【 第4話 】重みを受け止めるために
秋男からの手紙――それは、数日前、喫茶店で直接渡された。
Wordでまとめられたその内容は、高校進学から大学卒業、さらに必要な諸費用まで支援するという、想像以上に大きなものだった。
金額にすれば、軽々しく受け取れるような額ではない。
雪子は、何度も手紙を読み返しながら思った。
「これは……私一人では抱えきれない」
そこで、贈与を受ける子どもたちの母親たちにグループLINEで連絡を取り、みんなで集まることにした。
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週末、姉の家のリビングには久しぶりに顔を揃えた母親たちの笑い声が広がった。
「わー、みんな変わらないね!」
「ちょっと太ったんじゃない?(笑)」
「それ言うなら自分でしょ!」
「やめてよ、コロナ太りだってば!」
笑いながらも、久しぶりの再会に誰もが嬉しそうだった。
やがて、雪子が持参したクリアファイルをテーブルの上に置いた。
空気が自然と落ち着き、みんなの視線が集まった。
中に収められているのは、秋男からの正式な手紙だった。
一枚一枚、慎重に文面を追っていく。
「高校から大学まで、すべての進学にかかる費用を支援する」
「できる限りのことをしてあげたい」
「……これ、すごい話だよね」
姉が、小さくつぶやいた。
「こんな支援があったら、うちの子、神奈川大学を本気で目指せるかも」
姉の娘が、ぽつりと口にした。
「え、なんで神奈川大学?」
雪子がたずねると、姉の娘は少し照れたように笑った。
「教育現場で働きたいらしい……神奈川大学は、先生を目指す人にはすごくいいって聞いたから」
「でも、学費が心配で。もし無理だったら地元の大学にしようかなって思ってたんだけど……」
その言葉に、場の空気が一瞬だけ静かになった。
「秋男さんの支援があれば、夢を諦めなくて済むかもしれないね」
姉が、静かに言った。
「うちは美容学校に行きたいって言ってるのよ」
姉のもう一人の娘が続いた。
「この間もオープンキャンパスに行ってきたんだけど、私立の専門学校ってすごくお金がかかるから……」
現実は厳しい。
けれど、手紙の中に書かれていた秋男の言葉は、そんな不安を一時的に押しのけてくれた。
「これがあれば、本当に好きな道を選ばせてあげられるかも」
未来の話題は尽きなかった。
留学、環境問題の研究、宇宙工学――
子どもたちそれぞれの小さな夢が、今ここで確かに芽吹き始めていた。
誰もが、希望に胸を膨らませていた。
だが同時に、心の奥には、誰にも言えない小さな不安が芽生えていた。
――秋男は高齢だ。もし病気になったら?
――秋男の家族に、反対する人はいないのだろうか?
誰も口には出さなかったが、それぞれの胸の奥に、静かな波紋が広がっていた。
雪子は、クリアファイルをそっと押さえながら、心の中でつぶやいた。
「……感謝して、大切に受け止めよう。今は、ただ。」
そして、リビングには再び、穏やかな笑い声が戻っていった。
久しぶりに顔を合わせた家族たちの間に、笑い声と未来への期待が広がりました。
支えてくれる人がいる――その安心感が、子どもたちの可能性を大きく広げてくれる気がします。
けれど、雪子の心には、ひとつだけ小さな不安がありました。
本当に、東京への進学を目指していいのだろうか――。
次回、その答えを探るため、雪子は秋男に問いかけます。