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銭湯  作者: 聖魔光闇
6/16

其の六

 家の風呂が壊れて修理もしないまま六日が経った。六日前から通っている不思議な銭湯。風呂の修理はまだ頼んでいないので、今日も同じように行くことにした。どうせ、家から歩いて五分程だし。料金は徐々に安くなる可能性もあるし。


 利用料大人(中学生以上)四百二十円。小人(未修園児を除く)百七十円。バスタオル・洗面器・入浴用玩具・石鹸・ボディソープ・シャンプー・リンス・コンディショナー・洗顔石鹸・フェイスソープ・脱色剤・脱毛剤・育毛剤・洗体タオル・頭髪用ブラシ・ドライヤー・くし・飲食物等の持ち込み禁止。


『今日は高くなってんじゃん!! いや、元値か……。てか、子供、元値のままだな。レインコートマン昨日、お湯掛けられまくってたのに……。というよりも、特殊な事が書いてない。不気味だ……』等と思いつつ中へと入る。


 身体に入れ墨のある方・頭髪を過剰に染めている方・浴槽内で排泄される方等のお客様には、当店のご利用を御控えさせていただく場合がございます。


『さてと、だ。ここは日課として行っておかないといけので、ここまでのことを適当に整理しておく。マトモじゃないか!? 今日は本当にマトモじゃないか!? てか、背広、OKになったのか? やけに普通になってしまったな……』


 入口の自動ドアを開くと、目の前にもう一枚の自動ドアがある。


《ドアを開く前に、右横にあるボタンを押してください》


 が、ボタンがテープで固定され、《押さないでください》と、貼紙がされている。


『何があったんだ?』


 拍子抜けした僕は、そのまま次の自動ドアを開く。


《申し訳ありませんでした》


『? 意味がわからない』


 前を見ると、また自動ドアがあり、《お風呂は楽しく入るものです》と書かれてある。


『意味不明だ……。どうした!? 何があった!? 昨日と今日の間に何があったんだ!?』


 挙動不審なまま僕は目の前の真っ白な自動ドアを開けた。


『あれ?』


 番頭がレインコートを着ていない。


「いらっしゃいませ。脱衣所はあちらでゴザイマス」


『あれ? 反応がおかしい。壊れたのかな?』


 突然の出来事に不意を付かれた僕は、微動だにできなかった。


「脱衣所はあちらでゴザイマス」


 同じ言葉をレインコートマン、いや、既に今はただの番頭が繰り返すので、僕はそそくさと脱衣所足を運んだ。


『絶対何かあったんだ! 昨日と今日の間に絶対何かあったんだ! それしか考えられないでしょ!? おかしいでしょ!? 持ち込み禁止物、変な物混じってなかったし、出入り禁止文句も普通だし、水蒸気も霧も降ってこないし、ボタン押せないし、何よりもレインコート着てないし……』


 まあ、普通になったのは良いことである。僕は気を取り直して、自動販売機を眺めてみることにした。石鹸・ボディソープ・フェイスソープ・シャンプー・コンデショナー・育毛剤・脱毛剤・洗身グッズ・フェイスタオル・バスタオル等、他にも浴用玩具や見たこともないアイテムまでが昨日と変わらず販売されている。『この自販機は変わらないんだな……』とは思ったのだが……。


 バスタオル販売機の前で目が止まる。


『巻き巻きタオル?』


 何故か一見普通のタオルにしか見えないバスタオルに《巻き巻きタオル》なる名が付き販売されている。料金は百八十円。マトモ過ぎるこれまでに違和感を感じたまま、僕は《巻き巻きタオル》を購入していた。


《商品名【巻き巻きタオル】:効能【体に巻くだけで、体中の水分を吸い取ります】注意点【適度にご使用ください】》


 この説明書き通りに解釈するならば、僕は、バスタオルで体を拭く必要がないということになる。頭は拭かないといけないだろうが……。


『こんな楽チングッズ、こんなに安くていいのか?』


 浴室に出ると、普通に体を洗って普通に浴槽に身を沈めた。


『こんなにゆっくりと風呂に入るのも久しぶりだな』


 のんびりと湯舟に浸かっていると、いつものオッサンが声を掛けてきた。


「おや? 今日は何も買わなかったのかい?」


「いや、買いましたよ」


「でも、今日は困ってないみたいだね」


「そうなんですよ。今日はバスタオルを買ったので、ゆっくりとお風呂に入れますよ」


「バスタオル?」


「はい、バスタオルです。確か《巻き巻きタオル》って名前だった気がします」


「そうか……。《巻き巻きタオル》買ったんだ……」


「どうかしましたか?」


「いや、気をつけて使うんだよ」


 オッサンの言葉の意味はわからなかったが、『お風呂は楽しく入るものだな』と改めて実感した。


 オッサンと暫く湯舟の中で話をしてから、僕は脱衣所へと足を運び、《巻き巻きタオル》を袋から取り出した。


 まずは頭を拭いてから《巻き巻きタオル》を体に巻き付ける。と、どうだ、タオルが体だけでなく足にもピッタリと吸い付き、湿気を吸い取っていく。


『これはかなり楽チンだな』


 そう思いながらボ〜としていると、徐々に意識が薄れていくような気がする。


「だから気をつけて使うように言っただろ!」


 オッサンの声が聞こえた瞬間、僕はバスタオルを一気に剥ぎ取られた。


「な、何するんですか!?」


「《巻き巻きタオル》別名、《ヒルタオル》。確かに体の水分を吸い取ってくれる楽々道具なんだが、体内の水分も吸ってしまうんだ。君は、もう少しでミイラになるところだったんだよ」


 怒鳴る僕に、落ち着いた口調で話すオッサンに僕は、更に腹がたった。


「じゃあどうして、さっき言ってくれなかったんですか!?」


「だから言っただろ? 気をつけて使うんだよって」


「そりゃあ言いましたけど、注意点までわかっているんだったら、教えてくれればいいのに……」


「そこまで教えたら、楽しくないじゃないか。お風呂は楽しく入るものだよ。だいたい君は、注意書きをきちんと読んでいるのかい?」


「楽しくって……。僕は一つも楽しくありませんよ!!」


 僕の最後の一言、これが引き金になったのだろうか? オッサンは突然、口角を上げて笑い出した。


「楽しくないかい? そうしてお風呂は楽しくなるのでゴザイマスよ。馬場さん」


 そう言って立ち上がったオッサンは、突然ガバッとレインコートに身を包みあの腹の立つポーズでスキップしながら去って行った。


『レインコートマン!』


 気付くのが遅かった。そういえば見知らぬオッサンの割にはやたらと親しげに話し掛けてきてた気がする。『ヤラレタ!』と思うと同時に『千円札の仕返しか?』と思ってしまった。


 服を着てからレインコートマンに五百円払うと、八十円の釣銭を渡された。


「やっとわかったでゴザイマスか、お客様。そうなのでゴザイマス。当施設は湿度が多いのでゴザイマス。ですから、紙幣でのお支払いは避けてほしいのでゴザイマス。わかっていただけて何よりでゴザイマス。また本日お買い求めになられた品物も、持ち出しは禁止でゴザイマスので、Cardを出すのでゴザイマス」


 レインコートマンの言い方に腹はたったが、脱水で頭がフラフラするので、素直に《お風呂で楽園》のカードを差し出した。


「暗証番号を確認するのでゴザイマス」


「……19760824」


「名前を確認するのでゴザイマス」


「馬場……坂」


「はい、確かに《巻き巻きタオル》お預かりしたのでゴザイマス。脱水は健康によろしくないのでゴザイマス。これでも飲んで水分補給するのでゴザイマス。本日もご利用ありがとうゴザイマシタ」


 差し出されたカードと二百五十ccのスポーツドリンクを受け取り、自動ドアを通り過ぎてから、ふと後ろを振り向いた。そこには、《そうして、お風呂が楽しくなってきたでしょ?》と書かれてある。『……』今日はしんどい。《そうして》の意味は何となくだがわかったような気がする。


 外に出ると、今日も満天の星空。僕はフラフラの体で家へと向かうのであった。


『レインコートマン、少しはいい奴なのかもしれないな』そんな事を考えながら、手渡されたスポーツドリンクの缶のプルタブを開けていた。









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