1-3 消えた“平穏”
――激しく音を鳴らす心臓が一瞬、ほんの僅かな時間静かになる。それは嵐の前の静けさと言わんばかりに唐突に静かになった。自称ヴァンパイアの王子である彼の顔に見覚えがあるような、そんな気がして。
記憶の引き出しを大急ぎで漁る。今までで会った事をつい最近の出来事から順に。
そうした結果すぐ気付いてしまった。一気に心臓が跳ね、暴れ狂う。じゃじゃ馬のように、激しく。一段と激しく。
「貴方が僕を化け物から助けてくれたんですね。ありがとうございます」
口頭とは裏腹に焦燥感が身を焦がす。そして疑心が頭を駆け回る。
それはもう視界が真っ白になるくらい思考が飛び交う。
何故なら彼を見て、すぐ気を失ったのだから。だからこそ焦る。迷う。悩む。
「思い出してくれたのか。けれど礼には及ばないよ」
と、一息置いた。相も変わらず微笑みは浮かべたまま。
非常に不気味。それは今の心境からそう思ってしまうのだろうが、その笑みはそこはかとない不安に駆り出されるほど不気味に感じられた。地殻変動が起きたさい生じる揺れは前震、本震、余震と称されている。まさにこの図のように本震が起こり、今は余震の規模を考えながら対策しようとしている様なそんな状況。が、全く想像のつかない王子の思考に余震の対策も、なにも、ない。
「それで本題なんだけれど、先程言ったとおり君の命を救ったのは私なんだ。だから君の身は死ぬまで僕に捧げてもらおうと思う」
全くの見当違い。余震なんて表せれる大きさでは到底ない。言わば大きな地震の後に、もっと規模の大きい地震が心臓を襲った。揺れる。揺れる。激しく揺れる。
「拒否権はないからね。そう言う訳でこれからよろしく頼むよ、下僕君」
太陽すら薄れてしまう微笑みの裏に鬼、悪魔が顔を覗かせている。そんな錯覚をしてしまうほどに戸惑い、揺れた。一度は諦めた命。二度目も諦めウェルダンでも仕方ないと言ってしまった命。しかし、二度も命を救われるとやはり捨てがたい、大切な命。