14 -火種-
14 -火種-
「ここ最近暇ね」
「暇なのはいいことじゃないですか、稲住社長」
「だから、愛里でいいっていてるでしょう? 宏人」
中東はイラクとトルコに挟まれた国、シリアにて。
愛里は宏人と共にシリア首都のダマスカスのホテルの一室にいた。
室内はどこぞのリゾートホテルのスイートルームとは天と地の差で、ちょっと古いアパートマンションの一室と大差なかった。
別に高い部屋に泊まりたいというわけでもないし、これで不便はないのだから文句はない。が、外だけでなく室内まで乾燥しているとお肌の状態が心配だ。
愛里はハンドクリームを塗りたくりながら宏人と気さくに会話を続ける。
「それにしても暇すぎるわ。もっと民族間紛争でドロドロしている地域にいかないの?」「榊の収益が増えることは君にとってもいいことだろうに、少しは我慢したらどうだい」
「言うようになったわね、宏人」
露国でアンカラードと手を組んでから数週間、愛里率いる榊はアンカラードと共に世界を練り歩き、AGFと量子コンピュータの設置を順調に進めていた。
未だに量子コンピュータの設置の依頼は絶えず、忙しい毎日を送っている状態だ。
本来なら2チーム、3チームに別れて設置作業を行ったほうが効率的なのだが、あらゆる思惑が働いている以上、重要な戦力を分散させることはできない。
それに、榊の代表やアンカラードの代表が直接出てこないとなると、取引先への印象も悪くなる。キノエは代役として十分な能力を持っているが、護衛として側においておきたいのが実情だ。
私は優秀なVFランナーだが、万能の兵士ではない。そういう点ではキノエの存在はかなり有難い。
愛里はハンドクリームに続いて顔の保湿クリームを取り出し、化粧台の椅子に腰掛ける。
「南アからここまで北上してきたけれど、AGFの配備も量子コンピュータの設置も順調過ぎるわね。後はイラクにイランに……中東辺りだけかしら」
「メルセゲルは既にアンカラードへの加入を受け入れてくれたからね。面倒な手続き無しでAGFを各所に配備できたわけだよ」
「メルセゲルねえ……」
メルセゲルはアフリカ大陸全土と中東諸国が加盟している組織で、NATOや亜細亜の壁に次いでかなりの影響力を持つ組織だ。
だが、他の組織と比べて発展レベルは低く、各国のGDPも高くない。
そのため自力での量子コンピュータの設置は困難であり、榊やアンカラードに協力の依頼が殺到しているというわけだ。
宏人はベッドに腰掛け、水差しからコップに水を注ぐ。
「亜細亜の壁もインドも露国も日本もNATOの各諸国もこぞって量子コンピュータの設置を進めてる。お陰で七宮重工のハイエンドAGF、それに中華製のAGFもよく売れている。仲介しているアンカラードの収益額も結構な額になってるよ」
宏人はサイドテーブルに水差しを置き、コップに注いだ水を一口飲んだ。
言葉とは裏腹に、化粧台の鏡越しに見る宏人の顔には陰りがあった。
「儲かることはいいことじゃない。何か問題でも?」
フェイスクリームを塗り終えた愛里は化粧台から離れ、宏人の隣に腰掛ける。
愛里の接近に特に反応することなく、宏人は問題を打ち明ける。
「問題は量子コンピュータの設置場所だね……」
「ああ、あれね」
「まさか、メルセゲルに所属してる国家の量子コンピュータを一箇所に集めて管理してくれと言われるとは思わなかったよ」
愛里もその話を聞いた時は驚いたが、あちこち移動せずに仕事ができるのは面倒がなくていいことだ。
愛里は改めてその旨を伝える。
「手間が省けていいじゃない。一箇所だけ集中的に防衛するのも戦略的には間違ってはないないし、加盟諸国へメルセゲルの結束が強いっていうアピールにもなってるんでしょ」
愛里の言葉に宏人は首を横に振る。
「でも、リスクを分散させないと何かあった時に取り返しの付かないことに……」
「それは私達が考えることじゃないでしょ。商売人は顧客の言うとおりにしていればいいのよ」
愛里はベッドから立ち上がり宏人の正面に立つ。そして、コップを取り上げると一気に飲み干した。
空になったコップを返すと、宏人はため息を付いた。
「それもこれも『ヒルドレッド』という男の独断が原因だよ……」
ヒルドレッド……
メルセゲルのトップに立つ男、彼の意志がメルセゲル全体の意志となっている。
いわゆる独裁者だが、ヒルドレッドはここ数年間、地域の均衡を上手くコントロールしている。
「いわゆるカリスマってやつね……」
宏人は頷く。
「ヒルドレッドが仲介役となって各民族が友好条約を結んでいて、互いがそれを破らないと信じている。みんな、彼を崇拝していると言ってもいい。まさにカリスマだよ」
「抜け駆けしそうな民族もいそうだけれど……代替戦争が失われてから半年経ってもその気配がないってことは、余程そのヒルドレッドって男、信頼が厚いのでしょうね」
「逆に言えば、彼を言いくるめてしまえばメルセゲルを意のままに操れる。……本当は彼と接触してAGFの配備や量子コンピュータの導入を進めるつもりだったんだけれど、彼からこちらに声を掛けられるなんてね……」
「何か、考えでもあるのかしら……」
「どちらにしてもアフリカ諸国がAGFで武装すれば全世界が武力的に均衡状態になり、平和が訪れる。細かい調整は必要だろうが、アンカラードのネットワークがあればほぼ半永久的に平和を持続させられるはずだよ」
「相変わらず理想家ね」
「僕は理想を現実にするよ。彼女のためにもね……」
「彼女……?」
「……」
失言だったらしい。
宏人は急に黙り、ベッドを離れて部屋の出口に向かう。
「明日も予定表通りに動くから、くれぐれも今朝のように寝坊しないようお願いするよ」
「はいはい。じゃあね」
愛里は手をひらひらと振って別れを告げる。
宏人は背を向けたまま、部屋から出て行ってしまった。
「“彼女”って……誰かしらね」
他人の秘密は気になる質だが、あの様子だと聞き出すのは無理だろう。
「……」
まだ就寝まで時間がある。
愛里は適当に時間を潰すべく、宏人に続いて部屋を出ることにした。
部屋を出た愛里はホテル1階に併設されたカウンターバーにいた。
カウンターバーとは名ばかりで、バーの隣には自販機がずらりと並んでいた。
他の宿泊客はカウンターには立ち寄らず、自販機で適当なものを買って簡素なテーブルに座って飲み食いをしていた。
果たしてカウンターバーの意味はあるのだろうか。
疑問に思いつつも愛里はカウンター席に向かう。と、そこに見慣れた男の姿を見つけた。
愛里は額に指をあて、男の名前を絞り出す。
(確か……ジェイク……だったかしら)
相変わらずジェイクはロングコートを着こみ、常人とは違う、独特の雰囲気を放っていた。
愛里はジェイクを見つけるやいなや忍び足になり、背後からこっそり近づいていく。
ジェイクはロックグラス片手に情報端末を見ていた。
グラスには薄い琥珀の液体に丸い氷が浮いていた。堅物かと思ったが、酒を嗜むくらいの余裕はあるようだ。
愛里は気付かれぬよう、彼の肩越しから情報端末の画面を見る。
そこには付近の広域マップが表示されていた。マップ各所にはこれまでアンカラードが卸したAGFの場所と数量の分布図が重ねて表示されており、ジェイクはタッチペンを使って各地域の詳細情報を確認している様子だった。
……ジェイクとの会話はいい暇つぶしになりそうだ。
そう判断した愛里はテーブをこん、と叩き、カウンターの店員に声をかける。
「彼と同じのを頂戴」
そして、断りもなくジェイクの隣の席に腰掛けた。
「はあい、ひとり酒なんて寂しいことしてるのね」
「……」
ジェイクはこちらをちらりと見たが、全く興味が無いようですぐに視線をモニターに戻してしまった。
この反応は予想の範囲内だ。
「……こちら、ブランデーのロックでございます」
店員はそう言ってグラスを正面に置く。愛里は店員の手が離れぬうちにグラスを手に取り、口に運ぶ。
瞬間、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
ブランデーをロックで飲むのは珍しい。が、別に悪いことではない。
……どうせ安酒だ。好きなように飲めばいい。
食道が少し焼かれる感触を得つつ、愛里はジェイクに再度声をかける。
「それにしても、それだけの数がそろえば、少しバランスを崩してやるだけで紛争どころか戦争が起こせそうね」
戦争、という言葉を口にしたのが幸いしてか、早々にジェイクは反応してくれた。
「……変な気を起こすなよ。戦闘がしたければシミュレーションで遊んでいろ」
「ジェイク、貴方、上司のパートナーにタメ口は良くないんじゃないかしら」
「戦闘狂がふざけたことを抜かすな。主が許すのなら貴様などすぐにでも殺してやりたい」
「言うじゃない。そういうの好きよ、フフ……」
酒のせいか、はたまた宏人が近くにいないせいか、ジェイクの言葉遣いは荒かった。
いつも宏人の隣で騎士のように振舞っている彼とはまた違った印象を受けた。
会話中もジェイクは情報端末を忙しく操作していた。
「それ、仕事?」
「そうだ。だから邪魔をしてくれるな」
「あら、邪魔だったかしら」
「現在進行形で邪魔だ」
多分、今後の取引に関して色々と準備が忙しいのだろう。
アンカラードのメンバーは今のところ宏人とジェイクの二人しか確認できていない。宏人は宏人で色々忙しそうだし、二人であれだけの仕事量をこなすのは大変だ。
そう思った愛里はふとある人物の名前を出す。
「そういえばカヤとか言うのはどうしたの。あの子ミリアストラなんでしょう? 手伝わせればいいじゃない」
ジェイクは一瞬手の動きを止め、溜息の後カヤについて応じる。
「……カヤは米国内で動いている。何か動きがあれば報告が入る」
「米国もやっかいよね。彼らは私達みたいな存在は絶対に許さないでしょうし、武力衝突は避けて通れないと思うわよ」
「主はそうならない努力をしているんだ。戦闘狂の貴様にとっては残念な話だろうがな」
ジェイクは情報端末を仕舞い、グラスの中身を一気に飲み干す。
「暇つぶしの相手を探すのは勝手だが、くれぐれも面倒事はおこすなよ」
そう言い放つと、ジェイクはカウンターを離れて行ってしまった。
愛里はジェイクを追うことはせず、グラスを揺らして中の氷をぐるぐると回す。
「戦争ねえ……」
……今のメルセゲルは戦力的にかなり優位だ。
他国に戦争を仕掛ければ、高確率で勝利することができるだろう。他国の介入もあり得るが、それを考慮しても十分に張り合える。
「……キノエ、ちゃんと働いてくれているかしら……」
アンカラードは平和をモットーとしているが、メルセゲルのカリスマ……ヒルドレッドは平和だけを望んでいるとは限らない。
戦争発生時のシナリオも一応考慮しているはずだ。
むしろ、世界が混乱の中にある今こそ覇権を得るチャンスと考えているかもしれない。
……少し背中を押せば、戦争を起こしてくれるかもしれない。
「フフ……」
グラス片手に微笑む愛里だった。
愛里がカウンターバーで安酒をあおっている頃、トルコ首都アンカラの中心街に位置する高層ビル、メルセゲルの所有する議事堂では小会議が催されていた。
「――ヒルドレッド様、モザンビークからAGF追加購入の許可要請が来ています」
「許可しろ許可しろ。そんなこと、わざわざ俺に報告すんなよ……」
会議場は狭く、非公式の会議であることが容易にわかる。
窓もなく、会場内には長いテーブルが一つだけ置かれているだけだった。
人数も少なく、議長も書記の姿もない。
ただ、参加している全員が重要なポストについているようで、上品な衣装やスーツに身を包んだ老年の男性が多くを占めていた。
が、その中に一人だけ半袖シャツに短パン姿の若い男がいた。
場所は全員が見渡せるテーブル中央。
体型は中肉中背、伸び放題の髪を後ろで纏め、無精髭を生やしている。
パッと見は都会で見かけるようなヤンキーそのものだった。
しかし、彼の放つ雰囲気はリーダーのそれであり、会議場の誰もが彼に期待の視線を向けていた。
「それにしても流石です。セブンの加護が失われてから半年近く経つというのに、中東・アフリカ各民族は奇跡的に均衡状態を保っています。まさにあなたはメルセゲルの長、いや王といっても過言ではありません」
老年の男のお世辞に対し、無精髭の若い男は言い返す。
「世辞はいい。お前らは無駄なことはせずに俺の指示に従っていればいい」
「仰せのままに、ヒルドレッド様……」
老年の男が頭を垂れた先にいる無精髭の男……彼こそがメルセゲルを束ねる『ヒルドレッド』、その人だった。
一言で言えば若きカリスマだ。
そのリーダーシップや判断力、そして交渉術は実に天才的であり、中東、アフリカが抱えていた数多くの問題をたったの数年で治めてしまった。
今この地域で彼の名前を知らないものはいない。
メルセゲルという勢力を作り上げた彼は今やNATOや亜細亜の壁と対等に交渉できる立場にある。先ほどの王という表現もあながち冗談と言い切れない。
ヒルドレッドを中心にメルセゲルのメンバーの面々が粛々と会議を進めていると、ドアからノック音が聞こえてきた。
「失礼するぞ」
そして、艶のあるテノールボイスと共に室内に男が入ってくる。
その男を見て、室内の面々は驚きの声を上げた。
「な、何だお前は!?」
「警備は何をしているんだ、さっさと連れ出せ!!」
老年のメンバーが目にしたのは、顔面に金属の仮面を貼り付けたオールバックの男……アルフレッドだった。
明らかに不審者な彼に対し、普通に挨拶を投げかけたのはヒルドレッドだった。
「おおアルフ、学園から返ってきたのか」
愛称で呼ばれ、アルフレッドも同じように返す。
「用件も言わずに呼びつけるとは失礼ではないか。ヒルド」
ヒルドレッドは席を立つとアルフレッドに近寄り、固く握手をする。
その異様な光景に老年の男たちは困惑の表情を浮かべる。
「貴様、ヒルドレッド様とどのような関係で……」
「気にするな。……これからアルフと二人きりで話がしたい。少し部屋を空けてくれ」
「そのような……」
飽くまで納得のできない態度を取る老年の男に、別の男が注意を促す。
「よせ、知らないのか?」
「何がだ?」
「彼はアルフレッド・クライレイ……ヒルドレッド・クライレイの実弟だ」
「……!!」
その言葉を聞いて老年の男は黙りこみ、おもむろに席を立つ。
そして、ヒルドレッドの指示通りに部屋から出て行く。
他のメンバーも同じように席を離れ、数十秒後には部屋にはアルフレッドとヒルドレッドの二人きりになった。
アルフレッドは仮面を中指で押さえ、会話を再開する。
「数年前までセトの化身と恐れられていたランナーが、今では民族間の調整役を務めるカリスマ指導者……か。大丈夫なのか?」
「大丈夫って何の話だ。体調か、調整役の話か」
「無論後者だ。……セブンが破壊されてから半年以上が経つ。彼のアドバイス無しでこれからも大丈夫なのかと聞いている」
「お前はいつもズバリ聞いてくるよな」
実は、ヒルドレッドがカリスマ指導者でいられたのは彼自身の力だけではない。
人工知能、セブンの多大なる助力があったのだ。むしろ、セブンの代役としてヒルドレッドが矢面に立たされていたと言っても過言ではない。
アルフレッドは適当な椅子に腰掛け、長々と説明し始める。
「代替戦争のシステムが出来上がっても尚、アフリカ大陸での民族間紛争は耐えなかった。それを危惧したセブンが各民族の調整役を行うことにした。そして、セブンに代役を頼まれたのが、当時ランナーとして名を馳せていたヒルドレッド……お前だったというわけだ」
「そのとーり」
ヒルドレッドは軽く応じ、テーブルに腰掛ける。
全く緊張感のないヒルドレッドに、アルフレッドは忠告する。
「セブンのアドバイス無しでこれからもやっていけるのか?」
「6年もカリスマを演じていると要領もわかってくるもんさ。それに、セブンか消失した場合のシナリオデータも熟読している。……が、どうもそのシナリオが気に食わなくてな」
「ああ、話は聞いていた。一部がより多くのAGFを求めるようになっているらしいな」
「他の連中より武器を多く持っていたい心情は分かるし、無理に禁止することもないだろ。どうせAGFを操れるランナーの数は限られてるんだ」
「それでも、簡単に決めていいことではないだろう」
「アルフ、こっちの分野に関しては俺の方がプロなんだぜ? 偉そうに言うなって」
ヒルドレッドは冗談めかして応じ、アルフレッドの肩を小突く。
アルフレッドは小突かれた肩を押さえ、静かに続ける。
「……代替戦争のシステムが崩れてしまった今、ヒルド、お前だけでこのメルセゲルを運営していくのは難しい。……セブンは優秀だったのは間違いない。アレの監視能力と情報収集能力があればどんな些細な問題も即座に解決に導ける」
「だから?」
「今考えるべきは、情報収集手段を得ることだ。各民族の動向を細かく把握しておく必要がある。……何か対策は打ってあるのか?」
「いや別に……一応幹部からの報告はきちんと聞いてるぜ?」
「……」
アルフレッドは仮面を覆うように顔を押さえた後、気を取り直して言葉を続ける。
「ついでに言うと、微妙なパワーバランスを均衡に保つには適切な政策が、高度な予測計算も必要となる。アドバイザーもいないこの状況だとメルセゲルは崩壊の道を進むだけだぞ」
「キツいなあ……そんなに酷いとは思えねーけど」
アルフレッドは立ち上がり、ヒルドレッドと視線の高さを合わせる。
「ヒルド、この半年間は奇跡的に上手く運営できていた。問題はこれからどうするかだ。そのままカリスマを演じ続けるか、セブンの事実を公表するか」
「待て待て、今更バラしたら余計混乱するぞ?」
「なら、セブンに変わるアドバイザーを……」
アルフレッドの言葉をヒルドレッドは固有名詞で遮る。
「アンカラードだ」
「アンカラード……?」
ヒルドレッドは満足気に頷き、自慢気に語る。
「お前が言った件、情報収集や分析に関してはアンカラードに一部を任せてある。……あいつらはいい取引相手だ」
「なら話は早い。彼らは国家間の橋渡し役となって外交をスムーズに行う手助けをしている。彼らに事実を打ち明けてメルセゲルの運営も彼らに一任させたらどうだ」
アルフレッドの提案に、ヒルドレッドは首を横にふる。
「それは駄目だ。飽くまで決定権は俺が持たなければならない。やつらは言わば便利な道具だ。……実際、AGFの調達には大いに役立っている」
「調達……」
AGFの供給量の件に反応し、アルフレッドは話題を変える。
「それはそうとヒルド、無闇矢鱈とAGFを配備するのは危険ではないか?」
「危険は承知だ。それに、新たな目標のためには必要な戦力だ」
「目標……戦力……?」
疑問符を浮かべるアルフレッドに、ヒルドレッドは思い出したように手のひらを叩く。
「そうだ、そうだった。今回はその話をするために呼び戻したのだったな……」
ヒルドレッドはテーブルから離れ、アルフレッドに背を向ける。
そして、一呼吸置いて告げた。
「メルセゲルは今後東に向けて領土を拡大させるつもりだ」
「ヒルド、何を言っているのかわかっているのか!? つまりそれは……」
「戦争だ」
ヒルドレッドは振り返り、アルフレッドを見る。
先程までのふざけた雰囲気は消え去っていた。
「戦争って言ってもそんな大層なものじゃない」
ヒルドレッドはテーブルの表面を指でなぞる。
「いわゆる毒抜きだ。こうも平和が続いていると市民の不満は国内に向く。それはメルセゲルでも例外じゃない。そう言った不満や鬱憤を抜くためにも、別組織との戦争も悪いことではない。……代替戦争と同じように考えればいいんだ。アルフ」
「同じではないだろう!!」
アルフレッドの激高に臆する様子も見せず、ヒルドレッドは言い返す。
「まあ、死者は多少は出るかもしれないが……AGF同士の戦闘ならば出たとしても十数名だ。それでメルセゲルの平穏が保てるのなら安いもんだ。それに、代替戦争は興業の一面も持っていた。みんな喜んで戦争の様子を観戦するだろ」
アルフレッドはヒルドレッドの言葉が信じられなかった。
その不信感は、アルフレッドにある一つの可能性を思い浮かばせた。
「まさか、誰かに吹き込まれたのか?」
「……いや、これは俺の独断だ」
明らかに返事が遅れた。
誰かから入れ知恵されたに違いない。
内部の幹部か、外部のエージェントか、はたまた別の組織の人間か……あらゆる可能性があるが、今更何を行った所でこの流れは止められないだろう。
「いわばコレは見世物の戦争だ。圧倒的な強さを見せれば戦争もすぐに終わる。そのためにもアルフ、お前も参加をしてくれないか」
無駄と知りつつも、アルフレッドは尚も抵抗を続ける。
「ヒルド、お前はこの戦争が世界にどのような影響を与えるか、わからないのか。この戦争が引き金となって取り返しの付かないことにもなりかねないんだぞ」
「それはあり得ない。少しは騒がしくなるだろうが、それもすぐに収まる。人の噂も七十五日。事実、アンカラードがリークした情報によるデモ活動も今は見る影もないだろう?」
「……」
駄目だ。これ以上言葉で兄を説得できる気がしない。
「アルフ、お前には量子コンピュータのセクトを防衛してもらう。そのつもりでいてくれ」
この流れは止められない。ならば、やる以上は勝たなければならない……
「わかった。ヒルド……」
被害を最小限に押さえるためにも、ここは全力で協力するべきだろう。
心に影を落としながらも、兄に協力を了承するアルフレッドだった。




