201×年1月23日 ①
図書館の本を破いて回っている犯人へ、最大級の怒りを込めて、この拙作を投げつけたい。
201×年1月23日
『私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の犯人から図書を守らなければならぬと決意した。私には犯人の気持ちがわからぬ。私は、図書館の事務員である。利用者の要求に応え、図書の貸出事務をして平凡に暮して来た。けれども邪悪に対しては、人並の感性を持ち合わせている。と思う。いや、はずだ。』
私は、自分の夜の日課、という割には日付がよく飛んでいるけど、日記帳を書き終わり、それを閉じた。今日の日記の内容のほとんどが、『走れメロス』の冒頭部分のパクリになっちゃったけど、それはそれで良い。
今日は、寒い日だった。節電の関係で、図書館は15時からは暖房を切る規則になっている。まだ、本格的に到来してきた冬に、体が順応していないのか、足腰が底冷えしていた。ゆっくりと半身浴し、体を芯から温め直す。
風呂場の照明は、落としている。脱衣所から風呂場の磨りガラスを通して入ってくる光だけ。リラックスするのに良い照度だと思う。私は、首をバスタブに預け、目を閉じる。
今日の夕方だった。
小学校の高学年と思われる男の子が、気まずそうに、カウンターの前に立っていた。両手には、本を一冊抱えている。私は、本を借りたいのだろうと思った。
「本を借りたいのかな? 」
私は、左手に持ったバーコードリーダーをマウスパッドの上に置いた。その少年は、私が話しかけると、少しだけ体の状態を起こした。優しく声を掛けたつもりだったけど、びっくりさせてしまったのかも知れない。
「あ、これ」
少年は、カウンターに近づき、私に本を両手で差し出した。小学校の校長先生の真似をしているのだろうか。表彰状の授与式みたいに仰々しい本の差し出し方だっだ。
「利用者カードは持って来ている? 」
私も、その本を両手で受け取り、本の右下に張ってあるバーコードをリーダーで読み込んだ。私も、この少年と同じくらいの年にこの本を読んだ。仲の良い同級生からの誕生日プレゼントとして貰った本であることも思い出深い。私が貰い読んだのは、文庫版ではあるけれど。
「その本、壊れてたから」
壊れている、という表現の意図するところを理解するのに、数秒を要した。合点がいって少年を見ると、その少年は、下を向いて両手の人差し指を絡めていた。モジモジしていた。
分厚く固いハードカバーの表紙を私はめくった。
そこには、蛮行があった。
その本の著者や、その家族の写真が載っているページの3分の2が破かれていた。両側が。おそらく、左側のページは左手で、右側のページは右手で、引き裂いたのだろう。破かれた部分からは、次のページ、もしくは次の次のページが見える。次のページが見えてしまうことが、私は悲しかった。
本を読んでいて、ページをめくる際など、ページが何かに引っかかり、破けてしまうということは希に、ある。多くの人が読む、たとえば辞書など、最初の『国語辞典』とだけ書かれているページなどが、破けやすくなり易い。ページの劣化の関係で、偶然に、そう、あくまで偶発的に、まぁ時には悪意のない不注意で起こることもあるけれど、利用者がページを破いてしまうことはある。
それらの本を定期的に調べ、破けている部分があれば、丁寧にセロハンテープを張り、補修するのも私の仕事の一つだ。
何かの意図を持って、それは行われた。
その本は、そんなダイイング・メッセージを残して、少年の表現を借りれば、壊れていた。いや、壊されていた。
私の、長年培ってきた図書館事務職員としての経験と本に対する観察眼。それらが無くても、誰の目からしてみても、故意に行われた行為であることは明白だろう。