泣いた治癒士
アンク村で、
治癒を学ぶ子は、必ず一度は泣く。
それが何日目かは違っても、
必ず“救えない瞬間”に辿り着くからだ。
その日、生まれた子の名はミレア。
彼女は目を開いた瞬間、息を呑んだ。
理由は単純だった。
――この村は、死に慣れすぎている。
泣き声はなく、慌ただしさもない。
あるのは、淡々とした準備だけ。
「……ここで、私は七日生きるのね」
声は落ち着いていた。
だが胸の奥で、何かが強く脈打っていた。
一日目。
ミレアは治癒を選んだ。
理由は、知識がそうさせたからではない。
「……減らしたい」
そう、呟いた。
何を、とは言わなかった。
だが、誰もが理解した。
死を。
墓を。
終わりを。
二日目。
治癒の理論は、すぐに理解できた。
傷を閉じ、血を止め、肉を繋ぐ。
手は正確で、判断も早い。
「素晴らしい適性だ」
教官はそう言った。
ミレアは頷いたが、
胸の奥の脈動は消えなかった。
三日目。
彼女は重傷者を治した。
骨が折れ、内臓を損傷した男。
魔力を注ぎ、必死に繋ぎ止める。
――助かった。
その瞬間、
胸の奥が、ほんの少し軽くなった。
「……できる」
そう思ってしまった。
それが、間違いだった。
四日目。
子供が運ばれてきた。
同じ七日で死ぬ運命の、少女。
腹部に深い傷。
出血が激しい。
「早く……!」
ミレアは手を当て、魔力を流す。
術式は正確。
判断も早い。
だが――
何かが、足りない。
血は止まらない。
鼓動が、弱い。
「どうして……!」
教官が、首を振った。
「時間だ」
ミレアは理解した。
――同じ七日でも、
――“今”を失えば、
――そこから先はない。
少女の手が、力なく落ちる。
その瞬間、
ミレアは初めて泣いた。
声を上げて、
子供のように。
「私……助けられるって……!」
四日目の夜。
丘に行った。
そこに、ソルがいた。
「……また、泣いた?」
彼は、見なくても分かっていた。
「助けられなかった……」
ミレアは膝を抱える。
「正しくやったのに……!」
ソルは何も言わなかった。
しばらくして、静かに口を開く。
「正しいことと、間に合うことは、違う」
その言葉は、残酷だった。
だが、逃げ場がなかった。
「じゃあ……私は……」
「治癒師だよ」
ソルは言った。
「“全部”は救えないけど、
“何か”は確実に残せる」
五日目。
ミレアは、治癒を続けた。
助けられないと分かっている者にも、
手を伸ばした。
「無駄だ」
そう言われても、やめなかった。
六日目。
ミレアは、自分自身を治そうとした。
衰え始めた身体。
薄れ始めた感覚。
術式を組み、魔力を流す。
――だが、回復しない。
「……そうか」
彼女は、静かに笑った。
「私は、救えない側なんだ」
七日目。
丘で、ソルに会う。
「ねえ、ソル」
「うん」
「治癒ってね、
治すことじゃないの」
ミレアは、自分の胸に手を当てた。
「“諦めなかった”って事実を、
相手に渡すことなの」
身体が、光に変わる。
「だから、お願い」
彼女は言った。
「諦めるなって、覚えてて」
消える直前、
彼女は泣かなかった。
丘に残ったのは、
救えなかった命の重さと、
それを抱え込む無力な少年だった。
ソルは、空を見上げる。
――剣を振らないこと。
――力に頼らないこと。
――諦めないこと。
それらはまだ、
一つに繋がっていない。
だが確実に、
邪王の魂へ向かう“形”を成し始めていた。




