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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
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 07 -ルール-


 07 -ルール-


 葉瑠と宏人が日本に帰る……と嘘をついてインドに渡ってから2日

 ドルトムント支部の実験施設では、葉瑠抜きで訓練が行われてた。

 結賀はシューティングレンジでワイヤー型の投擲武器を試しており、

 アハトはドナイトと共に模擬戦闘を行っており、

 クローデルとイリエは相変わらずバンカー内で全員の様子を観察していた。

 全員が粛々と操作技術を研鑽する中、リヴィオだけが上の空だった。

「はあ……あれから2日か……」

 リヴィオは一つ目のテストを終えた後、休憩室で1人ベンチに座っていた。

 ……リヴィオは葉瑠のことで頭がいっぱいになっていた。

 無事に日本についたのだろうか

 日本での事情聴取は辛くないだろうか

 食事は三食きちんと摂っているのだろうか

 もしかしたら、ドルトムントどころか海上都市に戻って来られないのではないだろうか。

「それはないよな……」

 無いと信じたい、が、有り得る話ではある。

 今後、世界情勢は間違いなく不安定になる。それを見越して日本政府が葉瑠を渡航禁止にすることだってできるのだ。

 でも、葉瑠にとってはそのほうがいいかもしれない。

 無理にVFに乗って危険な目に合うくらいなら、日本で平和に暮らしたほうがずっといい。

 きちんとした学校に通って、しっかりとした会社に就職をして、結婚をして……老後まで何事も無く幸せに暮らしたほうが、ランナーを続けるよりもずっといい。

 ――自分もそうなのではないだろうか。

 代替戦争のシステムが崩壊した今、ランナーを続ける意味はあるのだろうか……

「……リヴィオ、いつまで休んでんだよ」

 柄にもなく暗いことを考えていると、訓練を終えた結賀が休憩室に入ってきた。

 結賀は許可もなくリヴィオの隣に座り、汗で濡れた髪をスポーツタオルでワシャワシャと拭う。

 そして、そのスポーツタオルを首に巻くと、続いてスポーツドリンクを飲み始める。

 一瞬のうちに飲み干し、缶をゴミ箱に投げ捨て、結賀はリヴィオに話しかける。

「次、ブレードの耐久度テスト、一緒にいくぞ」

 そう言って立ち上がった結賀だったが、リヴィオはぴくりとも動かなかった。

 不審に思ったのか、結賀は恐る恐るリヴィオの正面に立つ。

 それでもリヴィオは俯いたまま動かない。

 結賀が何かいたずらをしようかと手を動かそうとした時、リヴィオは唐突に質問した。

「なあ結賀、こんな練習続けて意味あると思うか?」

「な、何だよいきなり」

 急な問いかけに驚き、結賀は不覚にも体をビクリとさせてしまった。

 それを悟られぬよう、結賀は自然な動きでくるりと半回転しつつ、再びベンチに腰を下ろした。

「代替戦争が中止されたってことは、VFはただの陸戦兵器になったってことだろ。俺たち、兵士になるために訓練してるのか?」

 いつもと違って真剣な話題に、結賀もなるべく真剣に応じる。

「いや、今やってるのは単純に操作技術を高めるための訓練だろ? そんなに難しく考えるなよ」

「だから、操作技術を高めたところで使いみちは決まってるだろって言いたいんだ。戦争に加担するくらいなら、別の道を探してもいいんじゃないか……」

 何がきっかけでこんなにもリヴィオが悩んでいるのか、結賀にはわからなかった。

 どう応えていいかもわからない。

 困った結賀は身の上話を話してみることにした。

「――オレはただ、姉貴に構ってもらいたかっただけなんだ」

「何を……」

「いいから聞け。……知っての通り、オレの姉貴はVF関係の仕事をしてる。だからオレはVFOBで対戦したり、VFの話をしたりして姉貴の気を引いてたんだ。まあ、途中からは純粋に強くなりたいって気持ちのほうが強くなったわけだけど……原点は姉貴だ」

「原点……」

「そうだ、リヴィオ、どうしてお前はVFランナーになりたいと思ったんだ? それが判れば自ずと悩みも解決するだろ」

 どうしてランナーになりたいと思ったか、そんなのはわかりきっていた。

「……俺は、シンギさんに憧れてたんだ。最強無敵のシンギさんに」

「単純だなお前」

「別にいいだろ……」

「でも、そういうの、オレは好きだぜ」

 結賀はリヴィオの肩に手を置く。

「初志貫徹だ。最強無敵を目指して練習しようぜ。戦争だとか徴兵だとか関係ない。強くなるために練習すればいいんだよ」

「そうだな。言われてみればその通りだ……」

 最強の男になりたい。

 男なら誰でも持っているような願望だが、俺は願望で終わらせるつもりはない。

 いつかシンギさんを越え、そしてシンギさんに認めてもらうのだ。

 それまでランナーを辞めるなんて有り得ない話だ。

「何迷ってんたんだろな俺、バカみてーだ」

 葉瑠がいないせいで少しナイーブになっていたのかもしれない。

 だが、結賀の一言のおかげで、思考の渦に落ちる手前で何とか引き返すことができた。

「ありがとな、結賀……たまにはまともなこと言うんだな」

「オレはいつもまともだ。……ほら、一緒にいくぞ」

 結賀は再びベンチから立ち上がる。同時にリヴィオも立ち上がる。

 そのタイミングで休憩室に眼鏡っ娘が侵入してきた。

「ただいまー」

 元気よく現れたのは今の今まで悩みの種だった葉瑠だった。

 葉瑠は返ってきたばかりのようで、背には大きなバックパックを、前部には無数の紙袋を抱えていた。

 葉瑠は結賀とリヴィオの顔を見て、意味深な笑みを浮かべる。

「二人共、……こんな所で何してたの?」

「ん? 切磋琢磨し合おうなって話をしてたんだよ、な、リヴィオ?」

「まあ、な」

 結賀はサラッと言いのけ、早速葉瑠の紙袋を物色し始める。

 すぐに喜びの声が聞こえると思いきや、結賀は不満の声を漏らす。

「なんだこれ、全部ドイツ土産じゃねーか……」

「ごめん、あっちで買う時間がなくて、とりあえずこっちの空港で適当に……」

「あぁ、久々に日本のもんが食べられるかと思ったのに……」

 結賀は大袈裟に残念がり、床に崩れ落ちる。

 葉瑠は結賀の態度が気に食わない用で、紙袋を持ったまま腕を上下に振る。

「し、仕方ないでしょ、なるべく訓練に参加できるように大急ぎで帰ってきたんだから!!」

「ほう……そんなに特別訓練が恋しかったのか」

 結賀がゆらりと立ち上がる。

「じゃあ、早速今から特別メニューを再開するか。……残り3日間、覚悟しろよ葉瑠」

 結賀の眼が光る。

「ひぃ……」

 葉瑠は蛇に睨まれた蛙のごとくその場で固まってしまった。

 ……それから3日間、葉瑠は地獄を見ることとなった。



 1週間の合宿が終わり、スラセラート学園

 修繕工事は順調に進んでいるようで、学園内部はほぼ完全に元来の姿を取り戻していた。

 葉瑠は新しくなったトレーニングルーム内にいた。

 しかし、葉瑠の目的はトレーニングではなく、リラクゼーションだった。

「うぅ……効くぅ……」

 葉瑠はトレーニングルームの隅にあるマッサージチェアに座っていた。

 今まで一度も使ったことはなかったが、これがなかなか疲労に効く。

 ……ドルトムントでの3日間はまさに地獄だった。

 休む間もなく繰り返されるフィジカルトレーニング。結賀には武器で打たれ、リヴィオくんにはスパーリングで殴られ、アハトくんには何度も投げ飛ばされ、ドナイトくんには執拗なまでに筋トレを強要され……あと1日あれを続けていたら私の体はバラバラになっていただろう。

 だが、忙しかったおかげでインドでの出来事を少しでも忘れることができた。

 反乱軍による政権奪取……

 その手助けをしたのはあまりいい思い出ではない。宏人さんと一緒にいられたのは嬉しかったし、作戦をやり遂げたのも達成感はあったが、何だかやりきれない気分だ。

 宏人さんの連絡によるとルーメ教官は今回の戦闘がトラウマになって故郷に帰ったらしい。その責任が私にもあると思うと少し寝覚めが悪い。ルーメ教官のランナーとしての未来を閉ざしてしまったのだ。罪悪感が半端ない。

 だがそれも終わったことだ。

 今は体の疲れを取ることだけに集中しよう。

「ふう……」

 目を閉じてマッサージチェアの見事なローラーの動きに感服していると、人の集団が会話をしながらトレーニングルーム内に入ってきた。

 葉瑠は集団を確認するべく薄目を開ける。

 入り口にはトレーニングウェアに身を包んだ訓練生の集団がいた。

 数にして8名ほど、全員見ない顔だ。ということは1年生だろうか。

 暫く眺めていると、彼らはシミュレーションマシンの前まで移動し、何やら難しい話をし始めた。

「インド、今回のクーデター成功したんだって」

 どうやらインドの話らしい。

 葉瑠は手元のボタンでマッサージチェアの出力を抑え、彼らの話に集中する。

「アンカラードが国家運営を支援するって言ってるけど、実質これってアンカラードが統治しているようなもんだよね」

「中国に続いてインドまで……なんか怖いね」

「怖いか? 運営を一元化できれば効率的に事が運ぶだろうし、無駄もなくなるだろ? それっていいことじゃないか。セブンが消滅したおかげで情報網も復活して、人と人の距離もほぼゼロになってる。アンカラードはこれからの世界に必要不可欠になると思う」

 大胆な意見だ。が、URやアンカラードに対して先入観がなければこのような考えになるのも不思議ではない。

「えー、なんか一括りにされるって違和感があるなあ」

「違う違う。国って形は今まで通り続いて、国々を効率的に束ねる形でアンカラードが管理運営していくんだって」

「でもさ、その代表が更木正志って……胡散臭いよな」

 全くもって同意だ。

 なぜ宏人さんは私の父を、大罪人と言われている彼を矢面に立たせたのか。

 彼らは更木についても話を展開させていく。

「それ、聞いた話なんだけれど、もともと更木はセブンを使ってこういうことをしたかったんだけど、セブンが勝手に暴走してしまったから、あんなことになったらしいんだ」

「じゃあ、悪いのはセブンで、更木正志はむしろ被害者?」

「今回セブンを破壊したのも、自分の過ちを正すためだったんじゃないかな」

「そう考えると、更木が良い奴に思えてきた」

 更木正志は私の父である。

 それを“良い奴”と言われて悪い気はしない。

(お父さん、本当に被害者だったのかな……)

 今となっては確かめようがないことだが、加害者よりは被害者であって欲しいものだ。

 そんなことを考えつつマッサージチェアに身を預けていると、鋭い声が室内に響いた。

「こらこら、もう時間過ぎてるぞ、お前ら」

「す、すみませんシンギ教官」

 タブレットで肩を叩きながら大股で室内に入ってきたのはシンギ教官だった。

 今から1年生の訓練をするようだ。

 1年生は駆け足で一列に並び、シンギ教官を迎え入れる。

 並び終えて全員が背筋を伸ばしていたが、そのうちの1人がふと呟く。

「……あれ? 時間過ぎてるってことはシンギ教官も遅刻じゃ……」

「……何か言ったか?」

 シンギ教官は至近距離からその男子訓練生を睨みつける。

 男子訓練生は小さく首を左右に振り、すぐさま発言を取り消す。

「な、なんでもありません……」

 ……流石に今のは男子訓練生が可哀想だ。

 アルフレッド教官が教えてくれていた時は、一度足りとも遅刻はしなかった。教官は訓練生の模範になるべきなのだ。

 いくら最強のランナーと言われていても、不遜な態度を取っていい言い訳にはならない。

 葉瑠はお節介と自覚しつつも、シンギに文句を言うことにした。

「シンギ教官、今のは流石に公平性に欠けますよ」

 マッサージチェアから降り、葉瑠は彼らに近づいていく。

 声はしっかり届いたようで、早速シンギ教官から返答があった。

「何だと……って、葉瑠じゃねーか」

 シンギ教官は振り返ると同時に口調を和らげ、こちらの文句も忘れて雑談し始める。

「イリエから報告は受けたが、有意義すぎる合宿だったらしいな」

「あの……」

 シンギ教官は一年生の元を離れ、こちらに歩み寄ってくる。

「俺も何度かあそこでテストしたことがあるが……ああいう施設、うちにも欲しいな」

「えーと……そうですね……」

 葉瑠は再度シンギの態度について指摘するつもりだったが、勢いに負けて雑談に応じてしまった。

 シンギ教官の歩みは止まることなく、とうとう至近距離で向かい合う。

 葉瑠はシンギを見上げて会話を続ける。

「でも、あれだけの設備を整えるとなると資金が……」

「……インド旅行はどうだった」

「……!!」

 急に予想外の言葉を掛けられ、葉瑠は言葉を中断してしまう。

 ここで言葉に詰まると不自然だと判断し、葉瑠は即座に否定する。

「インド? 何の話です?」

「わかってるわかってる」

 シンギは腰を折り、葉瑠の耳元で冷たく囁く。

「……今回のクーデターに一枚噛んでるのはわかってる。でも、俺は非難するつもりはないぜ。世界情勢がどうなろうと知ったこっちゃねーからな」

 ここで体を離し、顔を指差す。

「今回は怪我もなく無事に帰ってこられたが、次はどうなるか分からねー。宏人とつるんで何をするにも自由だが、それだけは肝に銘じておけよ」

 単に警告しているのか、それとも非難しているのか……よく分からない発言だ。

 しかし、心配されていることだけは確かだった。

 葉瑠は一応お礼を言っておくことにした。

「はい、次は気をつけます」

「次って……お前、自分が何やってるのか自覚してんのか?」

「……?」

 シンギの言葉の真意が理解できず、葉瑠は首を傾げる。

 そんな葉瑠の仕草を見て、シンギはため息を付いた。

「はあ、調子狂うぜ……」

 二人で対話していると、しびれを切らしたらしい一年生から質問が飛んできた。

「あの、シンギ教官、その人は……?」

 シンギは葉瑠の肩を掴むと一年生の集団まで連行し、勝手に紹介し始める。

「こいつは川上葉瑠、2年生の訓練生だ。確か、ランキング30位代……いや、今は繰り上がって20位代か? まあ、どっちにしろなかなか腕のたつランナーだ。入学テストの時に俺から4発もヒットを奪ってるからな」

 入学テスト……懐かしい話だ。

 あの時は射撃管制AIを勝手に改造するという反則に近いことをやってヒットを奪ったのであって、私本来の実力ではない。

 しかしそんなことを知る由もなく、一年生は私を興味深げに私を見る。

「よ、4発も!?」

「あのシンギ教官からヒットを奪うなんて……僕達なんて動きを追うだけで精一杯なのに……」

「すげーな……見かけによらずやるんだな」

 意外と好評のようで、羨望とまではいかないものの、一介のプロランナーとしては認識されているようだった。

 そんな一年生の反応を見て、シンギ教官は思いもよらぬ提案をした。

「せっかくだ、葉瑠、俺と手合わせするか……実機で」

「わ、私がシンギ教官と実機で手合わせですか?」

 葉瑠は思わずオウム返しに答えてしまう。

 完全に予想外の提案だ。

 シミュレーターならまだしも、実機で手合わせは準備にしろ片付けにしろ、色々とハードルが高い。

 訓練の成果を試してみたい気持ちはあったが、相手がシンギ教官だと試す前に負けてしまう。それに、筋肉痛でまともに操縦できるとも思えない。そもそも、一年生の訓練はどうするつもりなのか。

「シンギ教官、マジで対戦するのか」

「僕らだと実力差があり過ぎるから、先輩と教官の勝負は参考になるかもしれないね」

「実機ってことは、擬似AGFを使うのかなあ……」

 ……一年生は私とシンギ教官の対戦を楽しみにしている様子だ。

 期待に応えてあげたい葉瑠だが、シンギ教官と手合わせするつもりはなかった。

「すみませんシンギ教官、提案は嬉しいのですが、数段格下の私と戦っても仕方がないといいますか……そもそもこんな急な話、エンジニアの方たちに迷惑が……」

「なんでもアリだ」

「はい?」

 シンギ教官は腰に手を当て、問答無用で話を前に進めていく。

「前までは訓練も代替戦争のルールに則ってやってたが、これからはルールもクソもないからな。自爆するなり重力盾を無効化するなり、何をやってもいいぞ」

「なんでも、ですか……」

 葉瑠は顎に手を当て、少し考える。

 なんでもアリと言ってくれているのだし、例によって射撃管制AIを改造させてもらおう。それに重力制御も干渉波を出して無効化しよう。これで距離をとってロングレンジで戦えば少しはまともな試合になるはずだ。

 この戦法と硬化性透過流動体(CTL)を組み合わせて完全に動きを封じれば、あるいはシンギ教官にも勝てるかもしれない。

(……)

 ここで断ると試合を期待している一年生が可哀想だし、負けるからといって試合を辞退するのはランナーとして恥ずかしい。

 葉瑠は覚悟を決めることにした。

「じゃあ、1戦だけ……」

「よし、早速準備だ」

 肯定の言葉を口に出した瞬間、シンギ教官は颯爽と歩きだす。

「葉瑠、ラボに行くぞ。一年生は先に演習場に移動しとけ。いいな?」

「はい、教官!!」

 一年生は待っていましたと言わんばかりに出口目掛けて駆け出す。

 彼らのためにも、少し頑張ってみよう。

(それにしても、一年生があれだけ残っていたとは……)

 学園襲撃事件のせいで学生の数はぐっと減ったと聞いている。あの8名しか残っていないのかもしれないが、8名でもまだ残っている方だと思う。

 ともかく、葉瑠は準備を整えるべく、シンギと共にラボへ向かうことにした。



 シンギ教官が手合わせを申し出てから1時間後、演習場。

 葉瑠は擬似AGFを搭載した訓練機の中にいた。

(困りました……)

 葉瑠は困り果てていた。

 何故なら、エンジニアから銃器の使用を禁止されたからだった。

 演習場の修繕は済んだが、ラボの修繕は始まったばかりで、ラボへの入り口付近には機材や作業員が集まっている。彼らに流れ弾が当たると冗談ではすまされない。

 という理由で、同じく硬化性透過流動体(CTL)ユニットなどの武器類の使用も禁止された。

 つまり、これから私は素手でシンギ教官と戦わなければならないのだ。

(こんなの、試合にすらなりませんよ……)

 開始10秒、いや5秒以内に負ける自信がある。

 シンギ教官が手加減をしてくれれば1分にもなるだろうが、あのシンギ教官が手加減をしてくれるとは思えない。

 つい最近までランキング戦を行っていた、海の向こうにある六角柱状(ヘキサゴン)のバトルフロートユニットならば何を使おうが問題無いだろうが、あそこに行くとなると準備に半日はかかる。

「よう、準備出来たか」

 手ぶらで待機していると、ラボから訓練機が出てきた。

 もちろん乗っているのはシンギ教官である。

「何使ってもいいって言っておいて何だが……悪いが素手で頼むぞ」

 シンギ機は作業員や機材を器用に避けつつラボから出ると、ステップを踏みながら演習場まで移動する。

「いえ、これはエンジニアさんから言われたことなので仕方ないと思います。シンギ教官もあの日本刀を使えないんですし、イーブンですよ」

「元々鋼八雲は使うつもりはなかったんだが……まあ、こういう趣向も悪く無いだろ」

 正面まで来ると、シンギ機は動きを止めて自然体で構えた。

「じゃ、早速始めるか」

 葉瑠も応じるようにボクシングスタイルで構える。

「はい」

 ……とは言ったものの、全く自信がない。

 少し離れた場所では一年生8名が日傘やビデオカメラを持ってこちらを観ている。

 彼らの先輩として、無様なところは見せたくない。

「カウント10で始めるぞ。いいな?」

「はい」

「10、9、8……」

(どうしよう……)

 カウントダウンが始まり、いよいよ葉瑠は焦りだす。

 リヴィオくん直伝のボクシングでは相手にならないだろうし、かと言ってアハトくんの柔術や関節技はまだ付け焼き刃で形になっていない。

 せめて武器が道具(ツール)があれば何とかなりそうなものだが……

「7、6……」

(道具……あ)

 カウントダウンが進む中、葉瑠はつい昨日のインドでの件を思い出した。

 あの時、私はインド軍のセブンクレスタを無力化するために軍のシステムにハッキングを仕掛けた。その時の道具はノート型の端末だった。

 相手を行動不能にする方法は物理攻撃だけではないのだ。

「5、4……」

 シンギ教官はトレーニングルームで“何でもあり”と言った。それはつまり相手をクラッキングしてもいいということだ。

 そうと決まれば話は早い。

 葉瑠は早速メインコンソールから手を放し、サブコンソールを手元にたぐり寄せる。

 今乗っているVFは誤作動を防ぐためにラボ内に設置されたサーバーで起動キーを一括管理している。

 シンギ教官の乗っているVFの管理番号を割り出し、それに応じた起動キーを無効化すればシンギ機は機能停止するはずだ。

 学園内はクローズドネットワークで管理されているのでセキュリティ管理も甘い。

「3……2……」

 葉瑠は2秒と掛からず学内サーバーに侵入し、目当ての起動キーにたどり着く。

(見つけた……!!)

 探すのに手間取るかと思ったが、よく考えれば現在起動しているのは自機とシンギ機の2機だけだ。

 2つの中から一つを探し当てるのは、葉瑠にとって簡単すぎた。

「……1、試合開始だ!!」

 シンギの声が勢い良く周囲に響く。

 しかし、威勢がよかったのは声だけで、シンギ機は全く動かなかった。

(起動キーを無効化、これでシンギ教官は動けないはず……)

 葉瑠はサブコンソールを横に退け、改めてメインコンソールに手をのせる。

 そして、ゆっくりとシンギ機に向けて歩き出した。

 歩いている間、シンギ教官は「あれ?」や「エラーか?」などと呟いていた。

 やがて葉瑠はシンギ機の正面にたどり着き、脚を肩幅に開いて脇を締め、拳を固く握る。

「行きます」

 そう言ってすぐ、葉瑠はシンギ機の頭部目掛けてストレートを放った。

 拳は目標に向かって最短距離を最速で駆け抜け、刹那の間に頭部パーツにめり込む。

 ……重機が車を押しつぶしたような派手な破砕音が演習場内に響く。

 破砕音の後、後頭部から内部部品が押し出されて飛び出し、地面に散らばった。

 頭部パーツを破壊すると、シンギ機はバランスを失い、そのまま背中から地面に倒れ込んだ。

 動く気配はない。電池の切れた人形のごとくピクリとも動かない。

 シンギ機は機能停止……葉瑠の勝利だった。

「やった……」

 起動キーを無効化した時点でこちらの勝利なのだが、頭部パーツを破壊したほうが“勝利”がわかりやすいと判断し、攻撃を行った。

 その選択は正解だったようで、勝利が決まった瞬間、一年生から歓声が上がった。

 シンギは遅れて葉瑠が何をしたのか把握したようで、文句を言う。

「葉瑠、お前……流石にこれは……」

「なんでもありって言いましたよね?」

「おっかねーな……」

 男に二言はないようだ。シンギ教官はそれ以降何も言わなかった。

 かなり卑怯な勝ち方だが、勝ちは勝ちだ。

 それに、この短い勝負のおかげで自分が得意とする戦法も分かった気がする。

 ……シンギ教官には感謝しておいたほうがいいかもしれない。

 葉瑠はVFを降り、シンギ機へ向かう。

 しかし、到達する前に一年生に周囲を囲まれてしまった。

「葉瑠先輩、さっきのはどうやったんですか!?」

「先輩、僕にも教えて下さい」

「先輩!!」

「川上センパイ!!」

「ちょっと……」

 葉瑠は一年生の勢いに負け、後退してしまう。

 こんな戦いとも言えない試合を見てこんなにも興奮してくれるとは思わなかった。なにせ、試合開始と同時に片方が片方に歩み寄り、頭部にパンチを放っただけなのだ。

 しかし、彼らにはシンギ教官が敗北したという事実だけでも驚きなのだろう。

(何だかなあ……)

 その後暫く葉瑠は一年生の壁に阻まれ、シンギと話すことができたのはVFが回収された後だった。

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