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第4話 声

 勅命の儀の翌日には部隊を引き連れ王都を出た。



 わずか200人の部隊。


 とてもではないがドラゴンと戦いに行く数とは思えないだろう。


 しかし戦ならともかく、ドラゴン相手に数を揃えても無駄に被害を増やすだけだとサミュエルは考えていた。



 ましてや対ドラゴンの新兵器はわずか30本しかない。


 消耗品である矢弾もそれほど多くはない。1ヶ月ではやはり数を揃えるには限界があった。


 ゆえに実際に兵の大半は支援として動くことになる。



 行軍中、一人の男が馬を寄せてきた。



「やあやあサミュエル殿。昨日は大変だったようですね。」



「ギルバート……。」



 ギルバート・エノー……サミュエルの実家にあたるヴァロワール子爵と同じ辺境伯を寄親とする男爵家の三男である。年齢はサミュエルより1つ上でサミュエルが男爵を授爵した際に、自分は受け継ぐ爵位も財産もないので士官させてほしいと申し出があった。


 辺境伯も見どころがある若者と認めていたため受け入れることにした。



「勅命の儀で立派な立ち振舞だったと話にききましたよ。初めてお会いしたとき目も合わせられなかった方とは思えませんな。」



「あんまりからかわないでよ。人と話すのが苦手なのはよく知ってるよね?」



「ですが昨日のパーティーでは多くの方と話してたそうではないですか。侯爵とも歓談されてたとか。」



「あれは無難な受け答えしてただけだよ。」



「それにケーニゼカ王国の王女殿下を妻にどうかって話があったとか。」



「なんで知ってるんだ……。」



「大きな噂になってますよ。少なくともこの部隊で知らない人はいないぐらいには。」



「嘘だろ……勘弁してくれよ。」



 まさか昨日の僅かなやり取りが広まってるとは思っていなかった。しかもサミュエルが望まぬ方向の雰囲気で広がってる感じがした。



「いいじゃないですか。隣国とはいえ王女を娶れるだなんて。しかも王女様はすごく美人みたいですし、さらに公爵になれるとか。いやあ大出世じゃないですか。」



「あれはゲルニカ殿下のリップサービスだと思うよ。これからドラゴンの撃退に向かう人間に期待を押し付けるだけじゃなく、奮起させるために報酬を眼の前にぶら下げたんだよ。」



「でも陛下の御前での発言でしょう?なら結構本気で言ってるんだと思いますよ。」



「だとしても僕は受ける気はないよ……。それにあくまで撃退できたらって話だから失敗したら元も子もないよ。」



「それは残念。サミュエル殿が公爵閣下となれば私も出世できたんですけどね。」



 ギルバートは冗談めかしてそんなことを言う。



「そんなことがなくてもちゃんと仕事してくれれば報いるよ。」



「では今後も忠勤に励むとしましょうか。昇給の話はまた別の機会に。」



 ギルバートはそういうとサミュエルの首に視線を移す。



「ところで気になったのですが、素敵なスカーフですね。サミュエル殿がオシャレをしてるとは珍しい。」



 普段身だしなみは最低限にしており、身を飾るためになにか身につけるということをしないサミュエルが行軍で紫のスカーフをしているのが珍しかったようだ。しかも見たところ生地そのものが美しい光沢を放っている。



「え、まあこれは……ほら、出陣する際に王都の人々からも注目されるから恥ずかしい格好はできないなと思って。それに行軍中でも立ち寄る街や集落でも注目を浴びてしまうから必要なことだとおもって。そのあの」



「そういうことでしたか。私はてっきりあの物語になぞらえたお守りとして女性からもらったのかと思いましたよ。」



 ギルバートはニヤニヤとした表情で図星を付いてくる。



「まあサミュエル殿と交流のある女性で、紫色の髪の女性は私の知ってる限りでは一人しか知りませんが、常識的に考えてそれはありえないでしょうからね。」



「う、うんそうだよ。考えすぎだよ。」



「ええ、考えすぎでしょうね。では今日中に街までいけるよう前方の様子を見てまいります。忠勤に励む騎士の仕事振りをしっかりみていてくださいね。」



「あ、ああ。頼んだよ。」



 そう言ってギルバートは前方に馬を走らせに行った。


 この先問題が起こってないかを確認しに行ったのだ。



(うう……やっぱ露骨すぎたかな……でもせっかく渡してくれたお守りなら身につけてないといけないし……。見えないところだと知られたときに悲しむかもしれないし……。)



 そう思い首に巻いてたのだが早速一番近しい騎士に指摘されてしまった。うまい言い訳をできたと思っていたが、多分信じてくれていない。


 とはいえ、まさか王女殿下からとはさすがに思ってはいないようだ。


 よくて、これを機にお近づきになりたい貴族家や商会の娘から贈られたのだろうと思っているはずだ。



 そうして行軍は問題なく進んでいく。申し出があった辺境伯家の協力もあり国を出るまで特に問題は起こらなかった。



 =====================================================



 王都を出て二週間が経過した。



 少数の部隊であり、護衛任務でもないことから行軍速度は思ったより早く進んでいる。


 行軍中の休憩場所を提供してくれた辺境伯家の協力もあり、国を出るまで特に問題は起こらなかった。



 そしてケーニゼカ王国最初の街に訪れてわかったことがある。


 街に活気がないのだ。


 物流は滞り、若い人の姿がほとんど見られなくなっている。


 おそらく逃げられる人はもっと離れた場所やキュミケス王国に逃げたのだろう。


 ここに来るまでも旅装の人たちをいくつも見てきたためもしやとは思ってはいた。



「これは……酷いですね。」



 ギルバートが思わず呟いてしまう。



「逃げられない、もしくは逃げる気がない人ばかりだ……。幸い暴れる活力のある人間もいなくなったから治安は思ったほど悪くないみたいだけど……。これは死にゆく街としか言いようがない。」



 人は王都から方角から流れてくる。しかし定着することなく、さらに遠くへ逃げていく。


 不安を掻き立てられた人は家族を連れて逃げていく。


 逃げられないものは孤児や長旅ができない老人、そして他の街では商売が難しい土着の職人たちだ。


 職人なら食いっぱぐれないと思われるかもしれないが、その街ごとの規則や組合がある。そして組合に所属の工房の下働きから何年も勤めてようやく一人前の職人として認められる。たとえそれが他の街からきた一流の職人であっても下働きからだ。


 そのような人たちは逃げてやりなおすことなどできない。できるとすれば職人もいない村で村唯一の職人として働くことだが、それでも生活するだけで精一杯なはずだ。それならばここに居ても逃げても死ぬ運命ならこのまま残る選択をしたのだろう。



「とりあえず今日は休める場所を決めよう。王太子から委任状を預かってるのでこれを使えば揉めることないはずだ。」



「承知しました。」



「あとわかってはいると思うけど、物資の警備はいつも以上に強化してね。素人が下手に触ってとんでもないことになるのだけは避けないといけないから。」



 素人にどうこうできるものではないが、万が一ということもありえる。そうでなくとも金になると思って1つでも盗まれては戦いに支障がでるかもしれないのだ。



「はっ!お任せください!」



「この先これより酷い光景を見ていかなければいけないのか……。気が滅入るな……。」



 独り言を呟き、このあとの計画と休息をとることにした。



 =====================================================



 さらに一週間後――の王都直前の街までやってきた。



 いや、すでに街とはいえないかもしれない。


 倒壊した建物に焼けた跡。そして死体の焼けた匂いがした。


 壊れた瓦礫の多さから、ここが以前まで如何に大きく活発な街だったかが伺えた。


 だがいまは廃墟と言っても差し支えのない街となっていた。



 ドラゴンの巣とされているであろう王都から近く、さらに栄えた街だからこそドラゴンに狙われた。


 ドラゴンは金銀財宝の匂いを嗅ぎつける。大きい街なら狙われるのは必然だったのだ。



 サミュエルはその光景に耐えきれず食料の配給などをしようと考え、指示を飛ばそうとした。


 しかしギルバートがそれを止める。



「サミュエル殿、おやめください。お気持ちは理解できますが、我らの部隊は200人。兵の士気を保つために多めに食料や嗜好品を持ち込みましたが被害者の数に対して圧倒的に足りていません。」



「う……。」



「それに一時的に施しをしても意味がありません。するのならば戦闘のためにやってきた部隊ではなく、復興のための部隊で来るべきです。一時的な感情でわずかでもドラゴンを撃退する確率を下げてはなりません。」



「ギルバート……。貴方の言う通りだ。それなら街の中に入るのはやめよう。これでは兵たちも精神的に休まらないと……思う。」



「それがよろしいかと。耳の痛い話だったでしょうに、お聞き入れくださり感謝いたします。」



「いや、こちらこそすまなかった。」



 そうして街から少し離れた場所で野営することにした。兵たちには街のほうが危険な状況だと説明して納得してもらった。彼らも街の状況をみてなんとかしたいとは思ったが、上からの指示であれば仕方ないと諦めたがやはりシコリは残ってしまった。


 兵たちの態度から士気が落ちて明日なんとかしなければと思考を巡らせ休息についた。



 そして翌日、出立の準備を整えた。


 だがサミュエルはその前にやることがあると思い魔術具を一つ取り出す。



 声を広く、遠くまで届ける魔術具、拡声器である。



「……えーと、みなさん声が届いていますか。これは声を遠くまで聞こえるようにする魔術具を使っています。街の人達、聞こえていますか。私たちはドラゴンと戦いに向かいます。」



 兵たちに聞かせるためと同時に街の人たちにも聞いてほしかったからだ。



「みなさんは知ってるかもしれませんが、私は気の利いたことが言える人間ではありません。でもここに来るまでに見てきて、思ったことを話します。……今回のドラゴンの撃退の任務、全員無謀だって思ってますよね。私もです。いま王国で一番勝てる見込みあるのは私たちとはいえやはり怖いものは怖いです。調べれば調べるほどドラゴンがどれだけの存在か思い知らされたりもします。だから、ここで逃げたい人は逃げてかまいません。あとで罰したりもしません。怪我で戦線を離脱したということにします。」



 ドラゴンと戦うのなんて怖いし嫌だ。できれば逃げ出したい。ここまでの街の惨状をみて誰もが思ったことだろう。だから無理して戦わなくいいという言葉をきいて兵たちの士気が下がるのを感じた。



「でも、私たちが王国で一番勝てる可能性があります、いや唯一かもしれません。私たちが行かなければ誰もドラゴンを撃退することはできません。そしてそれができなければ、次は我らの王国が被害にあうかもしれません。家族のためにも、大切な人たちのためにも私は向かいます。眼の前にある街の惨状を見てください。私たちの国もこうさせたくはありません。だから戦います。英雄になるためでも、伝説を作るためでもありません。守りたい人たちを守るために戦います。」



 サミュエルは自分の決意を伝える。本心では撃退ではなく()()まで狙いたい。だがそんな執念を兵たちに語るわけにはいかなかった。。


 怖いけど決して逃げない。理不尽な災害には戦うと。それは大切な人たちを守るためだと。



「街に住む人達に伝えます、いまは助けることができなくてすみません。苦しい状況なのもわかっています。でも私たちがドラゴンをなんとかします。だから決して絶望しないでください。今が辛いのも理解しています。それでも明日への希望は決して諦めないでください。」



 街の人たちがちゃんと聞こえてるかわからない。でも伝えなければならない。



「では、行こう!出陣だ!」



 出陣の号令がかかり、一瞬の静寂。



「オオオオオオオオっ!!」



 それに呼応するように鬨の声が広がる。



「俺は絶対逃げねえぞ!」「嫁さんとガキがいるんだ!俺が守ってやらないと!」「帰ったら結婚しようと約束したんだ!ここで逃げたらカッコ悪いぜ!」「臆病者だと言われるのはゴメンだ!」「子爵さまー!帰ったら一杯奢ってくださいよ!」



 兵たちが口々に戦う理由を叫ぶ。


 そして遠くからも聞こえてくる。



「頼みます!」「仇を取ってください!」「俺達も頑張ります!」「息子の仇を!」「勝利の帰りを待ってます!」



 小さいが激励の声が聞こえる。


 そしてもう一度掛け声とともに行動を促す。



「行くぞ!」



 -------------



「サミュエル殿、立派な演説でしたよ。これで兵の士気が最高にまであがりました。」



「よしてくれギルバート、私は言いたいことを言ったに過ぎない。それにいま私にできることはこれくらいだよ。」



「ご謙遜を……と言いたいところですがあなたは本気でそう思ってそうですね。」



「本気もなにも事実だよ。」



 やれやれとギルバートは首を振る。もう少し自信を持てばいいのにと思ったがだからこそ仕え甲斐のある主人だとも思い、あえてそれ以上口にはしない。



「とにかく士気があがりました。このあとどうしますか。」



「兵器の特性上森林地帯は避けたい。手前に丘があるからそこで陣を取り準備ができ次第攻撃をしかける。ただし王都にこれ以上被害を出したくないから囮を使って王都から引き離したいが……。」



「それなら私が囮役をしましょう。」



「いいのか?」



「誰かがやらねばならぬのでしょう?そして貴方がやるわけにはいかない。ならば最も馬の扱いに長けた私がやるべきかと。それに貴方の側近であるには一番危険なことをしないと周りは認めてくれないでしょう。」



「理屈はそのとおりだけど……死なないでね。」



「ええ、まだ出世させてもらってません。さらなる忠勤を重ね、サミュエル殿には期待に答えてもらわねばなりませんからね。」



 そうして陣を張る予定地に到着をした。

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