でも、まずは一息ついて
私の目の前に広がっていたのは、私が望んでいた家ではなく、管理されずに草が好き勝手に生えている空き地。それが示す答えは一つです。つまり、B先輩は――
「――B先輩は……存在しない」
私は口に出したことで、その事実がはっきりと身にしみます。
そうです、実際に存在していたのはB君です。幼稚園の頃から一緒にいました。家も近所で、よくお互いの家で遊んでいたんです。でも、親の転勤が決まって、中学2年生の文化祭の後、泣きながらB君と別れた。その後も、ずっと手紙のやり取りをしていたのに。何で忘れていたのでしょうか。その時の家があった場所がここだったじゃないですか。B先輩なんて、実際には知らない。
認識した途端、足から力が抜けて地べたにへたり込みそうになりました。
「姉さん!!」
しかし、いつから居たのか、天羽に後ろから支えられ、座り込むことだけは免れることが出来ました。
それにしても、あぁ、もう何も考えたくありません。B先輩は居なかった。あの人はB君に似せて私が作り出した贋造だったのでしょうか?
「ねえ、天羽。天羽はB先輩って知ってる?」
「B先輩……? いや、知らない。――……姉さんは、その人とどこで出逢ったの?」
私は、ボーッとしながら天羽に尋ねました。それに対して、天羽は少し、考え込んだかと思うと、否定の言葉を紡ぎます。その後、なにやら神妙な顔つきで逆に質問してきました。
「いや、出逢ってなんかいなかったの。その人は、私の夢に出てきた人でね。その人が実際に存在しているんだと思い込んでただけだった。私、夢と現実の区別が出来てなかったんだよ。あはは、天羽の言う通り、私ってバカだね」
「姉さん……」
「もう、何で天羽が泣きそうな顔をしてるの? 天羽は、何も関係ないんだよ? いつもみたいに罵ってきてよ。バカだねって。存在してもいなかった人物を捜して、一人で勝手に悲しんでっ……! 現実と夢すら区別できないバカだって! いつもみたいにっ、あざ笑ってよ……。じゃないと、私、異常者みたいじゃない……」
「……姉さん」
天羽は支えていた体制から、私と正面から向き合う形になるように回り込み、そのまま私を抱きしめてきました。温かい。ちゃんと、存在している。その温かさを感じることができて、とても安心します。
「姉さん。オレはちゃんと存在してるから。姉さんが何者であったとしても、オレは姉さんから、はなれてどこかに行ったりしない。ずっと姉さんと一緒にいる。たとえ、姉さんがオレからはなれようとしても、絶対にはなれないから。――だから、泣かないで?」
天羽はそう言うと私の後頭部をそっと押して、天羽の胸に押し付けてきます。
天羽に言われて初めて私は自分が泣いていることに気付きました。今、私の心を占めるのは安心感です。悲しくて泣いているわけではありません。確かに悲しくないと言えば嘘になりますが、それよりも人の温かさで涙が出てきたんです。安心しても涙が出るって本当だったんですね。
私は、そのまま天羽の胸を借り、そこでわんわんと子供のように泣いてしまいました。その間、天羽は自分の服が濡れてしまうのに、怒りもせず、ずっと私の背中を撫でてくれました。
ようやく、私の涙も止まってきた頃、私の頭も冷静考えることができるようになってきました。そこで、私は自分がしたことの恥ずかしさに気がつきます。
あれ? 私、天羽の前で泣いちゃいました!? 小さい頃はまだしも、もう高校生なのに! は、恥ずかしいっ! しかも、ここは外です! この構図を誰かが見たら、きっと抱き合ってることもあり、カップルだと思われますよね! ものすっごく恥ずかしいです!!
私は恥ずかしさで、顔を上げることができません。どうしましょう。でも、このままずっとこうしているのも恥ずかしい。どちらを選んでも私は恥ずかしいです。デッド・オア・アライブならぬデッド・オア・ダイですね。死ぬか死んだかの違いです。
このまま、行動を起こさないといつか誰かに見られてしまいます。ふぅー、よし、覚悟を決めますか。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、天羽と目を合わせるために顔を上げます。
「……天羽、ありがとう」
「――っ!」
私が天羽の目を見つめ、笑顔で御礼を言うと、天羽は顔を赤く染めて顔を背けました。
恥ずかしいんでしょうね。一応思春期ですし。かわいいところもあるじゃないですか。
そんなことを考えていると、天羽はそっと、無言のまま私を抱きしめる力を強めまてきました。その行動が、気にしなくてもいいと言っているようで笑みがこぼれます。
そこで私は、はたと私は天羽から放れようとしていたことを思い出しました。
て、あれ? これ逆効果じゃないですか? 私は放してもらうことが目的なのに、もっと強く抱きしめられていたらダメじゃないですか!!
「あ、あああ、天羽? 放してもらえないかな?」
「どうして? さっき言ったでしょう? 絶対にはれないって」
「ええっ!? アレって、そっちの"放れない"だったの!? "離れない"じゃなかったの!?」
「どちらも、かな。さて、家に帰ろうか」
「うぎゃあぁぁ!?」
天羽は私を抱いたまま、私の膝に手を差し込み、肩を支えてお姫様だっこをしてきます。いくら私が放してと言っても天羽は聞く耳を持ってくれず、私はその格好のまま私の家までの道のりを運ばれます。
でも、天羽なりに私を安心させるためにしてくれている行動だと、長年一緒にいた勘で感じました。
本当、私はいい弟を持ちましたね。感動してまた、涙が出てしまいそうです。
ふと、天羽の腕にはめてある腕時計を見ると、もう1分弱で12時を回りそうです。そういえば、今は私たちの誕生日の前日。残り1分弱で私も天羽も17歳になるんですね。
12時まで残り10秒を切りました。そこから、私はカウントダウンを始めます。
9、8、7、6、5、4、3、2、1、
――――0
ブツッ!
長身と短針が12を指した瞬間、私の意識は糸が切れたように途切れました。
糖分を入れようとした結果がこれです。
少しは甘くなったでしょうか?




