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面倒な人たちに囲まれて。  作者: 枯木榑葉
最終章 ~面倒な人たちに囲まれて。~
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面倒な人たちに囲まれて

「姉さん。姉さん! 起きて、もう少しで学校に行く時間だよ」

「んっ……、もう少し寝かせて、山田くん……」

「……山田?」



 春に近づき温かくなってきたのに、背筋に何か冷たいものが走りぬけました。ほんわかしていた空気が身震いするほど冷えていきます。そのおかげで、また夢の世界に入っていこうとしていた私の意識は一瞬で連れ戻させました。目を開けるとすぐ前に天羽の整った顔があります。



「はっ! 殺気!? ん、天羽。おは、よ……う?」

「姉さん、山田って誰? そいつと起こしてもらうほど仲がいいみたいだね?」

「あ、天羽? 何でそんなに怒ってるの? お姉さん怖いなぁー」



 天羽からただならぬ雰囲気を感じ取り、話をごまかそうと追従笑いをしたのですが、そんなことで騙される天羽でもなく、私の努力はなかったかのように笑って流されました。ですが、その笑み、目が笑っていませんよ。私を攻めるような追求はそのまま続行されます。



「だから山田って誰なの?」

「ええっと、山田くんは――」

「ああ、やっぱりいいや。オレ以外の名前を呼ばないで。そんなヤツのことなんて忘れるくらい、姉さんの頭の中をオレでいっぱいにしてあげる――」

「んんっ! ……ふ、ぅ……ん」



 ただえさえ近かった天羽の顔との距離が、天羽の言葉の後はゼロ距離になりました。唇をむさぼるような激しいキスです。く、苦しい……! このままでは喰われるっ! と、本気で命の危機を感じ抵抗したのですが、まぁ、はい、敵うはずがないですよね。男と女なんですし。天羽の気が済むまでむさぼられ続けましたよ。あー、きつかった……。天羽の宣言どおり、山田君こと、ちまたで人気なブタのもふもふヌイグルミのことを考える余裕はありませんでしたが、天羽のことを考える余裕もありませんでした。頭のなかは真っ白になって、ボーっとします。なのに、『あー、焼きそばが食べたい』というどうでもいいことはしっかり考えられました。そんなに焼きそばが食べたいのでしょうか。



「フィア……。だめ?」



 天羽が熱の篭った声で呼びかけ、情欲の浮かんだ目で見つめてきます。こんな時だけ私の真名を言うなんて、卑怯ですよ!



「リック、ダメだよ。最後の学校に行かないと」



 天羽に習い私も真名で呼びます。天羽は私の言葉を聞いてはっとしたように表情を曇らせ、悲しそうに私から身を離すと「朝ごはんの用意をしてくるから、制服に着替えたらリビングに着てね」といって私の部屋を出て行きました。


 天羽は気にしなくていいのに。これは私が選んだ結果だから。


 私は天羽を悲しませたことに胸を少し痛くしながら、言われたとおり着替えてリビングに向かうことにしました。制服は冬服ですが、外もだいぶ暖かくなったため少し暑く感じます。暑い……。あの時よりは涼しいですが、あの時と同じ季節がめぐってこようとしています……。

 そこまで考え、リビングの扉を押し開けようとドアノブに伸ばしていた手は、ぴたりと動きを止めてしまいました。


 1年。それが私がこの世界に止まっていられた最長時間です。といっても、この最長時間はこの世界の崩壊も意味しています。ですから、実際にこの世界を壊さずに言われる時間は半年強といったところです。その半年強も今日までですが。

 あの時、私の力が完全に戻ってしまったため、この世界の私の異物感が増幅してしまいました。前に私がいた世界とは違い、この世界には魔力のような"力"は存在していません。そんな世界に長らく存在してしまうと、私の存在でこの世界を壊してしまいます。天羽は本来の姿を変え人間としてこの世界に存在しているので問題はありません。しかし、私は違います。私は飛ばされてきたため人間の姿をとっていません。今までは記憶と力がバグで欠けていたので良かったのですが、私のバグは管理者としての役割で無意識に修復し、今では完全に昔と同じ力を得ています。


 そうですね。真っ白な紙に墨汁がこぼれてそこに紙を貼った、そこまでが今までのこの世界の状況だとします。しかし、その墨汁は徐々に貼られていた紙すらも黒く侵食していきます。その貼った紙を侵食しきったら、周りのまだ白い部分も黒く染め上げてしまいます。白がなくなり、すべてが黒く染まりきったら、ゲームオーバー。世界の崩壊です。

 そうならないためにも、すぐに私はいなくなったほうが良かったのですが。



「おい、何してんだよ。早く入れ」



 扉の前で思考にはまっていると、後ろから声をかけられました。反射的に後ろを振り返ると、兄が怪訝そうに眉をひそめて私を見ています。私もとりあえず兄を見ます。しばしその状態で時間停止。すると、兄はよりいっそう眉間のしわを深めたかと思うと……



「いくな」



 辛そうに言葉を搾り出すと、頼むように強く私を抱きしめてきました。



「お、兄ちゃん……?」

「また、バグが発生するかもしれないとか、世界が崩壊するとか、そんなのどうでもいい。俺はお前と一緒にいたい」

「そうだぞ、オフィーリア。だけど、王様。"俺は"じゃない。"俺たち"も、だ」

「え?」



 Aさんの声が聞こえたかと思うと、リビングの扉が引かれました。開いた扉から、AさんとC君が出てきます。二人の脇から中を覗くと、天羽が陰りのある表情でこちらを見ていました。



「なあ、オフィーリア。俺たちも王様と同じ気持ちだ。考え直してくれないか?」



 Aさんはそういうと、衝撃で固まっている私の頭に手を載せて髪を整えるように撫で付けてきました。

 それに続いて、C君も私の手をぎゅっと握ると私の目をまっすぐに見つめてきます。



「ねえ、オフィーリアさん。今度は僕にもチャンスを下さい」

「なん、で? 二人とも……」

「僕たちの愛がそんな簡単になかったものにできるような軽いものだとでも思っていたんですか? 見くびらないで下さい。――とは言っても……」



 C君は一度言葉を区切ると、私にニッコリと微笑みかけ言葉の続きを紡ぎます。



「"俺"はあなたがオフィーリアだから好きなんじゃない。あなただから好きなんだよ」



 私が欲しかったもの。それは役割ではなく、私自身をみてくれる存在。私はいつの間にか、欲していたものを手に入れられていたのですね。胸が温まり、目から涙がこぼれていきます。


 私は欲しかったものをもらいました。だったら、いや、だからこそ……。



「リック」



 私が表情を消して冷淡に呼ぶと、天羽は驚いたように私を見つめてきました。本当にいいのか、と言いたいのでしょう。私はそれに対して頷き、兄たちからなんとか抜け出し、小走りで天羽の元までたどり着き天羽の手を握りもう一度頷きます。天羽も私の意識を汲んでくれたのか頷き返してくれました。

 それを見て天羽にありがとうという気持ちを込めて笑いかけ、次はくるりと振り返り、私をみている兄たちを見返します。



「私のことを愛してくれてありがとう」



 今度は兄たちにできる限り精一杯に笑い、私と天羽はこの世界から、出ていきました――




 私を私だから愛してくれた彼らに忘却の力は使いませんでした。使ったとしても、世界の修復で消したはずなのに覚えていたので、きっと使ったもしても効きませんから。

 彼らは、少し愛が重くて確かに面倒な人たちでした。ですが、それでも、私にとってはとても大切な人たちです。彼らを死なせたくはありません。これは完全に私のエゴです。ですから、私を憎んでくださっても構いません。

 それでも、できることなら彼らにまた愛されたいと願うのです。彼らに忘却の力を使わなかった本当の理由も、もしかしたら、また私を見つけ出してくれるかもしれない、そう思ってしまったからです。

 あぁ、私、本当に性格が悪くなってしまいましたね。リックだけで十分だったのに。

 でも、もしリックを、手放さなければいけなくなったら、私は彼らの時と同じように素直に手放せるでしょうか。答えは簡単です。できません。リックだけは手放すことなんて、できないんです。リックと彼らに対する想いは全く違いますから。



「ねえ、リック。リックはずっと傍に居て。好きだよ、愛してる」

「フィア。オレもずっと昔から愛してる。離れてって言っわれても離れないから。覚悟してね?」

「ふふふっ、そんなこと言わないよ。むしろ、離れたいと思われてもずっと縛り付けるから。


 ――たとえ、どんな人に囲まれても、あなたが好き――」



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