1-2 飛びすぎ“王子”
――暗闇の中、水が滴り、跳ね飛ぶ音が頭の中で反響する。
心地良くなるような音なのだけれどずっと聞いていると気分が下がるもどかしいものだ。
そのもどかしさに嫌気が差し暗闇から脱出。所謂、目を開けた。
すると視界に広がったのはまたもや暗闇。
先程とは違いほのかな明かりが差し込んでいる。
「ここどこだよ……」
薄い汚れが染みついているコンクリートのような物で出来ているだろう天井を見ながらぼそりと呟く。
何故だか物凄い脱力感に襲われているせいか、口から思わず出た言葉は無気力そのもの。
覇気がないと言うか何と言うか。
いや、元から覇気なんてものは備わっていないのだけれども。
いつまでもこんなどことも分からない場所にはいるわけもいかず、早く家に帰ろうっと寝ている身体を起こす。すると部屋の入り口付近で壁に背を預けてる誰かがいることに気付いた。
「……あのすみません。ここどこですか?」
「ここかい?君の墓場だよ」
フードを被った怪しさ全開の人物は、薄っすらと覗かせる口元をわずかに吊り上げる。
当たり前だがその言葉に目が点になっているわけだが、なにこれ食べられちゃうのかな。
いやまあ全部思い出したけど、怪物に食べられそうだった所なのに何故か生きてるし、今死んでも別に変わらなくないか。
ちょっと生が伸びてよかったと言うか何と言うか。だよな、そうだよな。
「レア?ミディアム?まさか……ウェルダン?」
「いや冗談なんですけども。しかもなんで焼死前提なんだい?」
「え……?」
その言葉を境に数秒の間。一時の沈黙。
まるでお笑い芸人のコントが滑ってしまったときのような、なんとも堪えがたい静寂。
その原因は予想すらしなかった返答が来た事に対しての戸惑い。
恐らく相手もなんとも言えない空気に戸惑ってるのではないのだろうか。
「……それで君の名前は?」
と思ったら、そんな空気を関係ないと言わんばかりに切り崩して問われる。いつまで気まずい空気を堪えればいいんだろうか、なんて考えていた最中に意表を突いた言葉だった。
「一弥です。貴方は?」
「僕かい?僕は王子だよ。気軽に王子様とでも呼んでくれたまえ」
なんて対応をしたらいいのか分からない展開。この状況で冷静に訳の分からない人と会話している時点で己の順応能力を開花した事はさり気なくだが気付いていたのだが、流石に今回のはどうすればいいのだろうか反応に迷う。言葉を出そうにも海で溺れ、息を吸おうと水面上に顔を出せない脚を攣ったもどかしい、どうしようもないそんな状況なのだろうかと自己解釈。
非常に苦しい状況に、額から冷や汗が滲み出てきているのが手に取るようにわかる。が、手に取るように分かったところで何も対処できない事にはなんら変わりのないことなのだけれど。そして冷や汗は止まらない。
「おっと、僕の渾身のジョークが面白すぎて固まってしまったみたいだね。」
いや面白いとかそんな次元の話ではなく、理解不能の領域でこの反応は俗に言う白けるなんだが。
そんな心の声は伝わらず彼は話しを続ける。
「僕の名はギルバード・ラピュツェル・ヘンリッヒ・ローウェル。さっき言ったのは事実で職業はヴァンパイアの王子さ。好きなように呼んでくれて構わないよ」
フードを下ろしながら話した彼の容姿があらわになる。まるで異国の人間と言わんばかりの綺麗な金色の髪が、僅かに差し込む光に照らされた。燃ゆるように紅く煌びやかな瞳は己を捉え、真っ直ぐ見つめている。彼の一つの言葉に疑問を抱き、今すぐジョークだと訂正を貰うために口を開こうとした時。
「他に質問はあるかな?ないんだったら僕の用件を済ませるけれど」
彼が笑顔で尋ね、その時僅かに微笑んだ。淡々とした口調で、可笑しな事を言ったと微塵も思ってないようなそんな口調。
その時、恋に恋焦がれる女性ならば卒倒しかねないだろう美形の顔をまじまじと見つめていたため気付いてしまった。彼の犬歯が通常に二倍、三倍近く大きな事に。これじゃまるで自己紹介どおりヴァンパイアなのかも知れない。
祭り事の時、太鼓を叩くリズムに乗ったような衝撃ならまだしも、それとは似て非なる荒ぶった不規則な衝撃が心臓を襲う。