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銭湯  作者: 聖魔光闇
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其の四

 家の風呂が壊れて修理もしないまま四日が経った。四日前から通っている不思議な銭湯。風呂の修理はまだ頼んでいないので、今日も同じように行くことにした。どうせ、家から歩いて五分程だし。


 利用料大人(中学生以上)四百円。小人(未修園児を除く)三百円。バスタオル・洗面器・入浴用玩具・石鹸・ボディソープ・シャンプー・リンス・コンディショナー・洗顔石鹸・フェイスソープ・脱色剤・脱毛剤・育毛剤・洗体タオル・頭髪用ブラシ・ドライヤー・くし・飲食物・ブランド品以外の鞄、財布等の持ち込み禁止。


『あれ? また十円安くなってる? てか、子供、三百円に値上がりしてんじゃん!? レインコートマンにお湯かけまくっていたからだな絶対。というよりも、ブランド品以外……って、何やらかすつもりだよ……』等と思いつつ中へと入る。


 身体に入れ墨のある方・頭髪を過剰に染めている方・浴槽内で排泄される方・姿を出したり消したりできる方・二十歳未満にもかかわらず、喫煙をされる方・スーツぽい姿でご来店のお客様には、当店のご利用を御控えさせていただく場合がございます。


『さてと、だ。ここは日課として行っておかないといけないな。ここまでのことを適当に整理する。もうマトモじゃないのは、十分承知している。でも、注意書きに不備がある。大体、【姿を出したり消したりできる方】って何だ? 透明人間でもいるのか? 【二十歳未満にもかかわらず喫煙をされる方】? いや、それ違法でしょ。いちいちここに書く必要あるのか? で、どうしてスーツぽい姿になった!? 《ぽい》ってかなり微動だぞ。と、とにかく、一見普通(か?)のこの銭湯、やはり見た目で判断出来ないってことだな……』


 入口の自動ドアを開くと、目の前にもう一枚の自動ドアがある。


《ドアを開く前に、右横にあるボタンを押してください》


 ここはいつもと同じように書かれた文章通りにボタンを押す。降ってきたのはやはり白色の霧だった。『って寒!! 今日はどうしてこんなに寒いんだ?』と思いつつ、次のドアを開く。


《只今のは、ただのドライアイスでございます》


『ドライアイスって、僕は冷凍食品じゃないぞ! と、言うよりも、水蒸気はどうなったんだよ!? 白ければ、いいってもんじゃないだろ……』


 言いたい事は山ほどあったが、前を見ると、また自動ドアがあり、《そうして、お風呂が楽しくなってきましたか?》と書かれてある。


『だから聞くなって! 《そうして》の意味、ここまでじゃわかんないだろう……』


 呆れたまま僕は目の前の真っ白な自動ドアを開けた。


『…………』


 絶句。今日も絶句。それ以上も以下もない。しばらく、開いたドアの前で開いた口が閉まらない。


 目の前で何故か黄色のフードに赤の服、青のズボンを身に付けたレインコートマンが、黄色いフードの中で、汗をダラダラと流しながら微笑んでいたのだ。しかし、お湯をかける子供が見えない。


「いらっしゃいませ。四日連続で利用していただくお客様は、あなた様で三千と二十一人目です」


『おい! こら! その数、本当だろうな!? 昨日より一人減っただけだぞ。昨日言われた人数を覚えている僕もどうだとは思うけど、あまりにも微妙過ぎないか? しかも、最後の一桁、やっぱり半端だし……』


 突然の出来事に不意を付かれた僕は、微動だにできなかった。


「当施設の説明、要ります?」


『どうして聞いた? 昨日は要らないと言っていた筈だ。それがどうして今日は聞いたんだ?』


 困惑した僕の表情を他所に、レインコートマンは「やっぱり要らんわな」と吐き捨てると僕を脱衣所に案内した。


「当施設のもう一つの別料金SYSTEMは昨日説明したのでゴザイマス。では、金を出すのでゴザイマス。そうしてお風呂が楽しくなるのでゴザイマス」


 そう言い残すとレインコートマンは、両手の親指と小指を立てて頭の上に乗せ、変なポーズで去っていった。


『ちょい待てコラァ!! 「金を出すのでゴザイマス」とはどういう了見だ!? しかも、そのポーズは何だ!! 何かの印か? それとも人を馬鹿にしてるのか!?』


 と、気を取り直して、自動販売機を眺めてみる。石鹸・ボディソープ・フェイスソープ・シャンプー・コンデショナー・育毛剤・脱毛剤・洗身グッズ・フェイスタオル・バスタオル等、他にも浴用玩具や見たこともないアイテムまでが昨日と変わらず販売されている。


『あれ? 昨日、育毛剤なんてあったっけ?』とも思ったが、この銭湯の異様な雰囲気のせいだと思うことにしておく。


 今日は「金を出せ」とも言われたので、腹がたったので、買わないでおいてやろうかとも思ったが、その他グッズの中に《モコモコ全身石鹸》なる物を発見し購入してみることにした。値段が五百五十円と少し高価なのだが、『どうして石鹸なのに石鹸自動販売機ではないのだろう』と気になったのもあった。


《商品名【モコモコだメ〜】:効能【石鹸です。泡立ちがとても良く全身をくまなく洗いあげます】注意点【目に入らないように気を付けてご使用ください】》


 この説明書き通りに解釈するならば、僕がこの石鹸を使うことにより、僕は全身ツルツルになれるということになる。


『これは、足が尋常じゃないくらいにツルツルの人ではないよな……』


 しかし、買ってしまった物は仕方ない。返品が可能かどうか聞くのも嫌だったったので、とりあえず使ってみることにした。


 浴室に出ると、なるべく人気の少ない場所に移動し、お湯を出す。タオルによくお湯を馴染ませてから《モコモコだメ〜》をタオルに摩り込む。その途端! 僕は泡に襲われた。何事かと思うかもしれないが、泡が意思をもった生物かの如く襲い掛かってきたのだった。頭から足の先まで泡に包まれた状態で、必死に泡を拭い取ろうと両手をばたつかせる。しかし、流石、相手は泡。取ろうとしても滑るだけで全く取れはしない。


『クソ!! なにが《モコモコだメ〜》だ!! 何が何だか全くわからないじゃないか!』


 そんな事を考えていると、突然頭にお湯を浴びせ掛けられた。


「何するんだよ!」


 思わず声をあげて振り返ると、見知らぬオッサンが、僕にシャワーを掛けていた。


「どうだ? 取れただろ?」


 オッサンは悪気もなさそうに話し掛けてくる。しかし、確かに泡は全てお湯に流され無くなっていた。


「あ、ありがとうございます。ど、怒鳴ったりしてすみませんでした」


「いやいや、別にいいんだよ。《モコモコだメ〜》別名《泡地獄石鹸》、これを初めて使う人は、みんな兄ちゃんみたいになるからね。いやぁ、それにしても見事に丸々太った羊になってたよ」


 そう言って笑うオッサンを見ながら『だから《メ〜》なのか』と納得はしたが、『あのまま窒息したり、目に入ったらどうすんだよ!?』と腹がたった。


 でも流石に地獄の羊石鹸。全身、洗いたての食器のようにキュッキュッになっている。別に泡地獄石鹸を賞賛しているわけではないのだが。


 そして、見知らぬオッサンと湯舟の中で世間話を少しして、僕は風呂から出ることにした。


 服を着て入口で千円札を一枚取り出すと、レインコートマンがいかにも嫌そうな顔をした。


「お客様、当施設は湿度が多いのでゴザイマス。ですから、紙幣でのお支払いは避けてほしいのでゴザイマス。お分かりになっていただけたでゴザイマショウカ? また本日お買い求めになられた品物も、使い切ることはできなかったでゴザイマショウ。ですので、持ち出しは禁止しているのはご存知だとは思いますので、昨日お渡ししたCardを出せと言っているのでゴザイマス」


『出せとはなんだ!? てか、今日はカードまでえらく流暢に話やがるな』


 言われた通りに《お風呂で楽園》のカードを取り出すとレインコートマンに手渡した。


「暗証番号を確認するのでゴザイマス」


「19760824」


「名前を確認するのでゴザイマス」


「馬場 坂」


「はい、確かに《モコモコだメ〜》お預かりしたのでゴザイマス。本日もご利用ありがとうゴザイマシタ」


 差し出されたカードを受け取り、自動ドアを通り過ぎてから、ふと後ろを振り向くと、《そうして、お風呂が楽しくなってきたのでしょうか?》と書かれてある。『誰に聞いているんだ?』と思ったが、《そうして》の意味はやはり少しわかったような気がしただけだった。


『て言うか、いつ書き換えたんだよ!!』


 外に出ると、今日は少し曇り空。それでも僕はホカホカの体で家へと向かうのであった。









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