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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 1 大罪人の娘
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 12 -宣戦布告-


 12 -宣戦布告-


「――よし、一応これで荷解きは完了かな」

「お互い持ってきた物少なかったな」

「そうだね」

 スラセラート学園、女子寮1階の一室にて

 葉瑠は室内を見渡しながら、額に浮かんでいた汗を袖で拭っていた。

 たったの10分で荷解きは終了したわけだが、結構疲れた。

(二人部屋にしては結構広いですね……)

 3階建てのこの女子寮は外見も豪華で内装も綺麗だ。

 寮と聞いて狭くて古い部屋を想像していたのに、いい意味で予想を裏切られてしまった。

 立地も悪くない。

 本校舎からほど近い場所に建っているので、遅刻の心配もなさそうだ。

 キッチンにトイレも付いているし、そんじょそこらのアパートマンションより設備が充実しているかもしれない。

 しかし、広過ぎるのも問題だ。

(殺風景ですね……)

 二人部屋は女子の部屋とは思えないほど殺風景だった。

 ある物といえば備え付けのデスクとベッドとクローゼットくらいなものだ。

 まだ来て間もないので物が無いのは仕方がない。が、それにしたって何もなさすぎる。

 私が持ってきたものは着替えと本とタブレット端末のみ

 デスク脇にある本棚はVF関連の本で充実しているが、私物はそのくらいだ。

 まあ、これから色々と揃えていけばいいだろう。……ぬいぐるみとか。

「さて、それじゃ恒例のベッドの位置決めをするか」

 結賀はベッド脇に立っていた。

「恒例って……」

「細かいことはいいから、じゃんけんするぞ」

 ベッドは室内の両脇に1つずつ設置されていて、特に差異はない。右に壁があるか左に壁があるか、その程度の違いしか無い。

「私は別にどっちでもいいよ」

「馬鹿だなあ葉瑠。こういうのはきっちり決めといたほうがいいんだ」

「よくわからないんだけれど……」

 ここは素直に結賀の提案に乗ろう。

 葉瑠はじゃんけんに応じるべく右手を前に出す。

 結賀も右手を前に出し、軽く上下に振り始める。

 二人はお互いにタイミングを合わせ、3振り目で手を出した。

 結賀はグー

 葉瑠はチョキ

「よっしゃああ!!」

「……」

 何が嬉しいのか理解できないが、あれだけ喜んでいるし良しとしよう。

 結賀は入り口から見て右側のベッドに飛び込み、新品の枕に顔を埋める。

「着替えたほうがいいよ。皺になるよ?」

 葉瑠は親切心から注意する。

 結賀は枕を抱いたままベッドの上であぐらを掻いた。

「別にいいだろ、クリーニングも寮の人がやってくれるみてーだし」

「だからって、だらしないのは駄目だと思うよ」

 葉瑠も自分のベッドの上に腰を下ろす。良いマットレスを使っているのか、思った以上におしりが沈み込んだ。

 万年布団で寝ていた葉瑠にとって、それは新感覚だった。

「……」

 葉瑠は堪らずベッドの上で横になり、枕に頭を預ける。

「ふう……」

 自然と至福の息が漏れた。

 葉瑠は眼鏡を外してベッド頭上にある小物置きに置いた。

「なんだよ葉瑠、着替えろって言っておいて自分も寝てるじゃん」

「ごめんさっきのなし……」

 シーツはひんやりして気持ちいいし、肌触りもサラサラだ。

 着替えるのが面倒に思えるほど心地いい。

 ……いっそこのまま寝てしまおうか。

 そんな事を考えていると、寮内に控えめなアナウンスが流れ始めた。

「――新入生の皆さん。今から15分後にささやかながら歓迎会を行いますので、一階の談話室に集合してください」

「歓迎会……どうする結賀?」

「めんどくせーし無視でいいだろ。今日は疲れたしさっさと寝よーぜ」

「うん、そうだね」

 葉瑠は結賀の意見に全面同意だった。

 人が集まる場所は苦手だし、何より睡魔に勝てそうにない。

 ……放送は続く。

「――商業エリアの有名スイーツ店のケーキや、その他お菓子を用意しています。是非みんなで親交を深めましょう」

「ケーキか……」

 結賀がつぶやく。

 その時点で嫌な予感がしていた。

 結賀は枕をベッドに放り捨てて立ち上がり、こちらのベッドに移動してきた。

 結賀の重みでベッドがさらに沈み込む。

「葉瑠、やっぱり行ってみようぜ」

「……」

 ケーキの一言に釣られたみたいだ。

 葉瑠はうんざりしつつ体を起こす。

「そんなに食べたいの? ケーキ」

「そういうわけじゃないけどさ、やっぱ親交深めるのって大事なことだろ?」

「今日は疲れたって言ってたじゃない……」

「それはさっきまでの話だ。今は超元気、寮の連中といろいろ話したい気分なんだよ。……ほら、立った立った」

 結賀は問答無用でこちらの両腕を掴み、ベッドから立たせる。

 そして、腕を掴んだまま部屋の出口に向かって行く。

「ちょと結賀待ってよ……」

「いいからいいから、ちょっとだけでいいから」

 振り解こうと力を入れてみたが、結賀の腕力は私を遥かに上回っている。逃げるのは不可能に近い。

 もう、歓迎会に参加するのは避けられそうになかった。

「仕方ないなあ……」

「そうこなくっちゃ」

 結賀は嬉しげに笑みを浮かべる。相変わらず気持ちが良いくらい爽やかな笑顔だ。

「眼鏡取ってくるね」

「おう」

 葉瑠はベッドの小物置きから黒縁眼鏡を取り、装着する。

 そして、玄関に備え付けられた姿見で一応身だしなみをチェックした。

 青を基調とした制服。どこも汚れてないし、皺になってる所もない。

(よし……)

 私の身だしなみは問題ない。

 しかし、結賀に問題があった。

 ……さっきベッドに飛び込んだせいか、ネクタイはズレて髪型も少し崩れていた。

 一緒に行く訳だし、せめて最低限の身だしなみは保ってほしい。

 葉瑠は結賀の頭に手を伸ばし、手櫛で髪を整える。

「気にすることないだろ、女同士だし」

「女同士だから気を遣うの」

 髪に触れられ、結賀は戸惑っている様子だった。他人にセットしてもらうことに慣れてないのかもしれない。

 髪を整えると、葉瑠は続いてネクタイに手を伸ばす。

 たどたどしい手つきに、結賀はふっと笑う。

「……何か新婚夫婦みたいだな」

 葉瑠は「なにそれ……」と笑い返しつつ、ネクタイの位置を調整した。

「はいできた」

「よし、行くか」

 そのまま二人はドアを抜け、談話室へ向かうことにした。



 一階、談話室

 寮の中央に位置するこの場所は訓練生の憩いの場でもある。

 広いスペースにはソファーやテーブルセットが並べられ、娯楽用品もひと通り揃っている。

 しかし、今そのスペースは寮の女子学生でいっぱいになっていた。

「結構いるな」

「そりゃあ、全寮制だからね……」

 ぱっと見、軽く100人は超えている。

 エンジニアコースの人も一緒に住んでいるので当然といえば当然だが、それにしたって多い気がする。

 二人して入り口で立ち止まっていると、中から上級生が話しかけてきた。

「君達新入生?」

「そうですけど」

「新入生はとんがり帽子被ってね、はいどうぞ」

 上級生は無理やりとんがり帽子を押し付け、そのままどこかに去って行ってしまった。

 葉瑠は受け取った帽子をすぐ被り、談話室内に足を踏み入れる。

 結賀はとんがり帽子を手に持ったまま後をついてきた。

 ちょうどその時、室内に元気のいい声が響き渡った。

「さてさて時間になりましたので歓迎会を始めさせていただきます!! 毎年恒例となっているこの歓迎会ですが、例によって学校側の許可は取ってません。みんななるべく静かに盛り上がっていこー!!」

 掛け声に応じて周囲から「おー!!」と歓声が沸き起こる。静かにする気など全くないらしい。

「ぶっちゃけみんな“タダで楽しく飲み食いできればそれでいい”、“新入生になんて興味ない”って思ってるかもしれないけれど、せめて新入生の顔くらいは覚えて帰ってねー!!」

 またしても「おー!!」と沸き上がる。あまりこのノリにはついていけそうにない。

(どうしよう……帰ったほうがいいかな……)

 葉瑠は俯きがちに周囲の様子を窺う。

 周りの上級生は知り合いどうしで楽しげに飲み食いしていた。

 掛け声の主の言葉通り、私達新入生にはあまり興味が無いみたいだ。

 ……と思っていたのだが、次の掛け声で事態は一変する。

「さー、それでは早速新入生に挨拶してもらいましょー……新入生カモン!!」

 そういった途端、上級生たちがこちら目掛けて押し寄せてきた。

「ひゃあ!?」

 悲鳴を上げた所で彼女たちは止まらない。

 腕を捕まれ、脚を捕まれ、あっという間に上に持ち上げられてしまった。

「なに? なになに!?」

 混乱している間にも葉瑠は揉みくちゃにされ、胴上げされたまま談話室の奥へと運ばれていく。

 そんな状態が10秒ほど続いたかと思うと、唐突に床に降ろされた。

「うう……」

 頭がくらくらする。

 葉瑠は状況を確認すべくメガネの位置を整える。

 真っ先に見えたのは女子たちの満足気な顔だった。

 どうやらこうやって新入生を運ぶのも恒例行事の一つなのだろう。

 左右を見るとトンガリ帽位を被った新入生が複数名いて、みんな私と同じように目を回していた。

 その数19名

 エンジニアコースの女子新入生は15名、ランナーコースは5名なので……

(……あれ?)

 一人足りない。

 欠席しているのかとも思ったが、葉瑠はすぐにその一人が誰なのか分かった。

「……結賀?」

 隣に結賀の姿が見えなかったのだ。

 先ほどまで一緒に歩いていたのに、全く見当たらない。もしかして揉みくちゃにされた際に怪我をして倒れてしまったのだろうか……

「あぶねーあぶねー……」

 安否を心配していると、すぐ本人が姿を現した。

 結賀はそそくさと近寄ってきて、何食わぬ顔で隣に立つ。

「何があったの」

「帽子、被ってなくて正解だったぜ……」

「あ、なるほど……」

 とんがり帽子は新入生の印。外していたお陰で難を逃れたようだ。

 20名が揃った所で、またしても元気な声が響く。

「はい、こちらが今日の歓迎会の主役のみなさんでーす。どうもこんばんわー」

「……」

 新入生はまだ先ほどの胴上げに参っているのか、ぐったりした様子だ。 

「いい感じに緊張してますねー、可愛いですよ新入生!!」

 マイクも使ってないのにこの声量はすばらしい。おまけにここまでハイテンションなのも驚きだ。クスリか何かやってるんじゃないだろうか。

 反応の薄い新入生に対し、元気な声の持ち主は自己紹介し始める。

「あ、申し遅れました。わたしはスラセラート学園最年少のランナー、天才少女のカヤちゃんでーす。みんなよろしくー」

 ここで初めて葉瑠は元気な声の彼女の姿を確認することができた。

 まず目に飛び込んできたのは珍しい形状のカチューシャだった。どうやら猫耳らしい。

 その猫耳はブロンドのくせっ毛の上に半分埋もれていた。ボリューミーな髪は毛先まで綺麗に波打ち耳元をすっぽり隠していたが、おでこは丸出しになっていた。

 テカテカと光る広いおでこの下にはくりっとしたエメラルドグリーンの双眸がある。

 上級生にこう言うのは失礼かもしれないが、実に愛らしかった。

 背も低いし、私以上に華奢だ。最年少と言っていたし、すごく年下なのかもしれない。

 彼女は自己紹介の後、周囲に向けてウインクを連発していた。

 その度に上級生から「きゃー」や「かわいー」など黄色い声が飛ぶ。

 こちらが思っている以上に彼女はアイドル的存在なのかもしれない。

 カヤちゃんは口を大きく開いて言葉を続ける。

「みんな元気になったかなー? それじゃーさっそくミニゲームを……」

「――馬鹿らしい」

 唐突に冷たい声がカヤちゃんの声を遮る。

 そのセリフはその場の空気を凍りつかせた。

「あのー、今のは……?」

「私です」

 名乗り出たのは赤い三白眼に長い黒髪が特徴の新入生……アビゲイルさんだった。

 アビゲイルさんは頭に乗っていたトンガリ帽を握りつぶし、床に投げ捨てる。

「こんな下らないお遊びに付き合うつもりはないです。馬鹿は馬鹿同士、騒ぐなり何なり勝手にしてください。それでは」

 無表情で告げ、彼女は談話室を横切って行く。

 誰も関わりたくないようで、上級生たちは視線を向けながらも道を開けていた。

 そんな彼女を呼び止めたのは例によって結賀だった。

「おい、生意気言ってんじゃねーぞ」

「……」

 アビゲイルさんは結賀を無視して歩き続ける。

「待てよ!!」

 そんな態度に一層苛ついたのか、結賀は駆け出す。

 一瞬にしてアビゲイルに追いつき、結賀は彼女を無理やり振り向かせ、胸ぐらを掴んだ。

「せっかく先輩がもてなしてくれてるんだ。最後まで付き合うのが礼儀だろ」

「礼儀? そんな礼儀は聞いたことが無いですね」

 アビゲイルは結賀の手を払いのけ、襟元を整える。

 彼女の尊大な態度に堪忍袋の緒が切れたようで、結賀は静かに言い放つ。

「……上等だ。表出ろ」

「いいでしょう。言っても分からない馬鹿は暴力で分からせるしかないようです」

「こっちのセリフだ、クソ野郎」

 二人は示し合わせたように早足で出口へと移動し始める。

 ……喧嘩だ。

 これから喧嘩が行われる。

(と、止めないと……!!)

 初日から暴力沙汰を起こすなんてあってはならないことだ。

 それに、二人とも格闘経験者みたいだし、本気でやりあえば大怪我は免れないだろう。

 葉瑠は慌てて二人の後を追う。

 しかし、先ほどの自称最年少ランナーのカヤちゃんが私よりも先に動いていた。

「はいはいストップストップ」

 カヤちゃんは結賀とアビゲイルの前に出て、そのまま間に割り込む。

 結賀は「何だテメー」と拳を上げるも、流石に年下の少女に手は出せないようで、そのまま拳を解いた。

 カヤちゃんは二人に臆することなくあることを提案する。

「あなたたち仮にもランナーでしょ? 喧嘩するならVFBで決着つければいいんじゃない?」

 カヤの提案に結賀とアビゲイルは歩みを止める。

 そしてお互いに顔を見て小さく頷く。

「VFBでなら怪我させる心配もねーし、思う存分ボコボコにできるな」

「いいです。受けて立ちますよ」

 二人が同意すると、カヤちゃんはここぞとばかりに声を張る。

「みんな聞いたー? 新入生二人が早速ランキング戦で戦うことになりましたー!!」

 この掛け声で、談話室の中の不穏な空気が一気に払拭された。

 みんな無駄に「きゃー」や「わー」などと騒いでいる。面白ければなんでもいいみたいだ。

「……ということで、今日はとりあえず飲んで食べて楽しもー!!」

 カヤちゃんは談話室の奥に戻ってきて、先程言いかけたミニゲームについて話し始める。

 その間に結賀が戻ってきた。

 葉瑠は結賀を出迎え、小声で話しかける。

「何か凄いことになったね」

「入学早々ランキング戦……楽しみだな」

 結賀はワクワクが止まらないようで、拳を握ったり開いたりしていた。

「うわあ、やる気満々だ……」

「おう、ぜってーに勝つ」

 ここまで血の気が多い女子は他にはいないだろう。

 もしあのままカヤちゃんが止めてくれなかったら、今頃は流血沙汰になっていたかもしれない。

 ふと葉瑠はアビゲイルの姿を探す。

 アビゲイルは既に部屋の出口に到達しており、扉に手を掛けていた。

(結局帰るんですね……)

 これ以上トラブルを起こされても困るし、帰ってくれたほうが有難い。

 何気なく彼女を見ていると、不意に彼女が振り返り、目があった。

「……」

 葉瑠はその深紅の瞳から視線を逸らすことができなかった。

 今の今まで無表情を保っていたのに、アビゲイルは口の端を持ち上げ、意味深な笑みを浮かべた。

 おぞましい笑顔をみて、葉瑠は思わず身震いしてしまう。

 彼女はそれ以上何もすることなく、室外へフェードアウトしていった。

「どうした葉瑠?」

「……何でもない」

 ……近日中に結賀はあの人とVFで戦う。

 結賀は間違いなく強い。

 シンギ教官に一瞬の内に破壊されたアビゲイルさんに負けるはずがない。

 頭ではそう思っているのに、葉瑠は嫌な予感を拭いきれなかった。


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