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【 第7話 】贈与は進み出す

装太がスマホを見ながら、ふと顔を上げた。


「ママ、パパから食事に誘われたんだけど、行ってもいいかな?」


隣にいたのは、装太の母・**文乃あやの**だった。

文乃は雪子と目を合わせ、うなずこうとして、ふと動きを止めた。


文乃は一瞬、言葉に詰まった。

(できれば行ってほしくなかったけど、それを止める理由もない――)

「…うん。…いいよ」


内心では、何も期待していなかった。

文乃も雪子も、装太の父親が進学に本気で関わるとは思っていない。

むしろ中途半端な額を出されて、「自分も支援した」などと口にされたら、それこそ厄介だった。


それに、もし進学後に気軽に学生寮などに訪ねて来られたら――

そう考えただけでも、文乃は内心うんざりしていた。


だから、装太が「行ってもいい?」と尋ねた時点で、二人の答えはすでに決まっていた。


数日後、装太は父親とファミリーレストランで食事をした。


父親は「頑張れよ」とだけ言い、帰り際に財布から3000円を渡した。

大学の学費や進学についての話は、一切なかった。


帰宅した装太は、特に何も言わず、

いつもと変わらぬ様子で部屋に戻っていった。


文乃も雪子も、何も聞かなかった。

想像通り。

それ以上でも、それ以下でもなかった。


その夜、装太が自室でスマホをいじっているとき、文乃が声をかけた。


「ちょっと、話したいことがあるんだけど」


装太が顔を上げる。


文乃は、秋男からの支援の話を伝え始めた。

大学に進学するための費用を、秋男が支援してくれること。

しかも装太だけでなく、同じような年齢の子たち、あわせて十人に対してだということ。


「実はね、秋男さんは、あなたの曽祖父――冠木二郎さんの思いを継いで、

教育のための支援をしていきたいって考えているの。

その気持ちで、あなたたち十人に、億単位の支援をするつもりなんだって」


装太は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。


「すごい……でも、億って言われても、正直ピンとこないや。

でも、とんでもない話だってことだけは、わかる」


その素直な反応に、文乃と雪子は思わず顔を見合わせて笑った。


「だよね。でも、ありがたい話だよ。装太が行きたい大学を、本気で目指せるってことだもん」


「うん。頑張る」


装太は照れくさそうに、でも力強くうなずいた。


翌日、秋男から新しいメールが届いた。

宛先は雪子たち家族全員だった。


文面には、冠木壱衛門がポロテ山麓のポロテ町で創業した頃の小さな町工場の話が、

秋男自身の記憶として、控えめに綴られていた。


そしてその中に、ごく自然な形で、一文が添えられていた。


「今後の支援については、個別の贈与契約書(案)を考えていきたいと思います」


それを読んだ雪子は、目を見開いた。


「個別の贈与契約書、と、書かれてある!」


思わず声に出して、文乃にスマホの画面を見せた。


文乃も画面を覗き込み、うなずいた。


「うん、これなら、安心できるね」


堅苦しさも、押しつけがましさもなかった。

ただ、きちんと約束を形にしようとする、静かで真摯な意志がそこにはあった。


家族のグループLINEでも、すぐに明るい反応が返ってきた。


「正式な書面があるなら、なおさらありがたいよね」

「安心できる」


軽いスタンプが飛び交う画面を閉じながら、

雪子はふっと笑った。


「さ、こっちも動かないとね」


未来は、もう動き始めている。

【あとがき】


秋男からの支援話は、ついに装太にも伝わり、

家族たちの胸にも、確かな光が灯り始めました。

次回、動き出した未来のなかで、

それぞれの思いが少しずつ揺れ始めます。

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