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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 1 大罪人の娘
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 10 -トップスリー-


 10 -トップスリー-


 葉瑠が食堂でボロネーゼに舌鼓を打っていた頃

 宏人は学園校舎の最上階に位置する教官室、その入口のドアに手を掛けていた。

「……入りますよ、シンギ教官」

 ドアを開けると冷たい空気が足元を這って外へ流れていった。

 昼間だというのに室内は暗い。

 足元に気をつけながら奥へ進むと、ようやく返事が聞こえてきた。

「おせーぞヒロト、どこで油売ってたんだ」

 シンギ教官は部屋の奥のソファーに腰掛けていた。

 パイル地の長袖シャツにカーゴパンツという出で立ち。かなりラフな格好だ。

 ……せめて学園内では教官用の制服を着てもらいたいものだ。

「すみません教官。遅れたのは例の更木の娘の件で……」

「葉瑠のことか。何か問題でもあったか?」

 宏人は挨拶がてら、頼み事をすることにした。

「今はまだ問題ありませんが、いずれ起こります。そういった事態を避けるためにも彼女の名前を“川上”にしておいてくれませんか」

「唐突だな」

 シンギは肩をすくめ、背もたれに背を預ける。

 宏人はソファーまで歩み寄り、自分の案を力説する。

「僕の妹ということにしておけば、余計なトラブルを生まずに済むと思います。ですから……」

「わかったわかった。お前があの葉瑠って娘が大事なのはよく分かった。手回ししといてやるから安心しろ」

 シンギが了承すると、途端に宏人は顔を綻ばせる。

「ありがとうございます」

「可愛い弟子のためならこのくらいわけねーよ」

 シンギはそう言うと部屋の奥にあるデスクに座り、端末をいじり始める。早速新入生のデータベースにアクセスしているみたいだ。

 そんなシンギの姿を見て、不満気な声が室内に響く。

「……シンギ教官、ヒロトのことだけ贔屓してません?」

 呑気そうな女性の声

 声に遅れて姿を現したのは小麦色の肌が印象的な、綺麗な女性だった。

 手には缶ジュースが握られ、大きな菓子袋を抱えている。食料棚から勝手に持ち出してきたのだろう。

「そんなに贔屓してほしかったら、もっと俺を教官として扱えよ、ルーメ」

 ルーメと呼ばれた女性はお菓子を抱えたままソファーにぼすんと座り、首を傾げる。

「例えば?」

 ウェーブの掛かった濃いブロンズの髪が揺れ、ランランと輝く翠の瞳がシンギ教官に向けられる。

 シンギ教官は情報端末から目をそらすことなく応じる。

「そうだな。いろいろあるが、とにかく俺を師として崇めろってことだ」

「えー、面倒くさいです」

 適当な口調で言うと、ルーメはソファーの上で胡座をかき、菓子袋を開封した。

「いただきまーす」

「お前なあ……」

「教官もいります? このビスケット美味しいですよ」

「それは俺のだ。勝手に食うなよ……」

 文句を垂れながらもシンギ教官は怒らない。ルーメに対して甘いのは火を見るよりも明らかだった。

(何て言っても、彼女は一番弟子ですからね……)

 ルーメ・アルトリウス……

 彼女は学園ランキング1位のランナーだ。

 齢15歳でインドと専属契約を交わし、以降負けなしの実力者でもある。

 宏人も何度かランクを掛けて戦ったが、なかなか勝機が見えてこない。

 ……とにかく彼女は破天荒だ。

 19歳になった現在も代替戦争では負けていない。……いや、正確には“破壊されていない”と表現した方がいいだろう。

 チームの勝敗にかかわらず、彼女は一度足りとも機能停止状態に陥っていないのだ。

 流石はスラセラート学園の頂点に立つランナーだけのことはある。

「――崇めるという点については私は問題なさそうですね、教官殿」

 入口付近に立っていたのはマスクがお似合いの変態男、アルフレッドだった。

 どうやら彼もシンギ教官に呼び出されていたらしい。

 アルフレッドは大きな紙袋を両手に抱えていた。

「代替戦争の遠征に行った際にはおみやげは欠かしませんし、この中の誰より教官殿を敬愛しているつもりです」

「変態に慕われてもなあ……」

「な……」

 アルフレッドはショックのあまり紙袋を床に落とす。その衝撃で紙袋が倒れ、中身が床にばら撒かれる。

 それらは全て遠征先の銘菓だった。

 ルーメはいち早く駆け寄り、品定めを始める。

「あ、これ前食べた時に美味しかったお菓子だ」

 呟きながらルーメは菓子箱をせっせと奪い取り、ソファーに陣取る。

 せっかくのおみやげも、そのほとんど全てがルーメの腹に収まっているのが現実だ。

 それをわかっていてもおみやげを買い続けているのだから、アルフレッドのシンギ教官に対する敬愛の精神は本物なのだろう。

 ……このままだといつものようにぐだぐだな流れになってしまう。

 危惧を抱いた宏人は、シンギに話しかける。

「教官、僕ら3人に話とは?」

「そうだった。本題に入るか」

 シンギ教官はデスクからソファーへ戻ってくる。

 無言で菓子袋の山とルーメをソファーの隅に追いやり、中央に腰を下ろした。

 「ちょっとー」や「ひどいー」と不平不満を言うルーメを無視し、シンギ教官は本題にはいる。

「これからしばらく学園を離れる。お前らにはその間訓練生の面倒を見てやって欲しい」

「……!!」

 唐突な話だ。

 宏人は平静を保ち、質問する。

「説明、してくれますよね?」

 シンギ教官は菓子袋の中からせんべいを取り、齧る。

「ついさっき『セブン』から直々に依頼があってな、問題解決に手を貸して欲しいんだと」

「セブン直々に……」

 ――セブンは現在の世界情勢を形作った張本人だ。AIでありながら「世界平和」という明確な目的意識を持ち、それを成し遂げてしまった怪物でもある。

 そんなAIがシンギ教官に頼み事などするだろうか。もしかしたらセブンという名前の別人かもしれない。

 宏人は確認してみる。

「セブンって、人工衛星明神の統括管理AIですよね」

「当たり前だろ」

「一応、確認のためです。……それで、何故セブンが教官に依頼を?」

 これが一番気になる情報だ。

 シンギ教官はいつになく真剣な口調で語り始める。

「……お前ら、“乱入者”のことは聞いたことあるか?」

「知っています。公式の対戦中に外部から乱入してきて、荒らしていく連中ですよね」

 まさに名前通りの存在だ。

 過去に数度類似した事件が起きたらしいが、いずれも失敗に終わり、セブンから厳重な処罰を受けた。

 代替戦争中に乱入するのは容易いことではない。

 何故なら代替戦争中は強力な監視者が周囲を警戒しているからだ。

「なにそれ、そうならないためにファスナ・フォースが対戦を管理してるはずだけど?」

 ファスナ・フォースはセブンによって遠隔操作される強力な審判ウォッチャーだ。

 代替戦争中は最低でも4機が、多い時は8機体勢で対戦を監視する。

 彼らは自由自在に空を飛ぶことができ、戦闘能力も人のそれを遥かに超えている。

 彼らがいる限り、乱入するのは不可能なのだ。

 ルーメの当然の疑問にシンギは応じる。

「問題はそこだ。……セブンの話だと、ファスナ・フォースを8機撃墜し、対戦中のVFを全て破壊した奴が現れたらしい」

「!!」

 ファスナ・フォースを8機墜とせるとなると、相当な実力者に違いない。そんな使い手に対抗できるのは世界でただ一人シンギ教官だけだろう。

 ……今の世界平和はセブンの能力が人間の戦力を上回っているから成り立っている。

 もしもそのバランスが崩れたら、人は再び戦争の歴史を繰り返すことになる。

 その事実に気付いたのか、宏人とルーメは息を呑み、アルフレッドは悩ましげにマスクを押さえていた。

 そんな3人とは対照的に、シンギは笑っていた。

「俺以外にこんなことができる奴が現れるなんてな……フフ」

「笑ってる場合じゃないでしょ教官」

 ルーメに続き、アルフレッドも声を上げる。

「今すぐにでも乱入者を突き止め、妨害行為を止めさせなければなりません。こんな所で呑気にお菓子を食べている場合ではありませんよ教官殿」

「フフ……」

 二人に責め立てられても、シンギ教官の笑いは止まらない。

「何がおかしいんですか、シンギ教官?」

 ひとしきり笑い終えると、教官は不敵な笑みを浮かべる。

「いや、そいつと戦えると思うと楽しみで仕方ねーんだ」

(……)

 そう言えば忘れていた。

 シンギ教官は根っからの戦闘狂なのだ。

 久々に手応えの有りそうな目標を前にして、喜ばずにいられないのだ。

 僕達もそれなりに頑張っているつもりだが、やはりシンギ教官の渇きを満たすにはまだまだ実力不足みたいだ。

 シンギ教官はその乱入者について楽しげに話す。

「そいつは真っ赤なVFに乗ってるんだが、それ以外のことは全く分かってないらしい。そんなこともあって、セブンはこいつを『アンクリア・レッド』って呼んでる」

 シンギ教官は携帯端末の画面をこちらに向ける。

 そこには赤いVF……らしき影がぼんやりと映っていた。

アンクリアレッドですか……」

 不気味な存在だ。

 だが、シンギ教官なら簡単に倒せるだろう。

 ……ここで宏人の頭に一つの疑問が浮かび上がった。

(すぐに倒せるはずなのに、どうして教官は僕達に代役を……?)

 ほんの数日留守にするだけなら、僕達3人に代役を頼む必要など無い。

 最短でも数ヶ月は返ってこないということなのだろうか。

 色々と気になった宏人は話を元に戻す。

「ところで教官、僕たちは留守の間何をどう指導すればいいんですか?」

 シンギ教官は「そうだった」と呟き、携帯端末を懐に仕舞う。

「細かいことは考えなくてもいい。なるようになるだろ」

「そんな適当な……。絶対に無理ですよ教官」

「お前はいつも否定から入るな、ヒロト」

 悲観する宏人に同調するように、ルーメも嘆く。

「教官はそれで何とかなったかもしれないけれど、私たちは凡人なんです。適当にやって上手く指導できるわけないじゃないですか」

「ランキング1位の貴様が凡人を名乗るか……」

 アルフレッドは教官ではなく、ルーメに文句を言っていた。

「貴様が凡人なら、私は羽虫と言ったところか」

 ルーメは呆れ口調で返す。

「またそうやって自虐する……。これだからアルフレッドは万年2位なんだよ。羽虫っていうか、ウジ虫って感じ」

「ウジ虫……」

「……静かにしろ」

 シンギ教官は人差し指を立て、真面目な顔になる。

「よく聞けよ。……俺は最強のランナーだが、最強が最良の教官だとは限らない。むしろお前らのほうがいい教官になれるんじゃないかと思ってる」

 シンギはルーメ、アルフレッド、そして宏人を見、告げる。

「3人で力合わせて頑張れ、な?」

 教官にここまで真剣に頼まれて断れるわけがない。

「……はい」

「……わかった」

「……お任せください教官殿」

 3人は口々に承諾の言葉を述べる。

 その言葉を聞いて、シンギ教官は満足気に頷いていた。

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