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銭湯  作者: 聖魔光闇
8/16

其の八

 家の風呂が壊れて修理もしないまま八日が経った。八日前から通っている不思議な銭湯。昨日はかなり腹がたったが、風呂の修理はまだ頼んでいないので、今日も同じように行くことにする。どうせ、家から歩いて五分程だし。料金は徐々に安くなる可能性もあるし。もう、風呂の修理を頼むのも面倒臭いし。


 利用料大人(中学生以上)四百円。小人(未修園児を除く)百五十円より。バスタオル・洗面器・入浴用玩具・石鹸・ボディソープ・シャンプー・リンス・コンディショナー・洗顔石鹸・フェイスソープ・脱色剤・脱毛剤・育毛剤・洗体タオル・頭髪用ブラシ・ドライヤー・くし・飲食物・自分自身から電話の入るケータイ等の持ち込み禁止。また、水着を着用しての入浴は禁止しています。


『う〜ん、ここが最安値か? まあいいか。てか、子供の百五十円よりの、《より》って本当に何なんだ? 何か特別料金でも徴収されるのか? された子いるのか? レインコートマン何を企んでいるんだ? というよりも、《自分自身から電話の入るケータイ》って何だ? それって、あの有名なホラー映画の? 非現実すぎるだろ……。水着着用入浴って、水着の中は洗わないのか?』と思いつつ中へと入る。


 身体に入れ墨のある方・頭髪を過剰に染めている方・浴槽内で排泄される方・背広、タキシード、スーツ、ドレス・セレブ衣装を着用された方々・井戸から這い出てきた髪の長い女性の方・給水タンクの中から髪の毛を流している方等のお客様には、当店のご利用を御控えさせていただく場合がございます。


『さてと、だ。ここは何故か、脅迫的に日課として行っておかないといけので、ここまでのことを適当に整理しておく。マトモじゃないのは当然だ。昨日は……やめておこう。考えるだけで腹がたつ。今日はホラーづくしだな。ビデオの話と団地の話……。レインコートマン、昨日何を見たんだ? スーツ類、更にパワーアップしたな。てか、セレブ衣装って何だ? まあ、僕には関係ないけどね』


 入口の自動ドアを開くと、目の前にもう一枚の自動ドアがある。


《ドアを開く前に、右横にあるボタンを押してください》


 ここは、いつものように書かれている通りにボタンを押す。降ってきたのは白い霧だった。


「は、は、は、ハックショ!!」


『何だこれ?』


 手に付いた白い粉を見ながら、急いで次の自動ドアを開く。


《ただいまのは小麦粉でございます》


『だから!! 白ければいいってもんじゃないだろ!? それとも、僕を揚げ物にでもするつもりか? まさか、お湯が油だったりしないよな』


 前を見ると、また自動ドアがあり、《さあ楽しいお風呂の始まりです》と、笑う老若男女の絵と共に書かれてある。


『意味不明。うん、意味不明』


 幼稚園児が書いたような絵を見て不気味さを感じながら、僕は目の前の真っ白な自動ドアを開けた。


『…………』


 絶句。それ以上も以下もない。ただただ絶句。


 レインコートマンが大きなボードを持ち、その両面には、ラミネートされた絵が沢山貼られている。


『お風呂で楽園 児童絵画発表会?』


 レインコートマンの持つボードの上に、そう書かれた文字が印字されている。


『当施設は湿気が多いのでゴザイマス。なので、紙にはラミネートが必要なのでゴザイマス。か? いやいや、お風呂で楽園 児童絵画発表会って何だ?』


 ポカンと眺める僕を見つけると、「いらっしゃいませ、お客様。当施設は湿気が多いのでゴザイマス。ですので、紙にはラミネートが必要なのでゴザイマス」と言っている。


『うわ! うぜぇ……。さっき、僕が思った事と同じこと言ってやがる……』


 そんな事を知らないレインコートマンは、フードの中で汗をダラダラ流しながら、一本の油性マーカーを手渡してきた。


「お客様、それでは投票するのでゴザイマス。一番上手だと思う絵の右下に、一本線をひくのでゴザイマス」


「それをしたら、どうなるんですか?」


「それは企業秘密でゴザイマス」


 詮索していても仕方がないので、よく吟味してから、表面の右下から二番目の《泡羊の絵》に一票入れて脱衣所へと向かった。


『何だ? あの企画……。あんな企画の募集やってたっけ……?』


 絵画コンクールのことばかり考えていても仕方ない。僕は気を取り直して、自動販売機を眺めてみることにした。石鹸・ボディソープ・フェイスソープ・シャンプー・コンデショナー・育毛剤・脱毛剤・洗身グッズ・フェイスタオル・バスタオル等、他にも浴用玩具や見たこともないアイテムまでがいつもと変わらず販売されている。


 今日は、入浴用玩具販売機の前で目が止まった。


『入浴用蛇花火?』


 何故か銭湯に蛇花火が売られている。しかも入浴用蛇花火。蛇花火と言えば、別名う〇こ花火としても有名な、あの黒い棒が、にゅるにゅると出てくる花火ととして総称して良いのか迷う代物だ。販売価格は八十円。最近の僕の悪い癖は、気になった商品を迷うことなく購入してしまうことだった。


《商品名【這い出る混沌】:効能【湯舟に入れてしばらくすると……】注意点【周囲の人に気を配りましょう】》


『ちょっと待て! これ、使うとどうなるんだよ!? きちんと最後まで書けよ!!』


 この説明書き通りに解釈するならば……って、解釈できる訳がない。最後まで書かれていない物を、どう解釈すれば良いと言うんだ。 


『効果のわからない物ほどワクワクするな』と思ってから、ハッと我に帰る。『ダメだダメだ! レインコートマンの影響受けまくってんじゃん。僕』


 浴室に出て出入口の方を眺めると、レインコートマンが入ってくる客一人一人に「上手な絵に投票するのでゴザイマス」と油性マーカーを手渡している。


 ふと気が付いて脱衣所に戻り、ズボンのボケットの中から《お風呂で楽園》のカードを取り出すと、レインコートマンに渡しに行った。


「今日もでゴザイマスか? お客様」


「《あら〜まソープ》と《モコモコだメ〜》出してください」


「《あら〜まソープ》と《モコモコだメ〜》? 今度は手抜きの性転換でゴザイマスか?」


「手抜きって訳じゃないけど……」


『てか、オッサンに手抜きって言われるのは腹立つわ! 貴様は裸にレインコートの分際で!!』


「まあ、ここで引き止めることは出来ないのでゴザイマシタね?」


「そういうこと。客の自由ですからね」


「では、《あら〜まソープ》と《モコモコだメ〜》でゴザイマスね? かしこまり〜で、ゴザイマス。それでは、Card出しやがれでゴザイマス」


 言い方には腹がたつが、言われた通りに《お風呂で楽園》のカードをレインコートマンに手渡した。


「暗証番号確認!!」


「19760824」


「名前復唱!!」


「馬場 坂」


『って、僕は兵隊か何かか!?』


「それでは《あら〜まソープ》と《モコモコだメ〜》でゴザイマス。お風呂は楽しく入るものでゴザイマス」


 脱衣所でズボンのポケットの中に《お風呂で楽園》のカードを入れてから再度浴室へ向かう。


 《あら〜まソープ》を使うので、少し人気のない場所に移動しようかとも思ったが、昨日、あれだけ晒しものにされたので、少し度胸が付いたのか人目を気にせずバスチェアーに座った。シャンプーをしてから、シャワーを持ったまま《あら〜まソープ》と《モコモコだメ〜》を腕で泡立てる。


 この泡に襲われる感じには、初めはビックリした。しかし慣れというのは環境なのだろうか? あまりにもビックリすることが多過ぎると、次からは普通に対処できるものだ。


「いやぁ、楽チン楽チン」


 出しっぱなしのシャワーで体中の泡を洗い流し湯舟に向かう。少しワクワクしている自分が情けない。


 湯舟に身を沈めてから、カプセルの中から《這い出る混沌》を取り出す。少し迷ったが、それをそのまま湯舟の中にポチャリと放り込んだ。


 待つこと五分程度。湯舟の中での五分待ちは、かなり長く感じられた。その刹那、湯舟の淵から黒い髪の毛のような長い糸が出てきたのだ。


「うわぁ!! 何これ!?」


 一人で大パニックになっていると、「《這い出る混沌》でゴザイマスよ。周囲のお客様は慣れているようでゴザイマスが、周囲のお客様に気をつけて使用するようにと書かれていたでゴザイマショウ?」と、いつの間にか、僕の目の前でボードを掲げたレインコートマンが立っていた。


『これ、この後どうなるの?』


 レインコートマンを無視して、湯舟から出てくる黒い糸を眺めていると、突然! 僕の目の前に白い布? ……まさか……人……? が、浮かんできた。


「う、うわぁ!! い、い、い、いやぁ!! まだ死にたくないぃ〜!!」


 咄嗟に出たのはそんな一言だけ。足が付くはずの湯舟の中でもがき、暴れ、溺れそうになっている僕を見て、レインコートマンは腹を抱えて笑っていた。


「Finaleでゴザイマス」


「フィ、フィナーレって……。ぼ、僕の……?」


「いえ、《這い出る混沌》のでゴザイマス」


 と、改めて浮かび上がった白い布を見詰めると、黒い糸とセットになったその布が、まるで井戸から這い出る白服の女性かのように湯舟から排水溝へと消えていった。


「恐かったでゴザイマスか? 恐ろしかったでゴザイマスか? 楽しんでいただけましたでゴザイマショウか? 元来、玩具は子供が使うのでゴザイマス。大人はお風呂で遊ばないのでゴザイマス。ざまぁみろでゴザイマス」


 言いたいことだけ言うと、レインコートマンはボードを掲げたまま番頭席へと戻っていった。


『……』


 言いたいことはある。でも核心を突いている。仕方がないので、流れていく黒い糸をしばらく眺めてから脱衣所へと向かった。


 温まった筈なのにガタガタする膝を押さえながら服を着て、料金を払いにいく。レインコートマンに四百円丁度手渡す。


「今日は嫌がらせ無しでゴザイマスね? お客様。そんなに楽しかったでゴザイマスか? 恐かったでゴザイマスか? で、今日ご使用になられた《あら〜まソープ》と《モコモコだメ〜》の持ち出しは禁止でゴザイマスので、Cardを出しやがれなのでゴザイマス。《這い出る混沌》は使い切りなので、無くて当たり前なのでゴザイマス」


 レインコートマンの言い方に腹がたつのは日常的だが、反抗しても仕方がないので、素直に《お風呂で楽園》のカードを差し出す。


「暗証番号を確認するのでゴザイマス」


「19760824」


「名前を確認するのでゴザイマス」


「馬場 坂」


「はい、確かに《あら〜まソープ》と《モコモコだメ〜》お預かりしたのでゴザイマス。本日もご利用ありがとうゴザイマシタ」


 外に出ると今にも雨が降り出しそうだった。


『急いで帰らなきゃ!』


 早足で家へと向かおうとした時だった。


「こんばんは。今日も来てたのですね」


 突然声を掛けられ振り向くと、白い長袖の服を着た細い体の髪の長い女性が立っていた。


「うわぁぁぁ!! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 突如のことに、先程の排水溝に流れていった物が現れたと思い、両手をあわせて頭を下げ続ける。


「どうして謝るのですか? 今日も来られていたので、声を掛けてみたのですが……」


「ふぇ……」


 顔を上げ、相手を見るが見覚えがない。


「どちら様でしたっけ?」


「ああ! そうでしたね。私、この顔で会うのは初めてだったのを忘れてました」


『この顔?』


「昨日の……」


「ああ! 昨日の花婿!」


「そうです。あなたが、その顔だったから声、掛けてみたんです」


「そ、そうでしたか……。もう。驚かさないでくださいよ」


「ご、ごめんなさい。あなたが、お風呂の中で大声を出さなかったら気付かなかったのですが……」


「うう。お恥ずかしい……」


「いつも来てるのですか?」


「ええ。お風呂が壊れてしまいましたので。あなたも、いつも来てるのですか?」


「ええ。共同風呂は嫌いなので」


『共同風呂……? 学生寮か何かか?』


「明日も来ます?」


「ええ。きっと」


「また、お会い出来るといいですね」


「そうですね。出来れば、今度は僕も自分の顔で会いたいです」


「そうですね」


 二人でクスクスと笑いあった後、片手を軽く降って別れた。


『「また明日も会いたいですね」か……。お風呂、壊れたのも運命なんだろうか……。って、僕は馬鹿か……』









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