受け取り拒否と、差し戻すための宛名
怪しい荷物でいちばん多い事故は、届く途中じゃない。
届いたあとだ。
受け取った側が、中身も仕組みも分からないまま、熱を与えて、開けてしまう。
だから危ない荷ほど、先にやることは一つしかない。
人から離す。
宛名を読む。
できるなら、そのまま差し戻す。
「どいて! 真ん中を空けろ!」
集会所へ飛び込んだ瞬間、俺は怒鳴っていた。
中はひどい騒ぎだった。
子どもたちが泣き、避難民の女たちが毛布を抱えて右往左往している。温石を入れた布袋が床に転がり、その真下、板の継ぎ目から青い光が脈打っていた。
「レインさん!」
ニーナが半泣きでこちらへ駆けてくる。
だが二歩目で、足をもつれさせて転んだ。
見れば、左足首に細い青糸が巻きついていた。
床板の隙間から伸びた糸だ。
「触るな!」
俺が叫ぶのと、エマが滑り込むのは同時だった。
彼女はニーナを抱き起こし、青糸の巻きついた足首を見て顔を強張らせる。
「まだ浅いです。でも、このまま中が開いたら定着します」
「定着って何だ」
「受取印です。荷物じゃなく、人に宛先をつける」
最悪だった。
俺は即座に周囲へ怒鳴る。
「子どもから外へ! 温石は全部持って出ろ! 中央の床へ近づくな! 毛布は置いていけ、あとで出す!」
言いながら、通路を塞いでいた長椅子と木箱を片端から収納する。
一気に道が空き、村人たちが子どもを抱えて外へ流れた。
「ダン! 入口に桶を置け! 温石は全部そこへ!」
「おう!」
大男が飛び出し、入口脇に大きな水桶を転がす。
その中へ、布に包んだ温石が次々放り込まれていく。
俺はその間に、ニーナの足首へ手を伸ばした。
青殻印 表層冷刺。
二層で剥がした時の感覚を思い出す。
これはまだ浅い。
ただの表面の引っかかりだ。
「ニーナ、動くなよ」
「う、うん……!」
細い青糸の冷たさだけを意識する。
毒じゃない。
肉でもない。
宛名をつける前の、薄い刺し込み。
「収納」
するり、と青糸がほどけた。
俺の左手へ一瞬まとわりついたが、すぐに手元の灰皿へ落とす。エマがそこへ灰札を押し当てた。
「青殻印 表層刺し。固定」
灰の中で青糸が小さく跳ね、動きを止める。
「よし。ニーナは外だ」
「でも……」
「外だ」
言い切ると、ニーナは唇を噛んで、それでも頷いた。
子ども相手に強く言うのは好きじゃないが、今は仕方ない。
人がほぼ出払ったのを確認して、俺は中央の床へ膝をつく。
青く光っているのは、ちょうど昨夜、温石を多めに配った場所の真下だ。熱の多いところへ潜り込んだらしい。
「板、外します」
「壊すなよ」
「分かっています」
エマが釘頭へ薬液を垂らし、俺は釘の固定だけを収納する。
板が浮く。
二枚、三枚と外した先で、俺たちは息を呑んだ。
床下にあったのは、抱え種より一回り大きい、黒紫の繭だった。
大きさは西瓜ほど。表面には濁った紫の筋が走り、細い青糸が何本も床板の裏側へ食い込んでいる。温石の熱を吸っていたのか、表面がじわじわ脈打っていた。
「受取箱……」
エマが低く呟く。
「そんな名前まであるのか」
「今つけました。でも、たぶん近いです。これは孵化するための卵じゃない。中身を届けるための箱です」
俺も繭へ触れた瞬間に分かった。
中に生き物の芯は薄い。
代わりに、たくさんの細い札みたいなものが巻かれている。
受取印。
着地印。
熱を追う薄い糸。
全部がぐちゃぐちゃに折り畳まれた、危険物の配送箱だ。
しかも、昨夜隔離した紫核と、まだ一本だけ線が繋がっている。
「最後の届け先、これか」
「ええ。たぶん、これが本命です。抱え種は目くらましに近い」
「集会所に何を届ける気だった」
「印でしょうね。ここで開いていたら、避難民ごと村人全員に山側の追尾を撒けたはずです」
考えたやつの性格が悪い。
いや、性格で済ませる話じゃない。
俺はすぐに囲炉裏へ向き直った。
まだ火が残っている。温石の熱も、外へ出たとはいえ完全には切れていない。
「まず熱を切る」
俺は囲炉裏の残火へ手をかざした。
「収納」
赤く燻っていた炭の熱が、一気に薄れる。
白い煙だけが残った。
続けて、床下の繭へ伸びている青糸を見た。
熱を吸い上げる糸。
人に刺さる糸。
それから、床梁に食い込んで箱を固定している、太い紫の張り糸。
「エマ、名前を」
「はい」
彼女は札を三枚並べ、矢継ぎ早に書く。
受取箱 孵化熱
受取箱 定着糸
受取箱 張り糸
「先にどれを?」
「張り糸だ。爆ぜると困る」
俺が読み上げる。
札が光る。
床下の紫糸が、俺の中で別の線として見えた。
ただ張っていること。
支えていること。
それだけを奪う。
「収納」
ぴんと張っていた紫糸が、一斉にだらりと緩んだ。
繭が少しだけ沈む。
「次、孵化熱!」
「分かった!」
これは温石や囲炉裏から盗んだ熱の集まりだ。
抱え種そのものの熱じゃない。
開くために溜め込んだ、開封前の温度。
「収納」
繭の表面の脈打ちが鈍る。
紫の筋が少しだけ暗くなった。
だが、その瞬間だった。
最後に残った一本の配達線が、急に強く脈打つ。
床下の繭が、ぱき、と小さく裂けた。
「まずい、開く!」
「まだです!」
エマが灰札を一枚、床板の上へ叩きつけた。
受取箱 村内受取印
「今、それを抜いて!」
床下の繭から、見えない薄い気配が広がる。
人のいる場所。
温かい場所。
声の集まる場所。
これが宛名だ。
村内全域じゃない。
もっと絞られている。
この建物。
この中央。
この熱群。
「見えた!」
俺は床下の繭と、昨夜から持っている隔離箱を同時に意識した。
箱の中には紫核。
さっき配布線を止めた、運び手の中枢だ。
まだ残っている一本の線。
それを辿れば、差出元の道が見える。
「エマ! 返送札は書けるか!」
「受取拒否の条件が足りません!」
「何が要る!」
「受取人不在!」
俺は即座に怒鳴った。
「全員、外か!?」
入口からダンの声が返る。
「中はお前らだけだ!」
「温石も!」
「空だ!」
よし。
「書ける!」
「書け!」
エマは一切ためらわず、灰札へ銀墨を走らせた。
受取箱 受取人不在
差出元返送
「読みます!」
彼女の声が、静まり返った集会所に鋭く響く。
「受取箱、受取人不在。差出元返送!」
その言葉に合わせて、俺は床下の繭へ左手を差し込んだ。
中にあるのは、荷だ。
印の束だ。
だったら、受け取る側がいない荷は、正しい宛先へ返す。
村の宛名だけを抜く。
残っていた最後の受取印を収納し、そのまま紫核の線へ押し戻す。
人へ向いていた薄い矢印を、差出元へひっくり返す。
「差し戻せ!」
次の瞬間、床下の繭から伸びていた青糸が、全部逆向きに走った。
床板の裏へ食い込んでいた糸が抜ける。
隙間から上へ覗いていた青い光が、すうっと床下へ引っ込む。
そして繭そのものが、内側から空気を抜かれたみたいにしぼみ始めた。
「いける……!」
だが、それで終わりじゃなかった。
返送線が繋がった瞬間、俺の頭の奥に、ものすごく嫌な感触が流れ込んできたからだ。
遠い。
冷たい。
山の上じゃない。
もっと硬くて、人工的な空洞。
岩の中に刻まれた、誰かの手の跡。
そして、紫核と同じ濁った名付けの気配。
「っ……!」
視界が揺れる。
「レイン!」
「大丈夫だ……続ける……!」
最後まで戻せ。
中途半端が一番まずい。
俺は歯を食いしばり、返送線の向こうへ、床下の繭の中身を押し込んだ。
受取印。
定着糸。
熱を追う薄糸。
全部を、宛先ごと、差出元へ。
逆流が終わった時、床下に残ったのは、からからに乾いた黒紫の抜け殻だけだった。
静寂。
集会所の中は、囲炉裏の煙だけが細く漂っている。
床下の青い光は、もうない。
エマが慎重に息を吐いた。
「……止まりました」
「ああ」
そこでようやく、全身から力が抜ける。
危なかった。本当に危なかった。
外から、恐る恐るニーナの声がした。
「お兄ちゃん……?」
「もう入るな! まだ確認中だ!」
返事をしてから、俺は床下の抜け殻を引き上げた。
軽い。中身はほとんど空だ。
だが、殻の底に一枚だけ、硬いものが残っていた。
薄い金属板。
荷札みたいな細長い板だ。
表面には、濁った紫で細い文字が焼き付いている。
「……読めるか」
俺が差し出すと、エマは受け取って目を細めた。
「普通の字じゃありません。でも、祖父さんの台帳の札書きと系統は似ています」
「同じか?」
「いえ。もっと雑で、削るみたいに刻んである。真似した別物です」
彼女は板を裏返し、息を止めた。
「どうした」
「これ……」
裏面には、紫ではなく、古びた銀の刻印があった。
剣でも王冠でもない。
三つの箱を重ねたような、簡素な紋章。
そして、その下に読める字がある。
「旧王国兵站局……」
思わず俺も覗き込む。
その下には、さらに小さく番号が刻まれていた。
「北山第四搬送坑」
空気が変わった。
王国兵站局。
兵站。
補給。
搬送。
あまりにも、俺の仕事に近すぎる単語だった。
「……魔物の巣じゃないのか」
「少なくとも、ただの自然発生ではありません」
エマの声は硬かった。
「誰かが、昔の兵站の技術を真似て、青殻系統を運用している。そう考えた方が自然です」
「しかも北山に搬送坑」
「ええ。巣じゃなく、施設かもしれません」
その時だった。
俺が荷札へ触れた瞬間、頭の奥の倉庫が、深く鳴った。
一層でも二層でもない。
そのさらに下。
今まで固く閉じていた、もっと重い扉の向こうから、がこん、と鈍い音が返ってくる。
三層だ。
見えたわけじゃない。
でも分かる。
地下二層のさらに奥、まだ触れていない場所で、何かがこの荷札に反応した。
しかも、それだけじゃない。
金属板の縁から、薄い銀の線が一瞬だけ浮かび上がった。
それは北山の方角を指す線と、真下――祖父の地下のさらに深い方を指す線に分かれていた。
「……繋がってる」
自分でも声が低くなったのが分かった。
「何がです」
「北山の搬送坑と、うちの地下だ」
エマが息を呑む。
「祖父さんの倉庫と?」
「ああ。直接かどうかは分からん。でも、この荷札、三層に反応した」
外では、集会所の無事を確かめようと人の気配が集まってきている。
村はまだ守れている。
でも、話はもう村の外に出ていた。
青殻の巣主。
濁った紫核。
旧王国兵站局。
北山第四搬送坑。
そして、祖父が隠した三層。
俺は荷札を握りしめた。
冷たいはずなのに、掌の奥で妙に重い。
「エマ」
「はい」
「次は地下だ」
「三層、ですね」
「たぶん、答えはそこにある」
彼女は静かに頷いた。
その目は疲れているはずなのに、もう次の危険を計算している顔だった。
「でも、その前に村へ説明を」
「必要な分だけでいい。全部話すと混乱する」
「同感です」
その時、集会所の外から村長の声が飛んだ。
「レイン! どうなった!」
俺は一度だけ深く息を吸い、荷札を懐へしまった。
「荷は差し戻した! ここはもう大丈夫だ!」
そう返した瞬間、頭の奥のさらに深い場所で、もう一度だけ重い音がした。
がこん。
今度は、ただの反応じゃない。
鍵が半分回った音だった。
祖父の三層は、北山第四搬送坑の荷札を、照合鍵として認識した。
そんな確信が、理由もなく胸に落ちてくる。
そして、もっと嫌なことに。
照合が始まった瞬間、北山の方角から、ごく短く、何かがこちらを見返した。
山の中の施設か。
巣の主か。
それとも、もっと別の何かか。
まだ分からない。
でも一つだけはっきりしている。
俺はもう、ただ村を守るだけでは終われないところまで来てしまった。




