【第16話】 それぞれの準備
装太の入院騒ぎで、家の中はしばらく落ち着かない日々が続いた。
入院といっても数日のことだったが、受験を控えた大切な時期だけに、家族全体がそわそわしていた。
退院後の装太は、無理のない範囲で勉強に戻った。
2学期が始まり、周囲の空気も変わり始めている。
進学先が決まり始めたクラスメートも出てきて、教室の雰囲気は少しずつ張り詰めたものになっていた。
東京へ行ったことで、自分の目標は明確になった。
でも、数日の入院がその流れに影を落としていないか――装太はそれを気にしていた。
「遅れをとったかな……」
ふと漏れたその一言に、文乃が静かに返した。
「そんなの気にしなくていいよ。装太は、装太のペースでちゃんと進んでる」
装太はうなずいた。
まっ、ともかくやるしかない。
受験を成功させること。それが今の自分にできる、ただひとつの答えだった。
文乃は以前にも増して仕事を増やしていた。
いつもより遅く帰る日も増え、職場でも頼まれれば休日出勤にも応じていた。
その理由ははっきりしていた。
「装太がもし、東京の私立大学に受かったとしたら――」
その時に備えて、学費の準備をしておかなければならなかった。
弟の晶矢も、来年はいよいよ高校生になる。
誰にも言わないけれど、最近はちょっと不満だった。
家族の話題はいつも秋男の支援の話と、装太の進学のことばかり。
「なんでいつも、装太ばっかり……」
そんなふうに思うこともあったが、口には出さなかった。
雪子もまた、家計を見直していた。
食費、光熱費、通信費。
「無理のない節約を」と思ってはいたが、やはり気づかぬうちに電卓を叩く回数が増えていた。
万が一、秋男の支援が何かの事情で止まったときのことも、心のどこかで想定していた。
そうなったら、できる範囲で助けたい。
それが祖母としての務めでもあると思っていた。
家族それぞれが、それぞれの立場で動き出していた。
何かが決まったわけではない。
けれど、何もしていないというわけでもなかった。
あとがき
家族それぞれが、秋男の返事をただ待つだけでなく、自分なりに備えはじめた一話でした。
目に見えない緊張感のなかでも、日々は確かに進んでいます。




