3話
《Janus》店内・昼過ぎ
午後の柔らかな陽射しが店内を包み込む。
カラン――と控えめに扉の鈴が鳴った。
シズクはカウンター越しに顔を上げて、入ってきた二人をじっと見つめた。
思わず目を見開く。
「……まさか、公爵様と、その御令嬢だとは。失礼しました」
ルークは軽く手をあげ、にっこり微笑んだ。
「そんな堅苦しい挨拶はいい。ここでは客とマスター、ただそれだけの関係だからな」
カウンターに布袋が置かれる。
「先日の報酬だ。助かった、確認してくれ」
シズクは苦笑いしながら言う。
「そう言っていただけると助かります。形式ばったのはあまり得意じゃなくて。
お代は確かに頂きました」
二人が席につくと、シズクは少し距離をとって尋ねた。
「さて、どんなご用件でしょうか?」
少女がゆっくりと立ち上がり、シズクをまっすぐに見つめる。
「先日は本当にありがとうございました!おかげでここまで回復できました。
......お願いがあります。こちらで働かせてくださいっ!」
シズクはぽかんとした。
「……はい?」
少女は前のめりになり、強い意志を込めて言った。
「ここで働かせてください。働きたいんです!」
シズクは思わず苦笑い。
「……俺は湯〇婆かよ」
少女はきょとんとした。
「はい?」
シズクは視線をそらし、ため息をつく。
「……いや、なんでもないです」
静かな店内に、ため息だけが響く。
「ただ、ここは貴族の令嬢が皿洗いするようなお店じゃないです。わかっていますか?」
少女はきっぱりと言った。
「貴族の娘でいるより、今はちゃんと役に立ちたいんです
あなたのような方のそばで。誰かの力になりたい」
シズクはじっと彼女を見つめ、静かに問う。
「その覚悟は本物ですか?」
少女は迷いなくうなずいた。
隣でルークが肩をすくめて微笑んだ。
「娘は案外頑固なんだ。こうなったら誰にも止められん
マスター、あとは頼んだよ」
シズクは深く息を吐き、口元にわずかにほころびを浮かべた。
「……わかりました。次の満月の夜から。グラスの磨き方から教えましょう」
少女はぱっと顔を明るくした。
「はいっ!」