すために、ね」

 実は、モモエさんや結賀に話したことは全て嘘だ。

 盗聴の可能性を考えてあそこまで根も葉もない作戦をペラペラと喋ったわけだが、この様子だとその心配はなかったみたいだ。

「――アビゲイル機、場外により葉瑠ちゃんの勝ちでーす!! おめでとー」

 緊張感の欠片もない可愛らしい声が響く。

 カヤの試合終了アナウンスはもはや実況の体を成していなかった。

「カヤ君、最後くらい真面目に実況したらどうだ」

「やだなあアルフレッド先輩、わたし超真面目にやってますよー」

「そんなふざけたカチューシャを付けておいて、よく真面目という言葉を口にできるものだ。感心する」

 やっぱりあの猫耳カチューシャは標準装備だったようだ。

「先輩だって……変なマスクつけてるじゃないですかー」

「いや、変じゃないだろう。どこからどう見ても格好良いマスクじゃないか」

「あはは……」

 カヤとアルフレッドの緊張感のないやりとりをBGMに、アビゲイルは呟く。

「今理解しました」

「……何を?」

「貴女が思っていたよりも手強い相手だということを、です。貴女はもう既にVFの魅力に取り憑かれてしまっている。……多分、今ここで更木の名を暴露しても、貴女はランナーを続けるでしょう」

「……」

 葉瑠はアビゲイルの言葉を受け、VFの魅力とやらについて改めて考える。

 確かに今の私はVFBで勝利できたことを心の底から喜んでいる。

 得も言われぬ高揚感。アビゲイルさんをうまくやり込めた達成感。そして、結賀との約束を守れたという安堵の気持ち。

 こんな感覚を味わえるのなら、何度でも試合をしたいし、何度でも勝ちたい。

 小さな決意を胸に抱いていると、アビゲイルさんから挑戦的なセリフが発せられた。

「……私はこう見えて生粋の平和主義者です。正攻法で貴女を学園から追放し、ランナーの道を諦めさせます」

 このセリフに色々と違和感を覚えた葉瑠はすかさず言い返す。

「相手の腕を折るのは平和的でもなければ正攻法でもないと思うんだけれど……」

「……」

 初対面の時の事を告げると、途端にアビゲイルさんは黙ってしまった。

 何も言い返せないまま、アビゲイルは話を進める。

「……それと、今後は今回のような無茶苦茶な方法は使わないほうがいいでしょう」

「2度目は流石に同じ手は使わないよ」

「いえ、私が言っているのはそういう意味ではなく……私以外の訓練生との対戦でも、正攻法で戦ったほうがいいと言っているのです」

「……?」

 意味がよく分からない。

 確かに、外装甲を爆発させたのはトリッキーではあるが、一応正攻法の範囲に入っていると思う。

 無言のまま不思議がっていると、アビゲイルさんは更に警告してきた。

「わからないのならそれでも構いません。ですが、近いうちに自分が何をしてしまったのか、身をもって思い知ることになると思いますよ。……とにかく、今日の試合については反省しておくことです」

(反省……あ、忘れてた)

 葉瑠は重要な事に気づき、アビゲイルに釘を差す。

「忘れてたけれど、約束通りちゃんと結賀に謝ってね」

「……分かっています」

 この対戦、元々は結賀に謝罪をさせるために行われたようなものだ。

(忘れないうちに結賀に会わせないと……)

 ……善は急げだ。

「じゃあ、今から1時間後に女子寮の談話室に集合ということで、いいですね?」

「はい」

 返事を聞くと、ちょうどタイミングよく海上回収班がアビゲイルさんのVFに到着した。

 引き上げるのに時間がかかりそうだが、まあ大丈夫だろう。

 葉瑠は一足先に女子寮へ帰ることにした。

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