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見送り駅

作者: 諏訪 惠
掲載日:2026/02/27

たくさんの人を見送ってきた駅。駅はすべてを記憶している。その記憶を垣間見る。

やさしくてほんのり切ない、昔の戦争のお話。


 駅のホームで、一組の男女が悲しんでいました。次の電車が来たら、男はそれに乗らなくてはなりません。そしてそれに乗ってしまったら、二度と女に会うことはないでしょう。ホームには人が溢れかえっていました。笑ってる人もいれば泣いている人も、ただぼんやりと線路を眺めている人もいます。

 駅のホームで、一組の親子が悲しんでいました。次の電車が来たら、息子はそれに乗らなくてはなりません。そしてそれに乗ってしまったら、二度と家に帰ってくることはないでしょう。ホームには人が溢れかえっていました。笑っている人もいれば泣いている人も、ただぼんやりと線路を眺めている人もいます。

 駅のホームで、幼い兄弟が悲しんでいました。次の電車が来たら、兄はそれに乗らなくてはなりません。そしてそれに乗ってしまったら、二度と小さな弟を抱くことはないでしょう。ホームには人が溢れかえっていました。笑っている人もいれば泣いている人も、ただぼんやりと線路を眺めている人もいます。

 電車の中で、ひとりの男が喜んでいました。夜道を進む電車は、女が待つ駅へと向かっています。二度と会えないと思った愛しい女に、もう一度会えるのです。電車の中は人で溢れかえっていました。歌っている人もいれば酒を飲んでいる人も、ただじっと窓の向こうを見つめている人もいます。

 電車の中で、ひとりの息子が喜んでいました。夜道を進む電車は、家族の待つ駅へと向かっています。二度と帰れないと思った懐かしい家に、もう一度帰れるのです。電車の中は人で溢れかえっていました。歌っている人もいれば酒をのんでいる人も、ただじっと窓の向こうを見つめている人もいます。

 電車の中で、ひとりの兄が喜んでいました。夜道を進む電車は、幼い弟の待つ駅へと向かっています。もう二度と抱けないと思った小さな弟を、もう一度抱けるのです。電車の中は人で溢れかえっていました。歌っている人もいれば酒を飲んでいる人も、ただじっと窓の向こうを見つめているひともいます。

 電車が駅に着いたとき、ホームには誰もいませんでした。笑っている人もいなければ泣いている人も、ただぼんやりと線路を眺めている人もいません。

 電車が駅に着いたとき、中には誰もいませんでした。歌っている人もいなければ酒を飲んでいる人も、ただぼんやりと窓の向こうを見つめている人もいません。

 戦争が終わったとき、そこには何もありませんでした。たくさんの人を乗せた電車も、たくさんの人が別れたホームも、たくさんの人を見送った駅もありませんでした。勝っても負けても同じでした。野ざらしになったその場所を、訪れる人々は花で埋めていきました。

 それから長い時間が過ぎて、新しい駅ができました。高い建物は青空に映え、古い時代を忘れさせようとしました。活気に満ちた町並みは生き生きと、国を栄えさせていきました。それは人の誉れでした。生きている人々のために、新しい時代はやってきます。

 世界は変わりました。はるか海の向こうにも生きている人がいて、その場所にもかつて駅がありました。敵は味方に、味方は敵になりました。さらに時間は進み進んで、戦争は人々の記憶から姿を消していきました。

 女は待っていました。次の電車が来たら、愛しい男に再び会えるかもしれません。

 父母は待っていました。次の電車が来たら、愛しい息子に再び会えるかもしれません。

 弟は待っていました。次の電車が来たら、愛しい兄に再び会えるかもしれません。

 彼らが生きて会うことは、二度と再びありませんでした。けれどどうすれば、彼らがそれを知ることが出来るでしょう。誰が彼らにそのことを、教えることなど出来ましょう。愛しい人を待ち続け、彼らは灰になりました。

 今でも夜になると、そこでは古い電車の音が聞こえることがあるといいます。帰らぬ人の待つ駅に、帰らぬ電車が参ります。

 真夏の空の入道雲に、菊の花を供えましょう。見送り駅の悲しさは、はるか未来にございます。


終戦記念日、長崎にて。

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