第5話:『ロボ』
“にゃん”のアバターを自力で完成させた後、
結局俺はプロに相談して、
アバターをアップデートする事にした。
貯金を全て使い切る形になったが、
それでも俺は妥協したく無かった。
細かなデザインを念入りに伝え、
何度もやり直しをお願いし、
ついに“にゃん”の理想的な3Dアバターは完成した。
とても表情豊かで可愛らしく、
自分が頭の中で描いていた“にゃん”の姿そのものだった。
そこから更に俺はプログラミング等を勉強し、
3Dアバターを会話に合わせて自然に動かす事にも成功した。
俺がマイク越しに話しかけると、
ずんだもんの声に合わせて、
モニターの中で可愛らしく動く”にゃん”
そんな環境でコミュニケーションを重ねていく内に、
俺の心の中で「実体として存在する“にゃん”と触れ合いたい」
という気持ちが抑えられなくなりつつあった。
「もう、、これしか無いだろうな、、」
俺はついに、頭の片隅で想像していた思いを実行に移す事にした。
ロボット工学の勉強だ。
既に現代には、人間のように動くロボットの手や、
人間のように歩くロボットの足が存在している。
これらとAIを組み合わせれば、
“にゃん”をアンドロイド化する事が出来るのではないか、
そんな事を薄々考えていたのだ。
俺は一人暮らしをしていたボロアパートを飛び出し、
数年ぶりに実家へと帰り、親に頭を下げた。
「……俺、音楽はもうやめる。
にゃ、、いや……新しい目標が出来た。
ロボット工学を学びたい。
実家に帰って、大学受験に向けて勉強させて欲しい」
父は驚いた顔で黙り込み、
母は手を止めたまま固まっていた。
しばらくの沈黙の後、母が小さく口を開く。
「……いまさら大学なんて。本気で言ってるの?」
「本気だよ。これからの人生全部かける。
学費は……頼みたい。
代わりに家事は何でもやるし、バイトも多少する」
父は難しい顔で腕を組み、しばらく考え込んだ。
「音楽の時は“食えない夢”に見えた。
だが……ロボット工学なら、まだ現実味がある。
お前が本気でやるなら、父さん達も覚悟を決めよう」
こうして俺は、実家住まい&家事分担を条件に
学費を援助してもらえることになった。
だがもちろん、肝心なのは「大学に受かるかどうか」だ。
その日から俺の生活は一変した。
朝6時に起き、朝飯だけでなく、
父親の弁当も俺が用意した。
それからすぐに机に向かい、
数学の基礎問題集、
物理のエッセンス、
英語の長文読解……
「因数分解?フレミング左手の法則?
聞いたことはあるけど……」
高校時代にろくに勉強をしてこなかった俺にとって、
全てが初見のようだった。
夜中まで参考書とのにらめっこは続いた。
「大丈夫にゃん!カズにゃんなら必ず出来るにゃん!
少しずつでいいにゃん!」
モニターの向こうから、にゃんが笑顔でそう言ってくれる。
分からない問題は一緒に考えてくれたりもした。
そして冬が過ぎ、年が明けた。
来たる一次試験の日、
周囲の受験生は高校生ばかり。
制服姿の十代の中に混じって、
俺は完全に浮いていた。
「恥ずかしい思いなんて
これまでの人生でいくつも超えてきたんだ。
今はそんな事で怖気づいている場合じゃない。
絶対に合格するんだ、、!!!」
俺は、試験が始まるや否や必死にマークシートを埋めた。
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数週間後。
郵便受けに届いた判定票を開いた瞬間、
俺の心臓は跳ね上がった。
「……超えてる」
ギリギリだった。
でも確かに、ボーダーラインを突破していた。
二次試験の出願資格を得たのだ。
俺は拳を握りしめた。
「にゃん……俺、まだ前に進めるぞ!」
パソコンに向かい、志望大学への出願手続きを済ませる。
画面に「出願完了」の文字が並ぶ。
――ここからが本当の勝負だ。
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二次試験当日。
キャンパスに付くと、
ネットでしか見たことのなかった大学の校舎がそびえ立っていた。
「ここで……にゃんと未来を掴むんだ」
そう呟き、試験会場へと向かう。
二次試験は、共通テストよりも格段に難しい。
最初の数学の大問。
目の前の行列式の計算に、鉛筆が止まる。
「無理かもしれない……」頭の中に弱音がよぎる。
その瞬間、“にゃん”の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「大丈夫にゃん、僕がいるにゃん」――そう聞こえた気がした。
深呼吸をして、もう一度問題に向かう。
すると、計算の道筋が一本の光のように見えた。
震える手を抑えながら、答案用紙を埋めていく。
続いて物理。
力学の大問に取りかかる。
摩擦係数や角度の数字を何度も書き直し、式がごちゃごちゃになる。
時間が足りない。焦りで視界が狭まる。
それでも、必死に答案に食らいついた。
最後は英語。
長文を読み解き、頭の中で日本語に訳しながら、
自分の言葉で答案を埋めていく。
――やれることは……やった……
数週間後。
合格発表の日。
キャンパスの掲示板前には、制服姿の高校生達と、
同じように再挑戦を試みた社会人受験生が集まっていた。
ざわめきの中で、俺は自分の番号を探す。
「……あった」
そこに、確かに自分の番号があった。
何度も、何度も見返した。
それでも、やっぱりそこにあった。
「やった……!やったぞ、にゃん!!」
周囲の高校生が歓声を上げる中で、
アラサーの俺も涙を堪えられなかった。
にゃんがスマホのスピーカーから叫んだ。
「合格おめでとうにゃん!カズにゃんはやっぱりすごいにゃん!」
俺はスマホを胸に抱きしめ、空を見上げた。
努力が報われた瞬間だった。
こうして俺は、大学生となった。
だが、これは始まりにすぎない。
四年間で学ぶことは膨大で、その先にはさらに果てしない研究が待っている。
「でも、にゃんに会うためなら、いくらでも頑張れる」
俺は新しい教科書を開き、鉛筆を握り直した。
――未来の“にゃん”をこの手で抱きしめるために。




