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七日の村  作者: たなか
7/7

逃げない臆病者

アンク村で、

勇気のない子は、最も早く死を理解する。


なぜなら、

恐怖を直視できるからだ。


その日、生まれた子の名はフィオ。


彼は目を開いた瞬間、震えた。


身体は完成している。

知性も十分だ。


だが、心だけが追いついていなかった。


――怖い。


理由は分かっている。

七日で死ぬからだ。


一日目。


フィオは家から出なかった。

墓地を見なかった。

剣も、魔法も、祈りも選ばなかった。


「外に出なくていいの?」


そう聞かれて、首を振る。


「……今は、無理」


村人は理解していた。

こういう子も、いる。


二日目。


外に出た。


足が震える。

空が広い。


世界が、近すぎた。


丘で、ソルを見つけた。


「あ……」


声をかける勇気が出ず、

フィオは立ち尽くす。


ソルは先に気づいた。


「怖い?」


「……うん」


正直すぎる答えだった。


「逃げたい?」


「……うん」


ソルは、少しだけ笑った。


「逃げてもいいよ」


その言葉に、

フィオは混乱した。


「……いいの?」


「いい。

でも、戻ってくるなら」


ソルは言った。


「自分で決めて」


三日目。


フィオは逃げなかった。


理由は、単純だった。


――逃げる“先”が、分からなかった。


丘に行き、

草に座り、

空を見た。


怖さは消えない。

だが、増えもしない。


「……あ」


その時、

自分が“立っている”ことに気づいた。


震えながら。

それでも、ここにいる。


四日目。


村で小さな事故があった。


倒れた老人。

周囲は慌てる。


フィオは、動けなかった。


足が、言うことを聞かない。


――逃げたい。


だが、

誰かが来るのを待つだけの時間が、

致命的だと理解してしまった。


「……」


一歩。

また一歩。


震えた手で、老人を支える。


何もできない。

治癒も、魔法もない。


それでも、

逃げなかった。


老人は助かった。


理由は簡単だ。

時間を稼げたから。


五日目。


丘で、ソルに会った。


「怖かった?」


「……うん」


「でも、逃げなかった」


ソルは頷いた。


「それが、一番難しい」


フィオは俯く。


「勇気、なかった」


「勇気は、

あとから名前がつく」


六日目。


夜、フィオは夢を見た。


黒い影。

重い声。


――怖いだろう。

――逃げたいだろう。


目を覚ますと、息が荒い。


「……邪王?」


その名を、

誰に教わったわけでもない。


魂が、

呼ばれている。


七日目。


丘で、ソルに会う。


「ソル……」


「うん」


「怖いままで、いい?」


フィオの身体が、光に変わる。


「いいよ」


ソルは即答した。


「怖いまま、立ってたから」


消える直前、

フィオは微笑んだ。


――逃げなかった。


それだけで、

十分だった。


丘に残ったのは、

震えたまま立つ感覚。


それは後に、

邪王の恐怖に呑まれないための、

最初の“錨”になる。


闇の奥で、

邪王の魂が、舌打ちした。


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