嘘をついた魔道士
アンク村で、
魔法を学ぶ子は、必ず一度は嘘をつく。
それは他人に対してではない。
自分自身に対してだ。
その日、生まれた子の名は カイ。
彼は目を開いた瞬間、理解した。
魔力の流れ、術式の構造、世界の裏側。
――ああ、これは「書き換え」だ。
魔法とは、世界を殴る力ではない。
世界に「そうだと思い込ませる」技術だ。
一日目。
カイは魔導書を一読しただけで閉じた。
「もう十分だ」
周囲はざわめいた。
「理解したのか?」
「理解した“つもり”にはなった」
その言い方が、すでに不穏だった。
二日目。
彼は魔法を使った。
火を出し、
水を操り、
風を歪める。
どれも正確で、無駄がない。
「天才だ」
誰かが言った。
カイは否定しなかった。
否定する理由がなかった。
三日目。
彼は、魔法で幻を作った。
それは人の姿をしていた。
笑い、話し、温度すら持つ。
「……すごい」
見ていた者が呟く。
だがカイは、幻から目を逸らした。
――これは、“ある”ように見せているだけだ。
四日目。
彼は、魔法で“時間”を誤魔化した。
老いた花を、若返らせる。
崩れた壁を、元に戻す。
だが、
それらは翌日には消えた。
「失敗か?」
そう聞かれて、
カイは首を振った。
「成功だ。
世界は、ちゃんと騙された」
五日目。
その日、村で火事が起きた。
家屋が燃え、
人が閉じ込められる。
「魔導士を呼べ!」
声が上がる。
カイは、立ち尽くした。
――助けられる。
――術式は、頭にある。
だが同時に、理解してしまった。
助けた“ように見せる”ことも、できる。
煙の中で、
カイは魔法を放った。
炎は消え、
人影が現れる。
「助かった……!」
誰かが叫んだ。
だが、それは幻だった。
本物の熱。
本物の痛み。
それらは、消えていない。
人影は、崩れた。
悲鳴。
その瞬間、
カイは初めて“嘘”をついた。
「……今のは、事故だ」
自分に対して。
丘で、ソルに会ったのは、その夜だった。
「君、顔色が悪い」
「魔法は、何でもできる」
カイは言った。
「だから、何も信用できない」
ソルは黙って聞いていた。
「世界は、騙せる。
人も、騙せる。
……でも」
カイは、唇を噛んだ。
「自分まで騙したら、
何が本当か、分からなくなる」
六日目。
カイは、魔法を使わなかった。
燃え残った家を、手で片付けた。
瓦礫に、素手で触れた。
熱かった。
痛かった。
「……これが、本物か」
その夜、丘でソルに言った。
「嘘は、便利だ。
でも、逃げ道にもなる」
七日目。
身体が、光に変わり始める。
「ソル」
「うん」
「もし、世界が“嘘”をついたら」
カイは、最後に微笑んだ。
「信じるな。
触って、確かめろ」
消えた後、丘に残ったのは、
使われなかった術式と、
“本物”の痛みを知った少年だった。
ソルは、自分の手を見る。
剣も、魔法も、治癒も、
どれも頼らない。
――だからこそ、
“同じ場所”に立てる。
邪王の魂が、
遠くで、微かに笑った。




