其の三
家の風呂が壊れてしまった為に、一昨日初めて行った銭湯。風呂の修理はまだ頼んでいないので、今日も同じように行くことにした。どうせ、家から歩いて五分程だし。
利用料大人(中学生以上)四百十円。小人(未修園児を除く)二百七十円。バスタオル・洗面器・入浴用玩具・石鹸・ボディソープ・シャンプー・リンス・コンディショナー・洗顔石鹸・フェイスソープ・脱色剤・脱毛剤・育毛剤・洗体タオル・頭髪用ブラシ・ドライヤー・くし・飲食物・ナイフ・フォーク等の持ち込み禁止。
『あれ? 十円安くなってる? てか、子供、百円も値上がりしてんじゃん!? レインコートマンにお湯かけまくっていたからかな?』等と思いつつ中へと入る。
身体に入れ墨のある方・頭髪を過剰に染めている方・浴槽内で排泄される方・牛と人との区別がつかない方・足の裏が尋常でないくらいツルツルの方・スーツ姿でご来店のお客様には、当店のご利用を御控えさせていただく場合がございます。
『これは日課として行っておこう。ここまでのことを整理する。もうマトモじゃないのは、十分承知している。でも、注意書きに不備がある。大体、【牛と人との区別がつかない方】って誰だ? あのナイフやフォークと何か関係があるのか? いやいや……。考えたくないな……。【足の裏が尋常でないくらいツルツル】? 油でも塗っているのか? いやそれとも、脂がのっているのか? いやいや、それこそ牛じゃねぇか!? まあこの際、スーツ姿はもうどうでもいい。とにかく、一見普通のこの銭湯、やはり見た目で判断出来ないってことだな……』
入口の自動ドアを開くと、目の前にもう一枚の自動ドアがある。
《ドアを開く前に、右横にあるボタンを押してください》
いつもと同じように書かれた文章通りにボタンを押す。降ってきたのは白色の霧だった。『今日は何って書いてあるんだ?』と思いつつ、次のドアを開く。
《只今のは、ただのミストでございます》
『ミスト? ミストって霧じゃないか!? と、言うよりも、霧自体水蒸気じゃないか!?』
ツッコミどころ満載の状態の中、前を見ると、また自動ドアがあり、《そうして、お風呂が楽しくなってきましたか?》と書かれてある。
『聞くなよ! 《そうして》の意味もわかんないし……』
呆れたまま僕は目の前の真っ白な自動ドアを開けた。
『…………』
絶句。それ以上も以下もない。しばらく、開いたドアの前で今日も声を失う。
それもそのはず、目の前でレインコートマンが深々とお辞儀をしている。しかし、お湯をかける子供の数が少ない。
「いらっしゃいませ。三日連続で利用していただくお客様は、あなた様で三千と二十二人目です」
『微妙だな、おい。しかも、最後の一桁すらも半端だし……』
突然の出来事に不意を付かれた僕は、微動だにできなかった。
「当施設の説明は…………、不要でゴザイマスね?」
『なんだ今の沈黙は? 今、何を考えた? 何の為の沈黙だったんだ?』
困惑した僕の表情を他所に、番頭いや、レインコートマンは僕を脱衣所に案内していく。
「当施設のもう一つの特徴を紹介するのを忘れていたでゴザイマス。当施設は、お客様からの一切の持ち込みを禁止しているのでゴザイマス。しかし、お客様に不自由を感じていただくのは不本意なのでゴザイマス。そこで、このようなSYSTEMをご用意させていただいているのでゴザイマス」
そう言ってレインコートマンが指差す方向を見ると、そこには数台の大きな自動販売機が並んでいた。
「こちらは、入浴に必要な品物をお客様の嗜好にあったものにするために設置された自動販売機でゴザイマス。このSYSTEMを利用するためには、多少の別料金が発生いたしますが、それでもご購入されているお客様は少なくアリマセン。どうぞ、お客様もご利用くださいませ。で、他に何か質問はおありでゴザイマショウカ?」
はきはきと話すレインコートマンを見ながら、『今日は「アリマセン」も片言だったな。てか、「SYSTEM」だけ何故異常に流暢なんだ? それにしても、「ゴザイマス」の片言は治らないのだろうか……』と思ったが、口に出すのは止めにしておいた。
とりあえず、自動販売機を一台ずつ見ていくことにする。石鹸・ボディソープ・フェイスソープ・シャンプー・コンデショナー・洗身グッズ・フェイスタオル・バスタオル等、他にも浴用玩具や見たこともないアイテムまで一台ずつ別々に販売されている。
『どうして、これまで気が付かなかったんだろう……』とも思ったが、この銭湯の異様な雰囲気のせいだと思うことにした。
一先ず、今日は妥当なところにしておこうと思い、石鹸台から《あら〜まソープ》というものを選択した。価格百円。効果は不明だが、そんなにも高額ではないので良しとする。
《商品名【あら〜まソープ】:効能【普通の石鹸と効果の違いはありません】注意点【使用者の性別が他の方には逆に見えてしまいますのでご注意ください】》
この説明書き通りに解釈するならば、僕がこの石鹸を使うことにより、僕の周りの男どもには僕が女に見え、女達には同性に見えるってことになる。
『って、初日の注意書きにあったお湯に入ると性転換するってやつによく似てないか?』
しかし、買ってしまった物は仕方ない。返品が可能かどうかもわからなかったので、とりあえず使ってみることにした。
浴室に出ると、なるべく人気の少ない場所に移動し、お湯を出す。タオルによくお湯を馴染ませてから《あら〜まソープ》をタオルに摩り込んで、体を洗いはじめた。が、特に変わった様子はみられない。『ハメられたか?』とも思いつつ、体の泡を洗い流すと、突然状況が一変した。
「おわっ! な、な、なんでお前、そんな平気な顔で体流してるんだよ!!」
大声が聞こえたので、声のする方に体を向けると、同年代と思われる男が股間にタオルを当てて真っ赤な顔をしている。
次の瞬間、体つきのいい黒いレインコートマンが二人現れたと思うと、その男の両脇をガッシリと掴み、男を引きずって行った。
遠くの方から「なんだよ!! 俺は何もしてないじゃないかよ!!」と喚きちらす男の声が聞こえる。
『成る程。初日に見た光景は、こういうことか……』と納得したが、後味が悪いので今日は退散することにした。
服を着て入口のレインコートマンに四百十円払って自動ドアを出ようとすると、レインコートマンから声を掛けられた。
「お客様、本日お買い求めになられた品物、使い切ることはできなかったでゴザイマショウ。ですので、持ち出しは禁止しているのでゴザイマスが、こちらで預かるというSYSTEMを採用しております。お客様のお名前と暗証番号をお教えいただく事で、当施設において厳重に管理するのでゴザイマス。してお客様のお名前は何というのでゴザイマショウカ?」
不信感はあったものの、「馬場 坂。暗証番号は、19760824でいい」と答えると、「お風呂に来るために産まれたような名前でゴザイマスね」と言って、一枚のカードを手渡された。
カードを受け取り、自動ドアを通り過ぎてから、ふと後ろを振り向くと、《そうして、お風呂が楽しくなってきましたか?》と書かれてある。《そうして》の意味が少しわかったような気がしたが、楽しくなってきたのかどうかは不明のままだった。
外に出ると、今日も空は満面の星たちが輝いている。
『他にはどんな品物が売っているんだろう……』
この思いがこの銭湯の罠だとは気付かずに、僕は軽やかな足取りで家へと向かうのであった。
さぁてと、皆様には御迷惑をおかけしますが、ネタリクエストを開始します。
特典はありませんが、採用したネタは、【こんな薬屋ありません(^_^ゞ】と同じく、後書きにてユーザ名と共に紹介させていただきます。
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