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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 1 大罪人の娘
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 14 -二人きりのディナー-

 14 -二人きりのディナー-


 時刻は夕刻

 地下階の見学を終えた7名の訓練生は、現在食堂の入り口に集合していた。

 食堂内には訓練生が大勢いて、各々が様々な料理を食べている。

「――お待ちかね、ここが食堂だ」

 混雑している食堂内にアルフレッド教官のテノールボイスが響き渡る。

 一瞬室内の訓練生の目がこちらに向けられたが、アルフレッド教官を見て“やれやれ”と呆れ顔を浮かべ、すぐに視線を戻した。

 葉瑠たちも彼らと同じく、アルフレッド教官に呆れに近い感情を抱いていた。

(……あんなに歩かされるとは思いませんでした)

 地下ハンガーを出発した後、葉瑠達はぶっ通しで地下連絡路を行軍させられた。

 この連絡路は演習場で何か問題が起きた時に逃げこむ場所であり、見学というよりは避難訓練に近かったように思う。

 ……合計で20kmは歩いただろうか

 よく“足が棒になる“というが、あれは嘘でも冗談でもなかったらしい。

 本当に棒になったのかと思うくらい関節が曲がらない。それに痛い。

 明日と明後日は筋肉痛でまともに歩けないだろう。

 葉瑠は若干前屈みになって細い足に手を伸ばし、ひたすら腿をマッサージしていた。

「休憩時間は45分。私はその間ここを離れるが、くれぐれも問題を起こさないように。……特に結賀君、気をつけたまえよ」

「うるせーよ……」

 結賀は悪態をつき、そっぽを向く。

 アルフレッド教官は軽くマスクを押さえて悩ましげにため息を吐き、そのまま食堂の外へ出て行った。

 姿が見えなくなると、訓練生たちは一斉に移動し始める。

「やっと晩飯だね……」

「マジ疲れた」

「いやあ、ウォーキングもいいものだな」

「お前、スクワットしながらよくあの距離歩けたな……」

 男子たちは足早に食券売り場に向かう。

 ……リヴィオくんは既に男子たちと打ち解けたようで、仲よさげに会話していた。

 ランナー同士、通じ合うものがあるのだろう。

 男子とは違い、女子たちは真っ先にウォーターサーバーに向かっていた。

「夕食よりも先にシャワーを浴びたいです」

「つーか、アイツ汗一つかいてなかったな」

 結賀とアビゲイルさんは普通に会話していた……と思ったが、偶然独り言が被っただけだったようだ。

 二人はお互いを見、すぐに目を逸らす。

 ランキング戦で対決すると言った手前、気軽に話すつもりはないようだ。

 目を逸らしても、ピリピリとした空気が和らぐことはなかった。

 ……何だか気まずい。

 こういう時は下手に刺激しない方がいい。触らぬ神に祟りなしだ。

 葉瑠は結賀とアビゲイルからこっそり離れ、独りでカウンターに向かっていく。

 しかし、脚が痛くてなかなかうまく歩けない。

(情けないですね……)

 運動不足気味だったことは認めるが、この歳でここまで脚が衰えているとは思っていなかった。ランニングでもした方がいいのかもしれない。

 不甲斐なさを嘆きながらよたよた歩いていると、急に声を掛けられた。

「ほれ、大丈夫かよ全く……」

 いきなり肩を支えられ、葉瑠は俯きがちだった顔を上げる。

 いつの間にか隣にリヴィオくんが出現していた。

「リヴィオくん、どうして……?」

「どうしてもこうしてもあるか。……あの程度で脚にくるなんて、どんだけ鍛えてねーんだよ」

 リヴィオくんはこちらの脚に目を落とし、小さく笑う。

 ……何だか馬鹿にされたようで気分が悪い。

 葉瑠は歩を止め、浅く腕を組む。

「そっちだって、あの程度で汗だくになるなんて情けないですね。アルフレッド教官を見習ったらどうですか?」

「お前なあ……」

 ふと目と目が合う。

 リヴィオくんの碧の瞳には私の顔が……疲弊しきった眼鏡っ娘が映り込んでいた。

 ……距離が近い。

 急に恥ずかしくなり、葉瑠は目を伏せて身を強張らせる。

 こちらの反応を受けてか、リヴィオくんは「悪い」と言ってぱっと手を離し、2,3歩距離をとった。

「足痛いなら無理すんな。……メシ持ってきてやるから、そこら辺に座ってろ」

「うん……」

 言われるがまま葉瑠は近くにあった長椅子に向かう。

 そして、十数秒を掛けてようやく椅子に座った。

「ふう……」

 一仕事終えた葉瑠は、酷使に酷使を重ねた太腿を再びマッサージし始める。

「おい葉瑠」

 リヴィオくんは先ほどの場所から動いておらず、こっちを見ていた。

「あれ? 料理を持ってきてくれるんじゃ……?」

「何の料理か言わねーと分からねーだろうが」

「ごめん……」

 適当に選んで持ってきてくれるかと思っていたが、変な所で几帳面な人だ。

「じゃあトマトサンドお願いしていい?」

「何個だ」

「1つでいいよ……」

「1つ?」

 リヴィオくんは呆れた様子で首を左右に振る。

「そんなんじゃ腹膨れないだろ。5つ持ってきてやる」

「でも……」

「無理して小食アピールすんなよ。……じゃ、行ってくる」

 リヴィオくんは一方的に告げ、今度こそ食堂のカウンターに向けて行ってしまった。

 一人になった葉瑠は改めて周囲を見渡す。

(このテーブルあんまり利用されてないですね……)

 葉瑠が座っているのは食堂中央を貫いている長テーブルだ。長テーブルは合計で2列あり、食堂内でかなりの面積を占めている。

 しかし人はまばらだった。

 殆どの学生は4人がけのテーブルや円テーブルに座っている。多分、この長テーブルは普通の飲食店で言うカウンター席に近い席なのだろう。一人で落ち着いて食べるには快適そうだ。

(そういえば結賀は……?)

 アビゲイルさんと食事するとは思えないし、そろそろほとぼりも冷めた頃だろう。

 葉瑠は結賀の姿を探す。

 結賀はまだウォーターサーバー付近にいて、アビゲイルさんに何やら話しかけている様子だった。

 アビゲイルさんは結賀を無視し、食堂の出口に向かって歩いている。先程シャワーを浴びたいと言っていたし、食事前に汗を流しに行くのだろう。

 結局結賀はそのままアビゲイルさんに話し掛け続け、一緒に食堂から出て行ってしまった。

 心配だ……

 とりあえず様子を見に行こうかと思っていると、目の前にトマトサンドが出現した。

「待たせたな……っと」

 リヴィオくんはトマトサンドを差し出したまま隣に座る。

「あ、ありがと……」

 葉瑠は浮かしかけていた腰を下ろし、トマトサンドを受け取った。

 瞬間、ずっしりとした重みが手に伝わってきた。

(ぶ厚いですね……)

 トマトは4枚切くらいの厚いトーストに挟まれており、そのトマト自体もかなり肉厚だった。このトマトサンド一つに一体何個のトマトが使われているのだろうか……。

 トマトの他にはレタスやチーズやハムも挟まれていた。よく見るとバジルの葉まで挟まっている。

 それぞれの具材の量も多く、かなりボリューミーだった。

 テーブル上のトレイにはそんなトマトサンドが4つ載せられていた。

 全部食べきれるだろうか……

 そもそも、今手に持っている一切れを食べきれるかどうかも怪しい。

「ねえリヴィオくん、これ……」

 食べるのを手伝ってくれるよう頼もうと隣を見ると、リヴィオくんの席にはカレーライスが鎮座していた。

 ルーの中にはエビや貝が数多く存在している。シーフードカレーのようだ。魚介類の他にもソーセージなどの肉類も入っていた。

 リヴィオくんはカレーライスにスプーンを差し込んだ状態でこちらを向く。

「どした?」

「なんでもない……」

 頼むのはカレーを食べ終えてからでも遅くない。

 とりあえず葉瑠はトマトサンドをいただくことにした。

「いただきます……」

 分厚いサンドイッチを口の前で構え、中央部分に齧り付く。

(……!!)

 噛んだ瞬間、甘酸っぱい、瑞々しいトマトの味が口内に広がった。

 厚いおかげで食感もしっかりしている。口の端からトマトの果汁が零れそうになったが、これもまた厚いトーストがしっかりと吸い取ってくれた。

 二噛み三噛みと咀嚼すると、トマトの甘酸っぱさに遅れてチーズとハムの濃い旨味が舌全体染みわたった。どちらとも良い塩加減で、このしょっぱさがトマトの味をより引き立たせている。

 そして、その濃い旨味をレタスがいい感じに調整してくれる……。

「美味しい……」

 意図せず感想が漏れてしまう。まさに絶品だ。

 これがタダで食べられるのだから、それだけでもスラセラートに入学した甲斐があったというものだ。

 カレーも美味のようで、リヴィオくんはひたすら無心にスプーンを皿と口の間で往復させていた。

 ……リヴィオくんはあっという間に一皿平らげ、ペーパーナプキンで口元を拭う。

 食べ方は豪快だったのに、口の拭き方は何だか上品だ。テーブルも全く汚れていないし、こういうところはきちんとしてるらしい。

 こちらはまだ一つ目の半分も食べられていない。

 葉瑠はトマトサンドに集中し、一生懸命齧り付く。

「ふふっ……」

 口いっぱいにサンドを頬張る葉瑠を見て、リヴィオは小さく笑う。

 葉瑠は笑われている理由を悟り、眼鏡越しにリヴィオを睨む。が、全く迫力はなかった。

「お前、この2日でだいぶ変わったよな」

「……?」

 何がどう変わったというのだろうか。

 訊き返そうとした葉瑠だったが、口の中がいっぱいで返事できなかった。

 リヴィオくんはテーブルに肘を付き、こちらの顔をまじまじと見つめる。

「初めて会った時はムカつくくらいオドオドしてたのに、今じゃ男子を食事に誘えるくらい積極的になったろ。男子三日会わざれば……とかいう言葉があるが、二日でここまで変わるのはすげーな」

 葉瑠はようやくトマトサンドを飲み込み、言い返す。

「食事、誘ったのはリヴィオくんでしょ……」

 文句を言いながら食べかけのサンドをトレイに置き、質問を返す。

「……でも、そんなに変わった?」

「変わった変わった。入学試験の後、コックピットから出てきたお前見て別人かと思ったくらいだからな」

「やっぱり、VFBのおかげなのかな……」

 シンギ教官とのバトルは、私にとって貴重な体験だった。

 当たり前のように負けてしまったが、それでも得たものは大きかった。

「……私、今まで何しても駄目で、ずっと否定され続けてきて、スラセラートに来たのだって、日本から出たいっていうネガティブな理由からだった」

「日本嫌いなのか?」

「いや、そういうわけじゃないけれど……」

 葉瑠はテーブルの面に人差し指を押し当て、円を描きつつ言葉を続ける。

「あの対戦で初めて自分を表現できたというか、自分の存在を肯定できたというか、自分がこの世界に実在するってはっきり感じられた。初めて……夢中になれそうな物を見つけたんだと思う」

「よくわかんねーけど……良かったな」

「うん……」

 何だか湿っぽい話になってしまった。

 葉瑠は再度サンドを握り、話題を変える。

「……ところで、次はどこを見学するんだろうね」

「校舎に入ったし……とりあえず講義室見てトレーニングルーム見て……って感じじゃねーの」

「なるほど……」

 葉瑠はトマトサンドを一齧りしつつ、願書に同封されていた施設案内のパンフレットを思い出す。

 確か、トレーニングルームには最新のシミュレータマシンがあったはずだ。最後の最後で操作訓練するつもりなのかもしれない。

「さーて、おかわり行ってくるかな」

 リヴィオくんは自分のトレイをひょいと持ち上げ席を立つ。

「まだ食べるの?」

「これだけで足りるかよ」

 流石は育ち盛りの男子だ。

「だったらこっちのトマトサンド食べるの手伝ってほしいな……」

「すまん、俺トマトは嫌いなんだ」

「……」

 あっさり断られてしまった。

 それでも葉瑠は諦めない。席から離れていくリヴィオに妥協案を提示する。

「待って、トマトは私が食べるから、それ以外の部分をリヴィオくんが……」

 リヴィオくんは振り返り、肩をすくめる。

「そこまでする必要ないだろ……。無理なら残せばいいんだし」

「!!」

 リヴィオの発言に葉瑠は少しばかり驚いてしまう。

 食べきれない物を残すのは仕方ないことだとは思う。しかし、多めに取ってきて、要らないから捨てるというのは人としてモラルに欠けている気がする。

 リヴィオに注意するべく、葉瑠は席を立つ。

「そんな勿体無い事できないよ。大体私は一つだけでいいって言ったのにリヴィオくんが……ッ!?」

 ――それは唐突に訪れた。

(痛ッ!?)

 リヴィオくんに歩み寄ろうと一歩踏み出した瞬間、猛烈な痛みが脚部を駆け巡ったのだ。

 葉瑠は言葉を途切らせ、その場にうずくまる。

 そして、脚を抱えたまま床にころりと転がってしまった。

 リヴィオくんはトレイを放り捨て、慌ててこちらに駆け寄ってきた。

「どうした!?」

「あし、あしが……」

 駄目だ。痛すぎてうまく息が吸えず、言葉が最後まで続かない。

 それでも葉瑠は痛む箇所を何とか伝える。

「ふくらはぎ……攣って……」

「ふっくら……?」

「……」

 この状況を見れば私が脚を攣ったということが誰でも分かるはずだ。と言うか、わからないわけがない。

 ……もしかしてリヴィオくん、わざと惚けているんじゃないだろうか。

「……あ、脚を攣ったのか。そうなら早くそう言えよ」

 ようやく分かってくれたみたいだ。

 これで助かった……と安堵したのも束の間、何を思ったかリヴィオくんは突然こちらの脚に……太腿に手を触れてきた。

「やっ!?」

 思わず声が出てしまう。

 その声に驚いたのか、リヴィオくんはビクリとする。

「変な声出すなよ、足伸ばしてやろうとしただけだ……」

「ごめん……」

 どうやらリヴィオくんは攣った足を伸ばして、応急処置をするつもりらしい。

 少し恥ずかしいけれど、この痛みが和らぐなら甘んじて受け入れよう。

「――何やってんだリヴィオ」

 刺々しい声とともに現れたのは結賀だった。

 結賀は問答無用でリヴィオくんを蹴り飛ばす。

 しゃがんでいる状態で蹴られたせいか、リヴィオくんは避けることも防ぐこともできず、そのまま床をゴロゴロと転がった。

 3mほど転がった後、リヴィオくんは器用に跳ね起きて文句をいう。

「いきなり蹴るんじゃねーよ!!」

「お前こそ、いきなり葉瑠に抱きついてんじゃねーぞ!! ……サカッてんのか?」

「そんなわけあるかよ……」

 騒ぎを起こしたせいで周囲の注意がこちらに向けられ始める。

 葉瑠は誤解を解くべく何とか結賀に説明する。

「結賀……私、脚攣って……」

 息絶え絶えのセリフだったが、リヴィオくんと違って結賀はすぐに理解してくれた。

「そういうことか。じゃ、医務室行くか」

 結賀はこちらの背中と膝裏に手を差し込み、すっと持ち上げる。

 お姫様抱っこだ。

 恥ずかしい格好だが、今は恥ずかしさを感じられるだけの余裕が無い。

 それにしても本当に脚が痛い。肉離れとか起こしていたらどうしようか……

(情けないですね……)

 ただ歩いただけでこんなことになるなんて、ランナーにあるまじき失態だ。

 葉瑠は結賀に抱きかかえられたまま、医務室へ向かうこととなった。

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