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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 1 大罪人の娘
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 16 -壊れた倫理観-

 16 -壊れた倫理観-


「――最後になったが、ここがトレーニングルームだ」

 長かった見学会も終盤にさしかかり、葉瑠達はトレーニングルームを訪れていた。

 この部屋は体を鍛えるのはもちろんのこと、シミュレーターで操作訓練ができる唯一の場所でもある。

 室内は広い。テニスコートが四面くらい余裕で入りそうだ。

 その広い空間の半分には体操用のマットが敷かれ、多種多様なトレーニング器具がズラリと並んでいる。

 もう半分にはカプセル型のシュミレーターマシンが等間隔に配置されていた。

 その数12機

(意外と少ないですね……)

 VFランナー育成校にしては少ない気もする。

 ゲームセンターに置いてあるような筐体なら倍以上の数を配置できそうだが、生憎このカプセル型シミュレーターマシンは本格的なようで、かなり大きい。

 アルフレッド教官は早速シミュレーターマシンがあるエリアに移動していく。

「このトレーニングルームはその名の通りトレーニングを行う部屋だ。使用するのに許可はいらない。自由にトレーニングしてくれたまえ」

 教官はシミュレーターマシンの隣まで移動すると、筐体のカバーを軽く叩く。

「立派なマシンだろう?」

 カバーの表面を撫でながらアルフレッド教官はマシンについて説明する。

「このマシンは特注品だ。演算スピードは市販の物の約40倍、Gを再現する機構も組み込まれ、より現実に近い状態を再現できる。これから一年間は基本的にこれを使って訓練をしていくことになる。くれぐれも丁寧に扱うように」

 説明を終えるとアルフレッド教官は筐体脇のコンソールを軽く操作する。

 すると筐体のカバーが開き、コックピット部分が露わになった。

 葉瑠は眼鏡の位置を調整し、しっかりと中を観察する。

(本物と全く変わらないですね……)

 内部はつい先日乗り込んだ擬似AGFのVFと一緒だった。

 中央に窮屈そうなシートが配置され、その周囲をコンソール類がズラリと取り囲んでいる。腰の部分にはランナースーツを固定する器具もあった。

 もしかして、シミュレーターを使う時もランナースーツに着替えなければならないのだろうか……

「よし、これで見学会は終了だ」

 アルフレッド教官はそのシミュレーターマシンから離れ、隣のマシンも起動させる。

「……これから全員で総当り戦を行うぞ」

「!!」

 急な話だ。

 突拍子もない展開に7名は面食らっていたが、うち2名はすぐに笑みを浮かべる。

「何だよ、訓練するつもりだったなら最初からそう言えよな」

「総当りってことは……最低でも6回は戦えるっつーことか」

 結賀とリヴィオくんだった。

 その好戦的なセリフに、男子3人組は怯えた表情を浮かべる。

 アビゲイルさんは相変わらず無表情を貫いており、葉瑠は期待と同時に不安も感じていた。

 残りのマシンも起動させながら教官は補足する。

「因みに、この対戦結果は1年生の学園ランキングを作成する際参考にする。本気で戦うように」

 ランキングという言葉が飛び出し、急に訓練生の雰囲気が変わる。

 結賀とリヴィオくんはギラギラとした目で他の訓練生を睨み、

 男子3人組もやる気満々な様子で周囲を見渡し、

 アビゲイルさんは不敵な笑みをこちらに向けていた。そのせいか、余計に不安が大きくなってしまった。

(早速シミュレーターマシンで対戦なんて……リヴィオくんの予想通りでしたね)

 心構えがなかったわけではない。しかし、いざ戦えと言われるとドキドキする。

 シンギ教官から最も多くのヒットを奪った私だが、他の訓練生と戦って勝てる気がしなかった。

「マッチングは私が行う。さあ、早く筐体に入りたまえ」

 アルフレッド教官の掛け声で、訓練生はそれぞれシミュレーターマシンに乗り込んでいく。

 結賀とリヴィオくんは競うように筐体に入り込んでいき、男子3人組も駆け足で乗り込む。

 アビゲイルさんは長い髪を後頭部に纏めながらゆったりと歩き、音もなく筐体の中に姿を消した。

 葉瑠も遅れながら筐体の中に入り込む。

 シートに腰を下ろすと自動的に上部カバーが降りてきて、すぐに密閉空間に包まれた。真っ暗になったが、本物のコックピットと違って完全な暗黒ではなかった。

 カバーが半透明なので外の光が入ってきているのだ。

 葉瑠はその明かりを頼りに共用のHMDを被り、コンソールの起動ボタンを押し込む。

 するとHMDに映像が映し出された。

 何もない空間。

 全てが白で構成され、地面には等間隔にマス目模様が描かれていた。

 当たり前だが、遠くなるにつれてマス目の感覚は狭まっていく。

 かなり広い仮想空間のようだ。遥か遠くに見える地平線は、マス目模様が幾重にも重なりあって真っ黒になっていた。

 仮想空間を眺めていると、耳元の通信器からアルフレッド教官の声が聞こえてきた。

「使用機体はAGF搭載のハイエンド機、兵装は入学試験時に使用した物を使ってもらう。……それと、7名だとキリが悪い。私も加わってやろう」

「うわ……」

 唐突な参戦に驚いてしまい、思わず声が出てしまった。

「今のは誰だ?」

「……」

 葉瑠は口元を押さえ、息を潜める。

 小さな溜息の後、アルフレッド教官は話を再開させた。

「まあいい。試合は5分1セットマッチ、決着が付かなかった場合はダメージ量の少ないほうが勝利だ。滞り無く進行すれば35分で終わるだろう」

 これから7試合行われる。

 アルフレッド教官に勝てないのは当たり前で、結賀やリヴィオくんにも勝てないだろう。

 見込みがあるとするなら男子3人組とアビゲイルさんの4人だが、ぶっちゃけ素人同然の私が彼らに勝てるとは思えない。

 しかし、全敗は避けたい。

 なるべく距離をとって、ダメージを抑える戦法で戦うしか無いだろう。

「準備はいいな。カウントダウンを始める」

 その言葉の直後、HMDのステータス表示画面に大きな数字が表示される。

 それと同時に真っ白な空間にVFが出現した。

 どんどん減っていく数字の向こう側、仁王立ちで立っていたのは軽量型のVFだった。

 仮想空間だということがわかっていても、前方に見えるVFは本物にしか見えなかった。 通常の40倍の性能とあって、ゲームセンターのシミュレーションゲームとは段違いのリアルさだ。

 10m超えの巨体に相応しい重厚感があり、存在感もある。

 複雑な内部基幹部はともかく、ほとんど全てのパーツを物理演算で計算しているのだろう。

 目の前に広がるリアルな光景に感動しつつ、葉瑠は改めてVFを観察する。

 ……あれが1試合目の対戦相手のようだ。

 ボディは黒く塗りつぶされ、鋭角的なデザインをしている。

 私のずんぐりむっくりなVFとは大違いだ。

 フレームはAGFで統一されているのに、装甲と補助動力、そしてボディーカラーだけでここまでデザインに差が生まれるとは思っていなかった。

 対戦相手は両腰に直剣を装備していた。いわゆる二刀流という戦闘スタイルだろうか。

 いや、単に予備としてもう一刀装備しているだけかもしれない。

 それ以外は何も装備しておらず、射撃武器は持っていないようだった。

(結賀でもリヴィオくんでもないみたいですね……)

 葉瑠は対戦相手があの二人でなかったことに安堵していた。

 入学試験の時、結賀は鎖を装備していて、リヴィオくんは素手だった。

 いきなりあの二人に当たってボコボコにされるのはちょっと嫌だ。

 そうならなくて済んだことを幸せだと思っておこう。

(頑張れば勝てるかもしれませんね……)

 二刀流の相手に対し、私はセミオートライフルとノーマルソードを装備している。遠距離から一方的に攻撃できるのでかなり有利だ。

 とにかく五分間射撃に専念して、距離をとり続ければ勝てるだろう。

 そんな単純な作戦を立てているとカウントダウンが終了し、同時にブザー音が鳴り響いた。

「……試合開始だ」

 アルフレッド教官の宣言を合図に、操作ロックが解除される。

 葉瑠は肩に力を入れ、コンソールに手を伸ばす。

 ――先手必勝だ。

 ブザー音が鳴り止まぬ内に葉瑠は動き出す。

(まずは牽制を……!!)

 葉瑠はセミオートライフルを素早く構え、銃口を相手に向ける。そして、間髪入れずにトリガーを引いた。

 ……相手までの距離は100m

 素人の私でも全長10m近いVFに命中させるのは容易い。

 対戦相手の黒塗りのVFは開幕直後の射撃を予見していたようで、真横に飛んで回避行動を行っていた。

 この回避行動も計算済みだ。

 葉瑠は狙いを修正しながら続けて3発撃ちこむ。

 しかし、手動での誤差修正がそんなに上手くいくわけもなく、黒塗りのVFは弾を全て回避した。

 全段外れてしまったが、葉瑠はそれでもいいと思っていた。

(よし……このまま距離を取り続ければ……)

 相手が最初に“回避”したというだけで十分だ。

 ミドルレンジで攻撃を続ければ必ず勝機が見えてくる。

 ……何故これほど自信を持って言い切れるのか

 その自信の理由は例の“射撃アルゴリズム”だった。

(あれを使えば絶対に……勝てる)

 入学試験の時と同じように射撃アルゴリズムをシステムに組み込めば、命中率が格段に上がり、楽に勝てるというわけだ。

 ……あのシンギ教官でさえこのアルゴリズムでの射撃を回避しきれなかった。

 ただの訓練生が避けられるわけがない。

(ちょっと反則かもしれませんけれど……これも立派な“テクニック”です)

 葉瑠は一定間隔で射撃を続けつつ、ハッキングの準備にとりかかる。

 アルゴリズムと射撃管制システムは自前の携帯端末に保存してあるでの、わざわざ一から組み上げる必要はない。筐体内のシステムを弄ってこのデータをアップロードするだけでいい。

 あれから改良も加えたし、クロスレンジに持ち込まれなければかなり高い確率で勝利できるだろう。

(さて、早速プログラムを組み込みましょうか……)

 葉瑠はVFの操縦モードを半自動モードに切り替える。細かい操作は行えないが、これで片手だけで射撃を継続できる。

 葉瑠はフリーになった方の手をジャケットのポケットに突っ込み、携帯端末を取り出す。

 そして、ブラインド操作で携帯端末を操作し、無線経由でシミュレーターマシンにハックを掛けた。

 ……この手のマシンのセキュリティは意外とガバガバだ。

 葉瑠はあっという間にメイン部にアクセスし、予め用意していた射撃管制関連のデータを書き換える。

(よし、これで……!!)

 プログラムはすぐに反映され、HMD上に敵機の予測軌道が詳細に表示される。

 後はトリガーを引くだけでプログラムが勝手に敵機を狙い撃ってくれるはずだ。

 起動したばかりとあって予測精度は低かったが、3分もすれば一発も漏らすことなく相手に弾丸を命中させることができるだろう。

(私の勝ちです)

 完全に勝利を確信し、葉瑠はトリガーを引く。

 巨大な弾丸は眩い閃光とともに銃口から飛び出し、相手目掛けて飛んで行く。

 この仮想空間は風など全くない理想的な空間。

 その理想的な空間内を理想的な放物線を描いて弾丸は突き進む。

 当然のように弾丸は黒塗りのVFのボディを捉え、発射からコンマ1秒経たない内に相手に突き刺さった。

 ……かと思われたが、銃弾は命中する直前に弾かれてしまった。

「!?」

 弾かれた弾丸はフォークボールでもあり得ない角度で真下に吹き飛び、白い地面に小さな穴を開けた。

 通常ではあり得ない弾道……一体何が起きたのだろうか。

 葉瑠は原因を解明するべく頭をフル回転させる。

 それでも理由が全くわからない。

 狼狽したまま動きを止めていると、通信機から抑揚のない声が聞こえてきた。

「……AGFに弾丸の類は効きません」

 アビゲイルさんの声だった。

 声と同時に黒塗りのVFが動き出す。足を前に踏み出し、歩行しながら両腰から直剣を抜く。

 銀に光る刀身は真っ白な空間に光の軌跡を描く。

 アビゲイルさんは2本の直剣を両手に構え、腕を左右に広げた。

「重力盾はあらゆる物理攻撃を弾き返す……先程ハンガーで聞いたことをもう忘れたのですか、“更木”葉瑠」

「!!」

 本当の名で呼ばれ、葉瑠はすぐに気を取り直す。

 そして再度トリガーを引き、無数の銃弾を相手に撃ち込んだ。

 ……しかし、弾丸は重力盾のせいで相手に全く届かなかった。

 黒塗りのVFは悠々と歩き、尚も接近してくる。

(重力盾のことは知っていましたけれど、ここまではっきりと弾丸を弾き返すとは……)

 これはシミュレーションだが、実際の純正AGFも同程度の能力を有しているのは間違いないだろう。

 にわかには信じ難いが、純正AGFは翼も動力も無しに重い機体を自由に浮遊させる力を有している。普通に考えれば銃弾を弾くくらい朝飯前だ。

 余裕の態度の現れか、アビゲイルさんは手の内で直剣をくるくる回していた。

「……ダメージを与えたいのなら、互いに接近して重力盾で重力盾を“打ち消す”しかありません。AGF同士のバトルは近接格闘戦がセオリーですから」

 淡々と語るアビゲイル

 葉瑠は彼女の言葉を反芻するように呟く

「打ち消す……」

「そうです」 

 葉瑠はAGFに関する書籍の内容を思い出す。

 重力盾、反重力フィールドの発生装置はお互いに近づけば効果を増幅させ、より広範囲で強力なフィールドを形成する。

 こうなると矢の雨が降ろうが槍が降ろうが全てを弾き返す無敵の盾となる。

 しかし、内側に関してはその限りではない。

 重力盾という殻の内側ではお互いが丸裸同士、思う存分攻撃し合えるというわけだ。

 正確には“打ち消す”という表現はおかしいのだが、お互いの盾を無効化できるわけだし、ニュアンス的には間違っていない。

 銃撃が意味を成さないと悟った葉瑠はセミオートライフルを捨て、ノーマルソードを両手で構える。

「私に格闘戦で勝てると思っているんですか」

「分からない。でも、そうするしか無いんでしょ……」

「その通りです」

 こちらが構えると同時に黒塗りのVFは地面を蹴り、勢い良く飛び込んできた。

 距離にして約10m

 アビゲイルさんは2本の直剣を前に突き出してクロスさせ、両刃で挟みこむように左右同時に切り掛かってきた。

 広範囲をカバーする斬撃……右にも左にも逃げ場はない。

 後ろに下がろうにもこの体勢だとすぐに追いつかれてしまう。

「わわっ!?」

 葉瑠は混乱しつつも何とかノーマルソードを振り下ろした。

 ……重い金属の擦過音と共にオレンジの火花が散る。

 まさにどんぴしゃ

 こちらの刃は偶然にも直剣を受け止めることに成功していた。

 もしタイミングが遅れていたら首を切り落とされていただろう。

(危なかったですね……)

 安堵したもの束の間、こちらのノーマルソードの刀身に亀裂が入る。

 見た目以上に両刀のクロス攻撃は威力があったようだ。

 あっという間に亀裂は刀身を網状に駆け巡り、ノーマルソードはグリップ部分だけを残して粉々に砕け散ってしまった。

(嘘……)

 葉瑠は追撃を恐れて反射的に背後に引く。

 粉々に砕けた刃の欠片は地面に霧散したが、1秒しない内に仮想空間上から消失した。

 アビゲイルさんは追撃してこず、直剣を振りきった体勢で停止していた。

「……」

 この静けさは嵐の前兆だろうか。それともただの気まぐれか……

 アビゲイルさんは直剣を鞘に収めて腕を組んだ。

「恐ろしいですね。……躊躇なくマシンをクラックするその壊れた倫理観、多分あなたは目的を果たすためなら手段を選ばない」

「ッ!?」

 クラッキングがバレていた……?

 私のやったことがわかるということは、すなわち彼女も同じ穴のムジナということだ。

 その証拠に、現在彼女は通信回線を使ってこちらに話しかけている。

 ……対戦中はランナー同士通信できない事になっている。無理やり通話回線を開いたことを考えると、彼女もクラッキングの心得があるみたいだ。

「これが代替戦争なら、貴女は規定違反により失格です。運が良ければ即退場、悪ければ代替戦争への参戦権を永久に剥奪されますよ」

「そうなんですか……」

 そんな先のことまで考えていない。今は相手に勝つために努力しているだけだ。

 今だって武器の代わりになるものがないか探している。

「貴女がその気になれば射撃管制プログラムを改変するどころか、今この場で強力な武器を創りだすことだってできるし、このシミュレータのプログラム自体を改変して相手を瞬時に負かすことも可能でしょう。これは素晴らしい技術です。が、同時に危険な才能でもあります」

 そこまでは考えていなかった。……が、彼女の言う通り可能だ。

 可能だとは言っても、訓練の場でそこまで悪どいことをするつもりはない。

「そんなこと……絶対にしないです」

「口では何とでも言えます」

「本当に私はそんなつもりは……」

「既に貴女はクラッキングを行っています。何を言っても説得力に欠けますよ」

 そこまで言われるとぐうの音も出ない。

「私は恐れています。更木葉瑠、やはり貴女は危険な存在です。近い将来必ず貴女は私にとって障害となるはずです」

「どうしてそこまで私に突っかかるんですか。どう考えても操作技術はアビゲイルさんのほうが上だと思うんですけれど……」

 回避行動は見事だったし、剣術も玄人のそれに近い。少なくとも結賀やリヴィオくん達のレベルには達しているだろう。

「貴女がどう思おうと貴女は危険なのです。ランナーを諦めてください」

 アビゲイルさんはこちらの意見を無視し、自分の論を押し通してきた。

 ここまで一方的に言われると気分が悪い。

 葉瑠は不機嫌さが伝わるよう、ぶっきらぼうに言い放つ。

「……嫌、です」

「更木葉瑠。私はこれでも譲歩しているのです。今ここで貴女が更木の娘だということをバラしてもいいんですよ」

「そんな……ひどい!!」

「酷いのはどちらでしょうか。被害者ぶっていますが、貴女の本質は悪です。当たり前のようにクラッキングをする貴女なら、ランキング戦中に相手に妨害工作を仕掛けるのも簡単でしょうね」

「だから、何度も言ってますけど私はそんなことしません」

「……」

 アビゲイルさんは何も応えない。

 これではまるで私が悪者みたいだ。

 更衣室でいきなり腕を折ろうとしたのはアビゲイルさんの方だ。私は悪くないし、今後も悪いことをするつもりはない。

 しばらく停止していた2機だったが、黒塗りのVFが唐突に背を向けた。

「無自覚な悪ほどたちの悪いものはないですね。だから私は貴女のことが大嫌いなのです」

 アビゲイルさんの言葉の直後、急に画面が暗転した。

「!?」

 HMDをクラックされたかと思ったが、どうやら様子がおかしい。

「……5分です。ランナーを諦める件、きちんと考えておいてください」

 5分と聞いて葉瑠は試合時間が終わったことに気がついた。

 だが、まだ話したいことは山ほどある。

「待っ……」

 通信機に話しかけようとしたその瞬間、通信終了を告げる赤いマークが画面上に浮かび上がってきた。

 同時に、『YOU LOSE』の文字が点滅し始める。

 私の負けらしい。ノーマルソードが破壊された際、どこかにダメージを負っていたのだろう。

「……」

 真っ暗な空間を見つめつつ、葉瑠はアビゲイルの言葉を思い出す。

 彼女の言っていることは正しい。私はソフトを弄って有利な立場を手に入れようとした卑怯者だ。

 でも、それは悪いことだろうか。

 勝負に勝てばそれでいい。

 ばれなければルール違反ではない。

 私だってバレた時のリスクを背負ってクラッキングしているのだし、文句を言われる筋合いはない。

 クラッキングの件はともかく、アビゲイルさんとの対戦で課題が見えてきた。

(とりあえず、操縦技術を向上させなければ話になりませんね……)

 まだこれから6戦ある。

 アビゲイルさんの言った通りこれは練習なのだし、勝ち負けに拘らずに戦うのもいいかもしれない。

(私が“悪”って……冗談ですよね)

「……」

 やはりちょっと気分が悪い。

 葉瑠は携帯端末を操作して射撃管制プログラムを初期化することにした。


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