其の十四
家の風呂が壊れて修理もしないまま二週間が経った。昨日の雫さんとの会話の件もあり、風呂を修理してもらおうと、あちらこちらとガス店に電話をしてみる。しかし、会社が終わった後の夕刻に電話の繋がるガス店は無かった。
しばらくボ〜と、途方に暮れていたが、ガス店ではないが、《お風呂の修繕承ります》と書かれた《天戸風呂店》という広告ページを見付けた。
『天戸?』と風呂店の名が気になったが、ここは背に腹を変えられず電話をしてみる。
しばらくコール音がなった後、「はい、天戸風呂店でゴザイマス」と聞き慣れた声が聞こえてきた。
『あれ? この声聞いたことが……』とも思ったが、「あ、あの、家の風呂の修理をお願いしたいのですが……」と伝えてみる。
「今からでゴザイマスか? 今からでゴザイマスとすぐに向かえるのでゴザイマスが、ご自宅は何処でゴザイマショウカ?」
やはり聞き覚えのある声、そして話し方だったが、住所を伝える。
「そちらでゴザイマシタら、今から十分で参ります。しばらくお待ちいただけるでゴザイマスか?」
そう言って電話は切れてしまった。
それから十数分後、やってきたのはレインコートマンならぬ、レインコートマンの中の人だった。
「いやぁ、お客様のご自宅とは思いませんでゴザイマシタ。それでは早速、修繕に取り掛かりますので、お客様は《お風呂で楽園》に行くと良いのでゴザイマス」
と言うが否や、拒否する僕を他所に僕を家から追い出した。
『はぁ……。本当に任せておいて大丈夫なんだろうか……』と思いつつも、どうしようもなく《お風呂で楽園》に向かう。
利用料大人(中学生以上)四百円。小人(未修園児を除く)百五十円。バスタオル・洗面器・入浴用玩具・石鹸・ボディソープ・シャンプー・リンス・コンディショナー・洗顔石鹸・フェイスソープ・脱色剤・脱毛剤・育毛剤・洗体タオル・頭髪用ブラシ・ドライヤー・くし・飲食物等の持ち込み禁止。また、ここはプールではございません。
『あれ? 変なことが書いていない』
身体に入れ墨のある方・頭髪を過剰に染めている方・浴槽内で排泄される方・背広、タキシード、スーツ、ドレス・セレブ衣装を着用された方々・ローラーブレードに超小型エンジンを組み込んだシューズを履いた方・エイリアンと戦う為にニックネームがアルファベットの方等のお客様には、当店のご利用を御控えさせていただく場合がございます。
『さてと……だ。日課のまとめを始めようか。マトモじゃないのは当然だ。《ローラーブレードに超小型エンジンを組み込んだシューズを履いた方》って……。変なエンディングのあのアニメだよな……。《エイリアンと戦う為にニックネームがアルファベットの方》って、あのペンライトで記憶を消せるやつか? セレブ衣装に関してはもう放っておこう。どうやら僕には理解出来ないものだし』
入口の自動ドアを開くと、目の前にもう一枚の自動ドアがある。
《ドアを開く前に、右横にあるボタンを押してください》
ここは、いつものように書かれている通りにボタンを押す。!! 身の危険を感じた僕は、咄嗟に横へ避けた。降ってきたのは熱湯。
『あ、危ぇ! や、ヤバかったぁ……』
そのまま、すぐに次の扉を開く。
《ただいまのは、熱湯でございます》
『わかってるよ!! かぶったら全身火傷じゃねぇか!? 救急車送りになるぞ!! 死人が出たらどうすんだ!?』
前を見ると、また自動ドアがあり、《まあまあ、怒らない怒らないww》と書かれてある。
『怒るわバカたれ!! てか笑うな!』
毎度毎度の一人ツッコミも疲れてきたので、僕は目の前の真っ白な自動ドアを開けた。
「いらっしゃいませ〜!」
『……』
絶句。いや唖然。
「どうかしたの?」
絶句も唖然も当たり前だ。番台に座っているのは、水着姿の……し、雫さんじゃないか……。
「あ! 私がどうしてここにいるかっていう顔してるね。う〜んとねぇ、今日はいきなり仕事が入ったからとかで、バイト頼まれちゃった」
仕事というのは、アレの事であろう。舌をペロッと出して笑う雫さんだったが、どうして雫さんがバイトを頼まれたのかが不明だった。
気を取り直して、《お風呂で楽園》のカードを取り出すと、雫さんに手渡す。
「じゃあ、暗証番号を確認するね」
「19760824」
「名前の確認だよ」
「馬場 坂」
「了解〜。で、何出す?」
「サウナ……ガスマスク」
「はい。サウナメットね」
どう答えて良いものかわからず、とりあえずサウナメットを受け取ると脱衣所へと向かった。
『それにしても、どうして雫さんが? そう言えば、昨日パパとか言ってたな……。ま、まさか、親子なんてことが!! ってある訳ないか。どうして雫さんが、親の銭湯に毎日来ないといけないんだ。……もうよそう。これ以上考えても埒があかねぇ』
脱衣所に入ると、いろんな客が今日もまた、「暑い」だの「寒い」だのと叫んでいる。そりゃあ、そうだわな。そのまま服を脱いで浴室へと向かう。
身体を洗い、まずは高温サウナの前に立ち、ガスマスクならぬサウナメットを装着する。
『では、高温地獄へいざ参らん!』
大きく深呼吸してから高温サウナの中へと突入し、全身汗だくのオッサンやおばちゃん、お姉様方の座っている座席の間の空いているひな壇に腰を下ろし、流れる水に足を浸ける。
『テレビ観てるけど、テレビどころじゃねぇよ。この暑さ……』
足元にある砂時計を逆さまにし、テレビを観ながら、ちらちらと砂時計を確認する。これが五分計なのだから。
『それにしてもやはり暑すぎないか、このサウナ……』
砂時計の砂が全て落ちたのを確認すると、一目散に冷感サウナへと駆け込む。
『涼しぃ〜』
と思ったのは一瞬だけ。すぐに『寒! てか痛!』と肌が凍り付くのを感じた。
足元の湯なんてのは、正に気休め。すぐに一分経ったと考え、高温サウナへと飛び込んだ。
『地獄サウナ巡りスタートだな』
そのまま、『熱!』と『寒!』を繰り返し、頭がクラクラしてきた僕は、一瞬だけ、水電気ジャグジーに飛び込み、そのまま電気ジャグジーへと移り脱衣所へとフラフラになりながら向かった。
衣服を着用し、ガスマスクを片手に雫さんの所へ向かう。
「また、サウナで遊んでたの?」
雫さんはどこと無く楽しげだ。とりあえず、「うん」とだけ答えて、ガスマスクと《お風呂で楽園》のカードを取り出し、雫さんに百円玉を四枚渡した。
「じゃあ、暗証番号を確認するよ」
「19760824」
「名前の確認」
「馬場 坂」
「うん確かに。それじゃあ、サウナメットは預かっておくね。今日はごめんね。話、出来なくて」
小さくバイバイと手を振る雫さんに手を振り返し、《お風呂で楽園》を後にした。
『ヤバ! 早く帰らなきゃ! 家の風呂、本当に直ってるんだろうな!?』
フラフラした足どりで急いで家に帰ると、レインコートマンならぬ天戸風呂店のオッサンが出迎えてくれた。
「風呂、直りました?」
「いや、もう完璧でゴザイマス」
「で、代金は?」
「そうですねぇ……。五万円にしとくのでゴザイマス」
不安いっぱいの僕に対して、オッサンは適当な値段を言うと、本当に五万円だけ受け取り帰っていった。
『きちんと直したんだろうな!?』
と、浴室を見に行った僕は何が起こっているのかわからず、その場に座り込んでしまった。
『な、な、な、何じゃこりゃぁぁぁ!!』




