表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒な人たちに囲まれて。  作者: 枯木榑葉
最終章 ~面倒な人たちに囲まれて。~
30/36

記憶との正誤確認

 今、目には私と対になる存在であるリックと、私のせいで大量惨殺を行った元アイザックさんの彼方が神妙な顔つきで立っているのが見えます。彼らも私の姿を捉えたのか、瞬時に彼らの表情が変わります。ほぼ同時に表情が変わったというのに、彼らが顔に乗せた表情は全くといっていいほど異なっていました。

 彼方はとうとう思い出されてしまった、と苦痛や悲嘆といった感情がないまぜになったような複雑な表情をしているように見えます。よほど私にあのシーンは見られたくなかったのでしょう。私も見たくなかったですよ、あんな悲惨な場面。

 それに対して、彼方とは対照的にリックはとても嬉しそうに目をルンルンと輝かせ、散歩に行くのを楽しみしている犬のような表情です。どうしてリックはこんなに嬉しそうなのでしょうか。


 私はどのように反応したらいいか分からなくて言葉を発することが出来ずにいると、その場には沈黙が漂いだしました。

 えーと、私はどうしたらいいのでしょうか。自分の願いのためにたくさんの人を殺したアイザックさんを攻め立てるべきでしょうか。私がいなくなったからと、私のあとを追い仕事を放棄したリックを叱り付けるべきでしょうか。リックはアイザックさんがどういう行動に出るのかは分かっていたはずです。だから、リックが私の後を追わなければ、アイザックさんが大量虐殺をすることはなかったのです。というのも、出来ません。私たちの仕事ですからね。

 しかし、先ほどまでは私のせいでたくさんの人が死んでしまって、胸が張り裂けるかのように痛かったのですが、今はそこまで彼らを攻めようという気が沸いてきません。むしろ、そこまで私を大切に想ってくれていたんだ、と嬉しさすら感じてしまっています。私ってこんなに薄情な人間だったのでしょうか? なんか、自分に自分で幻滅です。



「フィアッ!!」



 私が自己嫌悪に陥っていると、リックが満面の笑みで私の名前を呼びながら抱きついてきました。リックに名前を呼ばれて、触れられて……、私の心臓が激しく鼓動します。


 リック、あなたに『場の雰囲気に合わせる』という能力はないのですか? いかにもシリアスなムードでしたよね? 物凄く空気重かったですよね? なのになんでそんなに嬉しそうに抱きついてくるんですか。おかしいですよね。変ですよね。そして私も何反応しているんですか。この空気で何でそんなに早く脈打っているんですか。私の心臓も空気読め!! 私が言っていることは間違っていませんよね!?



「……リック」

「フィア! あぁ、フィアの匂いだ。懐かしいっ! フィアフィアフィア! やっとその口でオレの名前を呼んでくれたね! フィアが記憶を取り戻すのを待っていたんだ! さあ、もっとオレの名前を呼んで、ねぇ、もっともっとっ!!」



 リックの突然の言動に私の顔の筋肉が強張ります。あれ、リックってこんな性格だったっけ? リ、リック? と顔をヒクつかせながらも呼ぶと、ニパァと効果音がしそうな笑顔を向けられました。

 あれ、あれれ? もっと、ツンツンしていませんでしたっけ? 属に言うツンデレのような性格だったと私は記憶しているのですが。こんなわんこみたいな性格じゃなかった、はず。まあ、確かに? 天羽のときはウザッてほどに甘やかされましたよ? まさにツンデレのデレ期でしたよ。でもさぁ、ここまでデレンデレンじゃありませんでしたよ。何て言うのかな、デレの種類が違う、そんな感じです。このデレからは危険な臭いを感じます。はやく、話題を変えよう。



「ねえ、リック。お願いがあるの」



 できるだけ、平静を装い問いかけると、フィアの願いなら何でも聞くよ、たとえ世界滅亡だとしてもね、と笑顔で了承の旨を伝えられました。しかも、即答。私たちには世界を滅亡させることも容易にできる力を授けられているだけに、本当にしようと思えば出来ます。笑顔とか止めて。その笑顔は本当にしちゃいそうで怖い。



「私は本当に全て思い出しているのか、確認を取りたいの。いくつか質問をしてもいい?」

「うん、いいよ。むしろ、そう思うのは当然のことだと思うし」



 彼方は相変わらず複雑そうな表情でこちらを見ていますが、リックから許可も出たし、さくっと正誤確認といきましょうか。



「まず、私が飛ばされる前にいた世界は、兄いわく今から600年前の世界、でいいの?」

「うん。もっとも世界で時間の流れが違うから本当の経過時間は分からないけど。王様の転生年数的には合っている。オレはすぐにこの世界に来たから17年だけどね」

「600年も探し続けたなんて、王様も変わったね。じゃあさ、あの時見えた白い亀裂は、世界にひびが入ったってことを示していたよね。あの亀裂は、……バグ?」

「そうだよ。アレはバグだ」



 リックが辛そうに顔を歪め、右手で胸を押さえながら肯定します。

 私が散々"アレ"と形容してきたもの。それは"バグ"です。私たちが与えられた力を使ってさえも、未然に対処することが出来ないバグ。この世界は死んだら転生を繰り返す、いわばゲームのような世界です。そのため、予期せぬバグが発生することがあります。バグの大きさは様々で、転生をしない魂だったり、生まれてくる場所が違ったり、死ぬはずではなかった人が死んでしまったり。そのバグを直すのも私たちの役割です。

 まさか、直す役割を持つ私がバグに巻き込まれることがあるなんて、前代未聞です。今まで世界の外にいた私が世界の中に入ったせいでしょうか。

 それに、私が巻き込まれたことで、"あの子"の身にも何かあったはずです。"あの子"は大丈夫かな。

 まあ、今考えても仕方ないですし、あの子については今度考えるとして、次の質問に移りましょう。



「ねえ、アイザックさんは自らバグを発生させていたよね。そして、世界から拒まれているように見えた。今のアイザックさん、いや彼方は、何?」



 私は質問すると同時にいまだ複雑な表情をしている彼方のほうに視線を向けます。リックもそれは本人から聞きなよ、と言って彼方のほうを見ます。その場の視線を一身に受けてか、彼方がようやく口を開きました。



「オフィーの言う通り、俺は世界から切り離されている。俺には魔力なんてなかったから、オフィーを探す方法が分からなかったんだ。でも、オフィーをあきらめたくはなかった。だから、前にオフィーが言っていた夢の世界に入り込むことにしたんだ」



 私が"あの方"から頂いた能力に夢を渡る能力があります。その能力は、私は"あの子"と連絡を取るためのものです。夢を繋げて、事務的なことの報告や世間話などをしていました。そのことをアイザックさんに話したことがあります。だから、きっと、夢の世界に入り込み私が来るのを待とうと考えたのでしょう。



「なら、彼方は夢の世界に留まっている存在。夢魔、みたいなものかな」

「んー、留まっているというよりも、そこにしか存在できない存在、が正しいかな。それにしても、夢魔は心外だよ。あんな、人に悪夢を見せる最低なものと一緒にしないで欲しいな」

「私に今まで夢を見せてきたのは、彼方でしょう。誕生日の前日を何回も繰り返させて、しかも襲われる夢とか、夢魔であっていると思うけど?」

「あれは忠告だよ。俺も夢の世界の住人になって未来がみれるようになったからね。この行動をとったらこうなるよって親切心で教えてあげたんだよ」

「親切心? あれが?」

「おかげで現実でその行動をとらずにすんだでしょう?」

「そうだけど……。って、最後の彼方との夢はいらなかったわよね!? 現実にはあなたはいないんだから!」

「ふふふっ。俺も頑張ったんだから御褒美くらいもらってもいいと思わない?」

「思いません! あなたが一番酷かった!!」

「え、何、褒めてくれるの? そんなによかった? なら、今から続きでもしようか?」

「何で!? 褒めてないよ! ちょっと! 何で近づいてくるの!? 離れて!!」



 いつの間にか、本調子に戻った彼方がニヤニヤ笑いながら迫ってきます。

 ぎゃぁぁぁああああ!! やめてぇぇ! 来ないでぇぇぇ!! 



「フィア、もう質問は終わり?」



 私と彼方が必死に攻防を繰り広げていると、リックが声をかけてきました。それにより、彼方も状況を思い出したのか、私に迫って来る動きを止めます。

 そういえば、リックがいたじゃないですか! 声をかけるならもう少し早くかけて欲しかったと、私は思うよ。まあ、ふざけてしまった私が悪いので、そんなこと言いませんがね!!



「ごめん、リック。まだ質問はあるの。今度は私の存在について聞くね。私の存在は――」

「"管理者"」



 私が言おうとした言葉をリックが引き継ぎ、言葉を重ねます。あの、言葉を重ねる意味ないですよね。そんなに遮りたいの? 私はしゃべるなと? 何で? 何でそんなに不機嫌なんですか?


 私たちのことを、私が飛ばされる前にいた世界では、神、と呼ばれていました。確かに神に近いかもしれないけど、何でもできるわけではありません。現に私はバグのせいで飛ばされたわけですし。

 管理者を分かりやすく言うと、"世界を管理するもの"です。誰が何処で生まれたのか、または死んだのか、しっかりと魂が循環しているのかを調べます。そして、不穏分子を発見した場合は排除したり、正常に戻したりします。それをしていないと、徐々に世界にひびが入り、最終的には壊れてしまうからです。世界も繊細なんですよ。

 管理者は私ともう一人。私と魂を結んでいる"あの子"。私とリックは対になる存在だけど、"あの子"と私は同じ魂で繋がっています。どちらかの魂が消えれば、もう片方も消える。そういう関係になっているんです。

 私は未来で"あの子"は過去。二人で役割を決めて世界を管理しています。過去より未来が膨大に管理することがあるため、私には補佐としてリックが与えられました。


 私が思い出した記憶は、やっぱり正しかったんですね。私が作り出した妄想じゃないかと危惧していたのですが。妄想じゃなくて良かったような、良くなかったような。複雑な気分ですね。



「ねえ、フィア。あんな大きいバグは初めてだ。やっぱりオレたちは外から見ていたほうがいいと思うんだ。"あの子"はフィアと同じだけど違うから。"あの子"が中でオレたちは外。それで今までやってきただろ。オレたちは外にいるべきなんだ。だから、元の場所に戻ろう」




 そんなことを考えていると、リックが眉を下げ、懇願するように私に訴えてきました。


 ……元の場所。世界の外側。周りにはリック以外誰もいない暗闇。一面には開いた状態の懐中時計が落ちていて、その懐中時計の時計部分はその魂の残り時間。時計部分の上、蓋の裏に当たるところには、魂が今どうしているのかが映し出されています。愛するものと一緒にいたり、喧嘩したり、仲直りしたり。とても楽しそうでした。辛そうな魂も確かにありましたが、その魂の人生すべてが悲惨だったわけではありません。良いこともちゃんとあったんです。それに周りを良く見てみれば、その魂を大切に思っているものがいます。みんな、一人ではないんです。

 私には、どの魂も輝いて見えました。

 そんな魂たちを私はただ眺めているだけ。バグが発生すれば、訂正を入れる。


 私はいつしか、たくさんの魂たちがいる、世界の内側にいきたいと考えるようになりました。その思いも日に日に大きくなり、とうとう行動に移してしまったんです。たくさんの魂と関わってとても充実した日々でした。だけど、大きなバグが発生してしまいました。


 私は、元の場所に戻ったほうがいいのでしょうか。リックの頑張りのおかげで、まだ私の魂はこの世界に定着していません。この世界でつけられた名前を呼ばれないようにされてきたからです。名前は存在を認知するのにとても重要な役割を持ちます。そのため、名前に存在が縛られると、この世界では異端であるはずの私でもこの世界に定着してしまいます。

 私が他の人の名前が覚えられなかったのも、名前の重要性のせいです。管理者としての力を保有している私が名前を呼ぶと、その魂に何かしら影響が出てしまうかもしれません。それを防ぐために、無意識に名前を覚えられないようにしていたようです。

 目の前の彼らの名前が言えたのは、この世界のものではありませんし、存在も他と大幅に違うので影響が出ないからです。そもそも"天羽"という名前は私が元の場所で勝手に遊びでつけた名前でした。この世界でのリックの本当の名前ではないのです。そのため呼ばれても縛られることはありません。


 私が元の場所にいたときから、リックとはずっと一緒にいました。世界の内側に入りたいと言った時も、最初は反対されましたが最終的には中に入ることを許してくれました。

 私がバグで飛ばされ知らない世界に、体も縮み記憶も忘れて放り出された時も、すぐに追いかけてきて、ずっと一緒にいてくれました。いつも私のことを最優先にして、私の意志を尊重してくれたリック。

 彼から名前を呼ばれただけで動悸がする。彼にだきしめられると安心する。彼にキスをされるのも、恥ずかしいけど嫌じゃない。


 ああ、そうか、私はリックのことが……。




「ねえ、リック。私、あなたのこと、――――大ッ嫌い」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ