魂と魂
その日、アンク村では
誰も死ななかった。
七日目の子がいる日だったにもかかわらず。
墓守は、木札を握ったまま立ち尽くした。
刻み目を入れる瞬間が、来ない。
「……時間が、ずれている?」
違う。
止められている。
原因は、丘だった。
ソルが立つ場所。
七日間が集積する場所。
そこに、
“重なってはならない二つの魂”が、同時に存在していた。
⸻
邪王の魂は、怒り狂っていた。
――お前は、何をした。
力は封じられている。
神の観測も、届きづらい。
それでも、
邪王は邪王だった。
誇りがある。
支配の記憶がある。
敗北の悔恨がある。
「……同じ高さに立つって、
こういうことか」
ソルは、息を整えながら答えた。
「うん。
逃げられない場所」
――ふざけるな。
邪王の魂が、牙を剥く。
――我は王だ。
――世界を蹂躙した存在だ。
「知ってる」
ソルは頷く。
「でも今は、
剣もないし、魔法もないし、
神も見てない」
邪王の魂は、気づいた。
――身体が、ない。
力を振るう“器”がない。
技を使う“差”がない。
残っているのは、
記憶と精神だけ。
それは、
ソルが最も多く集めてきたものだった。
⸻
邪王は、攻めた。
言葉で。
記憶で。
恐怖で。
――お前は、無能だ。
――何もできない。
――皆、死んだ。
ソルの胸が、痛む。
だが、崩れない。
「知ってる」
――ならば、なぜ立つ。
「立ってたから」
エルドの剣を振らなかった理由。
ミレアの諦めなかった手。
カイの触れて確かめた痛み。
ノアの否定した祈り。
フィオの震えたままの足。
ラゼルの疑い続ける視線。
七日で終わった命が、
ここに“並んで”いる。
――馬鹿な……。
邪王は、初めて理解した。
力とは、
差を作るものだ。
だが、
差がなければ――
誇りは、ただの思い込みになる。
⸻
その時、
空が歪んだ。
神の観測が、
強制的に介入してきた。
【異常値検知】
【回収不能】
【対象:ソル】
声でも、光でもない。
ただの処理。
邪王が、笑った。
――来たぞ、神だ。
ソルは、空を見上げた。
「……見てるんだね」
神は答えない。
ただ、測ろうとする。
力の有無。
危険度。
排除優先度。
だが――
測れない。
無力だから。
ゼロだから。
比較対象が、消えている。
【再計測】
【再計測失敗】
神の“判断”が、止まる。
ラゼルの言葉が、
ここで生きた。
――観測されないものは、管理できない。
⸻
邪王は、焦り始めた。
――神すら、届かぬ場所……。
「ここが、終わりじゃない」
ソルは言った。
「始まり」
――何が始まる。
「選ぶこと」
ソルは、邪王を見た。
「戦うか。
話すか。
立ち去るか」
邪王の魂は、沈黙した。
王であった存在が、
初めて“選択肢”を与えられる。
上下のない場所で。
力のない場所で。
――……なぜ、殺さない。
「できない」
「しない、でもない」
ソルは答える。
「できないから、
代わりに、終わらせる」
邪王の魂が、
ゆっくりと、薄れていく。
それは敗北ではない。
消滅でもない。
解放だった。
⸻
その瞬間、
アンク村の時計が、動き出した。
七日目の子は、
八日目を迎えた。
墓守の手が、震える。
「……生きてる」
丘に、風が吹く。
神の観測は、沈黙したままだ。
ソルは、立っている。
剣もなく。
魔法もなく。
奇跡もなく。
ただ、
同じ高さに立つことを、選び続けて。




