七輪 君の花に恋をする
「私と、結婚してください」と凜さんに言われ困惑する俺。それもそうだ、急に結婚なんて言われたら困惑する。
でも、俺も同じことしたなぁと思った。高校生の夏、桜に結婚を申し込んだっけ。多分同じ反応をしているだろう。
「結婚ですか?お付き合いじゃなくて?」と桜と同じような反応をした。多分みんな同じ反応をすると思う。
「はい。結婚です」と凜さんは返事をする。どうやら本気みたいだ。
「その指輪は桜が只野君へ買った結婚指輪です。あなたにプロポーズされて買ったみたい。本来は葬儀のときにお渡しする予定でした」と衝撃の事実を聞く。
「私はこの指輪を只野君へ渡すために、桜の夢を利用しました」と告げた。俺はただ聞くことしかできなかった。
「でも、只野君と出会って、私は自分の気持ちに気づいてしまったみたい。只野君、あなたが好きです。きっと、ずっとどこかで桜がうらやましかったんだと思う」と凜さんは告白した。
「何といえばいいのか、えっと……」と俺は言葉に詰まってしまう。
「確かに俺は桜が今でも大好きです。一生そうなのかもしれないと思っています」と正直に告げた。でも、凜さんの言葉に比べたら俺は言葉足らずだと思い、付け加えた。
「凜さんのこと、俺も好きです。ただ、それが桜と重ねているからなのか、凜さん自身を好きなのかがわからない。だから、誠実ではないと思います」と告げた。
そう、俺も凜さんのことが好きだ。でも、桜のことが好きだから、凜さんに桜を重ねているのではないか?と葛藤していた。
多分、お店を手伝ってほしいと言われたときから好きだったんだと思う。いや、もしかしたら初めて花屋で会ったときから好きだったのかもしれない。だから俺は連絡先を交換したのかもと今になって気がついた。でもそれは、凜さんに桜の幻影を見ているからだと思った。凜さん自身が好きだという証拠がなかった。
「私はそれでもかまわない。ただ、只野君、私はあなたのことが大好きです」と葛藤の最中、凜さんはもう一度告白をしてきた。
俺はどうするべきか。今ここで結論を出すべきなのか?わからなかった。頭が回らない。
そんな俺の状況を察したのか、凜さんは「今すぐ返事は求めないわ。ただ、その指輪は桜からあなたに渡すようにお願いされているの。だから受け取ってちょうだい」と言った。
俺は指輪を受け取った。桜と凜さんの気持ちが乗っかっているようで、とても重く感じられた。
「行きましょう」と凜さんは言った。店を出るつもりらしい。俺もこの場では考えられないので、ついていくことにした。
店を出て帰路に着いている。2人は気まずそうに歩いていた。それもそうだろう。凜さんは俺にプロポーズをしてくれたのに、その返事は保留である。罪悪感から、俺は重い口を開くことにした。
「……いつから好きでいてくれてたんですか?」と聞いた。
「実は私にもわからないの。気づいたらってやつ。でも、今は只野君が大好き」と返事をもらう。こんなにストレートに好意を告げられるのは桜以外だと初めてだった。俺はつい照れてしまった。凜さんはその様子を見て「そういうところが好きなの」と追い打ちをかけてきた。ずるいと思うこの人。
交差点を渡る。人が多く、凜さんと離れてしまいそうだったので、咄嗟に手をつないでしまった。俺は自分でも驚いたが、凜さんもびっくりした様子だった。顔が真っ赤である。多分俺も真っ赤だと思う。
街頭のテレビジョンを見ると、サッカーの特集をやっていた。
【今年のワールドカップで注目の選手は……藤野優斗選手!】とアナウンサーが述べた。俺がよく知っている人物が紹介されていた。
「あいつワールドカップ出るのか。しかも注目の選手ってすごいな」と俺は漏らした。
「知り合いなの?」と凜さんは言う。そういえば凜さんは知らないか。と我に返る。
「親友です。唯一の」と返した。優斗は今でも気まぐれに俺に連絡を入れてくれている。プロ入りしていたのは知っていたし、活躍していたのも知っている。だが、ワールドカップの注目選手なのは初耳である。今度問いただそう思った。
「超有名人と親友ってすごい!」と凜さんがテンションを上げた。
「あいつは【サッカーの忠犬】と呼ばれるくらいのサッカーバカなので、なるべくしてなったんだと思います」と返した。
少し緊張が解けてきたのを感じる。優斗のおかげなのが少し癪ではあったが、あいつに感謝した。
つないだ手は今もそのままだ。
待ち合わせ場所まで戻ってきた。もうすぐお別れの時間だ。名残惜しいなと思っていたら「少し話しましょう」と凜さんが提案してくれた。
凜さんの顔が赤い。緊張している様子だった。でも、一緒にいたかったのであろう。俺は意図を組み、話すことにした。コーヒーを買い、ベンチに腰掛けながら話すことにした。
「カフェオレです」と渡した。
「ありがとう」と凜さんは受け取る。俺はブラックコーヒーを飲んでいた。
「ところで、桜のどこが好きなの?」と質問され、俺はむせた。呼吸を整えて、俺は答える。
「花壇を整備する桜と目が合って、一目惚れです」と答えた。始まりの日を思い出す。
「それで?」とさらに聞いてきた。まあ、今のは質問の答えになってないか。
「優しくて、可愛くて、お茶目で、話していて楽しいところが好きです。ずっと話していられました」と返した。照れながらコーヒーを飲んでごまかす。
「私のことはどこを好きになってくれたの?」と凜さんが言う。また俺はむせた。この人は本当にずるいと思った。
「……正直、桜と重なってると思います。でもあえて挙げるなら、桜とは違う優しさや可愛さ、話しやすさ、凜とした笑顔ですかね。後、純粋なところです」と返した。桜と重なっているとは言ったが、桜とは違う部分にも惹かれているのを言葉にして自覚した。
「うれしい。ありがとう」と凜さんは頬を赤らめながら言った。俺は「そういうところも好きですよ」と意地悪な発言をした。さっきのお返しである。凜さんは言葉が出ない様子だが、嬉しそうである。
「凜さんといるのは楽しいですよ。だから花屋を手伝ってるんです」と本音を話した。
「そうなの?」と聞く凜さん。
「じゃなきゃ3年務めたバイト辞めないですよ。かなり気に入ってたんですから」と返した。
「これからもっと手伝ってもらうつもりだけど?」と凜さんは言った。小悪魔みたいな表情に、不覚にもドキッとした。
「そのつもりです。これからもよろしくお願いします」と冷静を装って返事をした。
あの後2人で手をつないだまま長いこと話した。24時を超えていたのに気が付いて解散した。
俺は考えていた。プロポーズの返事を。長いこと待たせるわけにはいかない。凜さんは相当緊張したと思う。高校生の自分と重ねていた。
やはり俺は桜が大好きだ。その気持ちは変わらない。多分死ぬまで好きだろう。
凜さんのことも好きだ。でも、それが桜の幻影を見ているからなのか、凜さん自身が好きなのかがわからない。
家に帰り、部屋に戻って桜が買ってくれたという結婚指輪を見ていた。凜さんがプロポーズで俺に渡したものだ。それは【桜のことを忘れないでいい】という意味が込められているのだろう。桜模様のある、まさに桜らしい指輪だと思った。
俺は指輪を装着し、桜のことを想う。そして指輪を渡してくれた凜さんのことを考える。桜のことが好きだから、凜さんに重ねているだけなのか、本当に好きなのかわからなかった。ずっと同じところをグルグルしていた。そんなことを考えていたら眠りに着いていた。意識はあっという間に無くなった。
翌朝、目を覚ますとバイトに遅刻しそうだった。急いで支度をし、慌ててお店に入った。
「おはようございます!」と元気よく店に入った。ギリギリ間に合ったと思い、凜さんを見る。
凜さんは「お、おはよう。只野君。頭痛薬ないかな……?」と元気のない返事をしていた。明らかに二日酔いである。
「やっぱり無理されてたんですね……。今出すのでちょっと待ってください」と言い、カバンを漁る。凜さんはいつもより2つくらい低いトーンで「ありがとう」と返事をしていた。
相当二日酔いがひどいらしく、身動きが取れない様子だ。歩くと千鳥足だった。
「今日は俺が1人でお店回すので、ゆっくり休んでください」と凜さんに伝える。
「そういうわけにはいきません」と言って動こうとしたが、物音とともに彼女は転んでいた。
「『これからもっと手伝ってもらうつもり』って昨日言ってたじゃないですか。1人でも回せますから、元気になってから顔出してください」と昨日言われた言葉を使って休ませる。凜さんは観念したのか「じゃあ遠慮なく……おやすみ……」と言って寝室に向かったようだ。
危なっかしい一面を見てしまったなと思ったが、ほかの人に見られても困るなとも思った。
夕方になり、客足も落ち着いてきた。意外とお客さんが来店したので、忙しいなと思いながら作業をしていた。
落ち着いたのもあって、プロポーズの返事を考えていた。やはり桜の存在が大きすぎる。
などと考えていると、元気な聞きなじみのある声が聞こえてきた。凜さんの声だ。
「おまたせ!元気になった!」とめっちゃ元気に話していた。安心した俺は「次から気を付けてくださいね。誰にも見られないように」と返事した。
「それはそういう意味ってとらえていいの?」と凜さんは質問する。確かにそう聞こえる。そう思っていたのかもしれない。
なんて返そうかと思っていると、凜さんが俺の手を見ていた。
「指輪、つけてくれたんだ」と凜さんは言った。昨日つけたまま寝たのをすっかり忘れていた。ペアリングも外していた。
「これはその、桜が買ってくれたって言ってたから、家で返事を考えてるときに着けてみたんです」となぜか焦って言った。
「私がその指輪でプロポーズした理由、わかる?」と凜さんは聞いてきた。
「存じているつもりですが、一応お聞きしたいです」と俺は答える。
「桜のこと忘れないで、好きでいていい。ただ、私のことも好きになってほしい。って意味」と顔真っ赤にして言い切った。予想通りだったが、直接聞くとさすがに来るものがある。
「恥ずかしいです。本当に」と返事をしたが、凜さんは「バカ」と言いながらそっぽを向いた。お互い顔真っ赤だった。
夜になり、閉店の時間である。俺は凜さんにお願いをした。
「突然ですけど、明日お休みをもらえますか?」と。
「どうしたの?」と質問する凜さん。俺は「ちょっと用事を思い出しました」と伝えた。
まあ、思い出したのは嘘だが、用事を作ったので休みたいのは本当である。
「まあ、今日ほぼ回してもらったしいいよ。たまには息抜きしなさい」と快く送り出してくれた。
「ありがとうございます」と言いながら締め作業を行った。
翌日、俺はある場所を尋ねた。【花屋 鏡花水月】と書かれた看板を見て、なつかしく思った。前に働いていた花屋だ。お店に入ると、店長がいた。「あら、只野君!どうしたの?」と店長は言った。
「花を買いに来ました。それと、相談があってきました」と告げた。
――エピソード凜――
私は1人でお店を回した。いつぶりだろう。本来1人で回していたのに、いつの間にか2人で回すのが当たり前になっていた。
「今日は只野君お休みだもんね。珍しいな」と独り言を漏らす。寂しいという感情が前面に出ていた。
「居て当たり前じゃないんだよね。プロポーズしたのは間違いだったかな」と少し後悔していた。思い出すだけで顔に熱を帯びているのがわかった。
そこに若い女性のお客さんが来た。
「いらっしゃいませ!」と挨拶し、店内に誘導する。
「あの、只野さんっていらっしゃいますか?」と女性が言う。只野君のファンかな?と思った。
「今日は休みなんですよ。申し訳ございません」と返事をした。ちょっと嫉妬している自分に気付く。
「そうですか」と残念そうにする女性。本当にファンだった。聞けば、彼が前に勧めた花を買いに来たらしい。
特徴を聞いて、それに合う花を持ってきた。すると、とても嬉しそうにしていた。なんでも、亡くなった母の好きな花らしい。
只野君が一生懸命に聞いてくれて、この花を見つけてくれたらしい。
その女性は「また来ます」と言って嬉しそうに帰っていった。
しばらくすると今度は男性が来た。只野君を探しているそうだ。
前に彼女へ贈った花が好評だったから、また贈りたいとのことだった。
また特徴を聞いて、花を持っていくと嬉しそうにしていた。
その男性も嬉しそうに帰っていった。
今日は只野君目当てのお客さんが大勢来た。老若男女問わず、幅広い人に彼は愛されていた。
女性だけじゃなかったんだと私は思った。
結局、お客さんのほとんどが只野君目当てだった。うちの稼ぎって只野君で成り立ってない?とちょっと心配になった。
でも、それだけ彼は愛されている。知識だけではなく、人柄もよいのだ。そんな人柄を私は好きになったんだと再認識した。
そして、(もしかしたら私は高根の花をつかもうとしていたのかな?)と思った。それほど彼は魅力的で、人気があった。
しかし、プロポーズした事実は消えない。私はただ、只野君に会いたいなと思いながら締め作業に入った。
次の日、只野君は出勤してくれた。シフトに入っているので当たり前かもしれないが、それだけでうれしかった。
――エピソード人志――
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」といつもの挨拶をする。凜さんはなんか嬉しそうだった。
「おはよう!疲れは取れた?」と凜さんは質問する。
「ばっちりです!」と返した。正直嘘で、昨日がここ最近で1番疲れた。
「じゃあ、今日もよろしくね!只野君!」と凜さんはご機嫌で俺に言ってきた。
「任せてください!」と元気よく返し、業務を開始した。
「お疲れ様!後閉めるだけだね!」と凜さんは言う。今日も大盛況だったなぁと思いながら両手を上にあげて伸びをする。
みんな求めているものが違うので、おすすめする花が違う。目的に合う花をお勧めするのだ。花屋をしていてやっぱり楽しいなと思った。
「凜さん、次の休みって空いてますか?」と俺は凜さんに質問した。
「空いてるよ!どうかしたの?」と凜さんは不思議そうに聞いてきた。
「デートの誘いです」と俺はストレートに言った。「プロポーズの返事をさせてください」としっかりと伝えた。
凜さんは顔を真っ赤にして、「わかった」とだけ返してくれた。
デートの日が訪れた。
俺はリクルートスーツではないスーツを着ていた。新調したのだ。今日のために。幸い貯金はあったので切り崩した。
今日はフラワーパークへデートに行く。花で知り合った2人にはもってこいだと思ったからだ。
約束の30分前に着いたのに、もう凜さんがいた。前と違う白を基調としたドレス姿だった。
「お待たせしました。今日もかわいいですね」と声をかけた。俺に気づいた凜さんは顔を真っ赤にしながら「30分前だよ?!なんでいるの?!」と俺に問いかける。
「それは凜さんもでしょう?」と言って茶化す。2人の緊張はほぐれ、一緒に笑ってしまった。
フラワーパークへと向かう。ここから5分の距離だ。
「そのスーツどうしたの?リクルートスーツしかなかったんじゃ」と凜さんが言った。
「今日のために買いました」と俺は返す。凜さんは思考が追い付いていなさそうだった。
「とても似合っているわ。その、かっこいい」と凜さんは俺の姿を褒めてくれた。
「光栄です」とキザに返した。「でも慣れていないので、とても動きにくいです」と本音を話した。
「慣れないことするから……」と凜さんは呆れながら笑っていた。
フラワーパークに着き、一通り回った。
凜さんはすごく楽しそうだった。花が最近好きになったのが嘘のようで、ずっと好きな人の顔に見えた。
周囲を見渡す。カップルや子供を連れた夫婦が多かった。
「凜さん凜さん、こっち行きましょう」と言い、俺は彼女の手を引いた。凜さんは頬を染めながらコクンと頷いた。
そこは絶景だった。目の前には白い花が一面に咲いている。それなのに人は少なかった。
凜さんはとても嬉しそうにしていた。瞳が輝いて見えた。甘いものを目の前にした時と同じに見える。
「よくこんなところ見つけたね!」とテンションが高まっている様子で聞いてきた。
「ここ、俺の秘密の場所です」と凜さんに明かした。「つらいときや悩んだときにここへ来るんです」とさらに明かす。
「私知っちゃったから秘密じゃなくなるよ?」ときょとんとした顔で質問してきた。
「2人だけの、秘密の場所です」と返した。凛さんは一瞬きょとんとしていたが、意味を理解して顔を真っ赤にしていた。そして、「凜さん、プロポーズの返事をさせてください」とストレートに告げた。凜さんの表情も真剣なものに変わる。
「あの日から、ずっと考え続けました。桜のこと、凜さんのこと、凜さんの気持ち、そして自分の気持ち」と言葉を紡いでいく。凜さんは静かに聞いてくれていた。
「ずっと考えた結果、やっと答えが出ました」と告げた。
「俺は……」
――エピソード人志 回想――
数日前、バイトのお休みをいただいた日のことだ。
今日は予定が詰まっていた。休みの日はいつも暇なので、ちょっと新鮮だった。
まず俺はある場所を尋ねた。【花屋 鏡花水月】と書かれた看板を見て、なつかしく思った。前に働いていた花屋だ。お店に入ると、店長がいた。「あら、只野君!どうしたの?」と店長は言った。
「花を買いに来ました。それと、相談があってきました」と告げた。
お店を新しいアルバイトの子に任せて、店長は俺を客間に通した。
「新しいバイトの子、見つかったんですね。良かった」と俺は安堵した。
「欠員は補填しないとね」と言う店長。「その節は」と言うと、「気にしないでいいの!」と返された。相変わらずお人よしである。
「それで、相談って?」と聞かれた。俺は事の顛末をすべて話した。
店長にも言っていなかった桜のこと、凜さんのこと、先日のプロポーズの件だ。
「それで花屋を目指していたのね」と泣きながら話を聞いてくれた店長。
「私の言葉でいいの?」と店長は確認を取る。
俺は「店長からのお言葉がいいんです。ずっとお世話になってきたから。なので、よろしくお願いします。水月睡蓮さん」と返事をした。俺は店長の名前を呼んだ。それだけ真剣に相談していると伝えるためである。
店長は「いつぶり?その名前呼んでくれたの」と嬉しそうに笑っていた。店長の名前を呼んだのはバイトで打ち解けた時以来だ。数年は呼んでいない。気恥ずかしいのが理由だ。
「わかったわ」と真剣な面持ちで言い、「あくまで私個人の意見だけど……」と前置きを入れながらこう言った。
「私が只野君なら、そのお姉さんとお付き合いすると思う。お姉さんは、妹さんのことすべて受け入れて、只野君のことも気にかけてくれている。その上で只野君を好きと言ってくれている。お姉さんにとってきっと、辛い選択をしていると思う」と言った。俺もそう思った。だからこそ悩んでいた。
「俺は桜、妹に恋をしているのか凜さん、お姉さんに恋をしているのかわからないんです。妹のことは一生好きでしょう。でも、お姉さんには妹の幻影を重ねてしまっていないか心配なんです」と打ち明けた。
「凜さんのこと気にかけている時点であなたは凜さんのことが好きなのよ。それに、凜さんは桜さんを忘れられるほうが悲しいんじゃないかしら」と店長は返した。
決して桜のことを忘れるつもりはない。だが、俺は……。
「凜さんを好きになることで桜の存在が小さくなることを恐れているのかもしれません」と自分の本当の気持ちに気が付いた。桜への気持ちが消えていくのではないかと恐れていたのだ。
誰かを好きになるということは、他の誰かを好きという気持ちを小さくすると思っていた。でも店長はこう述べる。
「確かに気持ちは小さくなるかもしれない。けど、気持ちは残り続けると思う。それが悪いことだとは思わない。自分の気持ちに対して正直になってみて」と店長は言う。
桜への気持ちが小さくなることは悪いことじゃない。それに、ずっと好きでいることも店長は許容してくれている。凜さんも桜をずっと好きでいることを許してくれている。そのうえで凜さんは俺に好きと言ってくれているのだ。
俺は、ようやく凜さん自身が好きであることに気が付いた。そして、桜を好きでいてもいいんだと気が付いた。なんだかすごく遠回りをしてしまった気がする。
「ありがとうございます。なんだかすっきりしました」と言い、立ち上がる。店長は「結果教えてね!」と言って見送ってくれた。
俺は花を買うのを忘れていた。
フラワーパークに来ていた。秘密の場所に来て、電話をする。相手は優斗だ。ことの顛末をすべて話した。
「俺に恋愛相談するのは間違ってるだろ」と一蹴される。いや、そうかもしれないけどさ。
「でも、人志の中で答えはもう出てるんだろ?」と優斗は言う。
「お見通しかよ。注目プレイヤーさん」と返した。
「何年親友やってると思ってんだよ。あと、それやめろ。実力見せつけて注目だけじゃ済まさなくするんだから」とさらっとすごいこと言う優斗。
「お前に後押ししてほしかったんだ。ありがとう優斗」とお礼を言った。
「人志、お前本当に変わったな。花野さんに感謝しろよ?」と優斗が言う。
「どっちの?」と俺が聞くと、優斗は笑いながら「どっちもだよ」と言った。電話は切られていた。もうすぐワールドカップの予選が始まる時間だ。
俺はやることが決まったので、色々準備することにした。スーツとか買ったほうがいいかな?とか考えながら。
――エピソード凜――
私は只野君の返事を聞いていた。彼がどんな結論を出しても、受け入れる覚悟ができていた。
「俺は桜のことはもちろん好きです。でも、今は凜さんのことが大好きです。だから」と言い、只野君はポケットから何かを取り出してきた。
「俺と結婚してください」と私が渡した指輪とは違う指輪を渡された。シンプルに嬉しさよりも驚きが勝ってしまった。なぜなら、「その指輪……」と私は尋ねた。知らない指輪が出てきたからだ。
「オーダーメイドの指輪です。白のアルストロメリアの指輪です」と只野君は言った。
白のアルストロメリアの花言葉は私でも知っている。それは、「凜々しい」と私は答えた。私の名前の【凜】にかけているのだろう。
「純粋と言う花言葉もあります。凜さんはとても純粋ですから」と彼は付け加えた。
「俺なりの、凜さんへの気持ちを表現してみました。ダメでしたか?」と聞いてきた。最後の最後で情けないなぁと思った。でもそんな彼が好きだった。
私は泣いていてうまく言葉が出なかった。心底嬉しかったからだ。頑張って言葉を紡ぎながら「ダメなわけないでしょバカ!」と言ってさらに泣きじゃくった。
――エピソード人志――
俺は花野凜という女性に恋をした。元々桜だったその花は凜花へと移り変わっていった。
抵抗はあった。だが、周りがそれを肯定してくれた。
目の前で嬉しそうに泣き崩れている彼女を見て、間違っていないと確信した。
あの日、桜にはめちゃくちゃ謝った。店長に相談し、フラワーパークへ行った後に指輪のオーダーをした。そのあとに桜の墓の前で土下座をした。
そして、凜さんを必ず幸せにすると桜に誓い、桜のもとを後にした。
空は晴れ渡っていた。「それでいいんだよ」と桜が言ってくれているようだった。