18 -弱点-
18 -弱点-
翌日、正午
葉瑠は学園地下階に広がる地下ハンガーにいた。
地下ハンガーは空調が効いており、外と比べて気温は低い。しかし、どこもかしこもエンジニアが忙しなく動いており、ある意味熱気に満ちていた。
葉瑠はそのハンガーの一角、兵装整備用のケージの前で端末を操作していた。
巨大なケージにはVF用の外装甲が一通り設置されていて、その上では作業用のマニュピレーションアームが複雑な動きを見せていた。
(もう12時ですか……)
朝一番にこのハンガーを訪れてから6時間が経つ。
徹夜で戦闘データを解析して作戦を考えついたのは良かったが、問題はその作戦を実現させるための装備がハンガー内に無かったということだ。
取り寄せるにしても数日掛かる。今日の午後3時からの対戦に間に合わせるには自作する以外方法がない。
そういうわけで、葉瑠は技師長のロジオンに頼み込んで何とか作業スペースを借り、今はその装備を必死に作成しているというわけだった。
「……そろそろ休憩したらどう?」
作業中の葉瑠に話しかけてきたのはピンクの髪を結い上げている女子、エンジニアコース2年生のモモエだった。
葉瑠は端末から目を逸らすことなく応じる。
「いえ、あと3時間しかありませんから……」
6時間の作業中、モモエさんは事あるごとに私の様子を見に来てくれている。
ランナーコースの授業を堂々とサボっている私のことが心配なのだろう。
午前中の座学は全てすっぽかし、多分午後からのアルフレッド教官の訓練も受けられそうにない。
そういえば結賀はどうしているだろうか……
……昨晩、結賀は徹夜に耐えられず、朝日が出ると同時に眠りについてしまった。
私と同じく午前中の座学には出席していないはずだ。出ていたとしても、机の上で爆睡しているに違いない。
もし爆睡していたら、あの強面の教科担当の教官に怒鳴られること間違いない。
叩き起こされた結賀はどんな反応をするだろうか……
ぼんやりと考え事をしていたせいか、自然と葉瑠の手が止まる。
(……はっ。ボーッとしてる場合じゃないですね……)
やはり相当疲労がたまっているみたいだ。
葉瑠は眼鏡をおでこまで押し上げ、両手で目元をこする。
その様子を見て、モモエは再度忠告してくる。
「ほら、すごく眠そうにしてる。……1時間、いや20分でもいいから体を休めたほうがいいと思うよ」
ありがたい忠告だが、今はそれを受け入れるわけにはいかなかった。
「心配ありがとうございます。でも、今寝たら起きられない気がするんです」
私はアビゲイルさんに勝たなければならない。勝つためには兵装を完成させる必要がある。でも、試合開始までもうほとんど時間がない。
つまり、寝ている暇なんて無いのだ。
(こんなことなら……試合の日時を少し先延ばしにすれば良かったですね……)
泣き言を言っても始まらない。
兵装さえ完成させれば勝てる自信はある。私が考えた作戦は完璧……とまでは言わないが、完璧に近い。
絶対に勝って、結賀の雪辱を晴らすのだ。
それでもモモエさんは譲らない。
「大丈夫大丈夫、私が起こしてあげるから安心して仮眠していいですよ」
「だから、その時間すら惜しいんです」
「惜しいも何も、徹夜も含めて夜通しで12時間以上も作業してるんでしょう? このまま試合に出てもまともに戦えないですよ?」
「この兵装を完成させなければ、それこそまともに戦えないです……」
二人で押し問答していると、新たな女子が会話に加わってきた。
「やっぱここにいたのか……探したぞ葉瑠」
「結賀!?」
前触れもなく急に現れたのは結賀だった。
結賀は挨拶もほどほどに、手に持っていた紙袋をこちらに投げ渡す。
「わわっ」
葉瑠は慌てて両手を広げてキャッチの態勢に入る。
しかしタイミングが遅すぎたようで、無常にも紙袋は葉瑠の顔面にぶつかり、腿の上に落下した。
「それ、昼飯な」
「……ありがと」
葉瑠はズレた眼鏡を掛け直し、紙袋の中を見る。
中身はホットドック……だったのだろう。大きなウインナーはパンズからこぼれ落ち、紙袋の内側にケチャップとマスタードを塗りたくっていた。
……あとで食べよう。
葉瑠は紙袋を閉じ、端末横の狭いスペースに置いた。
ホットドックがどうなったのか察したようで、結賀は苦笑いする。そして、整備用ケージを見上げた。
「で、何か作業してるってことは、打開策は見つかったんだよな?」
「うん、結賀が寝ちゃった後に気付いて、今は作戦に必要な兵装を急いで作ってるところ」
作っていると言っても、ゼロから製作しているわけではない。
既存の物を切り貼りしているだけだ。だが、それでも結構大変だ。
こちらの苦労を知ってか、結賀はバツが悪そうに後頭部を掻く。
「悪いな、途中で寝ちまって……」
「ううん。結賀と一緒に解析したおかげで弱点を発見できたわけだし」
「……弱点ですか?」
モモエさんが話に入ってきた。やはりランキング戦とあって相手の情報が気になるらしい。
そういえば彼女には今自分が何を造っているのかすら伝えていない。結構な迷惑を掛けているわけだし、少しくらい教えてあげてもいいだろう。
葉瑠はコンソールを操作し作業の手を止めることなく答える。
「弱点は……アビゲイルさんの操作技術が高過ぎるってことかな」
「……?」
返事がない。
葉瑠はもう一度アビゲイルの弱点を告げる。
「アビゲイルさんの操作技術が飛び抜けてるせいで、VFの激しい動きにエネルギー供給が追いつかないってこと」
「んー……?」
モモエさんは悩ましげに唸る。明らかに説明不足だ。
自分の言葉足らずさを反省しつつ、葉瑠は説明を重ねる。
「……対戦時、VFはジェネレーターからエネルギーを受信して動いてる。このエネルギーに制限は無いけれど、時間あたりに受け取れる量は決まってる。……ここまでは大丈夫?」
「あー、分かる分かる。シミュレーションゲームのヒートゲージと同じ理屈だな」
返事をしたのはモモエさんではなく結賀だった。でも、モモエさんも納得した感じで頷いているし大丈夫だろう。
葉瑠は続ける。
「供給されるエネルギー以上の出力が生じれば、一時的にだけど動けなくなるはず。その隙を狙うつもり」
エネルギー不足状態による一時的な機能停止……人間で言う『ハンガーノック』状態だ。
こちらの案に対し、早速結賀からツッコミが入る。
「そこまでアイツも馬鹿じゃないだろ。エネルギー管理を怠るような奴じゃねーぞ」
結賀の言う通り、アビゲイルさんは馬鹿ではない。
しかし、何事にも例外はあるものだ。
葉瑠は弱点の根拠となる証拠を告げる。
「そうでもないよ。……事実、アビゲイルさんはアルフレッド教官との対戦時、ダブルソードの連撃を15秒近く絶え間なく行ったせいでハンガーノック状態になってる。結果、防御できずに呆気無く負けたみたいだし」
ハンガーノックは普通に戦闘しているだけでは起こらない。だが、超人的な操作技術を持つランナー同士の戦いでは稀に起こることもあるらしい。
つまり、アビゲイルさんは超人的な操作技術を持つランナーだといえる。
……ここでモモエさんから素朴な疑問が発せられる。
「でも、それってすべての攻撃を防御できたから、ハンガーノック状態にできたんですよね……」
モモエさんは申し訳無さそうな顔でチラチラとこちらを見る。
彼女が何を言いたいのか、葉瑠は分かっていた。
ハンガーノックを誘発するためには、前提条件として、アビゲイルさんの攻撃を全て防ぐ必要がある。
(私では、あの連撃を防ぐのは不可能ですよね……)
あの怒涛の連撃を捌ききったアルフレッド教官には驚かされたが、私には不可能だ。
……そんな気持ちを代弁するかのように、結賀は正直に言う。
「葉瑠には無理だろ」
「うん……」
わかっている。
言われなくてもそんな事は分かりきっている。
「……だからこの兵装を造ってるってわけ」
葉瑠は整備用ケージを指さし、静かに告げる。
モモエと結賀は葉瑠の指に誘導され、ケージに目を向ける。
……今急いで造っているのは特殊な加工を施した外装甲だ。
爆発することで相手の攻撃の威力を低減させる『リアクティブ・アーマー』や防刃性能が比較的高い布状装甲『硬化性特殊装甲布』を複合的に配置したオリジナル装甲だ。
アビゲイルさんの直双剣を防ぐためだけに設計しているので、15秒程度なら難なく攻撃を防げるはずだ。
アルフレッド教官のように防げないのなら、装甲の防御性能を上げればいい。
単純な方法だが、シンプル・イズ・ベストという言葉もある。
複雑な作戦を立ててもそれを実行出来るだけの能力がなければ意味が無い。その点、この防御に徹するという方法は私でもできるし、相手に付け入られる隙もない。
「造ってるって……簡単に言ってるけどよ、エンジニア連中に任せたほうがいいんじゃねーのか?」
「それは、そうなんだけど……」
結賀の言う通り、兵装の改造やVFに関することはエンジニアさんに任せたほうがいい。と言うより、彼らに依頼するのが筋だ。
だが、そんな悠長な事は言ってられない。
そんな葉瑠の気持ちをモモエが代弁する。
「設計データを作る時間すら惜しいんだと思います。それに、そこら辺のエンジニアよりいい仕事してますよ、葉瑠さんは」
(いい仕事って……)
褒められると何だかむず痒い。
ランナーコースに身を投じた立場としては、嬉しいような悲しいような、複雑な感じだ。
結賀は「そうか」と呟き近くにある機材にもたれ掛かる。
「何か手伝えることねーか?」
「特に無いけれど……」
「だったら、完成するまで見守っててやるよ」
「そんな、別にいいよ。午後からはアルフレッド教官の訓練があるんでしょ?」
「堂々とサボってる奴に訓練に行けと言われるなんてな……」
「……」
悲しいことに全く言い返せない。
まあ、本人がここにいたいと言っているのだし、邪険にすることもないだろう。
(時間までに間に合うといいんだけれど……)
工程はまだまだ残っている。
葉瑠は作業に戻ることにした。
「……はぁー、間に合ったー」
VF専用の輸送船の中、葉瑠は見晴らしのいい甲板で安堵の息を付いていた。
時刻は夕刻。夕暮れの涼しい潮風はなかなか心地が良い。
葉瑠は欄干に体重を預け、その風を全身で堪能していた。
風は強くもなく弱くもない。
セミロングの黒髪も一定のリズムで気持ちよさそうに揺れている。
(これから試合……嫌だなあ……)
葉瑠は物憂げに項垂れる。
心構えはまだできていないが、VFの準備は完璧だ。
朝の時点では完成させられるか微妙なところだったが、正午から急ピッチで作業を進めたお陰でギリギリで兵装を完成させることができた。
後は向こうでこのアウターユニットを擬似AGFに装着させるだけだ。
(向こうといえば……まさかランキング戦があんな有名な場所で行われるなんて、思ってなかったですね……)
てっきり演習場でやるものかと思っていたので、試合場所をモモエさんから聞いた時にはは結構驚いた。
その場所とは……前時代にVFBリーグが行われていた場所、バトルフロートユニットだった。
VFに関わる者ならだれでも知っている、有名な場所である。
バトルフロートユニットは浮島というより海にそびえ立つ巨大なタワーだ。
試合は六角柱のタワーの最上面で行われる。開放された空間でのバトルはスリル満点だ。
試合映像は何度か見たことがあるが、タワーのてっぺんで戦うVFの姿は神話か何かの壮絶な闘いを彷彿とさせるほど臨場感に溢れ、絵的にも最高だったと記憶している。
(あの場所で戦うんですから、手続きにそれなりの時間がかかるのも納得ですね……)
葉瑠は遠くに見えるタワーを眺める。
まだ距離があるのでただの柱にしか見えないが、近づけば迫力満点の景色が見れるに違いない。
葉瑠は対戦前の興奮と、バトルフロートユニットの圧倒的な存在感にドキドキしていた。……が、それよりも眠気が勝ろうとしていた。
(……5分くらい、眠ってもいいですよね)
やはり徹夜は辛い。おまけに休むことなく兵装を造っていたのでもうヘトヘトだ。
甲板の手すりにもたれた状態で船を漕いでいると、声を掛けられた。
「葉瑠君」
低い男性の声。耳触りの良いテノールボイス。
この声に聞き覚えがあった葉瑠は振り返ることなく名を呼ぶ。
「……アルフレッド教官、乗ってたんですか」
言い終えてから、ようやく葉瑠は振り返る。
甲板にはマスク姿にオールバックの変態が立っていた。
アルフレッド教官は手を後ろに組み、船の揺れに合わせるようにゆったりとしたペースで歩み寄ってくる。
「二日目にして授業と訓練を堂々とサボるとは、いい度胸をしているな、葉瑠君」
「すみません。でも、時間が必要だったんです」
サボると決めた瞬間から反省はしている。言い訳をするつもりもないし、許してもらおうとも思っていない。罰も受ける覚悟だ。
でも……できるなら軽めの罰をお願いしたいものだ。
「葉瑠君」
アルフレッド教官は若干俯き、マスクを額に押し当てる。
一体何を言われるのだろうか。
固唾を呑んで言葉を待っていると、ようやく教官は口を開いた。
「……次にサボる時は事前に私に連絡するように頼むぞ。よろしいか?」
よく見ると口元が緩み、弓形になっていた。
金属マスクの男が不気味な笑みを浮かべている絵はかなり不気味だ。
しかし、声のトーンや言葉の内容から深い優しさを感じ取れた。
「……次は気をつけます」
葉瑠は頭を下げ、謝罪した。
「素直なのはいいことだ」
これでこの話は終わりと言わんばかりにアルフレッド教官はバトルフロートユニットを見据え、あからさまに話題を変える。
「……そう言えば、ランキング戦の仕組みについて詳しい説明をしていなかったな」
アルフレッド教官は馴れ馴れしく隣に近寄り、手すりに掴まる。
葉瑠は咄嗟に距離を取り、言葉に応じる。
「そうですね。ランキング方法にも色々ありますし……ポイント制とか採用してるんですか?」
距離を取られたことが地味にショックだったのか、アルフレッド教官は沈んだ口調で答える。
「……いいや、ランキング戦のルールは単純明快。下位のランナーが勝てば上位ランナーのランクを手に入れることができ、負けた方は順位を一つ落とす。上位のランナーが勝った場合は順位の変動は無しだ」
「なるほど……本当にシンプルですね」
50位の人に勝てば50位になれる。10位の人に勝てば10位になれる。1位の人に勝てば……1位になれる。
VFBが運の要素に全く左右されないからこそ、このルールは成り立っているのだろう。
素人同然の私が言うのも何だが、まぐれで上位ランナーに勝てるほど、VF同士の対決はヌルくないのだ。
話はまだまだ続く。
「だが、挑戦できるのは10位離れた相手までだ。例えば100位は90位まで、25位は15位の相手までしかバトルを申請することができない」
「どうしてそんな制限を?」
「こうでもしないと上位の訓練生はまぐれ勝ちを狙う下位連中に延々と勝負を申し込まれることになる」
「確かにそうですね……」
上位ランナーにとって負担になるのはもちろん、ランキング戦を執り行う学園側にも大きな負担となる。無駄なバトル回数を減らす意味でもこの制限は役立っているのだろう。
「因みに、学園にいるランナーは私のような学園残留組を含めて121人……葉瑠君の場合、どんなに頑張っても12回は勝たないと1位になれない計算だ」
「12回……もしかして私のランクって……」
「訊くまでもなくわかっているだろう。最下位だ」
「……」
現実を突きつけられてちょっと気が滅入る。
115位とか116位くらいかなと楽観視していたが、まさか最下位だとは……
(仕方ないですよね、操作技術に関しては素人レベルですし……)
上位のことも気になった葉瑠はアルフレッドに質問する。
「あの、アビゲイルさんの順位は?」
「101位、1年生の中ではトップだ」
「ですよね……って、あれ?」
私が121位でアビゲイルさんは101位……明らかに10位以上差が開いている。
こちらの沈黙で色々と悟ったのか、アルフレッド教官は補足説明してくれた。
「心配しなくていいぞ葉瑠君。試合申請の時点ではランクは決定されていなかったわけだし、何の問題もない」
「意外といい加減なんですね……」
「フレキシブルと言ってくれたまえ」
結賀の代わりに自分が試合に出るというのもルールを逸脱している気がする。
まあ、アルフレッド教官が問題無いと言っているのだから心配する必要はないだろう。
(……でも、学年トップですか……)
アビゲイルさんが新入生の中でトップだと聞いて、何だか不安に拍車がかかってきた。
一応作戦を立てて来たが、それは向こうだって同じだ。直双剣を使用しないかもしれないし、これまで以上の強さを発揮してくるかもしれない。
(う……)
不安のせいか、今になって体が震えてきた。
作戦は上手くいく。でも、作戦が成功しても勝てないかもしれない。
負けたらランナーを諦めなければならない。
あんな口約束破ってもいいのだが、破ったら破ったで私の本名を明かされてしまう。
八方ふさがりだ。
「……案ずるな葉瑠君」
不安を悟られたのか、アルフレッド教官は落ち着いた声で話しかけてくる。
「例え負けたとしても命まで取られるわけではない。それに、何が起ころうともこれ以上順位が下がることはない。気楽に行きたまえ」
「はい……」
励ましてくれているみたいだ。本当は宏人さんに励まして欲しいところだが、わがままを言うのは止めておこう。
「そういえばアルフレッド教官、一人ですか? みんなは?」
葉瑠の質問に対し、アルフレッドは首を左右に振る。
「……知らないようだから教えよう。バトルフロートユニットには対戦者以外のランナーは立ち入れないのだよ」
「そうなんですか……って、教官はどうしてここに?」
「私はランキング戦の運営スタッフだ。わかったかな葉瑠君」
なぜだかアルフレッド教官は自慢げだった。
笑みを浮かべたまま、アルフレッド教官は手すりから離れて船内へ向かっていく。
「バトルフロートユニットも近くなってきた。そろそろ下船の準備に取り掛かったほうがいいだろう」
教官の言葉につられ、葉瑠は進行方向に目を向ける。
先ほどまで遠くに見えていた六角柱のフロートは、視界の半分を覆い尽くすほどまで大きくなっていた。
船の速度も徐々に落ちている。入港までもう数分もないだろう。
(もう、後には退けないですね)
勝っても負けても、悔いの無いバトルにしよう。
葉瑠は無理やり自分を奮い立たせ、船倉に向かうことにした。




