かみさまの絵筆 1
季節は夏。分厚く積み重なる入道雲は、恵みと災いの両方をもたらします。
さて。雨の神様は、ヒトが水がほしいと天に祈ったので、雨を降らせてあげました。
けれども、あまりにヒトが悩み苦しんでいるので、少し張り切りすぎてしまいました。
「うわーーーーっ、やっちゃった! 雨ほしいって言うから雨降らせたら川が無くなっちゃったんだけど⁉ なんでこうなるのさ!」
「それはお前さん、ちょこっとでいいんだよちょこっとで。一気にだばっと降らせるのはヒトも酷だろうに」
「そんなこと言うならあんたがもうちょっと日照りを抑えてくれたらいいだろ⁉ 俺だって雨降らせようとしてるんだよまんべんなく一ヶ月くらいず~っとさ!」
「うぅん、それをワシに言われても困るぞ雨の。ワシは特段なにもしておらんのだよ。下が変わっておるのだ下が」
「それは分かる。この間ちょっと怒ったから雨降らせても川が溢れなくなったんだよ。あれはすごいね」
「いやぁ、たかだか数十年ぽっきりで、ここまで環境が変わるとはおもわなんだ」
……星を回す星神様は、大変そうだなぁ。
絵神様は、そう思いながら、愛用の筆をころころと転がしました。
お星様から生まれた星神さま。宙から生まれた宙神さま。
世界は、たくさんのかみさまが手を取り合って回しています。
絵の神様も、そのひとり。
命神と呼ばれる、命を司る神々の一柱です。
絵と言っても、ヒトが芸術と呼ぶ絵画の神様ではありません。
生きとし生けるすべての命に、模様をかくお仕事です。
この馬は白と黒のしましまにしよう。
馬にしましま模様がいるなら、猫にもいていいかな。
この子は真っ黒にしたけど、おなかに星形をつけてあげよう。
ヒトもいっぱい種類があるから、それに応じて塗り分けなきゃ。
すべての命に、等しく愛を込めながら。
絵の神様は、世界を極彩色に染め上げます。
基本的に、命の模様は絵神様の一存で決まるけれど。
たまに、命の願いを聞くことも、あったり、なかったり。
絵神さまは、命神の一柱として、星の命に関する会議にも参加します。
「どうするどうするどうする、このままだと滅びかねんぞ、あの地域」
「それもヒトの望みだろう」
「まぁヒトが絶滅するわけじゃないしー、いいんじゃね?」
「おーまーえーたーち! ヒトがわんさか死ぬと冥府が大変なの! 分かる⁉ 人員にも限りがあんのキャパってもんがあんの!」
「そうだそうだ! 転生列がただでさえ長いのにさらに長くなったんだぞ⁉ しかも早死にしたヒトはちょっと早めに送り返す必要があるし! 列の入れ替えが起こったら大ブーイングなんだよね!」
「大体な、ヒトを同胞殺しが好きな種にした主が悪いのではないか?」
「いやだってぇ……あれ絶対バグだもん……不具合だもん……僕あんな風に作ってないもん……」
「ヒトの知恵は可能性の塊だ。当然、我らが想定していないバグも出よう」
「問題はデバッカーがいないことなんだけど⁉ わかってるのヒトの思考の矯正する難しさって! ほぼ無理だよ⁉」
ヒトが闊歩する世界は大変です。
基本的に命に対して観るしかできない神様たちは、戻ってきた魂をやりくりするしか干渉する方法がないのです。
土地が焼け、病魔に冒され、命が命を奪ってなお。
神様は、見守ることしかできないのです。
──だって世界は、命のものだから。
魂である神様のものでは、ないのです。
だからなおさら、ヒトの生き様は、気が滅入る報告になるのでした。
「……まぁ、私も良くは思わないけどさぁ」
絵神さまは呟きました。
自ら手がけた作品が、簡単に天に戻ってくるのはいい気分ではありません。
命が赤く染まるのは、あまり好ましくないと思っていました。
赤は、命の色。だから、使うときは細心の注意を払います。
体の奥底に、閉じ込めて、蓋をして。
命が溢れて、しまわないように。
赤を使うのは、命に頼まれた時だけなのです。
「作品同士で殺し合いとか、ちょっとなぁ……悲しくなってくるわ」
色の違いで奪い合う。
それだけは、絵神さまには理解できません。
だって、命はみんな等しく、絵神さまが描いた作品だから。
こういうときは、アトリエにこもるに限ります。
なんだか珍しい子を、描いてみたい気分でした。
さっとアトリエに戻って、さっそくキャンパスとパレットを広げます。
絵筆をふよふよと漂わせていると、アトリエの中にちいさな気配を感じました。
絵神様が入り口を見ると、子ウサギが息を切らせて走り込んできます。
「あっ、あの!」
子ウサギは、小さな口から、大きな声を出しました。
たくさんの生き物を描いてきた絵神様なので、ひとつひとつの命を覚えてはいられません。
現れた子ウサギも、そう。
絵神様にとっては、等しく愛を注いだ命の一つでしかないのです。
「何かしら、小さき者──転生の整理券番号、そろそろじゃない。油を売っていていいの?」
子ウサギは首から札を下げていました。地上に生まれ落ちるまでの番号が書いてある、生誕のための整理券です。
番号は数百番台。何千、何万という列が並んでいるので、転生が近い者ですが。
まだ、絵神様の元に来るには早い魂でした。
次の生で、どんな命に産まれるか。場所も、形も、何も決まっていない子だったのです。
「ぼく、お願いがあってきました! 前の見た目と、同じ見た目で産まれたいんです!」
子ウサギが声を張り上げたので、絵神様は椅子をくるっと回して向き直りました。
赤い瞳と、真っ白な体毛をしたウサギでした。ヒトが言う、アルビノと呼ばれる柄の子です。
「……理由は何かしら」
絵神様は、静かに問いました。
本当は、たくさん聞きたいことがあります。けれど、直接お願いに来るということは、よほどの理由があるのでしょう。
「また、あおいちゃんに会いたいからです! ぼくがいなくなるとき、あおいちゃん、すっごく泣いていて! あおいちゃんには、笑顔でいてほしいから! もう一度会って、元気にしてあげたいんです」
「それは駄目よ。受け付けられない」
絵神様は自分の神使に命じて、子ウサギの前世を確かめました。
まだ、子ウサギ。小さきモノが、なおさら小さく命を終えてしまったモノ。
どうやら子ウサギが言う〝あおいちゃん〟という子も、まだ未就学児に過ぎませんでした。
「どうしてですか!」
「貴方の死は、貴方が大切なヒトにとって必要なものだったから」
「でもぼく、あおいちゃんがしんぱいで──」
「いいかしら、小さき命」
絵神様が筆を振るうと、子ウサギの体がふわっと浮き上がりました。そのまま絵神様の顔の前まで動きます。
「私たちに魂が直談判できるのは、その存在につき一度だけ。貴方、自分の魂達にちゃんと話して許可はとった? 早くして死んだからまた転生列に同じ使命で並ばされたのでしょう? 前世で駄目だったのだから、次は別の形で取り組むのが一般的よ」
「でもでも!」
「でもではないの。まだヒトになれない幼き命。私たちに嘆願する唯一の機会は、ここぞと言うときに取っておきなさい」
絵神様は神使に命じて、子ウサギをアトリエから放り出します。
子ウサギの死は、〝あおいちゃん〟にとっても子ウサギにとっても必要なものでした。
いずれ失う愛を知り、いつか糧だったと気づくその時まで、合わせるわけにはいかなかったのです。
そして子ウサギの願いは、必要な経験を積んだ後の計画を覆すほどの、よほどの理由ではありませんでした。
「とはいえ、ねぇ……」
けれど、絵神様が折れて魂の要望を聞くこともありました。
「あの子、うまくいってるかしら」
絵神様は、アトリエにある大きな水瓶をのぞき込みます。
まだ短い命の積み重ね。あっという間に駆け抜けていく小さな命から、ほんの少し長生きできるヒトへ。同僚曰く〝バグ〟の多いヒトに転生した魂の、ほんの少しの願いでした。




