13 -見学会-
13 -見学会-
「――なるほど、そういう経緯でランキング戦をすることになったんだね」
「そうなんです」
授業初日の正午
食堂の円テーブルが並ぶエリアの隅にて、葉瑠は宏人と向い合って座っていた。
葉瑠は若干背を丸め、両手を腿の間に挟みつつ、もじもじと話す。
「止めようとも思ったんですけれど、結賀はやる気満々みたいで……」
「心配なんだね?」
「はい……」
話題に上がっているのは結賀とアビゲイルさんのランキング戦のことだ。
戦うこと自体に反対しているわけではないが、何が何でもいきなり過ぎる。もし結賀が不利益を被ることがあるようなら何とかしてあげたい。
そう思い、少しでも情報を得るために宏人さんに相談を持ちかけたというわけである。
……因みに当事者の結賀は午前中の初講義中に居眠りしていたため、教科担当の教官に絞られている真っ最中だ。
初日からこれだ。先が思いやられる。
「……ランナーは少し好戦的なくらいがちょうどいいよ」
宏人さんはこの問題を軽く考えているようで、口調も軽かった。
葉瑠は自分の悩みの深さを証明するべく、なるべく沈んだ口調で応じる。
「結賀は好戦的というより無謀といいますか……あれだけ喧嘩っ早いといつか痛い目に遭いそうで、本当に心配なんです……」
「確かに、そうかもしれないね」
宏人さんは小さく頷き、テーブルに目を落とす。
葉瑠の席には肉厚のサンドイッチが、宏人の席にはハンバーガーが置かれていた。
宏人はチーズがたっぷり挟まったハンバーガーを両手に持ち、話し続ける。
「そんなに心配することないと思うよ。訓練生同士のいざこざをVFBで決着させるのはよくあることだし」
「そうなんですか?」
「そうそう。まあ、僕はそんな経験ないけれどね」
そう言って宏人さんはハンバーガーに齧り付く。
葉瑠も宏人を真似てサンドイッチに噛み付き、もぐもぐと咀嚼する。
――食堂内は昼休み中の訓練生たちで賑やかだった。
絶えず笑い声が聞こえ、スプーンやフォークが食器を叩く音が幾重にも重なって響いている。
葉瑠はパンに挟まれたレタスとペースト状になった卵を飲み込み、会話を再開する。
「本当にこれでいいんでしょうか……」
「殴り合いの喧嘩になるよりずっと健全でいいと思うよ」
「健全……ですか」
宏人さんの言うことも一理ある。
VF同士なら、VFが傷つくことはあっても本人が怪我をする心配は無い。
宏人さんはハンバーガーをぺろりと平らげ、話を進める。
「ところで、もう日にちは決まってるのかい?」
葉瑠も急いでサンドイッチを口の中に押し込み、少し遅れて応える。
「んぐ……明後日の正午らしいです」
明後日と告げると、宏人さんは少し驚いた様子だった。
「結構早いね。普通は申請してから受理されるまで2日、その後の準備期間も含めてまるまる1週間はかかるんだけれど……」
「一週間……結構長いですね」
「当たり前だよ。何せ実機で戦うんだから、VFの準備もいるし演習場の使用許可も取らないと」
「……」
一体、一回対戦するだけでどれだけのお金がかかるのだろう……
VFの機体自体の価格を抜きに考えても、メンテナンスや戦闘区域の整備、対戦中のサポートはもちろん対戦後の修理にも結構な費用がかかる。
どれだけ掛かるにしても、ただ喧嘩するためだけにVFBを行うのは勿体無いのは明らかだった。
ふと宏人さんを見る。
宏人さんはハンバーガーの包装紙を丁寧に折りたたみながら、独り言をつぶやいていた。
「……国家間レベルだけでなく、個人レベルでも代替戦争の考えが浸透しているかと思うと感慨深いね」
「宏人さん……?」
こちらが声をかけると、宏人さんは先ほどのセリフを誤魔化すように話題を変える。
「ごめんごめん……ところで、午前中はどうだった?」
「普通の授業でした」
VFという言葉が一言も出てこないほど、ごく普通の座学だった。
既に高等教育課程を終わらせている訓練生は暇そうにしていて、他の訓練生も真面目に授業を受けていなかった。
私は一応ノートを取っていたが、ノートがいらないくらい簡単な内容だった。どうやら本気でスラセラート学園は最低限のカリキュラムしか行わないようだ。
学園の体裁を保つために仕方なく勉強させているというのが良く分かった。
そんな授業を行う教官にも一応プライドというものはある。話を真面目に聞かないのは仕方ないとしても、大いびきで授業を妨害されるのには我慢ならなかったらしい。
(結賀、本当に勉強が嫌いなんだなあ……)
聞いた話だと、中学校はまともに通ったことがなかったらしい。
毎日のようにどこかに出かけ、出かけた先で喧嘩を売ったり買ったりしてたみたいだ。
結賀の将来を憂いていると、宏人さんがため息をついた。
「……午後からが本番だね」
一瞬何のことか分からなかったが、すぐにその言葉の意味がわかった。
「いよいよVFの授業が始まりますね……」
午前中は座学、午後からはVF関係の授業が行われる。
宏人さんはシンギ教官の代役として私達1年生のランナーコースを指導するのだ。
数日前まで一緒の学園に通えるのを夢見ていたのに、今は同じランナーコースに所属できているどころか、先生と生徒の関係にまでなってしまった。夢のようだ。
一体どんなことを教えてくれるのだろう……。ワクワクして仕方がない。
「宏人さん、私、すごく楽しみです」
葉瑠は今の気持ちをそのまま宏人に伝える。
宏人さんは頬をポリポリと掻き、恥ずかしげに応じた。
「あまり期待しないでね。僕も教官として人前に立つのは初めてなんだ。……お手柔らかに頼むよ、葉瑠ちゃん」
宏人さんはそう言ってはにかむ。
爽やか過ぎる笑顔にノックアウトさせられそうになりつつも、葉瑠は何とか言葉を返す。
「こ、こちらこそよろしくお願いします……痛っ」
深くお辞儀をし過ぎたせいでテーブルの面に頭をぶつけてしまった。
宏人さんは小さく吹き出し、席を立つ。
「それじゃあ、僕は授業の準備をするから先に行くよ」
「あ、はい。相談に乗ってくれてありがとうございました」
「お礼を言うのはこっちのほうさ。葉瑠ちゃんのお陰でだいぶ緊張が解けたよ」
宏人さんは最後に微笑み、その場から去っていく。
(宏人さん……)
葉瑠は力が抜けたように椅子にストンと座り、テーブル上に頭を乗せる。
「はあ……」
自然とため息が漏れてしまう。
……それから暫くの間、葉瑠の頭は宏人の笑顔でいっぱいになっていた。
「場所、ここであってますよね……」
昼食を終えて午後
葉瑠は一人、学園の最下層エリアにいた。
通路は暗く、赤いライトが等間隔で並んでいる。葉瑠は携帯端末のガイド機能を使い、目的地を目指して歩いていた。
「機関室……こんな場所で何の授業をするのかな……」
先程から周囲からは何だか重苦しい駆動音が響いている。
このエリアは発電装置と浄水装置、ほかにもフロートのバランスを保つためのスタビライザーなどが密集している。
ほぼ全ての装置はAIによって管理されていて、快適な環境を実現させている。
人が入るのは年1回の点検の時くらいだろう。
ガイド通り歩いて行くと、やがて大きな金属扉が見えてきた。
扉には大きな文字で“関係者以外立入禁止”と書かれている。
(関係者ですから問題無いですよね)
葉瑠は特に考えることなく取っ手を掴み、体重を掛けて引っ張る。
扉が開くと、その先にはそこそこ広いスペースがあり、数名の訓練生の姿を確認できた。
(……やっと到着しました……)
……どうしてこんな場所にいるのか。
それは学内メールでここに集合するよう指示があったからだ。
「葉瑠、こっちだこっち」
結賀の声がし、葉瑠はその方向に目を向ける。
結賀は壁際の暗がりで座り込んでいた。いわゆるヤンキー座りだ。
(結賀、先に来てたんですね……)
彼女の足元には紙パックのジュースや菓子パンの包装紙などが落ちていた。どうやらここで昼食を済ませたようだ。
葉瑠は入り口から離れ、結賀のいる場所まで歩いて行く。
その途中、葉瑠は室内を見渡す。
暗くて分かり難かったが、室内には操作盤が至る場所に配置され、コンソール類も多々確認できた。
(ここは……管理室でしょうか)
葉瑠はあっという間に結賀の元に到達し、挨拶する。
「結賀、おまたせ。もしかして結構前からここで待ってた?」
結賀はのっそり立ち上がり、背伸びする。
「おう、30分は待ってる。超暇だったぞ」
「それだけ時間があったなら食堂に来ればよかったのに……」
「そうしたかったんだが、オレは時間に追われて飯を食うのが大っ嫌いなんだ。最低でも45分はないと駄目だな」
どういう理屈かわからないが、結賀がそう言っているのだから変に反論することもないだろう。
葉瑠は結賀の隣に移動し、壁に背を向けもたれ掛かる。
「こんな所で何するんだろうね」
「さあな。まだ訓練生も7人しか集まってねーし、始めっからこんなんじゃ先が思いやられるな」
7人、と聞いて葉瑠は改めて他の訓練生に目を向ける。
各々室内に散らばっていて、そのうちの2名は知り合いだった。
その2名とは、短い銀髪が目を引くリヴィオくんに、気怠そうな三白眼が特徴的なアビゲイルさんだった。
リヴィオくんは部屋の中央に立ち、入り口をじっと見つめていた。よほど授業が楽しみなようで、そわそわしている。
アビゲイルさんは部屋の奥にある操作盤に向かい合い、ぼんやりしているようだった。
他の3名は全員知らない男子だ。3名とも落ち着かない様子で、一人は携帯端末を弄っていて、一人は部屋をウロウロしていて、最後の一人は腕立て伏せをしていた。
どの訓練生も制服をきちんと着ておらず、おおよそ真面目とは程遠い格好だった。
腕立て伏せしてる男子に至っては半袖のシャツしか着てない。
……だが、そんな崩れた格好が可愛く思えるほど、強烈な外見を持つ人が現れた。
「全員集まったようだな」
艶やかなテノールの声とともに管理室に入ってきたのはマスクの男、アルフレッドさんだった。
「早速話がある。近くに来てくれないか」
一秒でも早くこの状況を理解したい。
葉瑠はアルフレッドの指示に従い入口付近へ移動する。結賀は腰に手を当ててダルそうに歩き、リヴィオくんは溜息混じりに近寄ってきた。二人ともアルフレッドさんの事は苦手なのだろう。
携帯端末を弄っていた男子は画面から視線を逸らすことなく移動し、ウロウロしていた男子はオドオドした様子でにじり寄り、筋トレしてた男子は歩きながら首にかけていたタオルで顔を拭っていた。
これで6人。
アルフレッドさんはこちらのメンツをざっと見た後、最後の一人に声をかける。
「アビゲイル君、私はこちらに来て欲しいと頼んだはずだが」
アビゲイルさんは部屋の奥、操作端末の上に腰掛けており、動く気配はなかった。
彼女は相変わらずの無表情の顔で、小さく応える。
「気にしないで下さい。ここからでも貴方の声は十分聞こえますから」
(そういう話じゃないと思うんですが……)
アルフレッドさんは教官代理だ。
教官の指示には従ったほうがいい。
アビゲイルさんの小さな反抗に対し、アルフレッドさんはニタリと笑みを浮かべていた。
「なかなかいい反骨精神だ。他人と馴れ合わないクールな美少女……うーん、中々そそられる。俄然興味が湧いてきたな」
セリフもそうだが、マスクという要素も相まって結構な変態に見える。
宏人さんが変態と呼んでいたのも頷ける。
「……」
アビゲイルさんは何も言うことなく操作端末から降り、素直にこちらに近づいてきた。
下手に反抗するとアルフレッドさんに何をされるか分かったものじゃない。
これでようやく全員が集合し、アルフレッドさんは姿勢を正す。
「……改めて自己紹介させて貰おう。私は教官代理のアルフレッド・クライレイ。――本日から担当教官として君達7人を指導していく。よろしく頼もう」
(え……?)
葉瑠は思わず狼狽してしまう。
担当教官……ということは、これからずっとアルフレッドさんから指導を受けるということなのだろうか。
葉瑠は自然と疑問を口にする。
「あの、宏人さんは……?」
アルフレッドさんは手のひらをこちらに向けて質問を制止し、話を続ける。
「今回シンギ教官の代理を行うにあたり、指導の質を低下させぬよう我々3名で21名を平等に指導していくことになった。……ヒロトは操作経験の浅い7人を指導し、ルーメは操作経験の豊富な7名を指導するというわけだ」
なるほど、理にかなった方針ではある。……が、葉瑠はその采配に納得できなかった。
「あの、私は操作経験が浅いので宏人さんに指導してもらいたいんですけれど……」
我儘だと思いつつ、葉瑠はアルフレッドに訴える。
アルフレッドはマスクを押さえ、力なく首を左右に振る。
「……すまないな。指導するのは我々だが、采配を決めたのはシンギ教官だ。不満があるならシンギ教官に直接言ってくれないか」
「シンギ教官が……」
こうなるともう方法がない。
色々と手を回してくれたシンギ教官にこれ以上要求するのは、我儘を通り越して傲慢である。
操作経験の話が出たせいか、リヴィオくんから質問が飛び出す。
「ちょっと待てよ、経験豊富な訓練生はルーメさんが担当、経験不足は宏人さんが担当……ってことは、俺たちは……?」
リヴィオくんの疑問にみんな興味が出たのか、視線が一斉にアルフレッド教官に向けられる。
アルフレッド教官は迷う素振りも見せず、粛々と応える。
「君達は扱いに困りそうな7名だ。言い換えれば個性的、もしくはユニークとも言える」
「つまり問題児ってことか? あ?」
結賀はアルフレッド教官に詰め寄り、やや下方から睨みつける。
かなり近い。
後ろに下がるかと思われたが、逆にアルフレッド教官は腰を曲げて結賀に顔を近づけた。
いきなりマスク面を向けられて驚いたのか、結賀は「うおっ」と声を上げて飛び退いた。
アルフレッド教官は体勢を保ったまま先ほどの結賀の問いに答える。
「目には目を、歯には歯を、ユニークな訓練生にはユニークな教官を、ということだろう」
自分でユニークと言っているあたり、少なからずマスクが浮いているのは自覚しているみたいだ。
(はあ……せっかく宏人さんに教えてもらえると思ってたのに……)
これからしばらくマスクの変態に教えられるかと思うと気が重い。これではあんまり過ぎる。
「……葉瑠君、そこまで露骨に嫌な顔をされると流石の私も少々傷つく……」
「す、すみません……」
どうやら気持ちが表情に出ていたみたいだ。気をつけよう。
「それで、こんな場所で何するんだ?」
結賀の指摘に、アルフレッド教官は思い出したように手のひらを叩き、予定を告げる。
「大事なことを忘れていたな。……今日は訓練は無しだ。今から丸一日かけてこのスラセラート学園の施設を見学してもらおう」
初日なのだし見学は妥当だと思う。
しかし、結賀は納得できないようで、またしても突っかかっていく。
「テメー、ふざけてんのか?」
「止めなよ結賀……」
いちいち突っかかっていく結賀に我慢できず、葉瑠は注意する。
それでも結賀は止まらない。
「さっさと訓練なり何なり始めろよ。オレはそのためにこの学園に来たんだぞ!!」
啖呵を切ったかと思うと、とうとう結賀はアルフレッド教官の襟元を掴んだ。
アルフレッド教官は微動だにせず、姿勢正しく真っ直ぐ前を見ていた。
訓練初日から問題を起こすなんてあり得ない。
葉瑠は結賀を止めるべく、近くにいるリヴィオに協力を求めることにした。
「ちょっと、リヴィオくんも手伝って……」
「言わせとけよ。今止めてもどうせこうなる」
「そんなあ……」
なんて無責任な人なのだろう。
「それに、学園2位のランナーがどれほどの奴なのか確かめておきたいしな」
リヴィオくんは腕を組み、傍観者を決め込んでいた。
他の訓練生も止める気はないようで、みんな結賀とアルフレッド教官のやりとりを見守っていた。
全員に注目される中、アルフレッド教官は飽くまで冷静に言葉を返す。
「強くなりたいというその熱意は素晴らしい。だが、焦りは禁物だぞ橘結賀君」
「……焦りは禁物? 教官“補佐”ごときが偉そうなこと言ってんじゃねーぞ」
「心外だな。私はこう見えてVFの操作技術には自信があるし、指導力にも自信がある。……少しでも強くなりたいのなら、私の指示に素直に従うことだ」
アルフレッド教官は襟元の手を振りほどき、ジャケットの襟を整える。
手を払われた結賀は一旦下がり、唐突に脚を開いて構えをとった。
「誰が従うかよ!!」
結賀は大声で拒絶の意を示し、ついにアルフレッド教官に飛び掛かった。
結賀はアルフレッド教官の手前で軸足を地面に固定し、大股を開いて右足を突き出す。
鋭いハイキックだった。
足の向かう先はアルフレッド教官の顔面、マスクだ。
このままだとマスクは勿論、アルフレッド教官の顔まで大きく凹んでしまう……と思ったのも束の間、鋭いハイキックは教官の目前でピタリと停止した。
寸止め……にしては余りにも制動が強い。
よく見ると、結賀のハイキックはアルフレッド教官のマスクの目前、右手一本だけで止められていた。
「いい蹴りだ。だが、うら若き少女が股を広げるのはみっともないぞ」
アルフレッド教官は早口で告げ、刹那の間に拳を突き出す。
「きゃ……!!」
反撃を予想していなかったのか、結賀は可愛い悲鳴を上げてガードの体勢を取る。
しかし、アルフレッド教官の拳は結賀の顔面から数センチの位置で停止していた。
いわゆる寸止めパンチだ。
(速い……)
アルフレッド教官も格闘術の心得があるのか、実に見事なカウンターだった。
負けを悟ったのか、結賀はその場にへたり込む。また、悲鳴を上げたことを恥じているようで、顔が少し赤らんでいた。
「活きが良すぎるのも困ったものだ。……他に文句のある者はいるか?」
アルフレッド教官は結賀を一瞥し、こちらにマスクを向ける。
誰も何も応えなかった。
「無いようだな。では、早速見学をはじめるとしよう。最下層から最上層まで、隅から隅まで学園内部を把握してもらおう」
一方的に告げ、アルフレッド教官は管理室の出口へ向かう。
……こうして計8名による校内見学会が幕を開けた。
「――ここがハンガーだ。主に訓練用のVFの整備、調整、あと兵装の開発も行っている」
まず一行が訪れたのは地下ハンガーだった。
アルフレッドの説明を聞き流しつつ、葉瑠はハンガーの中をまじまじと観察していた。
(前に来た時も感じましたけど、機材がすごく充実してますね……)
ここを訪れるのは2度目だ。
相変わらずハンガー内は広々としていて、大量のVFがケージに固定されて並んでいる。
しかし葉瑠はVFよりも、大小様々な整備用機械に心奪われていた。
(あれは七宮重工製のマニピュレーションアーム……あ、あっちには衝突実験用のレールが……嘘、風洞設備まである……どうなってるの……)
いくらなんでも機材が充実しすぎている。どれだけお金を掛けているのだろう……
興味津々の葉瑠とは打って変わり、結賀やリヴィオ、他のメンバーは面倒くさそうに歩いていた。
特に結賀は先程の件が堪えたらしく、出発してからずっとしょんぼりしている。
アルフレッド教官にあっさり負けたことがそんなに悔しかったのだろうか。
……やがて一行はハンガーの中央、修理用ケージがあるエリアに到達した。
付近には作業服姿のエンジニアが大勢いて、修理作業に没頭しているようだった。
先頭に立っていたアルフレッド教官はその一団に向けて挨拶をかます。
「ロジオン技師長!! ロジオン技師長はいないか!!」
唐突な呼び声に驚いたのか、作業中のエンジニアたちの視線が一斉にこちらに向けられる。
返事はすぐに返ってきた。
「いきなり叫ぶな……」
呆れ口調で歩み寄ってきたのは酒臭いエンジニア……ロジオンさんだった。
(あの人、技師長だったんですか……)
前会った時も酔っていたし、ただの平のエンジニアかと思っていたが、人は見かけによらないものだ。
ロジオンさんは酒が入っているであろうスキットルを口元に持って行き、ぐいっと傾ける。
それが当たり前の光景なのか、アルフレッド教官は飲酒を注意するでもなく話を進める。
「先程連絡した通り今から少しの間だけハンガー内を見学させてもらうが、よろしいな」
「もちろん大歓迎だ。自由に見て回ってくれ……あ、あとガイドも付けてやる」
ロジオンさんは振り返り、名前を呼ぶ。
「モモエー、こっちこい」
「はーい、何でしょう?」
ロジオンさんに呼ばれて現れたのは作業着姿の少女だった。
歳は私達とあまり変わりなさそうだ。彼女もスラセラートの学生だろうか。
ピンクに染められた髪は結い上げられ、後頭部で大きな塊になっている。
だが、綺麗なその髪は今はオイルで汚れ、白い肌も同じように黒く汚れていた。
彼女は不思議そうな表情で近寄ってきて、ロジオンさんの隣に立つ。
「ただいま参上しました」
モモエと呼ばれた少女はビシッと敬礼し、笑みを浮かべる。
早速ロジオンさんは彼女に指示を出す。
「今の作業は中断して、暫くの間こいつらの案内をしてやってくれ」
「任せて下さい」
元気な返事を聞いて安心したのか、ロジオンさんは「頼むぞー」と言って修理用ケージに戻っていった。
「それではモモエ君、案内を頼もう」
アルフレッド教官はモモエと呼ばれたエンジニアに手を差し出す。
モモエさんはその手を握り返して握手し、早速ハンガーの一点を指さす。
「はい。じゃあまずはフレームを見て行きましょうか」
モモエさんは先陣を切ってフレームがズラリと並ぶエリアに向かって歩いて行く。
葉瑠達はその後に続く。
歩いている間、モモエさんは聞かれてもいないのに説明し始めた。
「皆さん知っているかもしれませんが、ここにあるAGFはAGFであってAGFではないんです。ここのAGFは溜緒工房が再現した模造品で、純正のAGFはすべてセブンが管理しているんです」
AGFという言葉が連発されて混乱しそうだ。
……とは言え、葉瑠はこの事実を全て知っていた。
(教本に書いてあるとおりですね……)
セブンが管理している純正AGFの能力は凄まじい。
その最たるものが強力な反重力システムだ。
つい先日入学試験に使われた模造品とは違い、純正AGFを使用したVFは空を自由に飛行できるし、ほぼ全ての物理攻撃を重力盾で無効化できる。
1機だけで一国の軍隊を相手できると言っても過言ではない。
シンギ教官みたいな強いランナーが操縦すれば、それこそ世界征服なんて簡単にできるだろう。
だからこそ、セブンによって厳重に管理されているというわけである。
「……何で純正AGFはねーんだ?」
結賀はあまりこういった事情に詳しくないようで、純粋な疑問をモモエさんにぶつける。
「あの、ついさっきセブンが管理してるって言いましたよね?」
「だから……?」
「……」
モモエさんは呆れた表情を浮かべていた。他の訓練生も馬鹿にしたような目で結賀を見ている。
……結賀は代替戦争についてはまるっきりの素人みたいだ。
これ以上恥を欠かせないよう、葉瑠は結賀に耳打ちする。
「ちょっと結賀」
「なんだよ」
葉瑠は結賀に駆け寄り、肩に両手をのせて小声で説明する。
「純正のAGFを使用できるのは代替戦争に参加するVF、そしてそれを監視するファスナ・フォースだけなの。こんなの常識だよ」
「へー……知らなかったわ」
結賀は恥じるでもなく、素直に感心している様子だった。
こういう素直な性格は見習いたいものだ。
「ふむ……せっかくだし、この機会に代替戦争についておさらいしておこうか」
アルフレッド教官は立ち止まり、振り返る。
そして、問答無用で代替戦争のルールについて語り始めた。
「モモエ嬢の言った通り、代替戦争ではセブンによってAGFが支給される。いや、正確には、代替戦争で使用できるのはこのAGFのみ、と言ったほうがいいか。……何故だかわかるか葉瑠君」
「へ?」
いきなり指名され、葉瑠は間の抜けた声で応じてしまう。
その失態を誤魔化すように、葉瑠は矢継ぎ早に質問に答える。
「それは……公平性を保つためです。フレームのグレードはVFのスペックに大きく影響しますから、機体性能に差が出ないように純正AGFで統一されている……のだと思います」
「半分正解だ」
(半分……?)
てっきり正解かと思ったのだが、何か足りなかったのだろうか。
「もう半分は……?」
「不正を防ぐためだ」
答えを告げ、更に説明は続く。
「代替戦争は仮にも戦争だ。相手チームが予めこちら側のVFにウイルスか何かを仕込む可能性だってあるし、ひどい場合は破壊工作を受けるかもしれない。……もしそんな不正が試合後に露見したとしよう。当然負けたチームは再試合を申し出るか、相手の違反行為を非難するだろう。だが、この代替戦争の性質上、試合結果を取り消すのは難しい」
(ですよね……)
不正が本当に起きていたとしても、再試合したという事実が残るのはまずい。
負けた国はあらゆる手を使って不正事実をでっち上げ、再試合を要求するに違いない。
こうなると事態はより複雑になり、試合自体も泥沼化してしまう。
「不正行為が発生する可能性を限りなくゼロに近づける。そのために、決して手出しできない衛星軌道上で管理されている純正AGFを使用するというわけだ。わかったか葉瑠君?」
「あ、はい。よくわかりました……」
理にかなっている、の一言に尽きる。
不正行為云々を抜きにしても、純正AGFで試合に臨めるのは両国にとって大きなメリットだ。
性能の高いVF同士の対戦では、ランナーの実力差が勝敗に影響しにくい。
……例えるなら、素手同士の喧嘩なら格闘経験や体格差に優る方が圧倒的に有利だが、拳銃同士だと格闘経験や体格差など些細な問題、ということだ。
「待てよ、衛星軌道で管理してるってことは……どのタイミングで支給されるんだ?」
結賀は素朴な疑問をアルフレッド教官にぶつける。
アルフレッド教官は喋るのに疲れたのか、基本的過ぎる質問に呆れたのか、モモエさんに視線を向ける。
モモエさんはアルフレッド教官の意図を理解したようで、代わりに答える。
「……いいですか? 純正AGFは普段衛星軌道上で待機状態にあり、代替戦争時に戦闘エリアに直接投下されます。投下されるタイミングは試合開始の10分前。各国はその10分間でVFをセッティングせねばならないんです」
「直接かよ」
「直接です」
モモエさんは咳払いし、ある方向を指差す。
指さした方向にはVF整備用の大きなケージがズラリと並んでいた。
「大半の国はあれと同タイプの移動式メンテナンス機材で純正AGFに補助動力やら装甲やらその他装備をアセンブリ……というか艤装しています。ですが……」
モモエさんは続けて逆方向を指さす。
「スラセラートでは各種パーツをアウターフレームとして一元化、パッケージ化して短時間で装備可能なシステムを用いているんです」
(パッケージ化ですか……)
指さした方向にはVF……の抜け殻のような物がぶら下がっていた。
フレームだけを抜き取った状態のVF、中身の無い外殻、骨のない魚のようなものだ。
(最後のはちょっと違いますね……)
自分でツッコミを入れつつ、葉瑠は適した例えがないか色々と思案する。
しかし、アルフレッド教官に先を越されてしまった。
「アウターフレームは人間で言う“服”のようなものだ。つまり、パッケージ化して素早い装着を可能にするこのシステムは“早着替え専用装置”と言えるだろう」
しっくりくる例えだ。
是非ともあの装置が動く様子を見てみたいものだ。
「装備を早く済ませればそれだけシステムの最適化に割ける時間が増える。それに、ルールによっては有利なエリアを先に占拠することが出来る。早ければ早いほど試合を有利に運べるということだ」
「へー……」
中々奥が深い。
結賀は何度も頷いていたが、あまり理解できていないのが表情でバレバレだった。
「対戦の際にはこのシステムと一緒にエンジニアの皆さんがサポートについてくれる。試合を有利に運べるかどうかは彼らの技量にかかっていると言っても過言ではない。……くれぐれもエンジニアとは仲良くしておきたまえ」
アルフレッド教官のアドバイスに、訓練生達は「はーい」と返事する。
見学に対して文句を言っていた結賀も素直に返事していた。
……その後も葉瑠達はアルフレッドとモモエの説明を受け、1時間弱でハンガー内をぐるりと一周してしまった。
出発地点に戻るとアルフレッド教官は足を止め、休憩を宣言する。
「今から10分間各自で休憩を取るといい。休憩終了と同時に次の目的地に移動するから、そのつもりで準備しておくように」
アルフレッド教官の指示の後、訓練生は各々散らばっていく。
結賀はまだ見学し足りなかったのか、一目散に走り去ってしまい
リヴィオくんは色々と我慢していたのか、若干内股になりながらお手洗いへダッシュし
アビゲイルさんは近くにあった工作機械、そのコンソールを適当に弄っていた。
他の男子は相変わらず携帯端末に視線を落としたり、ウロウロしたり、筋トレしていた。
そんな中、葉瑠はモモエというエンジニアコースの学生から目を逸らすことができなかった。
(モモエ……日本の方ですよね……)
髪はピンクだし肌も病的なくらい白い。だが、雰囲気は日本人っぽい。
それに、あの顔はどこかで見たような気がする。
気になる……
「どうしました?」
ジロジロ見ていたせいか、視線に気づかれてしまった。
モモエさんはこちらに歩み寄り、目前で止まる。
……じっと見ていたのに黙りこむのは印象が悪い。
葉瑠は何とか言葉を捻り出す。
「あの、どこかでお会いしました?」
いきなりの発言にモモエさんは吹き出す。
「ふふっ……ユニークな挨拶ですね、葉瑠くん」
「……くん?」
「ごめんなさい。アルフレッドさんがあなたのことをそう呼んでいたので」
モモエさんは恥ずかしげに笑い、言い直す。
「葉瑠さんって呼んだほうがいいですよね」
「いえ、私は別にどちらでも構いませんけれど……」
「本当ですか?」
葉瑠は改めてよく考える。
女子から君付けで呼ばれるのは少し……いや、とても違和感がある。
「……やっぱり葉瑠さんでお願いします」
「ですよね、ふう……」
モモエさんは安堵した風に溜息をつき、続いてこちらをじっと見る。
……何だか品定めされてるみたいで緊張する。
葉瑠は所在なさげに眼鏡を弄り、モモエの目を見ては目を逸らし、見ては逸しを繰り返す。
その回数が5回を超えると、ようやくモモエさんは話を再開してくれた。
「せっかく知り合いになれたわけですし、少しお話しません? あと10分間しかありませんけれど」
モモエさんは機材に寄り掛かり、体勢をリラックスさせる。
葉瑠も同じように背の低い機材に腰を下ろした。
……おしりが冷たくて気持ちいい。
小さくため息を吐きつつ、葉瑠はモモエの申し出を受け入れる。
「10分間でも嬉しいです。是非ともお願いします、先輩」
「先輩なんてやめてくださいよ。エンジニアコースとランナーコースでは全くの別世界なんですから」
(別世界……)
ランナーが表舞台ならエンジニアは裏方だ。
だが、モモエさんはそういう意味で言っているわけではなさそうだった。
「エンジニアコースではどんなことを?」
元々は私もエンジニアコースに入学する予定だったのだし、内容は気になる。
モモエさんは作業中の修理用ケージを見ながら答える。
「私はまだ2年目ですから、勉強しながら皆さんのお手伝いをしている感じです。とにかく今はテキストを読み込んで、VFの構造や整備方法を頭に叩き込んでます」
モモエさんはテキストデータが入っているであろう薄型端末をちらつかせる。
「見てみます?」
「はい」
葉瑠はモモエから端末を受け取り、画面を表示させる。
どうやら直前まで読んでいたみたいで、中途半端なページが表示された。
葉瑠はこれが何の本か調べる為に表紙のページに戻ろうとした……が、文面に見覚えがあったおかげですぐに題名を知ることができた。
「これって基礎教本ですよね」
その名の通り、基礎中の基礎が書かれている分厚い本、もといデータ量の多いテキストだ。
葉瑠は「どうも」と礼を言って端末を返した。
「あれ、読まなくてもいいんですか?」
「大丈夫です。これは全部暗記してますから」
「ん?」
モモエさんは端末を受け取った体勢のまま、首を傾げる。
何かおかしなことを言っただろうか……
モモエさんは端末と私の顔を交互に見て、確認するように問いかけてくる。
「暗記って……この教本の内容を全て記憶しているってことですか?」
「はい。スラセラートに入学するとなれば、VFの構造や整備方法は一通り完璧に把握しなければいけないと思いまして……」
「もしかして基礎教本以外にも……?」
「あ、そうですね。基礎の他にも市販されている教本類は殆ど読破してます。制御ソフトの最適化とか、兵装類のメンテナンス方法とか……」
「……」
モモエさんは言葉を失っていた。
が、唐突に基礎教本テキストの端末を操作し始めた。
「……さて問題です。フレームの肩部に使用されているインダクションモーター、その構成部品であるローターの交換時期の目安は、述べ駆動時間にして何時間でしょう?」
私の話が本当かどうか確かめるつもりみたいだ。
別に嘘は付いていないし、期待にこたえることにしよう。
「それって七宮重工製のノーマルフレームの話ですよね? 負荷のかかり具合にもよりますけど、グレードB部品だと大体30時間、グレードAだと220時間、最高グレードの部品なら半年は持つと思います」
「あ、合ってる……」
「コストパフォーマンスを考えるならグレードB一択ですね。代替戦争とか、高負荷が掛かるなら最高グレード品を使うんでしょうけど……そもそも代替戦争で使用される純正AGFにはインダクションモーターじゃなくてケモメカニカルモーターしか使われていませんし……というか、正しくは肩部じゃなくて胸部構造体ですね。肩部には関節用のベアリングしか入ってませんし」
「すごい……」
モモエさんは興奮気味にこちらの両手をしっかと握りしめる。
「どうしてエンジニアコースに来なかったんです?」
「さあ、どうしてでしょう……」
モモエさんのこの様子から察するに、私のエンジニアとしての知識は結構なものらしい。
宏人さんが“マスターレベルのエンジニアになれる”と言っていたのは嘘でも冗談でもなかったみたいだ。
「葉瑠さん……いえ、葉瑠様」
(様……?)
モモエさんは手を握ったままずいっと身を寄せてくる。
若干後退しつつ、葉瑠は応じる。
「な、何ですか?」
「ランナーコースのトレーニングは大変でしょうけれど、もし時間があればハンガーにも顔を出してくれると嬉しいです」
モモエさんの目は期待に溢れていた。
……こうやって誰かから求められるというのは嬉しい
「別に私は構いませんけれど……」
何だかんだで私もこのハンガーには興味が尽きない。アウターフレームの脱着システムも気になるし、時間があればハンガーに来てもいいだろう。
「――いや、駄目だろ」
唐突に横槍が飛んできた。
座ったまま振り返ると、そこには結賀の姿があった。
「ランナーコースの訓練生がエンジニアコースに顔を出すなんてありえねーぞ。そんな暇があるならシミュレーターで訓練したほうが……」
「――いいや、実に有難い提案だ」
さらに横槍が飛んでくる。
結賀の背後にピタリと立っていたのはアルフレッド教官だった。
「VFの構造を深く理解すればするだけ戦闘にも役立つ。強くなる上でよい経験になることだろう」
「……」
アルフレッド教官が喋っている間に結賀は素早く彼から離れ、こちらの隣に移動してきた。
ふと見ると、結賀の腕には鳥肌が立っていた。
まだアルフレッド教官に対して苦手意識が抜けないようだ。
「さあ、休憩終了だ。次の目的地に出発するぞ」
アルフレッド教官は大声で宣言し、手を真上に伸ばす。
散らばっていた訓練生たちが集まってくるのを見て、モモエさんは小さく手を振る。
「またね、葉瑠さん」
「はい、また」
モモエさんは別れを告げ、修理用ケージに戻っていく。
その後アルフレッド教官が歩き出すまで、葉瑠はモモエの後ろ姿を眺めていた。




