11 -戦闘狂-
11 -戦闘狂-
目的地に到着すると、寂れた倉庫が視界に飛び込んできた。
倉庫はかなり大きく、ジェット機がまるまる入りそうなほど大きかった。
多分、昔は格納庫として使われていたのだろう。周囲には何もなく、ただ平地が広がっているだけだった。
暗闇の中、トレーラーのヘッドライトで浮かび上がる廃倉庫は不気味だった。
「行くわよ」
トレーラーを止めると愛里は率先して車から降り、廃倉庫へと徒歩で近づいていく。
すると、何処からともなく声が聞こえてきた。
「……そこで止まれ」
黒がりから現れたのは自動小銃を手に持ち、タクティカルベストを装着した兵士だった。暗闇に紛れるためか、顔には黒いニットマスクを装着していた。
数にして4名ほど、前に出ている一名は銃をおろしてこちらに手のひらを見せていたが、他の3名の銃口はしっかりとこちらに向けられていた。
狙われているにも関わらず、愛里は堂々と彼らと相対する。
「お待たせしたわね。榊の代表の稲住愛里よ」
「……」
兵士は小型カメラとペンライトを愛里の顔面に向け、数秒ほど確認する。
本人だと確認できたのか、兵士はペンライトを消して中に入るように促した。
「……確認できた。トレーラーのヘッドライトは消して中に入れ」
「分かったわ」
愛里は振り返り、トレーラーの運転手に手招きする。
トレーラーはその動きに合わせてゆっくりと動き出し、廃倉庫の中へそろそろと入っていった。
全車両が中に入ると入り口は鉄の扉で閉鎖され、静かな空気が場を支配する。
車が止まると葉瑠とスタッフは降り、改めて周囲を確認する。
倉庫内には多くの兵士の影を確認でき、それぞれが配置について周囲を警戒している様子だった。
……キノエさんは一体何処からこの倉庫内を監視しているのだろうか……
「よくおいで下さった」
葉瑠達が倉庫内を見渡していると、愛里に向かって壮年の男性が歩み寄ってきた。
壮年の男性は愛里に近づくやいなや握手し、笑みを保ったまま話し続ける。
「AGFの素体はアンカラードを通じて何とか入手することができたんだが、量子コンピュータだけはどうしても入手できずにいたのだよ。……これでようやく我々もまともに露国とやりあえるというわけだ」
愛里は握手を返し、自信満々に告げる。
「我々が来たからにはもう安心です。量子コンピュータの設置から運営、それに防衛まで……全てお任せ下さい」
「頼もしい限りだ。報酬も期待してくれたまえよ」
「ええ、楽しみにしています」
挨拶を終えると、場の空気が一気に和らいだ。
兵士たちも私たちのことを仲間だと認識してくれたようだ。向けられていた銃口も下を向き、緊張も解かれた気がした。
「……彼の事も紹介しておこうか」
壮年の男性はそう言って背後を向く。
背後にはロングコートに身を包んだ長身の男が立っていた。
「彼はアンカラードのメンバーの一人で、我々にAGFの調達の手伝いをしてくれたジェイク・サイシード氏だ。AGFの運用にあたって、彼と連携することも多くなるだろう」
紹介された長身の男は3歩ほど前に出て、愛里と握手を交わす。
「短い付き合いだがよろしく頼む」
「こちらこそ……」
愛里は彼から何かを感じ取ったのか、声のトーンが低めになっていた。
「AGFに関してはこちらも専門のエンジニアを連れて来ているの。紹介するわ……」
一体のこと誰だろうか。
葉瑠が疑問を感じる暇もなく、愛里は葉瑠を指差した。
「彼女が川上葉瑠よ。わからないことがあれば彼女の力を借りるといいわ」
「――葉瑠ちゃん!?」
葉瑠の名が出た途端、何処からともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
驚きの声とともに物陰から姿を表したのは全身白の服に身を包んだ男……宏人だった。
「宏人さん!?」
こんなにも早く宏人さんと会えるとは思っていなかった。これでここに来た目的の半分は達成できたようなものだ。
今すぐにでも駆け寄りたい葉瑠だったが、下手な動きをすると撃たれるかもしれない。
葉瑠は焦る気持ちを何とか押さえ、その場に留まっていた。
壮年の男は宏人と葉瑠を交互に見、コメントする。
「君は確かアンカラードのスタッフの……彼女と知り合いなのかね?」
「ああ、はい……そのようなものです」
どうやら宏人さんは自分の身分を彼らに明かしてないようだ。ジェイクさんとやらを矢面に立たせ、自分は影からサポートしていたらしい。
そもそもあのジェイクという人には見覚えがある。どこで見たのか覚えてないが……意外と世界は狭いのかもしれない。
意外な展開に全員が狼狽える中、愛里だけが微笑んでいた。
「葉瑠を見せただけで顔を出すなんて、意外とお間抜けさんなのね」
周囲の状況も気にしないで、宏人は愛里に歩み寄る。
「どうして葉瑠ちゃんが……まさか、僕を誘き出すために……?」
「フフ……連れて来て正解だったわ。彼女を連れて歩けばそちらからコンタクトしてくると考えていたけれど……こんなにも早く貴方と接触できるなんて……フフ」
愛里は余程この状況が愉快なのか、肩を震わせて笑っていた。
一通り笑い終えると、真面目な口調で呟く。
「川上宏人、少し私の我儘を聞いてもらうわよ。でないと、彼女がどうなるか……」
「……わかったよ。やはりあなたは末恐ろしい人だ、稲住社長」
「分かってもらえたようで嬉しいわ。……それじゃ、場所を変えましょうか」
勝手に話を進める愛里と宏人に、壮年の男は文句をつける。
「……これは、どういうことだね?」
サハ共和国の兵士も状況がよく飲み込めてないようで、全員が困惑の表情を浮かべていた。
愛里は「煩いわね」と彼らを邪険にした後、誰となく声をかける。
「……キノエ、出てきていいわよ」
「はい」
愛里がつぶやいた瞬間、真上からキノエが現れた。
どうやら天井に潜んでいたらしい。キノエは音もなく地面に着地し、頭を左右に振ってトゲトゲしい紅蓮の髪を整えた。
「そこにいたの」
「はい、2時間ほど」
愛里はキノエの肩を叩き、指示を出す。
「立て続けで悪いけれど、私の代わりに話を進めていて頂戴。私は川上宏人と話があるから」
「わかりました」
キノエの返事を聞くと、愛里は宏人を共に倉庫の奥へ姿を消してしまった。
呆然とする壮年の男に、キノエは何処からともなく取り出した資料を手渡す。
「これが作業予定表です。設置が完了するまではそちらが周囲の警戒を、敵勢力を確認した場合はこちらで対処いたします。こちらのAGFは日本に設置している量子コンピュータの演算機能を使って駆動しますので、ご心配は要りません」
「……あ、ああ……」
資料を受け取った壮年の男は大人しく資料に目を落とす。
その間、葉瑠はキノエに質問を試みることにした。
「キノエさん、今のは……」
質問されるのを分かってか、キノエは勝手に答え始める。
「あなたが御存知の通り、川上宏人はURのリーダー、かつ、アンカラードのリーダー。既に他界した更木正志を騙っている事も調査済みです。アイリは彼との接触を望んでいました。多分、この事業を始めたのも彼と会うためでしょう」
凄い調査能力に驚きつつも、葉瑠は質問を重ねる。
「会ってどうするつもりなんですか?」
「あなたこそ、彼と会ってどうするつもりだったんですか?」
「……え?」
葉瑠が答えに困っていることも無視して、キノエは喋り続ける。
「実は、インドの一件であなたが関与している事は知っていました。だからアイリはあなたに声を掛けたのだと思います。あなたを餌にすれば、川上宏人との接触確率が上がると考えていたのでしょう」
「餌にされたんですか、私……」
「その通りです。餌でもあり人質でもあります。本当にあなたは不運ですね」
宏人さんに会うために愛里さんを利用していたつもりが、逆に私が利用されていたらしい。
「はあ……」
ため息しか出ない葉瑠だった。
廃倉庫内の小部屋。
埃をかぶったデスクや脚の折れた椅子などが散らばる寂れた室内にて
二人きりになった途端、宏人は愛里に質問した。
「一体どういうつもりです……」
口調はきつめだ。
質問に答えず、その点を愛里は指摘する。
「苛立っているみたいね、川上宏人。そんなにあの眼鏡っ娘のことが大事?」
「……」
宏人は無言で応じ、溜息をつく。その後、壁に背を預けて質問を変える。
「社長自ら危険地帯に来るとは思っていませんでした。まさか、観光するためだけに足を運んだわけではないですよね?」
「もちろんそうよ」
愛里はデスク上の埃を軽く払い、軽くジャンプして机上に腰掛ける。
「秘密にしても仕方がないから話すわね。……目的は2つよ」
愛里は人差指と中指を立て、Vサインを宏人に向ける。が、すぐに中指を折って言葉を続ける
「一つ目の目的……川上宏人と接触する目的は果たされたわ。これから細かい話をしたいのだけれど、時間は問題ないかしら」
「僕に選択権はないですよ……。何ですか? 言って下さい」
「そうね、どう話せばいいものかしら」
愛里はデスクの上に乗っていた折れたペンを取り、手の先で器用に回し始める。
すぐに飽きたのか、愛里はペンをデスク上にそっと置き、ようやく言葉を続ける。
「単刀直入に言わせてもらうわ。……私と手を組まない?」
「はい?」
意外過ぎる言葉に宏人は疑問符を浮かべる。
そんな宏人の反応も織り込み済みだったのか、愛里は矢継ぎ早に説明し始める。
「貴方達はこれからも小国に量子コンピュータを設置していくでしょう? 今後組織の規模を拡張したとしても、目的を達成するまで軽く3年から5年はかかるでしょうね。それも順調に行けばの話、先進国が黙っているわけがないし、時間が経てば発つほど必ず妨害が入る。妨害が入れば目的は達成不可能と言ってもいいわ」
「よく調べていますね。全くその通りです」
「そこで私の会社、榊の出番よ」
愛里はデスクから降り、宏人に歩み寄る。
「自慢に聞こえるかもしれないけれど、私はこう見えて結構人たらしなの。各国の有権者とも懇意にしているし、声をかければ各国から有能なスタッフを補充することも可能だし、榊を国際企業にすることも難しくないわ」
七宮重工の社長の任を解かれてすぐに別の会社を立ち上げられるのだから、その人脈や処世術は本物なのだろう。
自信たっぷりに愛里は告げる。
「本気になれば全世界への量子コンピュータの設置も1年掛からずできる自信があるわ」
とうとう距離も縮まり、愛里は「どう?」と言って宏人の顔を覗き込む。
宏人はあまりその提案が現実的に思えないのか、目を伏せて小さく首を横に振る。
「……提案はありがたいですが、そこまでの資金は我々には……」
「だから、商売は関係なく手を組まないかって言ってるの」
愛里は長いポニーテールを弄りつつ、デスクの上に戻る。
「貴方達アンカラードは小国や途上国から見れば魅力的な組織よ。貴方がプレゼンすれば量子コンピュータの設置にも前向きになるでしょうし、そうなれば全世界にAGFを配備することも簡単だわ」
愛里は得意気に続ける。
「全世界が、すべての国がAGFを保有すればそれが抑止力となって無闇矢鱈と紛争は起きない。さらにアンカラードが仲裁人として機能すれば小さないざこざもすぐに解決できる……貴方達の最終目的は国同士の緩衝材になって、平和を維持することでしょう? AGFを迅速に配備するためにも、量子コンピュータの素早い展開は必要不可欠じゃないの?」
畳み掛けるように告げる愛里に、宏人は若干押され気味だった。
「魅力的な提案だね、だけれど……」
「私、決断を先延ばしにする人は嫌いよ?」
宏人はこんな状況で大事な決断をするつもりはなかった。が、愛里は即答を求めているようでその言葉には力があった。
この人には有無を言わせない迫力がある。そして、その迫力に負ければこのまま押し切られてしまう。
そう判断した宏人は何とか話を逸らすことにした。
「……と、ところで、社長は“2つの目的がある”と言っていましたが、もう一つ目はなんですか」
宏人の苦し紛れの問いかけに、愛里はにまりと笑みを浮かべる。
「戦争よ」
「……戦争?」
「私、戦争がしたいのよ……」
愛里はうっとりとした表情を浮かべていた。
……宏人には愛里の言葉が理解できなかった。
黙り込んだ宏人に、愛里は語り続ける。
「貴方達と行動すれば必ず大小なりとも戦闘に巻き込まれるでしょう? 私、その戦闘に参加したいの。それが二つ目の目的」
「真面目に言って……いるんですよね」
「大真面目よ」
その言葉を堺目に愛里の目付きが変わる。
「私は楽しいことが好きなの。今までいろんなことをしてきたわ。武道や格闘技をやったり社長をやったり……でも心は満たされなかったわ。でもVFは……VF同士の戦闘は私の心を満たしてくれる。命をかけて戦う、その駆け引きが、緊張感が、私にとって快感なのよ」
口調は至極真面目だが、内容は常軌を逸していた。
宏人は柄にもなく乱暴な言葉を使ってしまう。
「社長、あなた狂ってますよ」
「そのとおりよ。自分でも自覚しているわ。でも、だからこそ止められない。どうしようもなく戦いたいのよ。七宮宗生の遺伝子が戦いを望んでいるの」
愛里はそう言って自分の身体を浅く抱く。体は小刻みに震えており、昂ぶっているのが一目見て理解できた。
宏人はそんな愛里に驚きと同時に嫌悪感を……そして怖気を感じていた。
この人はまともではない。まともではない人間と交渉などできない。
宏人は拒絶の意を表明する。
「やはり、この話はなかったことにしましょう。今回の取引も中止です。量子コンピュータは我々の力だけで用意しますので」
「今更怖気づいたの? 散々酷いことをやってきておいて、私程度にビビるなんて器が小さいのね」
「僕は狂った人とは深く関わりたくないのです」
「フッ……フフ……」
愛里は唐突に笑い出す。
宏人は不快感を露わにする。
「何が可笑しいんですか」
「そんなことを言っているけれど、貴方が慕っているシンギも私と同類よ?」
「え……?」
愛里は笑みを保ったまま、シンギの目的を明らかにしていく。
「シンギはねえ、最強のランナーと戦いたいがために、ランナーを育成する訓練校を作ったのよ。事実、ルーメやアルフレッド、そして貴方は世界でも類を見ないトップクラスのランナーに成長したわ。このまま順調に成長すればシンギにも届く。シンギはその時を心待ちにしているでしょうね……」
「……」
宏人は反論できなかった。一見シンギはまともに訓練教官をしているが、彼の最終目標は強敵と戦うことだ。
それは何度も聞かされたし、理解しているつもりだった。が、改めて聞かされると狂った計画だ。
自分とまともに戦えるランナーを“探す”のではなく“育てる”……そんな発想、常人では考えられない発想だ。
それを10年以上掛けて行っているシンギは狂人と呼んでも過言ではないかもしれない。
しかし、シンギの話と愛里の提案は別の話だ。
宏人は改めて拒絶の意を表明する。
「重ねていいます。……せっかくですが、こんな狂った提案は受け入れられません。どうぞお引き取り下さい」
きっぱりと断ると、愛里はあからさまにため息を付き、デスクから腰を下ろした。
「貴方がどう思おうと関係ないわ。私は話をしにきたのであって、交渉しに来たわけじゃないのだから」
愛里は宏人に再び接近し、今度は胸元を指先で強く押した。
「これはもう決まったことなのよ。拒否はできないわ」
「そんな……」
それは、宏人の人生の中でも一二を争う最も我儘なセリフだった。
宏人は咄嗟に反論を言おうとしたが、愛里はそれを無視するように携帯端末を取り出し耳元にあてがう。
「……キノエ、話は終わったわ。予定通り情報を流して頂戴」
通話はすぐに終わり、愛里は端末を懐に戻しながら個室を出ようとする。
“情報”というワードに宏人は鋭く反応し、愛里を引き止めた。
「何を送信させた!?」
「何って、位置情報を送信したの……ロシア軍にね」
「なっ……!?」
敵対勢力に位置情報を送信する。……それは紛うことなき裏切り行為だった。
愛里は宏人の手を振り払い、平然とした態度で告げる。
「すぐにでもこの場所に戦闘機が空爆を仕掛け、戦闘ヘリが機銃掃射し、そして特殊部隊が制圧しに来るでしょうね。貴方達は逃げることも戦うこともできない。……でも安心して頂戴。この場に量子コンピュータがある以上、榊は契約通りに敵の攻撃に対し防衛行動を取るわ。溜緒工房に改造させたVF……鬼代継でね」
鬼代継……それが日本からこの地までコンテナで輸送してきたVFなのだろう。
名前から察するに鬼代一の改造機のようだ。
愛里は指の骨を鳴らし、肩を回してストレッチし始める。
「戦闘機も戦闘ヘリもAGFにとっては赤子にも等しいわ。すぐに戦闘は終わるでしょうね。……でもそれからが本番、こちらがAGFを出せば、敵側もAGFを出してくるはずだから。相手はレンタグアの最新機……フフ、楽しみね」
軽いストレッチが終わると、愛里は宏人の頬を軽く撫でる。
「あなたには本当に感謝しているのよ。代替戦争なんておままごとをやっている時は本気の戦闘なんでできなかったもの。貴方がセブンを破壊してくれたおかげでこれから先存分に楽しめそうだわ……フフ」
愛里は宏人の頬をぺしぺしと軽く叩き、個室を後にした。
「そんな……僕は……」
宏人は今まで自分が世界情勢をコントロールしてきたと思っていたし、これからもコントロールできると思っていた。不確定要素も計算に入れていたし、もしイレギュラーが発生しても対処できると思っていた。
だが、ここまで邪悪な存在が出てくるとは予想していなかった。
「どうすれば……」
戦力が無い今、ここの防衛はどちらにせよ彼女に任せるしかない。
愛里が去って暫く、宏人は自分の考えの浅はかさを呪っていた。




