08 -ガイダンス-
08 -ガイダンス-
203講義室
ずらりとデスクが並ぶ広い室内
先日はエンジニアコースの受験生がひしめき合っていた教室内は現在、20名ほどのランナーコースの入学生しかいなかった。
人が少ないというだけで、この講義室内の印象もずいぶん違う。
20名は全員前方の席に集まっており、いくつかのグループに別れて控えめな声で雑談していた。
(みんな同じ制服ですね……)
髪の色肌の色瞳の色は様々だが、青い制服が共通項となっていた。
自分もその一員だと思うと何だか感慨深いものがある。
「なあ葉瑠、やっぱりスカート短くねーか?」
耳打ちしてきたのは隣を歩く結賀だった。
結賀はスカートに慣れていないようで、しきりにスカート裾を弄っている。
更衣室内ではあれだけ大っぴらげにしていたのに、今になって恥ずかしがるのはどういう了見だろうか。
教室の前方に向かいつつ、葉瑠は言葉を返す。
「全然短くないと思うよ。それに別に短くてもいいじゃない。脚長くて綺麗なんだし……」
葉瑠の言葉に反応し、結賀は視線を下に向ける。
「そうか? オレは別に……」
「そうなんです」
葉瑠は結賀のセリフを封じ、ため息をつく。
私服の時はあまり感じなかったが、同じ制服を着て一緒に歩くと結賀のスタイルの良さが余計に引き立つ。
事実、私も事ある度にひらひらと揺れる結賀のスカートの絶対領域から目が離せない。
本当に目の毒だ。どうにかしてくれないだろうか。
そんなことをしている間にあっという間に教室の前方に到着した、
一番右端の前から3列目の席。
なるべく音を立てないよう、葉瑠はゆっくりと椅子を引いて座面に腰を下ろした。
そんな葉瑠とは対照的に、結賀は乱暴に椅子を引いてどかっと椅子に座る。
大きな音を立てたせいか、受験生の視線が一瞬こちらに集まる。
すぐに視線を戻すだろうと考えていたのだが、一部の男子はじっと結賀を見ていた。
不自然に思った葉瑠は男子の視線の先を追う……と、とんでもない物を発見してしまった。
(スカートが捲れて……!!)
スカートに慣れていないという話は本当だったようだ。
結賀のスカートはぺろんとめくれており、健康的な腿が顕になっていたのだ。
葉瑠はスカートを押さえるべく半ば飛び込むような形で左隣に手を伸ばす。
「うおっ!?」
急に手を伸ばされて驚いたのか、結賀はこちらから避けるように椅子から飛び上がった。
本来ならここで踏ん張って動きを止めるところだが、運動神経皆無の私には無理な相談だった。
葉瑠はそのままバランスを失って椅子と一緒に床に突っ込んでいく。
……このままだと床に顔面をぶつけてしまう。
「!!」
葉瑠は咄嗟に両手を前に伸ばし、床に押し当てた。
この判断のお陰でそれ以上床に接近せずに済み、最悪の事態は免れた。……かに思えたが、それは不幸の始まりに過ぎなかった。
(動けない……)
床に手を付いたのは我ながらナイスな判断だったが、体を捻った状態で前屈しているこの体勢はかなりキツイ。
そんな体勢を維持し続けられるわけもなく、葉瑠の腕力は数秒ほどで限界を迎え、結局床におでこを打ち付けてしまった。
つづいて椅子が倒れ、けたたましい音が鳴り響く。
それは、講義室内にいた受験生の注目を集めるには十分過ぎる事故だった。
「今の音は?」
「どうしたんだ?」
最初は驚いていた受験生たちだったが、葉瑠の情けない姿を見て一瞬にして笑い始めた。
「転けてる、あいつこんな所でこけてるぞ」
「どうやったらそんなことになるんだよ……」
「すげー、笑い取りに行ってるぞあいつ」
(ううぅ……)
滅茶苦茶恥ずかしい。
すぐにでも起き上がりたい葉瑠だったが、あいにく頭が痛くて身動きがとれない。
葉瑠は結賀に助けを求めることにした。
「結賀、たすけ……」
「アハハハ!! 何やってんだ葉瑠ー」
あろうことか、結賀はこちらを指さし、お腹を抱えて笑っていた。
(うらぎりものめ……)
痛みと恥ずかしさと悔しさのせいで涙が出てきた。
そんな、孤立無援かつ絶望に打ちひしがれていた葉瑠を助けたのはリヴィオだった。
「大丈夫かよ……」
リヴィオくんは呆れ口調で呟き、隣にしゃがみ込む。
銀色の短髪は水に濡れ、首にはタオルが巻かれていた。どうやらシャワーを浴びてきたみたいだ。
石鹸の爽やかな香りもする。
そのせいで、葉瑠は一瞬リヴィオのシャワーシーンを想像してしまう。
(……って、そんなことを考えてる場合じゃないです)
男子のあられもない姿を想像してしまった自分を諌め、葉瑠は立ち上がろうとする。
しかし、相変わらず痛みは和らがない。くらくらする。
葉瑠は足を曲げた状態で動きを止め、ため息を付いた。
「ふう……」
「ほら、腕貸せ」
見かねたのか、リヴィオくんは有無を言わさずこちらの肩を抱き、上半身を強引に起こした。
「ごめん、リヴィオくん……」
「さっさと立てよ」
「うん……」
引き起こす間、リヴィオくんは恥ずかしげに目を逸らしていた
葉瑠はゆっくり立ち上がり、プリーツスカートの形を整える。新品なのに早速汚れがついてしまった。何だか悲しい、と言うより悔しい。
立ち上がったことで周囲の興味も薄れたらしい。受験生たちは再び雑談に戻っていく。
結賀もひとしきり笑い終えたようで、目の端に涙を溜めたまま近づいてくる。
「見事なコケっぷりだったな葉瑠。これでつかみはバッチリだ」
「何がバッチリなの……」
まだ私を笑いものにしたことを許したわけではない。
葉瑠は膨れっ面で結賀に応じる。
しかし、その膨れっ面もツボに入ったらしい。結賀はまたしても小さく吹き出していた。
「ふふ……」
「……」
だが、無言で睨んでいると流石にマズいと思ったようだ。結賀は強引に笑いを抑え、話題を変える。
「……さて、どのくらい合格してるんだろうな。オレと葉瑠は確実として……良くて半分くらいか?」
「おい、俺も確実に合格だろ」
「その自信はどっから湧いてくるんだろうな、不思議だなー」
「おちょくってんのか、あ?」
リヴィオくんは喧嘩腰で結賀に突っかかる。
本当に懲りない人たちだ。犬猿の仲とはこのことを言うのだろう。
葉瑠は険悪な雰囲気になる前に、リヴィオの腕を掴み、礼を言う。
「リヴィオくん、起こしてくれてありがとう。あと、さっきはハンガーまで迎えに来てくれてありがとう。お礼を言う前に別れちゃって、ごめんなさい」
リヴィオくんは「おう……」と言いつつ頭を掻く。こちらの狙い通り、見事に注意は逸れたみたいだ。
銀髪を掻きつつ、リヴィオくんは言葉を続ける。
「俺は……シンギさんの指示でお前について行っただけだ。礼を言われる筋合いはねーよ」
「そうだったんですか」
葉瑠はスカートを押さえながら椅子に座る。
リヴィオも前の席の椅子を引き、脚を組んで腰掛ける。
結賀も同じように豪快に着席した。……が、先ほどと同じようにスカートがふわりと開いた。学習しない人だ。
……二度と同じ轍は踏まない。
葉瑠は素早く手を伸ばし、結賀のスカートを押さえつける。
流石の結賀もこの行動の意味に気づいてくれたようだ。
「お、悪いな」
結賀はなれない手つきでスカート裾を押さえつつ、リヴィオに話を振る。
「そういやさ、試験中も“シンギさん”とか言ってたし、ゲーセンでも馴れ馴れしかったし、もしかして知り合いか?」
「一応親戚になるな。遠縁の」
「へー」
話を振ったというのに、結賀の反応は薄かった。
せっかく話してくれたのにこんな反応をされたらリヴィオくんが可哀相だ。
葉瑠はやむなくフォローする。
「わ、わあ……それは驚きだね。で、実際どのくらいの遠縁なの?」
「えーと、俺の母親の従妹がシンギさんの婚約者だ」
「意外と近いじゃねーか」
興味が湧いてきたのか、結賀は身を乗り出す。
「というかシンギ教官、婚約者いたんですね……」
シンギ教官のパートナーがどんな人なのか、全く想像がつかない。
「確かにソッチのほうが驚きだな。どんな女なんだろうな」
「そりゃあ、救世主の恋人なんだから、すごいランナーなんじゃないかな」
結賀と葉瑠は色々とシンギの婚約者像を勝手に思い浮かべる。
そんな二人に、リヴィオは怪訝な表情で告げる。
「あれ、お前ら二人ともセルカさんとはゲームセンターで会ってるだろ?」
「え?」
「セルカさん?」
結賀は目を細め、葉瑠は首を傾げる。
「ほら、長い銀髪の綺麗な人。昨日はパーカーを着てたかな」
「あー、あの人だったんだ……」
……思い出した。
結賀の強引な誘いにもかかわらず、私と練習試合をしてくれた親切な人だ。
よくよく思い出せば、シンギ教官はあの人と腕を組んでいたような気がする。
3人でそんなことを話していると、不意に講義室の後方のドアが開いた。
「……全員集まったかー?」
噂をすればなんとやらである。
勢い良くドアを開けて講義室内に入ってきたのはシンギ教官だった。
一瞬にして室内は緊張感に包まれる。
他の受験生たちは雑談をやめて前方を向く。
リヴィオくんは背筋を伸ばしてまっすぐ前を見つめており、結賀も脚は組んだままだが、きちんと前を見ていた。
葉瑠も椅子に深く腰掛け、前を向く。
(いよいよですね……)
……いよいよ合格者が発表される。
葉瑠は合格すると確信を持ちながらも、不安を拭いきれなかった。
全員が注目する中、シンギ教官は教壇に登る。
そして、おもむろに手元の端末を操作し、教室前面のスクリーンに画像を表示させた。
その瞬間、葉瑠は自分の名前を探すべく目を凝らす。
(……あ、名前……)
今の今まで失念していた。
名前がバレたらマズいことになる。
更木の娘であることが知れたら、合格どころの話ではなくなる。
……しかし、その心配は不要だった。
なぜなら、表示されていたのは全く別の資料だったからだ。
スクリーンには時間割表らしきものが映しだされ、シンギ教官は特に訂正することなく話しはじめる。
「それじゃ、カリキュラムの説明するから資料見ろよー」
もしかして忘れているのではないだろうか。
葉瑠と同じ事を考えた者が他にもいたようで、受験生から質問が飛び出す。
「シンギ教官、合格者は……?」
「ああその話な。全員合格だから安心しろ」
「え? ……全員合格と言いますと……全員入学できるってことですか?」
「そうに決まってんだろ。何度も言わせんなよ」
シンギ教官は当たり前のように告げた。
最初は聞き間違いかと思っていた受験生たちだったが、シンギ教官の強めの口調で確信を得たようだ。
「合格?」
「やった!!」
「うおお、マジか!!」
一気に講義室内がざわめき始める。
そんな中、葉瑠は一人安堵の息を付いていた。
「はあ、よかった……」
十中八九合格していると思っていたが、シンギ教官の口から直接聞くと安心だ。
(それにしても全員ですか……)
……実は、実技試験の前から結果は決まっていたのではないだろうか。
そういうことなら、私も思い切り手を抜いて早々に退場すればよかった。
(……そういうわけでもありませんね)
葉瑠は自分の舐めた考えをすぐ否定する。
シンギ教官との対戦は苦しかったし緊張したが、同時に充実感を得ることができた。
あれは私の人生の中でも3指に入る出来事になったに違いない。
とりあえず葉瑠は合格の喜びを伝えるべく、隣の結賀に顔を向ける。
「ねえ結賀……」
「ふああ……」
合格が決まったというのに、結賀は大あくびをしていた。緊張感の欠片もない。
この結果が当たり前と言わんばかりだ。
……変に私だけ盛り上がるのも恥ずかしい。
葉瑠は結賀に話しかけることなく、リヴィオに標的を変える。
前の席に座っているリヴィオくんは特にリアクションすることなくカリキュラムに目を落としていた。
葉瑠はリヴィオの注意を引くべく肩に手を伸ばす。
「こらお前ら、静かにしろー」
(あわわ……)
唐突にシンギの注意が飛び、葉瑠は慌てて手を引っ込める。
周囲のざわめきも一瞬にして収まった。
「説明続けるぞ。前見ろ前」
前のスクリーンにはタイムチャートが表示されていた。
「まずこの一年間、基本的な軸になるのがシミュレーターによるトレーニングだ。1年生はこれに加えて普通科目の勉強にも励んでもらうことになる。スラセラートは一応『学園』ってことになってるからな」
葉瑠はスクリーンを見て、すぐにおかしな点に気づいた。
(あれ、普通科目の習得期間が1年しかないですね……)
線が途中で途切れ、2年生以降は表示されていない。
またしても他の新入生も気付いたようで、前方の席から質問が飛ぶ。
「シンギ教官、普通科目のタイムラインが1年間しかないんですが」
シンギ教官は「ん?」と言って指摘された部分を見る。しかし、訂正することはなかった。
「これでいいんだ。お前らには1年で全過程を終了してもらうからな」
「ええ!?」
「驚くことないだろ。ここにいる連中の大半は飛び級してるし、もう既に高等教育過程を終わらせてる奴もいるぞ」
(すごいですね……)
葉瑠は周りをぐるっと見てみる。この半数以上が飛び級をしているなんて、信じられない。秀才だらけである。
ふと結賀と目が合う。
結賀は、私が飛び級かどうか問いかけるように首をかしげる。
葉瑠はすぐに首を横に振って、そうではないと伝える。
結賀は安堵したように小さくため息を吐いていた。この反応を見るに、結賀は飛び級ではないようだ。そもそも、あまり勉強は得意ではなさそうだ。
「質問は後にしろ。次行くぞー」
シンギ教官の声に合わせ、スクリーンの表示が切り替わる。
タイムラインの画像が小さくなり、代わりに3つにカテゴリ分けされた表が出てきた。
「2年生からは実機による訓練が中心になる。戦闘適正別に3つにクラス分けし、それぞれ適正にあった訓練を行う。多数対多数戦の訓練もあるし、VFへの理解を深めるために座学もそれなりにあるぞ」
(クラスか……)
3つはそれぞれFW、MF、DFに別れ、さらにそれぞれの中で細分化されているようだった。
クラスというより、ポジションだとかタイプと言ってもいいかもしれない。
今の自分はどのタイプになるのだろうか……
ぼんやり表を見ていると、またしても画面が切り替わった。
「3年生以降は完全に個別指導スタイルになる。……簡単にいえば全部お前らに任せるってことだ」
(任せるって……)
何とも投げやりである。
文句を言おうかと思ったが、シンギ教官はその理由をすぐに教えてくれた。
「一応3年目は就活期間でもあるから、いろいろ忙しいぞ」
(就活ですか……)
改めてスクリーンを見てみると、ランナーとして活躍できる企業や団体名が簡単な画像と共に映しだされていた。
最も大きく表示されていたのは“代替戦争の契約ランナー”だったが、他にも“VF関連企業のテストランナー”や“プロのVFB選手”、“VFOBの賞金プレイヤー”など、思っていたより就職先に困りそうにない。
周りを見ると、殆ど全員が決意のこもった目で前を見ていた。
全員、何らかの目標を持っているのだろう。
シンギ教官も彼らの真剣具合を感じ取ったのか、更に詳しく話していく。
「画面にはいろいろ出てるが、別に特定のどれかを選ばなくてもいい。ランナーってだけで食うには困らない時代だからな。個人的に仕事を請け負うフリーランサーってのもなかなか格好良いぞ」
(すごいなあ……)
それ以外の感想が出てこない。
この学園で頑張って学べば、安定した暮らしを保証されるどころか、成功者になることも難しくない。
こんなに素晴らしい学園なのに、学費が掛からないどころか、逆に給与が支給されるのが不思議でならない。
このスラセラート学園の存在自体が奇跡に近い。
「ここまで言っておいてなんだが、俺個人としては3年生以降もずっと学園に残って研鑽を積んでほしい。金儲けのためでなく、純粋にランナーとしての強さを極めてほしい。……もしそのつもりなら学園が生活の面倒を見てやるから、いつでも相談しに来いよ」
就職できなかったとしても、ずっと学園で暮らせるらしい。まさに至れり尽くせりだ。
「まあ概要としちゃこんな感じだ。質問あるか?」
ひと通り説明が終わり、スクリーンがリセットされる。
シンギ教官はスクリーンに背中を預け、リラックスしていた。
まだ分からないことの方が多いし、その度に質問したのでいいだろう。
そんな事を考えていた葉瑠とは違い、結賀はすぐに質問した。
「なあ、さっき飛び級の話が出てたが、それはこの学園でもできんのか? さっさと実機で訓練してーんだけど」
隣の結賀は手を挙げるでもなく立ち上がり、タメ口でシンギ教官に問いかける。
救世主に対して生意気な口の聞き方に、新入生たちから非難の視線が向けられた。
しかし、シンギ教官自身は全く気にしていないようだ。
「あー、大事なこと言い忘れてた」
スクリーンから離れ、再度説目口調で話し始める。
「お前、ランキング制は知ってるな?」
「ランキング?」
オウム返しする結賀に、シンギ教官は一から説明する。
「ランキング制ってのは、学園内の全訓練生に順位をつけ、お互いに刺激しあおうって制度だ。……このランキング戦に参加すれば一年目からでも実機に乗って戦えるぞ」
「なるほど……」
結賀は不敵な笑みを浮かべていた。
何を考えているのか、私でも簡単にわかる。
「詳しくは省くが、基本的にランキングに学年は関係ない。下級生が上級生に勝つなんてこともしょっちゅうある。そういう意味では“飛び級”って言えるかもな」
ここで言葉を区切り、シンギ教官はスクリーンを再起動する。
しばらく操作すると、学内ランキングが表示された。
「ちなみに、ランキング上位はほぼ全員が3年生を超えてる教官補佐だ」
スクリーンはどんどん上にスライドされ、やがて上位組が表示される。
シンギ教官は上から名前を読み上げていく。
「1位が『ルーメ・アルトリウス』、2位が『アルフレッド・クライレイ』3位が『川上宏人』……この3人がスラセラート学園のスリートップだな」
見知った名を耳にし、葉瑠は驚愕する。
(宏人さん、すごい……)
3位なんて凄すぎる。別に小さい頃から特殊な訓練を積んでいたわけでもないのに、これを才能と言わずして何と言うのだろう。
こっちまで嬉しくなってくる。
「こいつらを目指せとは言わねーが、上位10位くらいは狙って欲しいもんだ。……さて、他に質問は……」
話の途中で急に呼び出し音が鳴り始めた。
誰かの携帯端末が鳴っているみたいだ。
新入生たちは自分の端末を確認し、自分でないとわかると周囲を見始める。
「すまん俺だ」
名乗り出たのはシンギ教官だった。
シンギ教官は苦笑いしつつ端末を耳に当てる。
「……ああ、今説明してる。……急ぐのか、わかった」
短いやりとりを終えると、シンギ教官は教壇から降りる。
「すまんが今日は解散だ。さっき配った予定表通り明日は講堂で入学式があるから、ちゃんと制服着てこいよ」
新入生の間を通り抜けながら告げ、シンギ教官は講義室から出て行ってしまった。
シンギ教官が出て行くと、講義室内は一気に賑やかになる。
「全員合格ってすごいな。開校以来じゃないか?」
「俺てっきり落ちたと思ってた……」
「さっきのランキング見たか?」
「ああ、上位組のほとんどが代替戦争で活躍してるランナーだったな。やっぱりスラセラート学園はレベル高いよなあ」
「あのシンギ教官に教えてもらえるだけで幸せだ」
みんな今更ながら合格の喜びを噛み締めているようだ。
私もその環の中に加わりたかったが、今のところ友達は結賀とリヴィオくんの二人しかいない。
普通の人ならここで簡単に話しかけられるのだろう。しかし、人見知りの私には不可能に近い話だった。
「葉瑠、この後暇だろ?」
結賀は席を立ち、こちらの机の上に腰掛けた。
葉瑠は間近に結賀の脚を見つつ応える。
「暇だけど」
「だったらオレと一緒に遊びに行こーぜ」
お誘いだ。
昨日連絡船を降りた時にも誘われたが、あの時は色々あって有耶無耶になってしまった。
二度も断るのは失礼だし、付きあおう。
「うん、行こう」
友達なら当然だ。
「……」
不意に視線を感じ、葉瑠は前を見る。
前の席に座るリヴィオくんはこちらをチラチラと見ていた。
話に加わろうにも、女子二人組に割り込むのは結構難しいらしい。
何だか可哀想に感じ、葉瑠はリヴィオに声をかけてしまう。
「あの、リヴィオくんも暇なら一緒にあそびませんか?」
「はあ? 別に俺はそんなつもりは……」
「葉瑠、そんな奴に声かけんなよ。もしついてきたらどうすんだ」
せっかく誘ったというのに、結賀はリヴィオくんを邪魔者扱いする。
もっと仲良くできないだろうか。
二人とは友達になれたわけだし、私としては結賀とリヴィオくんも仲良くなってほしい。
贅沢な願いかもしれないが、やってみるだけの価値はある。
「別にいいじゃない。ほら、シンギ教官からヒットを奪えた3人組、仲良くしようよ」
葉瑠は席を立ち、リヴィオの机まで移動する。
「そいつを連れて行くかどうかは別として、とりあえず部屋から出よーぜ」
周囲を見ると、新入生はまばらになっていた。まだ椅子に座って雑談している者もいれば、観光マップ片手に講義室から出て行くものもいる。
(観光かあ……)
今まで心に余裕がなかったので、観光なんて発想が浮かんでこなかった。
入学も決まったことだし、有名所を回ってみてもいいかもしれない。
(入学……あ!!)
葉瑠は今更ながら重要な事を忘れていたことに気づく。
(……宏人さんに合格の報告をしないと!!)
入学が決定した今、真っ先にするべきことは宏人さんに報告することだ。
宏人さんも私が合格できたかどうか気になっているに違いない。
「ごめん二人とも、急に用事を思い出しちゃった」
「用事? さっき暇だって言ったじゃねーか」
「ごめん……」
誘いをキャンセルされたせいか、結賀は不満気だ。
結賀には悪いが、それでもやっぱり宏人さんが最優先だ。
「大事な人に、合格の報告に行かなくちゃならなくて……」
結賀の表情が一変する。
「大事な人って……オトコか?」
「うん、男の人」
「へえ……」
結賀のニヤニヤした笑みに、葉瑠は“オトコ”が違う意味を持っていることに気づく。
「ち、ちがう。その人はただの知り合いというか、恩人というか……とにかく、結賀が思ってるような関係じゃないから!!」
葉瑠は顔を真赤にして否定する。
下心がないわけではないが、宏人さんに対する気持ちは「愛」というより「尊敬」に近い。
「でも、その様子からすると好きなんだろ?」
「す……!!」
駄目だ。
これ以上話しても恥ずかしい思いをさせられるだけだ。
「……また明日!!」
葉瑠はきっぱり言い切り、結賀とリヴィオから離れていく。
「待てよ葉瑠、まだ話は終わってねーぞ」
背後から声を掛けられるも、葉瑠は問答無用で講義室から出て行く。
(宏人さん、どうやって褒めてくれるでしょうか……)
自然と頬が緩んでしまう。
この時既に葉瑠の頭の中は宏人のことでいっぱいになっていた。




