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2/20

追放された俺、祖父の倉庫で自分のスキルの異常さを知る

村の火は、夜半までかかってようやく完全に消えた。


俺はその間、村人たちと一緒に焼け残りを運び出し、怪我人に布を出し、水桶を出し、毛布を出し続けた。

【収納】に入っていた物資は、こういう時のために積み上げてきたようなものだ。


保存食。

止血用の布。

解毒薬。

折れかけの木材を固定するための釘と縄。

野営で使っていた鍋まで役に立った。


「兄ちゃん、次はこっち!」

「レイン殿、井戸の近くに樽を!」

「毛布が足りん、あと三枚!」


呼ばれるたびに、俺は必要な物を取り出す。


そのたびに、村人たちの目が変わっていくのが分かった。


さっきまでは「得体の知れない旅人」だった。

でも今は違う。

必要な時に必要な物を出せる人間。

それだけで、ひどくまっとうに扱われる。


たぶん、俺がずっと欲しかったのは、こういうことだった。


誰かに持ち上げられたいわけじゃない。

派手に称賛されたいわけでもない。

ただ、「いて助かった」と思われたかった。


その夜、村長の家で簡単な食事をもらい、ようやく人心地ついた頃には、俺はもう指一本動かすのも億劫なくらい疲れていた。


「今日はここで休め」と言ってくれたが、俺は首を振った。


「祖父の家が残ってるなら、そこに行くよ」


「こんな夜にか?」


「見ておきたいんだ」


村長は少し考えたあと、深くうなずいた。


「……そうか。なら、案内をつけよう。ニーナ、お前が行け」


「うん!」


昼間、牙猪から助けた少女が元気よく手を挙げた。

年は十歳くらいだろうか。麦色の髪を二つに結んでいて、俺を見るたび目をきらきらさせる。


「お兄ちゃん、こっち!」


「お、おう」


勢いに押されるまま、俺はニーナに連れられて村はずれへ向かった。


夜の冷気は容赦なく頬を刺したが、空には雲がなく、星がよく見えた。

焼け跡の匂いさえなければ、静かな冬の村だった。


やがて、少し傾いた木柵の向こうに、小さな家が現れる。


家というより、倉庫が本体で、その脇に人が住める部屋がくっついているような造りだった。

いかにも祖父らしい。


「……変わってないな」


思わず漏れた声に、ニーナが首をかしげる。


「前に来たことあるの?」


「小さい頃に何度か。祖父に『物の置き方を覚えろ』って、よく叱られた」


「変なの」


「今なら分かる。たぶん、あの人は正しかった」


そう言って門を押すと、ぎい、と懐かしい音がした。


扉は思ったより素直に開いた。

中は埃っぽかったが、雨漏りはしていない。

竈も寝台も、そのまま残っている。


そして家の奥――倉庫の扉を見た瞬間、俺は足を止めた。


太い木の扉に、見覚えのない金属板が打ちつけられていたからだ。


そこには祖父の字で、こう彫られていた。


『クラウス家の者へ。倉庫を使うなら、まず台帳を読め』


「……台帳?」


ニーナがランタンを掲げる。


「机の上、じゃない?」


見ると、倉庫前の作業机に、分厚い革表紙の本が置いてあった。

埃をかぶってはいるが、不思議と傷んでいない。


俺は慎重に表紙を開いた。


一ページ目。

そこには祖父の癖のある文字で、でかでかとこう書いてあった。


『収納持ちは、物をしまう前に“何をしまっているのか”を考えろ』


俺は思わず眉をひそめた。


「何を、って……物だろ」


次のページをめくる。


『違う。荷物をしまうのではない。“状態”を含めてしまっている』


その一文を見た途端、昼間の光景が脳裏をよぎった。


燃える木片に触れた時、掌から熱が消えた感覚。

牙猪の突進を受け止めた時、激突そのものが抜け落ちたような違和感。


まさか。


急いで続きを読む。


『収納は、対象の位置と形だけを保存するスキルではない。温度、運動、圧力、毒性、湿度、魔力付着――条件次第で、それらも保持する』


『下手に扱えば死ぬ。だが理解すれば、倉庫は世界で最も堅実な武器になる』


「……冗談だろ」


乾いた声が漏れた。


だが、冗談で済まないことは、もう自分で証明してしまっている。


ニーナが不安そうに俺を見上げた。


「難しいこと書いてある?」


「いや……難しいというか、物騒だ」


「ぶっそう?」


「祖父はたぶん、普通の倉庫番じゃなかった」


その時だった。


背後でこつ、と杖の音がした。


振り向くと、村長の横に、若い女が一人立っていた。

濃い茶色の髪を後ろで束ね、厚手の外套の下に薬草の匂いをまとっている。

年は俺と同じくらいか、少し下。切れ長の目が、妙に冷静だった。


「当然です」


彼女は机の上の台帳を見て言った。


「ガルド・クラウスは、昔この辺境一帯で“災害倉庫”って呼ばれてましたから」


「……は?」


「知らないのも無理はありません。本人が嫌って、ほとんど記録を残さなかったので。私はエマ。この村で薬師をしています」


彼女は軽く会釈した。


村長が苦笑する。


「昼は怪我人の手当てで手が離せなくてな。今ようやく来られた」


薬師のエマは台帳のページを指でなぞった。


「熱や毒を一時的にしまえる収納持ちが、百年に一人いるかどうか。ガルドさんは、その稀少な系統だったらしいです」


「らしい、ってことは確定じゃないのか?」


「ええ。本人が喋らなかったので。ただ、この村は昔、雪崩と疫病で二度救われています」


「……収納で?」


「雪崩の衝撃を逃がした。汚染された井戸水を丸ごと隔離した。そう伝わっています」


話の規模が急におかしくなった。


いや、待て。

盛っている可能性もある。

昔話なんてだいたいそうだ。


そう思ったのに、机の上の台帳が、その希望を容赦なく折ってくる。


『毒をしまう時は器を分けろ。食料と同区画に入れるな、阿呆』


祖父の直筆だった。


「……本当なんだな」


「本当でしょうね」


エマは淡々と言った。


「それで、試しますか?」


「試す?」


「自分のスキルを」


彼女はそう言うと、小さなガラス瓶を取り出した。

中には青黒い液体が少し入っている。


「鎮静用に薄めた眠り草の抽出液です。毒というほど強くはないですが、普通に飲めば半日寝ます」


「そんな危ない物をいきなり出すな」


「だから“薄めた”と言いました」


エマは全く悪びれない。


「あなたが本当に状態まで収納できるなら、瓶そのものではなく、中身だけを隔離できるはずです」


「できなかったら?」


「床が少し汚れます」


「おい」


村長が咳払いした。


「エマ、お前は昔から説明が雑だ」


「要点は合ってます」


そう返してから、彼女は初めて少しだけ表情を和らげた。


「……でも、無理はしないでください。昼間かなり魔力を使ったはずなので」


そこでようやく、彼女がただの実験好きではないことに気づく。

怪我人を診ていた薬師だ。無茶をさせる気なら、そんな顔はしない。


俺は瓶を受け取った。


掌に冷たい感触が伝わる。

意識を向ける。


瓶。ガラス。液体。

いや、違う。


台帳の言葉を思い出す。


何をしまっているのかを考えろ。


中身だけ。

液体だけ。

その性質だけ。


【収納】


かち、と頭の奥で小さな音がした。


次の瞬間、瓶の中の青黒い液体が、すっと消えた。


「……おお」


思わず声が出る。


空になった瓶を傾けても、一滴も落ちてこない。


ニーナが飛び跳ねた。


「すごい! 今、消えた!」


エマは驚きこそしたが、すぐ冷静に手を差し出した。


「では、戻してください。できれば別の器に」


俺は机の上に置かれていた木椀へ意識を向ける。


戻せるか。

さっきのオーガの時は、ほとんど勢いだった。

今回は少量で、正確に。


――戻せ。


ふっ、と空気が揺れ、木椀の中に青黒い液体が現れた。


匂いを嗅いだエマが、小さく息をつく。


「間違いありません。成分の変質もほぼない」


「ほぼ?」


「精密な検査器具がないので断定はしません。でも、少なくとも薬効は残っているでしょう」


村長が腕を組み、深々とうなった。


「これは……とんでもないな」


「ええ。運搬手段として見ても異常です。しかも彼の場合、容量もかなり大きい」


エマの視線が、倉庫の奥を見透かすみたいに俺へ向く。


「村を救ったのは偶然じゃありません。あなたの【収納】は、もう“荷物持ち”の範疇に収まっていない」


その言葉に、妙な苦みが胸に広がる。


昼間なら、少しは素直に喜べたかもしれない。

でも、つい数日前まで、同じスキルを“外れ”と切り捨てられていたのだ。


「……だったら、なんで王都じゃ誰も気づかなかったんだろうな」


自分でも驚くくらい、低い声が出た。


エマは少し黙ってから、はっきり言った。


「見ていなかったからです」


短い言葉だった。

だが、十分すぎる答えだった。


「補給、保存、管理、配置。そういう仕事は、上手くいっている時ほど軽く見られます。戦う人の方が目立ちますから」


「耳が痛いですねえ」と村長が苦笑する。


「でも、村では違います。食べ物が尽きれば終わりですし、薬が間に合わなければ終わりです。何を、どこに、どれだけ、どうやって残すか。そこを軽く見る人間は、冬を越せません」


エマは淡々としているのに、言葉には妙な重みがあった。


辺境で生きる人間の実感なのだろう。


「だから私は、あなたのスキルを正しく知っておきたい。村のためにも、あなた自身のためにも」


俺は少しだけ笑った。


「薬師っていうより、研究者だな」


「よく言われます」


否定しないあたり、本当にそうなのだろう。


その時、台帳の間から、薄い紙が一枚はらりと落ちた。


拾い上げて見る。


祖父の字だった。


『レインへ。お前がこれを読んでいるなら、たぶん一度は誰かに見下された後だろう』


「……っ」


息が止まった。


ページではなく、手紙だ。

俺宛てだ。


慌てて続きを読む。


『収納は便利だが、地味だ。派手な連中ほど、しまっておいた予備のありがたみを理解せん』


『だが気にするな。倉庫を笑うやつは、必ず補給で泣く』


思わず噴き出した。


なんだその遺言。

性格が悪い。

でも、あまりにも祖父らしくて、笑いながら少しだけ目が熱くなった。


その下には、さらに小さく追記があった。


『それと、倉庫の地下はまだ開けるな。今のお前では危ない』


「……地下?」


「地下なんてあったのか?」


俺が顔を上げると、村長とエマが同時に首を振った。


「聞いたことはあります」とエマ。

「でも入口は見つかっていません。ガルドさんが誰にも見せなかったので」


倉庫の地下。

危ない。

その単語だけで、嫌な予感しかしない。


祖父のことだ。

まともな物を置いているはずがない。


だが同時に、確信もあった。

そこにはたぶん、このスキルの本当の使い方が眠っている。


「……今は開けるな、か」


「開けない方がいいです」


エマが即答した。


「今のあなたは、大きな力を偶然使えただけの状態です。制御を知らない。昼間オーガを倒せたのは事実ですが、村の中で同じ規模のものを誤射したらどうなるか、想像はつきますよね?」


つく。

つきすぎる。


俺は昼の“返せ”を思い出した。

あれは本当に、ほとんど賭けだった。

外していれば、家屋ごと吹き飛ばしていたかもしれない。


「……まずは練習が必要だな」


「ええ。小さいものから、区画を分けて、性質ごとに整理していくべきです」


「区画?」


「祖父の台帳にも書いてあるでしょう。“器を分けろ”と。収納の中にも、入れ方の癖があるはずです。食料、道具、薬品、熱、衝撃……全部を同じ感覚で放り込んでいたら、そのうち事故になります」


言われてみれば、俺の【収納】の中には、なんとなく棚のような感覚があった。

意識すると、取り出しやすい位置とそうでない位置がある。


あれは単なるイメージじゃなかったのかもしれない。


「明日から手伝います」


エマが言った。


「村の復旧もありますし、あなたのスキル検証も必要です。ついでに祖父の台帳も読み解きましょう」


「ついでの比重が大きくないか?」


「気のせいです」


真顔だった。


ニーナが俺の袖を引っ張る。


「お兄ちゃん、明日もいる?」


「ああ、そのつもりだけど」


「やった!」


彼女は満面の笑みを浮かべた。


その無邪気さに、妙に胸が軽くなる。

追放されて、行き場をなくして、たまたまたどり着いた村。

でも、ここにはもう、俺を必要としてくれる人たちがいる。


それだけで十分なはずなのに。


――倉庫を笑うやつは、必ず補給で泣く。


祖父の文字を見ていたら、どうにも嫌な想像が頭をよぎった。


たぶん今ごろ、あいつらは困っている。

解毒薬の場所も、保存食の残数も、予備装備の手入れ状況も、まともに把握していないはずだからだ。


まあ、知ったことじゃない。

そう思う。思うのだが。


少しだけ、ほんの少しだけ、胸がすっとしたのも事実だった。


「レインさん?」


エマの声で我に返る。


「……いや、なんでもない」


手紙を丁寧に畳み、台帳に挟む。


そして俺は、倉庫の扉に手を置いた。


祖父の残した家。

祖父の残した台帳。

祖父の残した、普通じゃない【収納】の使い方。


追放されたと思っていた。

でももしかしたら、俺はここから始まるのかもしれない。


その時、村の外れから、慌ただしい足音が近づいてきた。


「村長! 大変だ!」


若い猟師が息を切らして飛び込んでくる。


「どうした」


「街道の見張りから伝令だ! 明日の昼までに、王都の方角から避難民の荷馬車が来る! 山向こうの集落が魔物に襲われたらしい!」


空気が変わった。


避難民。

しかも荷馬車付き。

この村自体が被害を受けた直後に、それを受け入れる余裕があるかといえば――ない。


村長の顔が険しくなる。


「人数は」


「まだ不明だ。ただ、食料も毛布も足りてないらしい!」


ニーナの笑顔が消えた。


エマがすぐに計算を始めるような目になる。

焼けた穀物庫。怪我人。冬。避難民。


最悪の組み合わせだ。


だが俺は、逆に頭が妙に冷えた。


足りないなら、回す。

運ぶ手間があるなら、省く。

崩れそうなら、支える。

不足と混乱を整理するのは、ずっとやってきたことだ。


しかも今の俺には、“ただの荷物持ち”ではない【収納】がある。


「村長」


俺は一歩前に出た。


「受け入れよう」


村長が目を見開く。


「しかし――」


「足りない分は、俺がなんとかする。物資も、場所も、たぶん時間も」


言い切ったあとで、自分でも少し驚いた。

でも不思議と、できない気はしなかった。


祖父の台帳がある。

村の人手がある。

それに何より、今の俺はひとりじゃない。


エマがじっとこちらを見たあと、小さくうなずく。


「……分かりました。では今夜のうちに、受け入れの計画を立てましょう」


「おう」


「ただし」


「ん?」


「無茶は私が止めます」


「厳しいな」


「薬師なので」


そこで初めて、少しだけ笑い合った。


外では冷たい夜風が吹いている。

けれど倉庫の中には、不思議と熱があった。


荷物だけじゃない。

炎も、衝撃も、毒も。

そしてきっと、この村の危機そのものだって。


全部しまって、整理して、必要な場所へ返してやる。


そう思った時だった。


頭の奥で、【収納】の感覚が微かに震えた。


まるで、倉庫のさらに下。

深い深い場所で、何かが目を覚ますみたいに。


俺は気づいていなかった。


祖父が「まだ開けるな」と書き残した地下に、

このスキルの本当の名前へ繋がる秘密が眠っていることを。


そして翌日、その一端を、俺は嫌でも思い知ることになる。


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知り合いばかりの小さな村でも魔獣がいるなら 夜の道案内は大人の男、推奨です。 倒したの他にもいるかもしれないしね^^; 後、やり甲斐詐欺に遭いそうな性格をしているので 止めてくれる人がいるのは良かっ…
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