予兆は既に
ある日、ある1人の人間が"ある者"を探すために、夢魔になった。それとほぼ同日、1人の神が"ある者"の後を追い、姿を消した。
彼らの願いは600年たった今も、昔と変わらない。彼らの願いはただ1つ。
"ある者"と一緒に在ること――
*
「……フィア、渡さない。今度こそ……絶対に……」
人の気配を感じ、少しだけ意識を浮上させると、懐かしい彼の声が聞こえました。彼の声を聞けたことがとても嬉しく、心がじわりと暖まります。意識を浮上させたと言っても、定かではなく、本当に現実なのか、それとも夢なのか、私には分かりません。私はただ、眠くてぼんやりと彼の声を聞き流していました。
眠い。眠すぎです。
「……俺の大事な大事な、愛しい君。あと少し。あと少しで君は全てを思い出す……。だから、早く俺のものになって……?」
……思い出す?
何を?
そんなことより、あぁ、ダメです。眠い。
私のそんな疑問も、睡魔に勝てず、私の意識がまた夢の世界に旅立っていくのと同時に、霧散してしいきました。
「……さん。姉さん」
また声が聞こえます。先程の彼でしょうか。嬉しい。だって、彼は私の大切な――
……あれ? 彼は私の大切な、なに? 彼とは誰のことでしょう?
「起きて、姉さん。朝御飯が冷めちゃうよ」
呼んでいるのは、だれ……?
私はうっすらと重い目蓋を上げ、私を呼んでいる人を見上げました。
視界に映り込んできたのは、まるで愛しい人を見るような眼差しで私を見る、私の双子の弟、天羽です。
「おはよう、姉さん」
「おはよぅ。でも、もうちょっと、寝かせて。あと、72時間でいいから……」
「丸々3日を"もうちょっと"とは言わないよ……」
あ、呆れられてる気配がします。私がお姉ちゃんなのに。
「早く起きて」
「起きてるじゃない、ちゃんと」
「それは目が覚めていると言うんだよ。オレが居なくなったら、また寝てしまうでしょ?」
「そんなことない、と思うよ? 多分」
「断言できないんだね」
「……」
「取り敢えず、早く布団から出て」
「えー」
「"えー"じゃないよ、姉さん。確実に寝る気じゃないか」
「そんなことないってばー」
「姉さん。あんまり我儘言ってると――」
「んぅっ」
天羽は妖麗な笑みを引っ提げて、私に顔を近づけてきました。まずいと感じたときには、時既に遅し。私が抵抗をする前に、私と彼の唇は重なっていました。
天羽は割りと私とのスキンシップを好む傾向があります。と、いうよりも深刻なほど重度のシスコンです。その代表として、私にキスをしてくるのです。小さい頃は可愛らしい行動だと思っていたのですが、なにぶんもう高校生です。姉弟でとるスキンシップにしては些か過剰すぎるのではないかと思います。
それに天羽は人の目が、あろうとなかろうと気にせず、したいときにしてきます。今は私が精一杯止めてはいますが、もし、人に見られようものなら、近親相姦だと騒がれてしまうレベルです。
ええ、絶対に天羽には姉離れして貰わなくては! あらぬ噂で被害を受けるのは御免です!
「――キス、してしまうよ?」
「……もう既にされたんだけど?」
「それは、姉さんが遅いからだよ」
私のせい!? 天羽が突然してきたんでしょう!! 私に行動する余地があったとでも!?
「そんなことより、早く布団から出てきてよ。明日には姉さん、17歳になるんだよ。何時まで子供みたいに、遅刻するつもり? そんなんだと、また周りにバカにされるよ」
「いつも遅刻してるように言うな! そんなに遅刻してないし! そしてまたって何だ、またって!」
「"そんなに"が付く時点でダメだよ。遅刻はしないのが当たり前。姉さん、この前パジャマで行って笑われたばかりでしょう? あの時ばかりは、兄もAさんもC君も、呆れてたよ」
「んな、ベタなドジしてないわよ! ただちょっと、スリッパのまま学校に行っただけじゃない!」
「そんなに変わらないし、それをちょっととは言わないと思うよ。あぁ、ほら、早くしないと本当に遅刻するよ」
「うわぁぁぁ!? もうこんな時間!? 急がないと!」
今思うと、この時には既に予兆は出ていたんですね。と、いうより、この時より大分前から出ていたようです。私が気づいていなかっただけで、芽は至るところから出ていたんです。
私がもし気づくことができていたのなら、ああいう風には、ならなかったのかな……?