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世界が君を忘れても、僕は名前を呼び続ける  作者: 波浪


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第三章 存在保留領域(境界世界)

その夜から、

世界は少しずつ壊れ始めた。


正確には、

“綻び”が見えるようになった。


信号機が、

一瞬だけ別の色を灯す。


通学路の角を曲がると、

昨日まであった建物が、

数秒だけ透明になる。


誰も気づかない。

気づけない。


それらは、

**“忘れられかけた存在の残響”**だった。


そして――

それを認識できるのは、

記憶管理局に監視される

“異常個体”だけ。


つまり、

僕だけだった。


「最近、体調は?」


学校帰り。

誰もいない路地で、

黒スーツの女――管理官・鷹宮が言った。


「普通です」


嘘だった。


眠れない。

食欲もない。

それでも、

ミオの名前を思い出すたび、

意識だけははっきりする。


「……忠告しておくわ」


鷹宮は言う。


「あなたは今、

境界に近づきすぎている」


「境界?」


「存在保留領域」


その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥が、強く反応した。


「本来、

そこは人が踏み込める場所じゃない」


「でも、

ミオはそこにいるんですよね」


沈黙。


それが、

答えだった。


「どうすれば行けますか」


鷹宮は、

ゆっくりと目を伏せた。


「……教えられない」


「命令、ですか」


「違う」


彼女は、

ほんの少しだけ、

苦しそうな顔をした。


「それを知った人間は、

“戻れなくなる”ことが多い」


「それでも」


即答だった。


「僕は、

もう半分、

向こう側にいる」


その夜。


僕は、

ミオの名前を

何度も、何度も呼んだ。


声に出して。

心の中で。

記憶のすべてを使って。


「朝霧ミオ」


部屋の空気が、

わずかに歪む。


壁が、

薄くなる。


そして。


――“音が消えた”。


エアコンの音も、

外の車の音も、

自分の呼吸音すら、

聞こえない。


代わりに、

遠くで鈴が鳴るような、

微かな気配。


一歩、前に出る。


床が、

“沈む”。


世界の裏側に、

足を踏み入れた感覚。


気づくと、

僕は見知らぬ場所に立っていた。


でも、

完全に知らないわけじゃない。


学校の廊下。

自宅のリビング。

通学路。


それらが、

半透明で重なり合っている。


色は薄く、

輪郭は曖昧。


まるで、

記憶の中の世界を

無理やり形にしたような空間。


――ここが、

存在保留領域。


「……ユウ?」


声がした。


振り向く。


そこに、

朝霧ミオがいた。


でも。


彼女は、

少しだけ、

透けていた。


「……ミオ」


名前を呼ぶと、

彼女の輪郭が、

わずかに強くなる。


「やっぱり……

来ちゃったんだね」


微笑む顔は、

あの日と同じ。


でも、

目だけが違った。


“消えかけている人間”の目だった。


「ここ、

長くいちゃダメだよ」


「迎えに来た」


即答だった。


「一緒に、

戻ろう」


ミオは、

ゆっくりと首を振った。


「もう、

私は“世界に戻る存在”じゃない」


胸が、

締め付けられる。


「でも、

君が覚えてくれてる」


彼女は言う。


「だから、

完全には消えてない」


「それでいい」


一歩、近づく。


「それで、

終わりにしない」


その瞬間。


空間が、

激しく揺れた。


影のような“何か”が、

壁から滲み出す。


――忘却体。


存在を失った者たちの、

成れの果て。


ミオが、

僕の腕を掴む。


「ユウ、

離れて!」


「嫌だ!」


影が、

こちらに伸びる。


その瞬間、

胸の奥で、

“何か”が弾けた。


「朝霧ミオ!」


名前を、

叫ぶ。


空間が、

光を帯びる。


ミオの輪郭が、

はっきりと実体を持つ。


影が、

悲鳴のような音を立てて

消え去った。


二人で、

息を切らす。


ミオは、

驚いた顔で僕を見る。


「……今の」


「名前を、

呼んだだけだ」


でも、

それが“武器”になると、

この時、

初めて理解した。


――記憶は、

存在に干渉できる。


そして。


遠くから、

拍手の音がした。


「やっぱりね」


振り向くと、

鷹宮が立っていた。


「あなたは、

“呼名干渉型”」


彼女は言う。


「世界のルールを、

最も壊しやすい存在よ」


その目は、

警戒と――

ほんのわずかな、

希望を含んでいた。

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