四輪 別れ
次の日、母親に頭を下げて携帯を買ってもらった。機種はなんでもよかった。ただ、データの復元ができてほしかった。
「お待たせしました。データも復元できました」と新しい携帯を受け取り、すぐに電話をかける。母さんがありがとうございますと言いながら色々受け取っていた。
電話には繋がらなかったが、昨日の夜にメールを受け取っていたみたいだ。
【件名:人志くんへ
昨日は突然ごめんなさい。
私は白血病みたいで、余命が1ヶ月しかないそうです。
結婚して欲しいって約束、守れそうにありません。本当は結婚したかったです。
人志くんが良ければ最後までやり取りしたいなと考えています。
答え、聞かせて欲しいです】
とメールがあった。答えは1つだが、問題が山ほどあった。
まずは母さんを説得することから始めることにした。母さんにありのままを伝えた。彼女がいること。その彼女からのメールを見せ、彼女の最後まで付き添いたいから学校を休みたいこと。全て話した。
母さんは難しい顔をしながら「最近の人志の行動に合点がいったわ。突然人が変わったようだったから。見ていて嬉しかったわ」と言い、「父さんは私が説得するわ。文句は言わせない。学校にも説明する。大阪に行きなさい。お金は出すわ。宿はおばあちゃんの家を頼りなさい。大阪にいるでしょ」と全てを肯定してくれた。
僕は「お金は稼いだからいらない」と言ったが、「そのお金で楽しませてあげなさい」と返された。そして、「あんたの交通系ICに新幹線を予約したわ。自由席だからいつでも行けるわ」と言われた。いや、行動早すぎだろ。
「ありがとう。この礼は」と言うと母さんが「その時間を彼女に使いなさい。あと、出世払いね」と返された。
僕はすぐに準備にかかる。てか、出世払いなのかよ。
次にバイト先だ。準備を終えた僕は駅に向かいながら電話をかける。
「はい、只野か?」と声がした。店長の声だ。
「店長、僕が1か月間バイトを休むといったらどうしますか?」と質問する。考えているのか、少し時間がたって店長はこう聞いてきた。
「どうした?病気か?」と聞かれる。本気のトーンだった。僕が冗談を言うタイプではないのを知っているのだろう。
「はい……。彼女が……」と泣きながら返した。精一杯絞り出した声である。店長が絶句しているだろうことは電話越しでもわかった。
「……1か月しかねぇのか?」とストレートに聞いてくる店長。僕は「はい……」と返事をする。すると、すぐに店長はこう返した。
「2か月休め。シフトはこっちで調整する。人は足りてんだよ」と店長が僕に言う。絶対嘘だ。「休みがねぇ」と口癖のように言ってた店長が優しい嘘をついてくれている。僕は甘えるしかなかった。
「ありがとうございます。なんとお礼すれば……」というと、「元気になったら私の分まで働け!行ってこい!」と電話を切られた。
そうしているうちに新幹線が来たので乗り込んだ。
電話がかかってきた。桜からだ。イヤフォンをし、席を立って車両間に出て電話に出た。
「もしもし?」と明るい声を絞り出して応える。桜の前で悲しむのは無しだ。
「もしもし。電話に出てくれないかと不安だった」と言う桜。「そんなわけないだろ!」とつい叫んでしまい、周囲から冷たい視線を浴びせられる。「すいません」と言いながら、電話に戻る。
「そっか。ありがとう。とてもうれしい」と泣きながら話している桜。その声を聴いて、僕まで泣いてしまいそうになる。
「てか今どこにいるの?すいませんっていってたけど」と桜が問いかける。僕は何て言おうかなと悩んでいると【次は名古屋、名古屋です】とアナウンスが流れた。新幹線に乗っていることもアナウンスでばれた。
「もしかして……」と桜が言う。「そのもしかしてだよ」と返した。そのとき、母から【人志の成績なら最大2カ月出席しなくても大丈夫みたい。最悪休学の措置を取ってくれるそうよ】と連絡が来たのを携帯で確認した。条件はすべて解決した。
「最後までそっちに滞在する。許可は全部取ってきた」と返す僕。桜は「バカ!」と言いながら泣いているのがわかった。「もう引き返せないんでしょ?」と桜が確認を取ってきた。僕は「うん」とだけ返した。
「なら、待ってるね。ありがとう」と桜は言い、電話を切られた。その後、病院の場所や詳細などが送られてきた。
大阪に着いた。正確には新大阪駅だが、大阪は大阪だ。ナビに従って電車に乗る。ホームがたくさんあって複雑だったので、間違っていたら桜に電話しよう。そう思いながら電車に乗ると、1駅で目的の駅に着いた。
駅から徒歩10分程度歩いただろうか。詳細の病院に着いた。
受付で「花野桜さんの見舞いです」と告げ、受付のスタッフが確認を取る。大きい病院だからか、病院内は騒がしかった。スタッフもテキパキと仕事をしている。
「お待たせいたしました。404号室です」と受付の方が僕に告げた。不吉な数字だと思いながら、エレベーターに乗った。まるで解決策が見つからないみたいではないか。それに死を連想させる4という数字にも嫌悪感を抱いていた。そんなことを考えているとエレベーターに「4階です」とアナウンスされる。
正直な話、どんな顔をして会えばいいのかがわからない。でも、悲しい顔だけはしてはいけないと直感が告げていた。優斗のように明るく努めようと思い、404号室の部屋をノックする。すると、「どうぞ」という聞きなじみのある声が聞こえた。覚悟を決めて扉をスライドする。
「お待たせ!待った?」と言ったが、「いつもの人志君じゃない!」と一蹴されてしまう。
結局、素でいることが一番だと悟り、いつも通り話すことにした。
「で、なんで来ちゃったの?ダメでしょ?」と桜に説教される。それもそうだろう。何も知らせずに僕の独断で来てしまったのだから。
「ごめんって。でも、心配で、会いたかったんだ」と返す僕。すべてを投げ出してでも会いたかった。その気持ちを正直に伝えた。
「人志君、桜のこと好きすぎじゃない?」といじられる。だが、「うん。だってプロポーズしてるんだよ?」と強気に返した。
「それもそうか」と桜が納得する。正直に勝負してよかったのかもしれない。
「でもダメだよ!学校やバイトを全部投げ出してきたんでしょ!」と言われた。あながち間違っていない。
「学校は母さんに、バイトは店長に相談して休んでいいことになったんだ。だから何も心配はいらないよ。それに、授業は優斗がノートを写真で送ってくれるらしいから、勉強に遅れは出ないよ」と返した。優斗には新幹線の中ですべて事情を話して承諾を得た。「気が晴れるまで戻ってくるな!」と言われた。……あいつがちゃんとノート取るのかは心配だった。
「そこまでして会いに来てくれたんだね。ありがとう」と涙を流しながら言ってくれた。僕は桜を抱きしめ、一緒に泣いていた。
しばらくすると、両親と思われる2人の大人が入ってきた。僕らは抱き合って泣いていたので、とっさに離れた。気まずい空気が流れそうだったので、先手を打つことにした。
「はじめまして!桜さんとお付き合いさせてもらっています、只野人志といいます!お見舞いに来ました!よろしくお願いします!」と元気よく挨拶をする。僕にとっての先手だ。
「初めまして、桜の母の花芽です」と女性は告げる。「父の葉桜と申します。よろしく人志君」と告げた。どうやら2人は受け入れてくれたようだ。
「それより桜、あんた彼氏いたの?」と母の花芽さんが桜にツッコミを入れる。父親の葉桜さんを見ると、少し動揺しているように見える。どうやら桜は両親に何も言っていないようだ。桜が僕の顔を見る。どうしようといった顔だ。これは受け入れられたわけでなく、これから受け入れてもらうんだ……というのを悟った僕と桜であった。
ありのままをすべて話した。僕が東京に住んでいて、交渉したとはいえすべて投げ出して大阪に来たこと、プロポーズしたこと、それを保留にしてお付き合いしていることなど。すべてだ。
母親は面白そうに笑いながら話を聞いていた。父親は【プロポーズ】という言葉にダメージを受けたのか複雑そうな顔をしていた。
「桜の旦那さんかぁ。一切彼氏も作らなかったから心配してたけど、やることやってるやん」と若干関西弁の混じった話し方をしていた。関西に来て1か月程度、やはり染まるものなのだろうかなどと考えていた。
「桜が決めたことなら何も言うことはない。それに、人志君は誠実な方とお見受けする。交渉はしてるとはいえ、すべてを投げ出してこちらに来ているのだ。桜のことがよほど好きな証拠だろう」と父親は訛りがあまり見られなかった。職業柄なのかな?などと思いながら話を聞いていると、「そうです!桜の旦那さんはバカなんです!そこに惚れたんです!いいでしょう?!」と半ばやけくそになりながら喚く桜。
「バカ?!僕バカなの?!」と咄嗟に反応してしまった。よく考えたらそこじゃない。
「バカです!大体いきなりプロポーズをするってどういうこと!普通お付き合いからでしょ!」と至極まっとうなことを言われた。
「だって誰の手にも渡したくなかったんだよ!悪い?!」と返事をする。もうどうにでもなれといったところか。
「悪くないからお付き合いしているし、旦那さんと言っているんです!」と桜もやけくそだった。両親の前でこの話は恥ずかしいのだろう。
そんな会話をしていると。母親はもちろん、父親も笑っていた。
「すまない。僕らの過去を見ているようでね」と父親が微笑みながら告げた。母親は「ちょっと、その話はやめにしない?」と真顔で止めに入った。それをお構いなしに父親が話し始める。どうやら母親が父親に猛アプローチをして母親が大学生のときに付き合い、卒業の際に結婚へと至ったのだそう。歳は父親が9歳も年上のようで、驚いた。
僕は素敵だと思った。桜は驚いていた。てっきり父親がアプローチしたのかと思っていたそうだ。母親は頭を抱えていた。
気づけば面会時間が過ぎてしまっていた。
「今日は帰ります。また明日伺います。これからよろしくお願いします」と深々と頭を下げながら告げた。
「いつでも来てくれて構わないよ。桜のためにありがとう」と父親が返答する。受け入れてもらった証拠である。
「人志くん、宿はどうするの?」と母親に質問された。
「おばあちゃんが大阪に住んでるので、しばらくはそこに泊まります。なのでご心配なく」と返答した。
「用意周到ね。桜、あんた感謝しなさいよ?」と母親は桜をいじっていた。
「これ以上ないほど感謝してるよ。ありがとう人志くん」と桜から嬉しい言葉を聞けた。
「その言葉だけで僕も嬉しいよ。また明日ね」と告げて病室を出た。扉を閉める瞬間まで、桜は手を振ってくれていた。寂しさを帯びたその表情に、胸が苦しくなる。
(僕は桜の死と向き合わないといけない)と考えながらおばあちゃんの家に向かった。
おばあちゃんの家は幸いにも徒歩5分の位置だった。お見舞いに行くのは楽そうだった。
おばあちゃんの家に入ると、「人志ちゃんよう来たなぁ」と言われた。
「突然押しかけてごめんね」と返したが、全ての事情を知っているおばあちゃんは「それも込みでよく来たねってことやで。実家やと思ってくつろいでくれたらええからなぁ」と優しいお言葉を受けた。とても訛っていた。これが本場の関西弁なのかと思った。
お風呂を勧められたので、お風呂に入った。
お風呂で僕は涙を抑えられなかった。僕はあまりに無力だ。桜を救うことができない。でも、桜と最後まで一緒にいることはできる。僕にはそれしかできない。大声で泣き喚きながら、体を洗い、涙を拭いて風呂を出た。疲れ切った僕は布団に入ってすぐに眠ってしまった。
それから毎日お見舞いにきていた。受付スタッフにも顔を覚えられるくらいだ。
優斗はメッセージで毎日ノートを送ってくれた。明らかに優斗の字ではなかったので、誰かにお願いしたのだろう。
「私とずっと一緒にいて飽きない?もう2週間だよ?」と桜は不安がっていた。
「飽きたらずっと一緒にいないし、プロポーズもしません」と返した。本音である。
「それずるい。私だって人志くんのこと好きなのに」と嬉しいお言葉をいただいた。
「その言葉を聞けただけで僕は嬉しいよ」と笑顔で返した。
次の瞬間、さくらが咳き込んだ。手を見ると血がついていた。桜は吐血をしていた。僕はすぐさまナースコールを押す。そして桜の背中をさする。
すぐに看護師が訪れたので状況を説明した。検査をするみたいだ。
「彼氏さんには申し訳ないのですが、一旦ご退席願えますか?」と言われてしまう。仕方ないことだと割り切り、「わかりました。桜をよろしくお願いします」と返答し、部屋を後にする。近くのソファに座り、無事を祈っていた。
何分たっただろうか。看護師の方が僕のところへ駆けつけた。僕には何時間にも感じられた。
「危篤な状況です。ICUに移送します。ICUだと会える頻度は格段に減ります。10分ほどお時間を与えますので、お二人で話し合ってください」と告げられる。桜の病状は日に日に悪化しているのが分かった。
部屋に入り、桜に話しかける。「10分しかないけど、話していいって言われたよ」と告げた。
桜は半ば絶望している様子だったが、これがちゃんと話せる最後の10分なのかもしれないと悟ったのか、泣きながら話しかけてきた。
「私、死にたくない。もっと人志くんと一緒にいたいよ」と号泣しながら告げてきた。
「僕も同じ気持ちだよ。桜とずっと一緒にいるつもりだったんだ。こんなに早く別れが来るなんて信じられない」と返した。桜はそれを聞いてさらに涙が溢れ出てきた。
「人志くん。助けて。死にたくないよ」と彼女は言った。本心だろう。泣きながらその言葉を紡いでいた。
「僕には一緒にいることしかできない。ごめん」と返した。僕は泣いていた。こんなにも無力なんだと思い知らされた。
そんな話をしているうちに、10分が経過した。看護師達が部屋に入ってきた。ICUに移送されるのだ。
僕は何もできずに見ていた。桜も僕を見て、泣いていた。僕もつられて泣いてしまった。
「では移動します」と看護師は告げる。僕は見届けることしかできなかった。そんな自分を憎んだ。
それから桜の病状は日に日に悪化していった。意識がなくなることもしばしばあった。僕は面会が許される限りICUに入り浸っていた。直接会うことはできない。ガラス越しの対面だった。
気を失っている間はずっと天に祈っていた。少しでも良くなりますようにと。
意識があるうちはたくさんお話をした。桜が話したい話を聞いていた。そんな時間も長くは続かなかった。
余命の1か月を迎えることなく、桜は息を引き取った。
――エピソード桜 走馬灯――
朦朧とする意識の中、ここ最近の出来事が頭の中で再生される。
これが走馬灯なのかなと桜は思った。不思議と怖い感じはしない。これから死にゆくことを忘れ、私は流れてくる記憶に身を任せた。
私はいつも通り花壇に水をあげていた。花がとても好きで、世話をしているだけで気分が晴れていくのを感じた。
ある日、近くの教室の窓をたまたま見た。そこには有名な藤野君と仲の良い男性がいて、目が合った。
私は男性が苦手だった。言葉にできないが、怖いと思っていた。しかし、その男性は穏やかで、不思議と怖くなかった。
気づけば5秒近く見つめ合っていた。さすがに恥ずかしくなり、目をそらし、顔を洗いにその場を去った。顔に熱を帯びているのがわかった。顔を洗ってもそれは引かなかった。
なんでだろう?とは思ったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。また目が合うかな?と少し期待している自分がいた。
次の日、花壇に水をあげていると、視線を感じた。昨日と同じ男性だった。目が合い、恥ずかしくなって会釈をしてごまかした。彼は前を向いて、再びこちらを見ることはなかった。
気持ちの整理がしたかったので、ちょうどよかった。
それからテスト勉強期間の2週間、目が合っては会釈をするというやり取りをしていた。
もしかしたら、このときには彼に惹かれていたのかもしれない。それとも最初からなのかも。
テストが始まった。私は勉強をしていたので、多分問題ないだろうと思っていた。
今日も花壇の整備をしていた。心のどこかで彼と目が合うと期待していた。
すると、期待していた通り、彼と目が合った。それだけでうれしかった。しかし、今日はそれだけでは終わらなかった。彼が話しかけてきくれたのだ。
「花、好きなんですか?」と声をかけてくれた。彼はまずいことしたかな?みたいな顔をしていた。かわいいと思った。私は話しかけてくれたことがうれしかった。私はこれをずっと待ち望んでいたんだと思う。
「はい。花が好きで、毎日世話しているんです」と返事をした。彼は驚いていた。やはりかわいいなと思った。
「知ってます。毎日見てますから」と彼はまた返事をする。ずっと見てくれていることに歓喜した。
「私も毎日あなたを見ますよ。えっと」と名前がわからないことに今、気が付いた。名前を聞かないとなと思っていると、「只野人志、2年です。よろしくお願いします」と彼から自己紹介をしてくれた。
私もすかさず、「花野桜、2年です。こちらこそよろしくお願いします」と自己紹介した。とても緊張した。
「同い年……」と彼は声を漏らす。同い年であることに私は運命を感じていた。
咄嗟に、「同い年だ!よろしくね只野くん!」と笑顔で返事をした。彼はとても喜んでいた。
それからは放課後に話をしていた。
いろんな話をした。テストの点数を伝えると、すごく悔しそうにしていた。そんな彼がかわいいと思った。
このときには、只野君に恋をしていたのを自覚していた。私の初恋だった。
明日から夏休みだ。私は花壇の整備があるので、あまり実感はなかった。ただ、私は1つ懸念点があった。只野君は学校に来ないのではないか?と。
放課後がなくなる夏休みには、みんなは学校に来ない。それが少し悲しかった。彼とはもっと話がしたかった。
そんなことを考えているといつの間にか放課後になった。放課後は待ち侘びた時間である。
しばらくすると、只野君が現れた。私はうれしくてつい笑顔になっていたと思う。恥ずかしいと思った。
「只野くん!明日から夏休みだね!」と、とりあえず言ってみた。
「そうだね。でも、少し億劫なんだ」と只野君は言った。楽しみじゃないんだ?と少し不思議に思った。
「どうしたの?」と彼に聞いてみた。
「明日から花野さんと話ができないのを考えたら、少し寂しくて」と彼は言ってくれた。心底うれしかった。私はとぼけて、「そういえばそうだね!」と返す。そして、「それは緊急事態だね!どうしよっか?」と言ってみた。彼がどう反応するか見てみたかった。私は連絡先を交換する気満々だった。
「連絡先を交換して欲しい」と彼は言ってくれた。嬉しすぎて、「もちろん!交換しよ!」と言った。喜びすぎて、食い気味に言ったのを恥ずかしく思った。
連絡先を交換し、再び雑談に花を咲かしていた。すごく楽しかった。私は緊張してきて、頭が回っていなかったと思う。
気づけば日が暮れようとしていた。それに気づいて「あ、こんな時間だ、話しすぎちゃった」と告げる。楽しすぎて時間を忘れていた。
「じゃあ、またね!バイバイ!」と只野君にまたねと伝えた。精一杯の言葉だった。彼も「バイバイ!」と手を振りながら言ってくれた。かわいいなと思った。
私は帰路に着きながら携帯でメッセージを送くった。彼からはすぐに返事が来てうれしかった。
それからは毎日連絡を取り合うようになった。只野君は夏休みの宿題を初日に済ませて、暇をしているようだ。だからメッセージの返信が早いのかな?と思った。
2週間ほどたったある日のことである。突然両親から転校をするように言われた。私は拒否したが、もう決定事項らしい。私は泣きながら、只野君にメッセージを送った。
明日会うことが決まった。私は彼が好きだった。だから離れたくなかった。どうしようか考えながら、眠りに着いた。
翌日、私は何て告げようか悩みながら花壇に水をあげていた。約束の時間まであと30分だ。
しかし、聞きなじみのある声で私の名前を呼ぶ声が聞こえた。只野君だった。彼の顔見て、笑顔になった。そして「只野君!えっと、早くないですか?!」と驚きの声を上げた。
「それは花野さんもだよ!」と言われてしまった。花壇の世話があったにしろ、彼からしたら早すぎたのである。
彼に転校することを告げた。彼は相当ショックそうだった。両想いなんじゃないかと期待した。
「今日から毎日、ここでお話したい。ダメかな?」と只野君は言ってくれた。予想外の言葉だった。でも、嬉しかった。本当は告白しようと思っていたが、勇気が出なかった。そのため、提案に乗った。
一週間後、只野くんと会える最後の日になった。今日は貧血でとても辛かったが、只野君と会える最後の日なので、我慢して登校した。
いつもの場所で話していた。しかし、お互いに気まずい空気が流れているのを感じる。これで最後なんだ。そう只野君は考えていると思う。でも、私は別の意味で気まずかった。なぜなら今日、告白をするつもりだったからだ。いつ切り出そうか考えていると、只野君が口を開いた。
「花野さん。僕からも話があるんだ」と彼は告げる。真剣な顔つきに、思わず「どうしたの?」と返事をした。
「僕は花野さんと出会えて幸せだと思う。それまでの僕は人生に彩がなかったんだ。だから、彩をくれた花野さんにはとても感謝している」と告げられた。私は「うん」と相槌を打ちながら喜んでいた。
「だから、その、将来絶対幸せにするので僕と結婚してください!」と指輪のケースを開けて只野君は私にプロポーズをしてきた。
さすがに動揺した。「結婚なの?お付き合いじゃなくて?」と笑いながら彼に尋ねた。
「誰にも花野さんを渡したくない。だから、結婚したいと考えています」と彼は言ってくれた。
「……ありがとう。気持ちはうれしい」と只野君に返事をする。結婚はともかく、お付き合いはしたかった。なのでこう答えた。
「結婚は保留にしていい?その代わり、お付き合いなら私もしたいです。お付き合いじゃダメかな?」と。恥ずかしかった。顔が真っ赤なのであろうことは自分でもわかる。
彼は私を抱きしめてくれた。すごくびっくりしたが、嫌な気持ちは一切なかった。
「全然嬉しいです。これからよろしくお願いします」と彼は返す。それを聞いて嬉しくなり、私も彼を抱きしめた。
彼が買ってくれたペアリングを2人で見つめあいながら笑っていた。
引っ越しの日、私は大阪に着くなり彼氏にメッセージを送った。大阪は東京と違って活気があるように感じた。
彼氏が新幹線代、高いと言っていたので、【無理しないで笑】と返す。そして、【来月、おばあちゃんの家に帰るから東京に行くの。その時に人志君と会いたい】と伝えた。
彼から【楽しみにしてる】と言われ、私も待ち遠しくなった。
彼氏に会うとなって、おめかしをした。私はおめかしが苦手だったので、お姉ちゃんに事情を話して手伝ってもらった。お姉ちゃんはおめかしをしてくれた。自分でも可愛くなったのがよく分かった。お姉ちゃんは「彼氏のこと黙ってたほうがいい?」と聞いてきた。母にバレるとからかわれると思い、「お願い」と答えた。内緒にする代わりにお姉ちゃんにパンケーキを要求された。仕方ないので渋々承諾した。
いつもの場所に着き、彼氏の姿が見えた。心地よい風が吹いている。その風に乗せるように「人志君!」と呼んだ。彼氏は「可愛すぎるからこっちきて!みんなが見てる」と言っていた。
無自覚だった私は周囲を見渡す。男子の目線が痛かった。なので、笑いながら「ほんとだ!そっち行くね!」と返した。
1ヶ月ぶりに会った私たちは日が暮れるまで話した。大阪での生活や、将来の夢まで話した。花屋さんをやりたいと伝えた。
「桜とお花屋さんを営むのは幸せだろうな」と彼氏が言う。私は顔を赤くしながら「うるさい」と返した。照れ隠しである。
「本音なのに……」と返されるが、「バカ」と返す。この人はずるいと思った。
「僕も大学は花屋の経営ができるところに行くよ。経営学部なのか、花について学ぶのかは悩みどころだね」と返された。「本気なんだ?」と確認した。「本気だよ。プロポーズまでしたんだから、一緒にやりたいじゃん」と返された。私は「あれは保留!まだお付き合い!」と返した。本当にずるいと思った。頬に熱を帯びていた。
時間とはあっという間に過ぎるんだなと思いながら、私たちは帰路に着いていた。話し尽くした私たちは何を話そうか迷っていた。私は意を決して彼氏の手をつないだ。突然の出来事に彼は驚いていた。
「緊張するね」とつい漏らしてしまう。自分から繋いだくせにだ。私も大概ずるいのかもしれない。
そうしているうちに駅へついた。私は電車へ乗らなきゃいけなかった。ここでお別れだ。寂しいなと思ってたら「寂しいな」と口に出していた。
すると彼は私を抱きしめた。優しいハグに、思わずきゅんとした。
「今度会いに行くから、それまで我慢できる?」と言われた。ずるい言い方だった。私は「うん」と頷いた。私も彼を抱きしめた。そして、お互いまた会おうね!と言い合いながら手を振ってお別れをした。
翌日、お姉ちゃんとパンケーキを食べに行った。お姉ちゃんは美味しそうに食べていたのが印象的だった。もちろん私のおごりだ。
その翌日、私は結婚指輪を買っていた。幸い、お年玉貯金があったので、学生が買うような指輪を買うことができた。私は桜模様の指輪を購入した。
私は机の上に置いた指輪を眺め、将来のことを考えて幸せな気分に浸っていた。
人志君はプロポーズをしてくれた。高校を卒業したら、今度は私からプロポーズをして驚かせようと思っていた。
数日後、貧血で倒れ、病院に運ばれた。すぐに精密検査を受けることになった。検査結果は貧血ではなかった。
医師は告げた。「白血病です。余命は1か月でしょう」と。
私は絶望した。彼氏ができて、結婚の準備までしたのに余命が1か月しかない。彼氏に合わせる顔がないと思い、メッセージを送れなかった。
2日もすると、人志君から電話がかかってきた。ここは電話禁止エリアだったので、電話ができる場所に移動し、彼氏に電話をかけた。
そこで、余命1カ月であることを伝えると、電話が切れてしまった。
私は事の詳細をメッセージで伝えた。そして、悲しむと思い、やり取りを続けなくてもよいというニュアンスを含ませた。彼氏が悲しむと思ったからだ。
翌日、人志君から電話があったが、検査中で出られなかった。
検査が終わると、私は彼氏に電話をした。どうやらすべてを投げ出してこちらに向かっているとのことだ。
私は叱ったが、もう後戻りする気はないのを悟った。詳細を送り、彼を待つことにした。
数時間後、彼は本当に来た。無理して明るく振舞おうとしていたので、「いつもの人志君じゃない!」と叱った。
その後、両親が来て、秘密にしていたことを思い出し、人志君に助けを求めた。彼はもうどうにでもなれと言った表情で事情を説明してくれていた。その姿が可愛かった。両親は彼を受け入れてくれた。
それから人志君は毎日来てくれた。私はうれしかったが、飽きられないか心配だった。それを聞くと「だったらプロポーズをしていません」と返された。
心底うれしかった。気が緩んだそのとき、せき込んでしまい、吐血した。
ICUへ運ばれることになったらしい。10分間、人志君と話す時間が与えられた。
私は「死にたくない。人志君ともっと一緒にいたいよ」と心の声を吐露した。彼は悔しそうに「一緒にいることしかできない。ごめん」と言った。でも、彼なりの最大限だと思い、泣きながらも嬉しく思った。
ICUに運ばれた。病状が悪化しているのが自分でもわかった。いつの間にか気を失うこともあった。死が近づいているのをひしひしと感じ、恐怖に苛まれる。
人志君は面会が許される限り会いに来てくれた。私は話したいことがたくさんあったので、いっぱい話した。彼氏は静かに聞いてくれた。いい彼氏を持ったなと心底思った。
おそらく今日が命日だろう。直感だった。でも、私にはわかった。まだ余命の1か月もたってないのに、もう死ぬのかと絶望した。
お姉ちゃんが見舞いに来てくれた。私はお姉ちゃんに2つのお願い事をした。承諾してくれたのを嬉しく思い、気が抜けた私の意識は消えていった。
私は式場にいた。隣には人志君が立っていて、神父の言葉を聞いていた。彼は純白のウェディングドレスを着た私を、私も純白のタキシードを着た人志君を見ていた。
あぁ、私のあこがれた姿だと思いながら見ていた。私はプロポーズされたあの日から、人志君のお嫁さんになるのが夢だった。
神父が私に尋ねる。「永遠の愛を誓いますか?」と。私は人志君のことを想いながら「誓います」と答えた。
やがて私は考えることもできなくなり、映像は消えていく。
そうして花野桜は息を引き取った。
――エピソード人志――
葬儀が行われた。僕と僕の両親が参席し、桜の両親に挨拶をしていた。
僕はというと、放心状態だった。お経が唱えられている最中も、彼女が火葬されるときも、何も考えられなかった。
彼女は骨だけになっていた。美しい顔立ちはもう二度と見られない。ぼくは骨を骨壷に入れることができなかった。
葬儀も終わり、僕は東京へ帰ることにした。桜の両親からは「桜のためにありがとう」と感謝を告げられた。
桜に似た少女を見た。黒髪のボブヘアーが印象的だった。彼女は何か言いたげだったが、僕は冷静でなかったので気が付かなかった。
「これからどうするの?」と桜の母親に問いかけられた。僕は桜が入院してからずっと考えていたことを話した。
「桜の夢を叶えようと思います。僕は花屋さんを営みます。そのために、大学で必要な分野を学びます。」と返答した。そう、桜がしたかったことを叶えようと思ったのだ。
花について詳しく学ぶには理系の科目が必須だった。僕の苦手な分野だ。でも、決めたことを曲げるつもりはない。
僕は受験までのシーズンで進学クラスへ入ることにし、バイトを辞めた。意図を組んでくれた店長は「お前が決めたなら文句はない。短い間ありがとうな」と許してくれた。
そこからは勉強の毎日だ。特に苦手な理数系を重点的に勉強した。
2年の春休み。無事編入試験に合格した。優斗はすごく悲しそうだったが、すべて許してくれた。
進学クラスでは最初こそ置いてけぼりだったが、事情を知っていた桜の友達から支援を受けてなんとか追いつけた。桜のように全教科100点を取ることはできなかったが、90点台をキープできていた。
受験では目標としていた日本で一番の国立大学に合格した。学部は花に関する学部だ。僕は桜の夢を叶えるため、必死に勉強した。
そして、国家資格であるフラワー装飾技能士に合格した。