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スノアが商人に連れられて国境を越えた頃、アイスランドの王都は珍しい晴れに沸いていた。
「ああ、なんて眩しい……!」
人々は雪が降らないだけで顔をほころばせ、空を仰いだ。
三日目。エレーナは庭園で王妃とお茶を飲んでいた。
侍女たちは笑顔で口々に言う。
「これが毎日続けばいいのに。エレーナ様のおかげですね」
王宮でエレーナは大人気だった。
「ふふっ。私がいる限り、この国は太陽を見られますわ。もっと感謝しても良くてよ?」
得意げに笑うエレーナを、周囲は当然のように褒めそやした。
「本当に宝のような子ね。王太子妃にしたいくらいだわ」
王妃がそう微笑めば、エレーナは頬を染めてにこにこしていた。
十日目。山岳地帯では雪崩が頻発し、獣道は歩きやすくなっていた。その代わり、溶けた雪が山道を泥の川に変 え、荷馬車は車輪を取られて動けなくなり、山麓に三台ほど置き去り にされた。しかし民は誰も気にしない。
「どうせ雪が邪魔で動けないだけだろ」と、いつもの感覚で片づけた。
二十日目。倉庫で商人が困った顔で呟いた。
「干し肉が汗をかいてるなぁ。陽が当たるせいだな」
脂が浮き、酸い匂いがする干し肉の前で項垂れている。
保存用の雪はすっかり溶け、庫内は蒸していた。
同じ頃、郊外の牧場では子牛たちが足を折って倒れていた。昼間に溶けた雪が夜に凍り、薄い氷膜になっていたのだ。牧場主は首を傾げながら呟いた。
「快晴続きって、良いことばかりじゃねぇんだな……」
被害は確実に出始めていた。それでも城下の大半の人々は空を仰ぎ、ただ眩しそうに目を細めていた。
快晴が三ヶ月続いた頃。山は黒い岩肌を晒し、麓は泥に沈んだ。
その泥水が川に流れ、海へ雪解け水を吐き続けた。海では魚が獲れなくなった。
急激に冷たい淡水が流れ込み、餌となる藻や甲殻が死んだのだ。
山道は昼に溶け、夜に凍り、泥と氷が交互に現れる罠と化した。商人は誰も入ってこない。荷を積んだ馬車が二度と帰らなかったからだ。市場では塩漬け肉が底をつき、乳製品は希少品扱いになった。 市井では治安が悪化し、飢えた野良犬が道をうろついた。
城の中庭でも異臭が立ち込めていた。水場は腐り井戸は濁り、石畳には藻が繁殖した。 衛兵は腹を下すことが増え、座り込んだまま動かない者もいる。疫病が発生し始めていた。
それでも毎日、空は晴れていた。
雲ひとつなく、雪ひとつ降らなかった。
そしてようやく人々は気づいた。
雪は災いではなく、恵みでもあったのだと。
快晴は祝福だけでなく、呪いにもなるのだと。
王はエレーナとアルベリオン伯爵夫妻を呼びつけた。
「エレーナよ。早くこの晴れを止めさせろ。一体いつまで晴れさせ続けるつもりなのだ!」
「……自分ではどうにもできないんです」
「何だと? お前は自分の魔法すら制御できぬ愚か者なのか?」
王は伯爵夫妻へと向き直り、ギロリと睨みつける。
「スノアをすぐに連れ戻せ。この国に帰ってこさせろ。今すぐにだ!」
「商人に押しつけたのですが、あれっきり姿を見せません。国外に追放しろと仰ったのは陛下です!」
「愚か者め。どんな手を使ってでも探し出せ。見つけられなければ……お前ら全員、処刑だ! 民は暴動寸前なのだぞ!」
アルベリオン伯爵夫妻とエレーナの顔が、恐怖で歪んだのだった。




