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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
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106/133

 13 -ルビー-


 13 -ルビー-


 サハ共和国から飛行機を乗り継ぐこと20時間。

 葉瑠は久々に海上都市に戻ってきた。

 日数にして約7日間、長いような短いような旅だった。だが、これでも予想していたよりも随分早く帰ることができたと思う。

「おかえり、葉瑠」

 スラセラート学園内、入港ゲートにはリヴィオくんが待ち構えていた。

 数時間ほど前に学園側に帰国の旨を知らせるメッセージを送ったのだが、早速情報が伝わったらしい。

 葉瑠は疲れた体に鞭打って、何とか挨拶に応じる。

「ただいま……」

 リヴィオくんもそうだが、結賀や他の人にもろくに説明もすることなく出発してしまったのでなんだか気まずい。シンギ教官も大反対していたし、罰の一つや二つ覚悟しておいたほうがいいかもしれない。

「これ、預かってたやつだ」

 リヴィオくんは挨拶を済ませると、すぐに小さな紙袋を手渡してきた。

 何かと思いつつ、葉瑠は中身を覗き込む。

 そこには修理に出していた機械式腕時計が入っていた。

「わ、ありがと……」

 リヴィオくんに受け取りを頼んでいたことをすっかり忘れていた。

 葉瑠はすぐに腕時計を袋から取り出し、左腕に巻きつける。

 金属のヒヤリとした感触が手首を包み込む。懐かしい感触だ。

「後これも……金は気にするなよ」

「……?」

 続けざまに紙袋を渡され、葉瑠は中身を取り出す。

 中にあったのは手のひらサイズの立方体状のケースだった。

 葉瑠は疑問を感じつつもそっと開けて中を見る。そこにはあの宝飾店で見かけたルビーのピアスが入っていた。

 それは、葉瑠が結賀にプレゼントしようと考えていたピアスであった。

「リヴィオくん、これって……」

「俺から渡すのもアレだからな、お前から渡すのが筋だろ?」

 まだ買うと決めたわけではなかったのに、気の利く人だ。

 こういうのは男性から女性にプレゼントしたほうがいいのではないかと思いつつ、葉瑠は重ねて礼を言う。

「ありがとう。結賀、喜ぶと思う」

「だといいな」

 軽い会話を終え、葉瑠はリヴィオとともに南連絡通路を学園向かって歩き始める。

「向こうではどうだったんだ?」

「ん、結局何もできなかったかな……」

 ランナーとして戦ったのは愛里さん本人で、私は宏人さんを釣るための餌として連れて行かれただけだったのだ。

 まあ、戦闘に関して少し良いアドバイスはできたが、あのアドバイスがなくとも愛里さんなら何とか勝てていただろう。

「じゃあ、危ない目には合わなかったんだな……よかった……」

「大袈裟だよ、リヴィオくん」

 ニュースでも、サハ共和国がAGFを運用できる体制を整えたと宣言したことで、露国は一部条件付きで独立を認めたと言っている。戦闘があったことはあまり重要視されていないようだった。

 露国での出来事を……おもにトレーラー旅の話を何気なく話しているとすぐに寮に到着した。

「じゃ、俺はここで……」

「うん、またね」

 女子寮の前で別れると、葉瑠は誰とも遭遇することなく自室へ戻る。

 やはりこういう時に人が少なくなったのだと実感できる。URに襲撃される前は1階の談話室には必ず誰かいたものだが、今は誰もいない。

 葉瑠はしょんぼりとした気持ちのままドアを開ける。

 すると、部屋の中央、葉瑠と同じくしょぼくれた表情の少女がいた。

「結賀……」

 結賀は下着姿で床の上に寝転び、雑誌を眺めながらスナック菓子を頬張っていた。

 指は菓子の油で汚れ、下着も床で擦れて肌が大きく露出している。

 ……だらしのない姿だった。

 が、葉瑠はこの姿に何故か安堵感を覚えた。

「……葉瑠」

 結賀の抜けた顔は一瞬にして険しくなる。

 雑誌を投げ捨て、こちらに詰め寄ってきた。

「お前、稲住社長と一緒に露国に行ってたらしいな」

「うん」

「しかも、私に相談どころか連絡もしないで」

「うん……」

「どれだけ心配したか……分かってんのか!?」

 口の端にチップスの破片をつけ、だらしない格好で言われても説得力に欠ける。それに、明らかに先ほどの態度は友人の安否を憂いている様子ではなかった。

 葉瑠は敢えて反論せず、素直に謝る。

「ごめん、どうしても断れなくて……」

 私は戦闘を止めるために彼女らに付いていくと決めた。

 だが、実際は戦闘を止めるどころかアドバイスまでしてしまった。そして、私程度の力では戦闘は止められないという現実を目の当たりにしてしまった。

 この流れは一人では到底かえられない。エネオラ先輩も、今もどこかの戦場で戦いに身を投じているかもしれない。そして、もしかすると大怪我を負っているかもしれない。

 圧倒的な絶望感……

 自分の無力さをむざむざと感じさせられ、自然と涙が流れてきた。

「う……」

「……ど、どうしたんだ!?」

 急に泣き出した葉瑠に、結賀は狼狽える。

「私、何も分かってなかった。自分なら何かできるんじゃないかって……勘違いしてた……」

「何だよ、わけわかんねーよ……」

 結賀は困り果てたようで、困り顔で頬を掻く。

 どう声を掛けていいのか分からいのか、結賀はあからさまに話題を変える。

「……そ、それ、何持ってるんだ?」

 結賀が着目したのは、葉瑠が手に持っていた紙袋だった。

 葉瑠は手の甲で涙を拭い、その紙袋の中からケースを取り出し、結賀に差し出す。

「プレゼント、リヴィオくんから結賀に」

「リヴィオから……?」

 結賀は恐る恐るケースを受け取り、開けて中を見る。

 そこにはルビーのピアスがあり、室内灯の光を受けて光っていた。

「これ、ピアス……どうしたんだよ」

 ピアスを摘んだまま結賀は立ち尽くす。

 葉瑠は説明する。

「時計、お店で直してもらっている間にそれを見つけて……プレゼントしたら喜ぶかなって、リヴィオくんが買ったんだよ」

「そうか……って待て、宝飾店にリヴィオと行ったのか?」

「うん、でも約束はしてないよ、偶然会っただけ」

 偶然リヴィオくんと会えて良かった。そうでなければこのピアスを結賀に届けることもできなかった。

 結賀はしばしピアスを見つめた後、葉瑠にケースごと手渡す。

「ちょっと持っててくれ」

「……?」

 葉瑠が受け取ると、結賀は現在つけているメタリックカラーのピアスを外し、ベッドの上にそっと置く。

 そして、ケースから新しいルビーのピアスをとると、手慣れた様子で耳に装着した。

 結賀の耳元は先程までと違い、上品な赤い光を放っていた。

「どうだ?」

「うん、似合ってる」

 私の見立て通り、ルビーのピアスは結賀によく似合っていた。

 整った顔立ちにショートのブラウンヘアー、そしてルビーのピアス。これで白のワンピースなんて着たら男には絶対に間違えられないだろう。それどころか、多くの男性の視線を集められるに違いない。

 結賀は指先で新しいピアスを弄りながら告げる。

「そうか、リヴィオが……って、あぶねー、危うく露国のこと忘れるところだった」

 話が露国でのことに戻り、結賀は床に脱ぎ散らかしていたロングTシャツを上から被り、ベッドの上に腰掛ける。

「で、露国はどうだった? やっぱ寒かったか?」

「すごく寒かったよ。お陰で一生分のホットココアを飲んだ感じ」

「あはは、何だそれ」

 笑いながら結賀はベッドの隣のスペースをぽんぽんと叩く。

 どうやら座れということらしい。

 葉瑠はそのジェスチャーに従い結賀の隣にちょこんと座る。

 すると、結賀は前触れもなくこちらに抱きついてきた。

「……もう、こういうことは無しにしてくれよな。次行く時は……オレも一緒についていくからな」

「うん……」

 こちらが思っていた以上に、結賀は私のことを心配してくれていた。そして、私の事を大事に思ってくれている。

 それはとても有難いことだし、嬉しくもあった。

 そんな結賀を裏切ることはできない。

 結賀に抱かれながら、約束を守る決意をする葉瑠であった。



 葉瑠と結賀が再開してから1時間後

 二人は女子寮を離れ、男子寮の正面玄関にいた。

「本当に行くの?」

「あたりまえだろ。借りを作ったままだと気持悪いんだよ」

 結賀がここに来た理由、それは単純明快だった。

 結賀はリヴィオにピアス代を返すつもりでいたのだ。

 素直にプレゼントとして貰っておけばいいものを、変なところで義理堅いというか、鈍いというか……

「リヴィオくんも困ると思うんだけれど……」

 プレゼントされたものを返却するよりもマシだが、お金を突き返されるということは、彼からの好意を無下にする行為でもある。

「いいからとにかく行くぞ」

「うん……」

 葉瑠は結賀の後を追いかけ、男子寮の玄関をくぐる。

 基本的に女子寮男子寮とも異性の入室は禁じられているが、男子が女子寮に入るよりも、女子が男子寮に入る方がハードルは低い。

 それに、玄関を見張っていた警備の人も今は人手不足でいない。

 誰にも注意されることなく侵入に成功した結賀は、目的の部屋まで一直線に進んでいく。

 途中、男子とも遭遇したが、彼らはただ驚きの表情を浮かべるだけで注意をすることはなかった。

 たとえ注意されても結賀なら無視していたことだろう。

 すぐにリヴィオの部屋に到着し、結賀はドアの前で深呼吸する。

「もしかして緊張してる?」

「してねーよ」

 答えると同時に結賀はドアを強めにノックする。

 ……返答はない。

「留守か……?」

「女子寮前で別れた時は部屋に戻るって行ってたから、いないはずは無いとおもんだけれど……」

 携帯でアポを取った方が良かっただろうか。

 そんなことを思っていると、室内から予想外の音が聞こえてきた。

「……お願いー、少しだけでいいからー!!」

 それは、明らかにリヴィオの声でなく、間違いなく女性の、しかも少女の声だった。

 少女の声はドア越しに聞こえ続ける。

「もう一回言って!! 愛しているって、結婚したいって!!」

 ……一体中はどういう状況になっているのだろうか。

 気になるが、見ていいものか悩ましいところだ。

「だから、なんで俺なんだよ……いい加減にしてくれ……」

 暫く少女の声が続いた後、ようやく部屋の住人の声が聞こえてきた。

 リヴィオがいることを確認した途端、結賀は勢い良くドアを開けた。

「リヴィオ!! 女連れ込んで何やってん……だ……?」

 いきなりの乱入者に室内にいた男女がこちらに目を向ける。

 一人は銀髪に碧眼が特徴のリヴィオ、そしてもう一人の少女はカーキの長い三つ編みと濃い緑の瞳が特徴の……スーニャだった。

 リヴィオは部屋の中央で困り顔で立っており、スーニャはベッドの上で仰向けになり、手足をバタバタさせていた。

「スーニャ……?」

 たしかスーニャは数カ月前に親御さんに無理やり帰国させられたはずだ。

 それがどうしてスラセラートに、しかも、リヴィオくんの部屋にいるのか。

(これは、事情聴取が先ですね……)

 ピアスのことは一旦保留にし、葉瑠は彼らから詳しく事情を聞くことにした。



「……なるほど、恋人ねえ……」

 説明は3分で十分だった。

 どうしてもスラセラートに戻りたかったスーニャは学園に恋人がいると嘘をつき、彼にきちんと別れを告げたいから3日間だけ学園に戻るのを許して欲しい、と両親と交渉したらしい。

 そして、やっぱり彼と離れられないから学園に留まりたい、と両親に告げるというのが彼女の作戦のようだ。

 もちろんスーニャに恋人などおらず、ニセの恋人として選ばれたのがリヴィオだったというわけだ。

 身長差的に選ぶならアハトくん辺りが適当かと思うのだが、変にアドバイスをして余計にこじれると責任を取れない。

(よくやるなあ……)

 先程ドア越しに聞こえてきた言葉も、両親とビデオチャットする際の練習のセリフだったらしい。

 それにしても浅はかな作戦というか……13歳の彼女にとって色恋沙汰で両親に訴えるというのはあまりにも非現実的な作戦である。

 が、スーニャが学園に戻ってくるのは私としては嬉しいことだ。

 結賀も気持ちは同じだったようで、協力すべくスーニャに問いかける。

「よし、そういうことなら色々と口裏を合わせとかねーとな」

「口裏って……例えば?」

「付き合うことになったきっかけとか、最初のデートの場所とか、あとは……お互いの好き嫌いとか?」

「なるほど……」

 スーニャは結賀からのアドバイスを実行する。

「リヴィオは……好きな食べものは何なんだ?」

 膝までかかる長い三つ編みを揺らし、ベッドから飛び降り、リヴィオに迫る。

 リヴィオは反射的に好物を教えてしまう。

「オ、オニオンバーガー……」

「へー、そうなのか。で、趣味は?」

「古着集め……ってかまだ協力するとも言ってねーぞ」

 犬のようにじゃれつくスーニャを引き離し、リヴィオは部屋の隅へ退避する。

 てっきり同意しているのかと思ったが、まだだったらしい。そしてこの様子から察するにリヴィオは協力的ではない。

 そんなリヴィオの態度を物ともしないでスーニャは語り続ける。

「因みに私の好物はフライドポテトで、嫌いなものは魚介全般。で、趣味はもちろんVFで……」

「聞いてねーし……」

 リヴィオは溜息を付き、学習机の椅子に腰掛ける。

 そして、根本的な質問をした。

「そもそもな話、スーニャはどうしてランナーを続けたいんだ?」

「……それだ!!」

 葉瑠はリヴィオの質問は核心を突いていると感じていた。

 そして、スーニャに懇親の助言を送る。

「スーニャがどうしてスラセラートに居たいのか、その理由を一生懸命に伝えればご両親も許してくれるかもしれないよ?」

 人間、何事も正直に話すのが一番だ。一度嘘を付いてしまうと嘘に嘘を重ねることになり、バレた時には取り返しの付かないことになってしまう。

 葉瑠のアドバイスを受け、スーニャは途端に俯いてしまう。

「……いたいから」

「ん?」

 何か特別な理由があるようだ。

 スーニャは顔を少し上げ、リヴィオを上目遣いで見つめる。

「リヴィオと一緒にいたいから……」

 心なしかスーニャの頬が赤い。

「ん……んん?」

 この反応を見て、葉瑠は首を傾げる。が結論に到達するまでさほど時間は掛からなかった。

 葉瑠の結論を代弁するように、結賀が一歩前に出る。 

「待て待て待て、じゃあリヴィオを恋人役に選んだのは……マジで好きだからなのか!? じゃあ、口裏合わせもクソもねーじゃねーか。どうかしてんぞ」

 結賀の指摘に、スーニャはぽつりと呟く。

「……悪いか」

 そして、更に顔を真赤にして声を張り上げた。

「ボクはリヴィオのことが好きでしょうが無いんだ!! 文句があるならいってみろよ!! ……もう」

 ひとしきり叫んだ後、スーニャはベッドにダイブし、枕に顔を埋める。

「マジか……」

「すごいね……」

 スーニャの絶叫告白にあてられ、葉瑠と結賀は少しドキドキしていた。

 二人共色恋沙汰に疎く、こういう場面に遭遇したのは初めてだった。

 葉瑠の場合は宏人と経験済みだが、リヴィオとスーニャという身近な二人とあって、動揺せざるを得なかった。

 そして当の本人、リヴィオは眉間を摘んで悩ましい表情を浮かべていた。

「お前なあ……そんなこと言われても困るんだが……」

「困るって……もしかしてリヴィオはボクのこと嫌いなのか!?」

「いや、嫌いじゃねーけど、流石にスーニャは恋愛対象外だろ。それに俺には……」

 あっさりと否定したリヴィオに、葉瑠と結賀は不平を言う。

「あ、その言い方はひどいよリヴィオくん」

「そうだぞリヴィオ、恋愛に歳の差は関係ないって、なんかの雑誌に書いてあったぞ」

「だから、そういう問題じゃ……」

 リヴィオは困った顔で葉瑠を見る。もちろんリヴィオがここで葉瑠のことが好きなどと言えるわけもなく、事態はカオスへと向かいつつあった。

「――おい、スーニャはいるか」

 室内で騒いでいると、不意にドアがノックされた。

 これを天の助けと思ったか、リヴィオは即座に来訪者に返答する。

「いますいますここにいます。他にも女子に押しかけられて迷惑だったんですよ。全員まとめて連れ出して下さいよ」

 リヴィオは学習机からヘアのドアまで一気に駆け抜け、ドアを開ける。

 するとドアの向こうにはシンギ教官が立っていた。

「シンギ……教官?」

 リヴィオの驚く顔を無視し、シンギは室内にいるスーニャに直接告げる。

「両親から連絡が入ってる。今すぐ理事長室に来い」

「ちょ、ちょっと待ってください。まだ打ち合わせが……」

「……今すぐ、来い」

「はい……」

 スーニャはシンギの迫力に負け、とぼとぼと歩き、リヴィオの部屋から出て行く。

 邪魔者が部屋からいなくなりほくそ笑むリヴィオだったが、その笑みも3秒ほどしか見られなかった。

「リヴィオ、お前もだ」

「俺もですか!?」

「ああ、何でも、スーニャの両親から話があるそうだぞ」

「マジですか……」

 リヴィオの話は既にスーニャの両親の知る所となっているらしい。

 シンギは二人を連れ、早々に部屋から立ち去っていった。

 部屋に取り残された葉瑠と結賀だったが、すぐに結賀が葉瑠に提案する。

「理事長室か……オレたちも行こうぜ」

「もう、結賀ったら……」

 あまり野次馬的な行為はしたくない。……が、面白いものが見れるかもしれない。

「……ちょっと覗くだけだよ」

「よし、行くか」

 結賀は笑みを浮かべて葉瑠の肩を叩き、シンギ達に付いていくことにした。



 校舎最上階に位置する理事長室

 壁に埋め込まれた巨大モニターには二組の男女がアップで映し出されていた。

「娘はまだか。まさか、学園ぐるみで隠しているのではないだろうな」

 男の方は少し痩せ型で分厚いメガネを掛けている、いわゆるインテリ系の顔をしていた。

「ああスーニャ……なんでこんな事に……」

 そして女の方は宝飾品に身を包んだ端正な女性で、今はハンカチで目元を拭っていた。化粧は崩れ、涙の跡がマスカラの色になっていた。

「まあまあ落ち着いて下さい、今教官が彼女を連れて来ていますので」

 そんな二人を画面越しに宥めているのは、銀の長髪に碧の瞳が映える女性、セルカ理事長だった。

 やりとりは長いようで、セルカの顔には疲労の色が見える。

 彼女を助ける者はその場におらず、彼女一人が保護者相手に奮闘していた。

「普通に考えて、私の娘が好き好んで危険な場所へ行くとは思えない。リヴィオとかいう男、純真無垢な娘に付け込んでたぶらかしたに違いない。早く連れ戻して洗脳を解いてやらねば……」

「そんなわけないじゃないですか……」

「そんなの信じられないわ。元にスーニャはそちらにいるのよ!!」

「そう言われましても……」

 いよいよ対処に困り果てていると、ようやく室内に救世主が現れた。

「……連れてきたぞ」

「シンギさん!!」

 勢い良く室内に入ってきたのはシンギだった。

 シンギの背後には伏し目がちのスーニャ、そして迷惑そうな顔を浮かべているリヴィオもいた。

 二人が室内に入ると向こうのカメラに映ったようで、スーニャの両親が激しく喋り始める。

「そいつがリヴィオか……うちの娘になんてことをしてくれたんだ!!」

「絶対許さないわよ。今更謝ったって遅いんだから!!」

「はあ……」

 リヴィオは急に罵倒され、戸惑っている様子だった。

「うわ、すごいことになってるね」

「あれがモンスターペアレントか……」

 部屋のドアが閉められる直前で葉瑠と結賀はこっそりと室内に侵入する。

 一瞬シンギ教官と目があったが、シンギ教官は特に何も言うことなくモニターに視線を向け直した。

 どうやらここにいても問題ないみたいだ。

 両親の罵倒が続く中、スーニャは両親に説得を試みる。

「まってお父さん、リヴィオは本当にボクの恋人で、声を掛けたのもこっちからで……だから、やましいことなんて何もないんだ!!」

「なくて当たり前だ!!」

 画面越しの声に負けじとスーニャは説得し続ける。

「お父さん、恋人と一緒にいることは悪いことじゃないでしょ。お父さんもお母さんも恋をしたから私が生まれたんだし、恋愛は悪いことじゃないよ……リヴィオからも言ってよ」

「……俺?」

 スーニャにバトンを渡され、リヴィオは溜息をつく。

 が、流石に空気を読んだのか、肯定的なセリフを告げる。

「ご両親、俺は、えーと、スーニャのことが好きなんです。だから、一緒にいられると嬉しいし、スーニャもそれを望んでます。だから、その、学園にいさせてあげて貰えませんかね」

 内容はそれなりに良かったが、若干棒読み気味だ。

 それを怪しいと感じたらしい。

 スーニャの父親は懐疑の目をリヴィオに向ける。

「お前……本当にスーニャの事を好いているのか? 遊びじゃないんだろうな?」

「いや、遊びも何も……」

 やる気のないリヴィオの返答に、即座にスーニャが割り込む。

「あ、遊びじゃないぞ!! お昼ごはんは一緒に食べるし訓練でもいつも一緒だし、週末には商業エリアにデートに行ったりもする……ぞ」

 スーニャは息継ぎをし、更に嘘を並べていく。

「お互いの好き嫌いもわかってるし、好きな映画も知ってるし、将来は結婚しようって約束してるんだ。だから、本当に恋人なんだ!!」

 自分で言っていて恥ずかしいのか、顔が真っ赤だ。

 ここまで来ると可哀想になってくる。一方的な片思いもここまで来ると痛々しい。

 リヴィオもそう思ったのか、後頭部を掻いて面倒くさそうに言い放つ。

「あー、もう止めだ、止め」

 リヴィオは必死に訴えるスーニャを後ろへ追いやり、モニターに映る両親と対峙する。

 そしてあろうことか、真実を告げ始めた。

「スーニャのご両親、実は俺はスーニャの恋人でも何でもないんです」

「……恋人じゃ……ない?」

「はい、ただのランナー仲間です」

 リヴィオはスーニャを指差し、暴露し続ける。

「こいつ、VFに乗り続けたいから嘘をついただけです」

「それじゃ、スーニャの言ってたことは嘘だったのね……」

 モニターの向こうの両親は先程までとは正反対の安堵の表情を浮かべ、胸をなでおろす。

 スーニャは嘘をバラされ、リヴィオの背中を叩く。

「な、なんでバラしちゃうんだよ。そんなことしたらここにいられなくなっちゃうじゃないか!!」

 この言葉でスーニャの両親は真相を悟ったようで、急に態度を変える。

「迷惑を掛けてすみませんでした。すぐにそちらに娘を迎えに行きますので……」

 誤解が解け、理事長室内の空気が和らぐ。

 スーニャの父親は口調を和らげ、モニター越しにリヴィオに問いかける。

「リヴィオ君といったか、君は本当にスーニャの事を何とも思ってないんだね?」

「はい……」

 リヴィオは当たり前のように応じる。が、数秒開けて付け加える。

「……でも、一人のランナーとして、スーニャの事は認めています」

(リヴィオくん……?)

 いきなり何を言い出すのだろうか。

 葉瑠を含めその場にいる全員が疑問を抱く中、リヴィオは堰を切ったように語り始めた。

「こいつとは何十回と対戦したし、訓練でも何百回と手合わせしました。あいつの技量は天才的です。それだけじゃない、ランナーとして最も必要な物……確固たる強い意志も持っています。……確かにこのスラセラートは襲われました。今後もそうならないとは保証できません。でも、その時は俺が責任をもってスーニャを守ります。だから、あいつの我儘を聞いてやってくれませんか」

 それは、普段のリヴィオくんからは想像できないようなセリフだった。

 リヴィオくんもスーニャが学園を離れることを良しと思っていなかったようだ。

 リヴィオはモニターに向かって頭を下げる。

「人生は一度きりです。後悔しないためにも、ここはスーニャの意思を尊重してやってくれませんか」

「しかしだな……」

 呆気にとられていたスーニャだったが、リヴィオに続き深く頭を下げる。

「お願い、ボク、強いランナーになりたいんだ。それに、ランナーは本当に楽しいんだ。ここには仲間もいっぱいいるし、頼りになる教官もたくさんいる。ボクは……この場所が大好きなんだ、だから……お願いします」

 便乗してか、セルカ理事長までも頭を下げる。

「ご両親、学園側からもお願いします。学園としても、彼女の夢をかなえる手伝いをしてあげたいのです」

 ここは私達もなにか言ったほうがいいのだろうか。

 そんなことを考えていると、モニターの向こうの眼鏡の父親が頭を垂れた。

「私の負けだ……」

 負けを宣告した父親に、隣の母親は肩を揺さぶる。

「ちょっとお父さん、スーニャは……」

「彼らを信用してあげなさい、母さん」

 父親は母親の制止を振り切り、改めて頭を下げた。

「皆さん、見ての通り生意気で我儘な娘だが、よろしく頼む」

 意外とあっさり決着が付いたことに葉瑠は拍子抜けしていた。

 多分問題はスーニャの恋人であって、それ以外のことはそこまで心配していなかったのだろう。

 危険になっても身を安全してくれると理事長自ら保証してくれたのだし、文句はないと判断したみたいだ。

「スーニャ、応援しているからな」

「うん、ありがとう、お父さん……」

 すぐにモニターは暗転し、通信も切れた。

 理事長室はなごやかなムードになり、誰もが胸をなでおろす。

「お父さん、か……」

 葉瑠は自分の父親のことを思い出していた。

 更木正志、世界を混乱に陥れた大罪人。今はアンカラードのお陰で汚名返上しつつあるが、それでも謎の多い父親だ。

 優しかったことだけは覚えているが、所詮は5歳の記憶だ。曖昧極まりない。

 父に比べて母のことは結構覚えている。

 歳の差結婚で母は結構若く、家の中でもハツラツとしていた記憶がある。よく外に連れてもらっていたし、いつも元気な人だった。

 だからこそ、首を釣った時はショックを受けたものだ。

 まあ、今となっては昔のことだ。

 ……存命していたら、スーニャの親のように私のことを第一に考えてくれていただろうか。

 暗転したモニターをぼんやり観ていると、隣の結賀がつぶやいた。

「アイツ、やるときゃやるんだな……」

 結賀は見たこともないような、ぼんやりとした表情でリヴィオの背を見つめていた。

 スーニャの両親相手に啖呵を切ったのは、私から見ても結構カッコ良かった。少しでもリヴィオに好意を寄せていれば、あれを見て嫌いにならない女はいないだろう。

「何だ、二人共見てたのか」

 部屋後方にいたこちらに気付いたらしい。

 リヴィオは背伸びをしながら歩み寄ってきた。

「!!」

 結賀は咄嗟に葉瑠の背後に回りこみ、構える。

 結賀の様子がおかしい。

 リヴィオは怪訝な顔で問いかける。

「ところで、お前ら何の用事だったんだ?」

「ピアス!!」

 結賀は短く叫ぶ。

「え?」

「ピアス、ありがとな!!」

 それだけ言うと結賀は脱兎のごとく理事長室から出て行ってしまった。

「おう……」

 リヴィオは遅れて返事をしたが、結賀には届かなかった。

「リヴィオー」

 緊張から解かれて安心したのか、スーニャは甘ったれた声でリヴィオに背後から飛びつく。

「リヴィオ、本当にありがと。お陰で学園に戻ってこれた」

 スーニャはリヴィオに抱きついたままぐるりと腹回りを半周し、正面に移動する。

「あと、好きだって言ったこと、忘れるなよ」

 スーニャも頬を染めてステップを踏みながらその場を後にする。

 リヴィオは困惑と疲労を足して2で割ったような顔でスーニャの背中を見ていた。

 葉瑠は労を労うべくリヴィオに声をかける。

「モテる男は大変だね」

「……」

 リヴィオは返答することなく葉瑠をじっと見つめる。が、数秒ほどで視線を下にむけて大きくため息を付いた。

「あんなのに好かれてもどうしようもねーよ……」

 そしてとぼとぼと歩いてその場を去る。

「……?」

 その一連の行動の意味を葉瑠は理解できずにいた。

 


「……って言うことがあったの」

「それはそれは……青春してますねえ」

 スーニャの騒動があってから1時間後。

 葉瑠はエンジニアコースの3年生、百枝樹里と共に学園地下のラボにいた。

 モモエは桃色に染めた髪が特徴の女性で、常に作業服に実を包んでいる勉強熱心な女性エンジニアだ。

 葉瑠とは特に仲がよく、よくラボに来ては兵装の研究開発を一緒に行っている。

 改装されたラボは以前と違って清楚感が漂っており、格段に過ごしやすくなっていた。

 とは言え、新鮮になったのは風景だけで、油臭い空気は相変わらずだった。

 葉瑠はラボ中央にあるコンソールを操作しながらモモエと会話を続ける。

「本当に青春だよね。スーニャちゃんはリヴィオくんのことが好きで、結賀も同じくリヴィオくんのことが気になってる感じ……はあ、リヴィオくんは誰が好きなんだろう……」

 隣のコンソールを触っていたモモエは桃色の髪のこめかみ辺りを掻き、呆けている葉瑠をこちらの世界に引き戻す。

「そんな話よりも葉瑠さん、この兵装、テスト場所はどうするんです?」

「あ、ごめん。あんな恋の修羅場に遭遇したの生まれて初めてだったから……」

 てへへ、と笑い、葉瑠は改めてモモエの問に答える。

「演習場が第一候補だけれど……どうかな」

 モモエは「葉瑠さん……」と前置きし、首を横に振る。

「シミュレーションでもすさまじい数値が出たんです。最低でも海上、できれば許可が取れる限り学園から離れた場所でやるべきだと思います」

「だから、最大出力で使うつもりは無いんだから。これは、敵VFのシステムを一時的に麻痺させるのが目的であって、破壊するのは本来の使い方じゃないんだから」

「でも、安全に運用できるように最大値のデータは取っておくべきです。もしかしたら、最大出力でコレを使用するシーンが来ないとも限らないんですよ?」

「なんだか今日は強気だね、モモエさん……」

 モモエは鼻の下をこすり、両手を腰に当てる。

「この兵装、私と葉瑠さんの汗と涙の結晶ですからね……テストもきっちり完璧にやっておきたいんです」

 訓練の合間に開発していたとはいえ、確かに苦難の日々の連続だった。

 重力制御技術もよく理解できないまま、ここまでよくぞ作り上げたものだ。

 モモエに強く言われ、葉瑠はテスト場所は任せることにした。

「わかったよ……じゃあ、海上でやるってことで」

「そうしましょう。それじゃあ早速申請証のテンプレートデータをダウンロードしておきますね」

 テストに漕ぎ着けたことが嬉しいのか、モモエは小走りでラボ内にある別の情報端末に向かって行ってしまった。

(それにしても……もうちょっと小型化できなかったんでしょうかね……)

 葉瑠は改めて兵装を見上げる。

 目前、専用のケージに固定されていたのは全長10mを越す巨大な“棒”だった。

 銃に見えなくも無いが、棒には穴は……ライフリングは刻まれておらず、もっと言うと弾倉すら無かった。

 だが、銃身の周囲には等間隔に合計9つの円状(リング)の機械が取り付けられていた。

 身近な物で例えるなら車のタイヤ、お菓子に例えるならドーナツ……いや、構造的に考えるとバームクーヘンのほうが近いだろうか。

 リングは一つ一つが幾重にも重なって巨大な輪を形成している。

 外周に向かうに連れ細くなっているためそろばんの駒を連想させるが、これは計算に使うものではなく、紛うことなき兵器であった。

九輪杖(くりんじょう)……)

 この武器は葉瑠が葉瑠なりに考えた、敵機を無力化する兵器だった。

 重量制御でこの円状のフライホイール・バッテリーを高速回転させて電気を溜め、一気に放電する仕組みだ。

 単純だが、この着想を得るのには結構な時間がかかった。

 まず最初考えた無力化兵器は有線スパイクによる強制ハッキング装置だった。しかし、これはあまりにも非現実的過ぎた。まず敵機と接触しなければならないし、ハッキングにも時間がかかる。

 だいたい、実力差が無ければできない芸当だ。

 続いて考えたのが、弾化した小型の音響兵器を敵のコックピット付近に撃つという兵器だった。不快なノイズをコックピットに直接響かせ、ランナーの動きを制限するという兵器だ。……が、これも同じく非現実的だった。

 まず当てなければ意味が無いし、そんな複雑な弾頭を量産できるとは思えない。

 さらに考えたのは遠隔制御によって砂レベルの個体を操り、それを敵機の内部に侵入させて関節を固めて行動不能にさせるという案だった。

 これは結構現実的だったのだが、演算に多くのリソースが必要になる上、操縦者自体にかなり高いセンスが求められるのだ。

 因みに、愛里の鬼代継があれだけ自在に水を操れたのは溜緒工房の技術水準が高く、また、愛里自身もランナーとして一流だったからだ。……葉瑠には不可能な話だ。

 そして最終的にたどり着いたのが、純粋に電気を目標に命中させて操作系等を一時的に麻痺させる兵器……九輪杖だったというわけだ。

 この兵器にはメリットが有る。

 まず一つは必中ということだ。

 九輪杖は雷撃を直接目標に命中させるわけだが、放電の速度は火薬式弾や電磁レールガンなどとはケタ違いで、秒速にして150kmを越す。一般的な電磁レールガンの弾速の30倍だ。放てば即座に命中する。これに自作の射撃管制アルゴリズムを組み込めば命中率は100%だ。

 難点といえば……連続で撃てないことくらいなものだ。

「葉瑠さん、早く申請書送りますよ。許可が降りるまで何週間もかかるんですから」

 九輪杖を眺めていると、遠方からモモエが催促してきた。

「わかった……」

 この兵器は扱い方によっては最強の威力を発揮する恐ろしい兵器だ。使い方を誤ればランナーごと丸焦げにしてしまう。

 ……使い手である私がきちんとしていなければならない。

 葉瑠は視線を九輪杖から離し、モモエの元へ向かうことにした。

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