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カントさん、あんたが掴めてきたぜ!


 つまるところは、先見的超越論的哲学というものをカントが打ち立てたんだけど、これさ、1750年とかそこら辺でしょ。早すぎるのよ。江戸時代でしょ。


 江戸時代にこんな文章書いている人って日本にいたのかな?いるわけがない。まあ、レベル的には文芸評論みたいなのは書いている人はいたけどね。本居宣長とか。


 そこよりさらに深いからね。むしろ、日本語がカントによってここまで拡張されたってことだってありうると思う。篠田さんの訳にしても、これ訳業の蓄積だからね。


 ホントずっと、何かの設計図みたいなことを延々と書いている文章なんだけど、あれがこう。あれがこう。みたいに概念が繋ぎ合わさってゆくんだよね。それがとても面白い。


 カントのように世界を見渡すと、確かにガラッと世界観が変わってしまう。あの人は楽しく生きてゆけた人なんだろうなと思う。どうしてかって、読めばわかるからね。これは世界の造成に付き合っている感じなんだよね。この機能はこの機能で。と言う風な。


 大雑把に、感性と悟性と理性があると。この三つの働きを述べていると。純粋理性批判の上巻では、主に感性のことが語られると。正確には、感性と悟性との繋がりみたいなことだろうか。それが判断力で、これは、判断力批判ってのが作られるので、そこでもっと細かく言及されるのだろうけども。あと、「我思う」という統覚ってのがあって、それがものを統合してゆくと。統合失調症はこれがぐらつく病気なんだと。


 感性論で、純粋な数学は成り立つのか。分析論で、純粋な物理学は成り立つのか?ということをやるらしい。というか、今やっている。


 で、中巻で理性の本丸を攻めてゆくことになると。先験的な弁証法ということになるらしい。今は先験的な分析論だからね。


 それまで、蚊帳の外にあった後天的な経験(先天的な純粋の対義語ね)を用いて、感性における時間と空間の法則みたいなもの(図式や先天的最高原則)をどんどんと組み立てている。


 おそらくは、そこから中巻にかけて、理性の二律背反の話になるのだろう。確かそうだったよな。あれ?悟性のかな。いや。理性でオッケー。とにかく、今はどんどん、前提を固めにいっているのだろうなあ。


 中巻は、とうとう形而上学ということになると。はあ。形而上学ってどんなものだろうかなあ。ちょっとワクワク気味だけど、読むのがしんどくも楽しい。なんかそんな感じ。

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